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シミュレーションで迷子になった?2

2021年04月09日
つづき、

Part 2の部分は、モデルの選択と検証です。

まずは、モデルの選択についてです。
数理モデルを選択する際の評価基準は、以下に良くまとまっています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B0%E7%90%86%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB#%E8%A9%95%E4%BE%A1%E5%9F%BA%E6%BA%96

超簡単にまとめると、
(A)用途に応じて
(B)なるべく単純なモデル
を選択する、です。

これは、アインシュタインの
Everything should be made as simple as possible, but not simpler.
という言葉に良く表されています。

これに関しても、大きな反論がありました。反論をまとめると、
(i)シンプルなモデルを使用する人は、実際の現象(経口吸収や薬物動態)が複雑だということを理解していない。
(ii)複雑な現象は、シンプルなモデルでは予測・説明できない(人種差など)。

まず、(i)ですが、シンプルなモデルを選択する際、モデルの使用者は、何が現象の本質なのか、何が無視できるのか、どのような近似が適切なのか?、十分認識しています。シンプルだからこそ、近似が入っていることが誰にでも明白なのです。

自分は、むしろ、複雑なモデルの細部を無意識に”デフォルト”として使用し、そのモデルを過信するほうが危険だと思います。

例えば、薬物析出のデフォルトを、半減期900秒の1次速度とするソフトがあります。物性研究者が見たら、頭かかえます。。。
そもそも、薬物析出にこのようなデフォルト値が存在すると考えるのは、溶解度や肝クリアランスにデフォルト値がある、というのと同じくらい、極めて不自然です。もし、すべての薬物にデフォルトの肝クリアランスが使われていたら、動態研究者は頭抱えますよね?
(バルク溶液からの析出は1次反応ではないですし、そもそも、表面析出の場合もあります。薬物の析出は、そんな単純ではないです。)

しかし、多くの論文で、このデフォルト値がそのまま使用され、BCS class Iの薬物にまで使用されています(BCS Iであるということは、消化管で析出しないということです。「影響がないからいいじゃん!」と思うかもしれませんが、論文の読者はそう思うでしょうか?)。
シンプルなモデルという観点からは、BCS class Iの場合、析出は無視するか、無効化する(半減期を非常に長くする(10000時間など))、と思います。

また、複雑なモデルを使用する場合、現象の本質がどこにあるのか?わからなくなってしまうと思います。

例えば、小腸を多数のコンパートメントに分ける一見「頭の良さそうな」複雑なモデルがあります。なんとなく予測性が上がりそうですよね?でも、小腸はコンパートメントに分かれているのでしょうか(そう見えますか?)?
多数コンパートメントモデルは、薬物の小腸内移動や小腸部位差を表すのには「便利」なので便宜上そうしていますが、実際には小腸が多数のコンパートメントに分かれているわけではないですよね?(なので、小腸を多数コンパートメントで表すことがPhysiologically-basedなわけではないです。)

実際には、(空腹時の)小腸各部の小腸の性質はほどんど均一です(ほとんどの項目で、せいぜい、2倍程度の差。「小腸」と一括りにまとめられるぐらいですから。。。)。なので、1コンパートメントでも良い近似なのです。実際、様々なin vitroモデルは、小腸は1つのコンパートメントで近似されています(Caco-2,D/Pシステム,溶出試験など)。

ちなみに、数学的にも、小腸滞留時間を複数のコンパートメント間の移動として表すモデルと、1つのコンパートメントに小腸滞留時間だけ存在するという単純なモデルとで、経口吸収率(Fa)の値は「ほぼ同じ」になります。血中濃度推移にも、わずかな差しか現れません(なので、溶出試験との間にIVIVCが成立するわけですね。)。

一方で、複雑なコンパートメントモデルに目を奪われて、経口吸収にとって、もっと本質的に重要な部分を見逃してしまっていることはないでしょうか?例えば、難水溶性薬物の場合、非結合型分率(胆汁ミセルや製剤成分に対する)、消化管壁の非攪拌水層、薬物粒子表面pH、粒子表面での相転移(難水溶性薬物塩の溶解で重要)、などなど、極めて重要ですが、これまでほとんどの論文で無視されています(それでも予測できるているように見える理由は、のちに説明します(実際には予測ではなくフィッティングの場合がほどんど)。)

次に(ii)ですが、これは(A)を見逃しているために来る反論と思います。すべての場合において単純なモデルで十分とは言っていません。
より複雑な現象を説明するには、必要に応じて複雑なモデルが必要場合があることは、自明です。
(モデルに含まれていないものは、モデルで予測説明できない。むしろ、複雑なモデルでは、すべてが含まれているという錯覚に陥ることも多いのでは?ピグマリオン症参照)
このような議論は、straw manと呼ばれ、議論において、相手の主張を歪めて引用し、その歪められた主張に対して反論するという誤った論法です。私の経験では、この論法は、日本よりも欧米で多く見かけます。

最後に、ピグマリオン症候群、という言葉を紹介したいと思います。
これは、ギリシャ時代の彫刻家ピグマリオンに由来した症状です。ピグマリオンは、自分が作った彫刻(モデル)に恋をしてしまい、現実の女性を愛することができなくなってしまいます。
https://atsblog.org/pygmalionism_math_physics/

シンプルなモデルの場合、モデルはあくまでモデルと分かりますし、現実と誤って認識される危険は低いので、この症候群は起きにくいと思います。

医薬品開発研究の現場において、複雑なモデルを盲信し、実験データを否定する研究者を、これまで何人も見てきました。特に、実際に実験をした経験のない、いわゆる”dry”研究者は、そうなりがちです(”Dry”しか経験のない方、実験しましょう。実験のお手伝いでも良いです。実際に手を使ってやってみましょう。緩衝液1つ作るのでも大変です。ですが、その経験は、かならず、dryの研究にも生きています。)。

「理論は理論家のひとりよがりのものであってはならず、実験家がそれを信頼して使っていくようなものでなければならない」福井健一先生

次回は、モデルの検証について、お話しします。

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最終更新日時:2021年05月10日 12時30分
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