「愛しい人2部」第5部
2015-09-24
ペ・ヨンジュン
キム・へス 主演
「愛しい人2部」第5部
二人が
愛し合うことは
当たり前
私たちは
家族になる
家族
それは複雑で
それは温かい・・・
【第5章 選び取る生き方】
昼時になって、ジュンスがスタジオから2階へ上がっていくと、テスの姿が見えない。
ジ:テス?
どこへ行ったのかなと、部屋の中を見回して、寝室の扉を開けると、テスが横になっていた。
ジ:具合が悪いの?
テ:うん、ちょっとね。お腹がコチンコチンに張ってるの・・・。
ジュンスはベッドサイドに行き、お腹を触った。
ジ:ホントだ。大丈夫? (心配そうな顔をする)
テ:うん、少し休めば大丈夫。さっき、クローゼットの中の整理をしてたの。ちょっと頑張りすぎたみたい。
ジ:そう。(笑った)
テ:何がおかしいの?
ジ:いや・・・。(笑っている)昨日のことがマズかったのかなと思って、一瞬ドキッとしたよ。
テ:え?・・・ああ、バカね・・・。(ちょっと嫌そうな顔をして笑う)そんなことはないわよ。
ジュンスがテスの横に寝転がった。そして、ちょっとテスの髪を撫でた。
ジ:この子が機嫌を損ねたのかと思ったよ。
テ:だったらどうする?(笑顔でジュンスを見る)
ジ:う~ん。(お腹を撫でて)パパも仲間に入れて。いいだろう。
テ:フフフ・・・。バカね。
ジュンスは、またテスの髪を撫でて、頬を撫で、顔を見つめた。
ジ:じゃあ、二人のご機嫌を取ろう。パパがなんか昼飯を作ってあげよう。
テ:あ~ん、パパ、素敵!
ジ:バカ。
ジュンスは笑って起き上がり、キッチンのほうへ行く。
テ:パパさん、ご飯があるの。ナムルもあるわよ。
ジ:そんなイージーな・・・。ええっと。キムチ・チャーハン、作るよ。いいよね?
テ:サンキュ! できたら教えて。
ジ:OK!
昼食の準備ができた頃には、テスのお腹も柔らかくなって、テスはダイニングテーブルに着く。
ジ:現金なお腹だな。(テーブルに皿を置きながら言う)
テ:私じゃないわよ。この子が現金なだけよ。きっと食い意地が張った子なのよね。(笑う)
ジ:そうだな。あんまり言うと聞こえるぞ。
テ:そうね。(お腹に向かって)ごめんね、パパもママも愛してるよ~。ママが代わりに食べてあげるからね~。(撫でる)
ジ:ふん。(笑う)
テ:納豆も少し入れたんだ。(チャーハンの中を見る)
ジ:そのほうが健康的だろ? (コップに水を注ぐ)
テ:サンキュ!(食べる)おいしい!
ジ:使えるパパさんでよかったね。
テ:(笑う)ホント!
ジ:(水を飲む)でも、さっきはちょっとヒヤッとしちゃったよ。
テ:そうお? ・・・ああ・・・あれね。「まだいいですよ」って、この間、先生が言ってたじゃない。
ジ:そうだよね・・・。
テ:でも、あの時も恥ずかしかった。(食べながら)夫が一緒に産婦人科に来て、そんな話を聞くって・・・前代未聞よ。たぶん。(水を飲む)
ジ:(食べながら話す)そうかなあ。でも、自然分娩の話はちゃんとわかったから、よかったよ、行って。出産までに問題がなければ、そのまま産むんだね?
テ:うん。いいでしょ?
ジ:うん。(顔を上げて、テスを見る)
テ:でも、ちょっと怖いの。(にこやかにジュンスを見る)
ジ:何が?
テ:だって、陣痛って初めてなのよ。きっとすごく痛いのよね。
ジ:そうだね・・・。頑張ってね・・・。その代わり、「ヒッヒッフ~」の講座には一緒に出てあげるから。
テ:サンキュ! でも、写真も取りたいんでしょ?
ジ:うん。分娩室で撮っていいって先生が言ってたからね。 だから、分娩室に入る前までね、一緒に「ヒッヒッフ~」は。
テ:わかった。でもさ・・・。(テスがスプーンをくわえてジュンスを見る)
ジ:なあに?
