第2回小園地蔵堂「花いっぱいの花まつり」
2026-04-05
4月5日(日)9時〜15時小園地蔵堂にて「花いっぱいの花まつり」が開催されました。

花まつりでは、参拝時に甘茶を掛ける華やかに飾られたお釈迦様の誕生仏の他に、回り地蔵(子育て地蔵)が誕生仏の後ろに見やすく展示され、皆さん興味を持って見ていました。
回り地蔵(まわりじぞう)は、江戸時代から続く日本の民俗行事で、地蔵を背負って地域の家々を巡回し、各家庭で一定期間祀る風習です。この風習は、主に子どもの成長や家内安全、疫病避けなどを祈願する目的で行わていました。 小園地区では江戸時代寛政初期1790年頃~1965年(昭和40年)頃の約180年継承されたとのこと。厨子(箱型の仏具)の裏には背負子紐、横には名前が書かれた手作りのお人形(子どもの成長や健康を祈願するもの)がたくさんついており、引き出しには線香立てやお供えするための容器などが入っています。厨子を背負って隣の家に行き、回り地蔵を届けるためのもので、写真でもわかるように長い歴史を感じるものでした。

小園地蔵堂保存会会長の斉藤武夫さんのお話では、今回の花まつりの開催には2つのポイントがあったそうです。
1つ目は「地域や会員の皆さまと一緒に開催する花まつりを成功させる。」2つ目は「地蔵堂、仏像などの小園の文化や歴史を次の世代に継承する。」です。お話の通り、当日は地蔵堂の周りには、地域や会員の皆さまが大切に育てた綺麗なプランター(40個)のお花がとても華やかに飾られ、さらに小園囃子保存会の皆さんによる太鼓の音で盛り上がりをみせていました。(華やかに飾られたお花の様子はお釈迦様がお生まれになったネパールのルンビニの花園のようにみえるとのことです。)また、2つ目のポイントについては、今回前面で展示されていた背負子についての詳しい説明が書かれていたり、その場にいた保存会の皆さんからその他の仏像やお釈迦様の誕生仏についての詳しいお話も聞くことができました。(実際にお話を聞くとお子さまにも分かりやすいと思います。)さらに、いろいろな事を説明していただいてるうちに話が広がり「昔は地蔵堂近くにたくさん豚がいる豚舎があって、道路を豚が走っていて子どもの頃はとても怖かった。」と、保存会や地域の皆さんの昔の思い出話も聞けてとても楽しい時間でした。

小園地蔵堂保存会会長の斉藤武夫さんは、「お釈迦様の誕生日は4月8日ですが、少し早い4月5日に花まつりを開催させていただきました。曇り空にもかかわらず、たくさんの皆さまにご来場いただきまして、お釈迦様に甘茶をかけ、参拝をお受けすることができました。誠にありがとうございました。」とおっしゃっていました。
また、保存会一同様からも「仏像や回り地蔵の造られた年代からみると250年~600年くらい年月を経過していると思われますが、その間、大地震や富士山の噴火、火災や戦争などいろいろなことがあったにもかかわらず、令和の時代まで、守り続けてこられた地域の皆様の地蔵堂に対する敬愛と熱意を感じる次第です。仏像や宮殿、回り地蔵だけでなく本堂そのものも老朽化が進んでおり、本年はお堂の耐震診断や本尊の光背の修理など次の時代の残せる対応を進める予定です。
保存会として、来年の花まつりや日頃でも地蔵堂に気軽に来ていただけるようにお堂の開放や地蔵堂の分かりやすい紹介(画像・パンフレット)などを取り組んでいきます。是非、多くの方が地蔵堂に興味を持っていただき来場いただけますように皆さまに地蔵堂サポータになっていただき口コミで、地蔵堂の宣伝をお願い致します。
来年の花まつりもお楽しみに!! お待ちしています。」とコメントしていただきました。
今回、前面で展示された背負子については、今後さらに詳しく調査をするそうで、次回はまた新しいお話を聞くことができるかもしれません。
今回、花まつりにいらした方もまだいらしてない方も、ぜひ次回足を運んでみて下さい。
地蔵堂について→ 地蔵堂は、地蔵を本尊とする東光山延命寺が正式名称で、相模国分寺の隠居寺と伝えられています。創建年代は不明のようですが本尊の地蔵菩薩坐像の台座裏に5世の住職の名があり、室町時代か江戸時代の初期には延命寺は設立されていたようです。(小園民俗図書より)
その他の写真

