郵政中央吹奏楽団

■カテゴリ:音楽 - 吹奏楽

■主な活動場所:東京都国立市 中央郵政研修センター

楽団創立70周年! その5(さかきばら回顧録編①)

2020年08月06日
私が入団したのは38年前の昭和57年の夏。東京都吹奏楽コンクールの2週間ぐらい前の頃でした。ちなみに、その時の課題曲は「吹奏楽のためのカプリチオ」自由曲がバッハの「プレリュードとフーガニ長調」。結果は、1位ヤマハさん、2位電電さん、3位郵政でした。毎年1位はヤマハさん、2位と3位を電電さんと郵政で交互に取り合っていた感じです。(あくまでも記憶です)

 このころは、吹奏楽オリジナル曲はほとんど手を出さず、バッハを中心とした紙谷先生のアレンジものばかり…リードやりたいな〜なんて内心思いながら練習に参加していました。

 練習は、毎週水曜日と金曜日の18時から21時まで。場所は、今は亡き飯倉分館の屋上に建てられた音楽堂!冷暖房完備(夏は暖かく冬は涼しい)シャワー付きの楽団専用の練習場です。当時の団員は飯倉分館のことを、その地名から「狸穴」と呼んでいました。実は音楽堂は図面にない違法建築でビルを改築する際に撤去され、以降、改築後の分館地下の倉庫をしばらく使わせてもらい、その後、5階の講堂に移り長い期間本拠地として活動することになります。

 さて、私が入団した当時の団員ですが、私の記憶では、フルート2、オーボエ1、クラ8、サックス2、トランペット3、ホルン4、トロンボーン5、ユーホ1、チューバ1、パーカッション1…こんな感じの編成でした。(あくまでも私の記憶で練習に来てた人の数です)ただし、日頃の練習は10人集まれば良い方で、本番直前にならないとメンバーが揃わないのは今も昔も変わらないですね。パーカッションが1人しかいないため、コンクールのときは課題曲だけクラから1人応援を出し、バスドラムを担当する有様でした。

 この当時、コンクールの他に毎年活動していたのが、秋に行われていた実業団のバスケットの大会(今のBリーグ)のハーフタイムでの演奏です。毎週土曜日?日曜日?の演奏でワンシーズンで3〜4回演奏したような覚えがあります。場所は代々木第二体育館。曲はポップス系を数曲。石山さんが午前中にヤマハで買ってきたM8の楽譜を昼食時に配られて、そのまま初見で演奏!なんてこともやっていました。当然、音大生も何人か入っていましたが…。決勝戦をリング下の特等席で観戦していました^_^

 コンクールの話に戻しますが、入団当時、職場吹奏楽コンクールの参加団体は5団体でした。そのため、予選会はなく直接都大会で、はじめから普門館での演奏になります。『え⁉️こんなに簡単に出ていいの?』て思いましたが、実は6団体目が出ようとすると、周りが説得して出ないように仕向けていたみたいです^_^しかし、ある年から7団体(?)の参加になり予選会を行うことに…郵政が落選第一号になってしまいました。曲は白鳳狂詩曲にメンデルスゾーンだか誰だかのオルガンソナタ…落ちたときの曲は良く覚えていません。次の年は、紙谷先生のアレンジをやめて、オリジナル曲の吹奏楽のためのバラードで参加。吹奏楽の基本に戻って‼️てことだったみたいです。ここから数年オリジナル曲でコンクールに参加します。アパラチアン序曲で臨んだ年には、演奏後、審査員から「さすが大人の演奏ですね」と声をかけられたそうです。

 当時の紙谷先生は、本当に『音』に厳しく、練習もかなり厳しいものでしたが、長くなったので、その話はまた次回に。

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最終更新日時:2020年08月09日 15時13分
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