主な活動場所
横浜市鶴見区社会福祉協議会の
団体交流室

 敬愛主義11

2023-09-07

皆様、お元氣ですか?
「愛人」は他人を愛するということですが、これは自分を愛するように他人を愛するということでもあります。正常な人なら自分のことが好きです。自分が喜ぶことを選びます。自分の気に入った服を着て、好物をおいしく食べて、好きな音楽を聴いて、好きな趣味の活動をします。自分が喜ぶようなことを他人にもするということです。
誰しも悩みがあります。そうした時に黙って話を聞いてくれるだけでもありがたいものです。是非、友人から相談されたら悩みをまず聞くだけでいいのです。自分はこうしたとか、それにはこうすればいい、とか言うのは聞かれたときに言えばいいのです。とかく人は聞かれてもいないのに自慢話をしがちですが、能ある鷹は爪をかくす、のことわざのように、あなたはどうしたの?と聞かれるまでは、自分の話をするべきではないでしょう。あくまで、悩んでいるのは友人であり、友人の思いを聞いてあげるだけでいいのです。それ以上は余計なお世話でしかありません。このように側にいて話を聞くだけに徹すれば、友人から感謝されるでしょう。
人間の生きる目的は何でしょうか?お金、地位、名誉、肩書、名声とかあるかもしれませんが、それは目標です。目的である的に至る過程、道標にしか過ぎません。人生の目的は幸せになることです。そのために目標をいくつか決めているだけです。
お金があれば幸せですか?地位があれば幸せですか?名誉があれば幸せですか?考えてみれば分かると思いますが、それらは一時的な幸せに過ぎません。お金が幸せと直結しないことは多くの研究で明らかになっています。多分、地位や名誉も同じでしょう。継続する幸せではありません。権力を求める人は全世界を支配するまで飽きないでしょう。名誉も永続するものではありません。
むしろ、永続するような幸せは、日常のちょっとした事柄にあります。休みの日にゆっくりコーヒーを飲んだり、友人とボランティア活動をしたり、知らない人に道案内をして感謝されたとか、そういうことで幸せを感じます。
ある人は、森林浴で呼吸をすることに感謝して幸せを感じるそうです。確かに自然の中にどっぷりと身を置くと、ゆりかごの中にいるように感じて幸せと思うかもしれませんね。
つまり、幸せは個人的なもので、主観的なものです。他人と比較するものでもありません。本人が、幸せだ、と思ったら幸せなのです。
他人を愛するときも、このように自然に包まれているように愛せれば、それは継続することでしょう。一生忘れられない感謝を感じるかもしれません。まずは、命があること。人間であること。地球に住んでいること。永遠を思うことができること。これらを基本にして生きてゆけば、道は自ずと開けてゆくでしょう。生きることには価値があります。かけがえのない命です。すべての人にある命です。ぜひ、皆様の命を最高の状態にするようにできることを始めましょう。