高野原ウォーキングクラブ 0019

2026-03-07
「歌碑に眠る古(いにしえ)の記憶〜太平洋を望む男と女、10名の進軍〜」
(今回はプロジェクトX風にまとめてみました)

2025年5月。本クラブを立ち上げた男たちは、今日までに9つの計画を練り、8つの道を踏破してきた。9回目となる今回。健脚を自認する者、そして湯を愛する者たちが、伝説の地「勿来の関」を目指した。

●戦い(ウォーク)、静かな始まり
昨日の雨は上がったが、朝から吹き荒れる寒風。人々は襟を立て、駅へと急ぐ。
午前8時15分。一人、また一人と姿を現す。 かつては互いに見知らぬ者同士だった。しかし今、交わされる「おはよう」の声に迷いはない。そこには、数々の道を共に歩んできた者が持つ、確かな連帯感があった。かつて、リーダーの胸を締め付けたのは「果たして人は集まるのか」という不安。だが今は違う。「どんな顔ぶれが揃うのか」という期待が、胸を熱くさせる。

●いざ、勿来の地へ
8時29分、列車は定刻通りに滑り出した。車内に流れる、穏やかな談笑。55分の道程は、これからはじまる冒険への序章に過ぎない。列車を降りた10名の眼差しは、鋭く、そして静かに、これから登る勿来の関を捉えた。

●難所:登り坂の死闘
「勿来の関」は、山の上にある。待ち構えていたのは、1kmにおよぶ急勾配だ。一歩、また一歩。己の脚力を信じ、坂に挑む。最後のカーブを曲がった、その時だった。 視界に飛び込んできたのは、馬に跨る源義家の雄姿。そして「奥州勿来関跡」の重厚な石碑。一行を包み込んだのは、小さな、しかし確かな達成感であった。

【参考:勿来の関について(インターネット抜粋)】
勿来関(なこそのせき)は、古代から歌枕となっている関所の1つ。江戸時代の終わり頃からは「奥州三関」の1つに数えられている。所在地が諸説ある上、その存在自体を疑う説もある。「なこそ」とは、「来るな」という意味。
●詩歌(うた)に込めた、古の情熱
石碑の傍らに佇む、木造の門。その先に続く「詩歌の小径」は、時代を超えたタイムカプセルだ。並び立つ歌碑。平安から現代まで、名もなき旅人や歌人たちが紡いだ言葉が、風に乗って語りかけてくる。「来る勿れ(くるなかれ)」。拒絶と裏腹の、切ない恋心。一行は歩みを止め、かつての日本人が抱いた情念の句に、静かに思いを馳せた。
●展望台:想定外の現実
平安の息吹を伝える「吹風殿(すいふうでん)」を経て、一行は展望台へと向かう。 期待したのは、太平洋の絶景。しかし、そこにあったのは、力強く成長した木々という名の壁であった。「絶景、わずか」。それもまた、旅の醍醐味である。自然の逞しさを前に、一行は苦笑いを浮かべ、次なる地へと向かった。
●終着:湯煙の向こうに
正午、目的地「関の湯」へとたどり着く。そこには、別ルートで駆けつけた仲間の姿があった。再会を祝し、一行は吸い込まれるように温泉へ。5kmの道程で火照った体を、温泉の熱が優しく解きほぐしていく。湯上がりのビール。そして、仲間との語らい。そこには、日常を忘れ、戦いを終えた者だけが味わえる至福の時が流れていた。
だが、物語には続きがある。リラックスの代償は、帰路の列車。駅に滑り込む列車と、駆け込む一行。 最後の最後に待ち受けていたのは、心臓の跳ね上がる様な「ヒヤヒヤ体験」という名のオマケであった。

●ウォークを終えて(リーダーより)
ご参加いただいた皆さん、お疲れさまでした。今回は福島県勿来の歴史と温泉をテーマにウォーキングを楽しんで頂く企画でした。楽しんでいただけたでしょうか?
次回は3月26日、福祉バスを使ってのつくばウォークです。筑波山の麓の町を散策し筑波山神社にお参りする予定です。皆さんのご参加を心よりお待ちしております。