花まつりでは、参拝時に甘茶を掛ける華やかに飾られたお釈迦様の誕生仏の他に、回り地蔵(子育て地蔵)が誕生仏の後ろに見やすく展示され、皆さん興味を持って見ていました。
回り地蔵(まわりじぞう)は、江戸時代から続く日本の民俗行事で、地蔵を背負って地域の家々を巡回し、各家庭で一定期間祀る風習です。この風習は、主に子どもの成長や家内安全、疫病避けなどを祈願する目的で行わていました。 小園地区では江戸時代寛政初期1790年頃~1965年(昭和40年)頃の約180年継承されたとのこと。厨子(箱型の仏具)の裏には背負子紐、横には名前が書かれた手作りのお人形(子どもの成長や健康を祈願するもの)がたくさんついており、引き出しには線香立てやお供えするための容器などが入っています。厨子を背負って隣の家に行き、回り地蔵を届けるためのもので、写真でもわかるように長い歴史を感じるものでした。

小園地蔵堂保存会会長の斉藤武夫さんのお話では、今回の花まつりの開催には2つのポイントがあったそうです。
1つ目は「地域や会員の皆さまと一緒に開催する花まつりを成功させる。」2つ目は「地蔵堂、仏像などの小園の文化や歴史を次の世代に継承する。」です。お話の通り、当日は地蔵堂の周りには、地域や会員の皆さまが大切に育てた綺麗なプランター(40個)のお花がとても華やかに飾られ、さらに小園囃子保存会の皆さんによる太鼓の音で盛り上がりをみせていました。(華やかに飾られたお花の様子はお釈迦様がお生まれになったネパールのルンビニの花園のようにみえるとのことです。)また、2つ目のポイントについては、今回前面で展示されていた背負子についての詳しい説明が書かれていたり、その場にいた保存会の皆さんからその他の仏像やお釈迦様の誕生仏についての詳しいお話も聞くことができました。(実際にお話を聞くとお子さまにも分かりやすいと思います。)さらに、いろいろな事を説明していただいてるうちに話が広がり「昔は地蔵堂近くにたくさん豚がいる豚舎があって、道路を豚が走っていて子どもの頃はとても怖かった。」と、保存会や地域の皆さんの昔の思い出話も聞けてとても楽しい時間でした。

小園地蔵堂保存会会長の斉藤武夫さんは、「お釈迦様の誕生日は4月8日ですが、少し早い4月5日に花まつりを開催させていただきました。曇り空にもかかわらず、たくさんの皆さまにご来場いただきまして、お釈迦様に甘茶をかけ、参拝をお受けすることができました。誠にありがとうございました。」とおっしゃっていました。
また、保存会一同様からも「仏像や回り地蔵の造られた年代からみると250年~600年くらい年月を経過していると思われますが、その間、大地震や富士山の噴火、火災や戦争などいろいろなことがあったにもかかわらず、令和の時代まで、守り続けてこられた地域の皆様の地蔵堂に対する敬愛と熱意を感じる次第です。仏像や宮殿、回り地蔵だけでなく本堂そのものも老朽化が進んでおり、本年はお堂の耐震診断や本尊の光背の修理など次の時代の残せる対応を進める予定です。
保存会として、来年の花まつりや日頃でも地蔵堂に気軽に来ていただけるようにお堂の開放や地蔵堂の分かりやすい紹介(画像・パンフレット)などを取り組んでいきます。是非、多くの方が地蔵堂に興味を持っていただき来場いただけますように皆さまに地蔵堂サポータになっていただき口コミで、地蔵堂の宣伝をお願い致します。
来年の花まつりもお楽しみに!! お待ちしています。」とコメントしていただきました。
今回、前面で展示された背負子については、今後さらに詳しく調査をするそうで、次回はまた新しいお話を聞くことができるかもしれません。
今回、花まつりにいらした方もまだいらしてない方も、ぜひ次回足を運んでみて下さい。
地蔵堂について→ 地蔵堂は、地蔵を本尊とする東光山延命寺が正式名称で、相模国分寺の隠居寺と伝えられています。創建年代は不明のようですが本尊の地蔵菩薩坐像の台座裏に5世の住職の名があり、室町時代か江戸時代の初期には延命寺は設立されていたようです。(小園民俗図書より)
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