テ:あの先生、その写真、貸してくださいって言ってたよね。ちょうどカメラマンが来て、ラッキーって感じだったよね?
ジ:あ~あ。(頷く)
テ:どうする? 産科の待合の壁に貼られたら?
ジ:いいじゃない?
テ:ちょっと嫌なところの写真は勘弁してほしいなあ。
ジ:もちろん、それは断るよ! その時はちゃんと写真をセレクトするよ、もちろん!
テ:結構、先生が赤ちゃんを取り上げてニコっとしている写真がよかったりしてね。
ジ:それも撮ってあげよう。(笑う)でも、よかったじゃない? それをあげれば写真を撮らせてくれるんだから・・・よかったよ。
テ:そうね!
ジュンスがウーロン茶を入れた。
テ:サンキュ!
ジ:ところで、実は昨日・・・。
テ:昨日?
ジ:B出版のエレベーターで、ドンヒョンに会ったよ。
テ:それで? 言ったの? シンジャ先輩のこと?
ジ:う~ん。それが、あっちが「結婚おめでとう」って言うから、「ありがとうございます。子供がもうすぐ生まれます」って言ったら・・・。
テ:言ったら?
ジ:「オレも結婚するんだよ」って。
テ:え~! シンジャ先輩からぜんぜん聞いてないわよね?
ジ:・・・確認したら、違う人だって・・・。
テ:ええ! そんなあ・・・。
ジ:誰かの紹介で会った人みたい。
テ:そんなあ・・・。それで。
ジ:このまま、黙っているわけにはいかないから、オレがエレベーターを降りて、言ったんだ。「どうするんですか? シンジャ先輩のお腹の赤ちゃん」て。
テ:・・・どうするのかしら・・・。
ジ:どうするんだろうね・・・。
テ:う~ん・・・・。
ド:シンジャ!
外出から帰ったシンジャが、自分のマンションのエントランスに差しかかると、ドンヒョンが声をかけてきた。
4月の明るくなってきた夕暮れの中、ドンヒョンが真剣な眼差しで立っている。
そんな顔をされるようなことはシンジャには身に覚えがあるが・・・いったいドンヒョンの用事は何なのだろう。
シ:ドンヒョン、どうしたの? 怖い顔して。
ド:・・・。
シ:電話くれればよかったのに。何時になるかわからないじゃない。
ド:うん・・・まあな。
シ:どうしたのよ?
ド:おまえに話がある。
シ:私に?
ド:ああ。
シ:じゃあ、上がって。
シンジャの後をついて、ドンヒョンはマンションへ入っていった。
シンジャの様子は、いつもと変わったところはなかった。
全く変わらない笑顔で、いつもと同じように、ドンヒョンを部屋へ通した。
シ:何か飲む?
ド:うん。
シ:ビール?
ド:いや、お茶か水。
シ:へえ・・・それでいいの?
シンジャに差し迫った感じは一つもない。
でも、ドンヒョンにはわかる。
あのジュンスが口にした言葉だ。
確かに、オレはあいつを裏切るようなことをしたが、あいつは、人を引っ掛けるようなことをする人間ではない。
ジ:どうするんですか? 先生。シンジャ先輩のお腹の赤ちゃん・・・。父無し子にするんですか?
ジュンスが、エレベーターのドアが閉まる直前、ドンヒョンに一言残していった。
シ:ねえ、インスタントコーヒーでもいい?
ド:ああ。
シンジャがコーヒーを入れて、ソファのほうへ持ってきて、テーブルの上にマグカップを2つ置く。
シ:どうぞ。
ド:ありがとう。
シ:今日はどうしたの?
ド:うん・・・。
シ:なあに? 話って。・・・この間、実家へ帰ってたのね。
ド:なんで知ってるの?
シ:事務所に電話したから。
ド:そう・・・。
シ:結婚の挨拶?
ド:うん。
シ:彼女と一緒?
ド:・・・そう・・・。
シ:・・・そう。コーヒー冷めるとマズイわよ、インスタントだから。
ド:ああ。(一口飲む)おまえは何の用で電話してきたの?
シ:・・・うう~んと~。忘れた。大したことじゃないわ。
ド:・・・最近、変わったことはない?
シ:変わったこと? 別に。
ド:じゃあ・・・ここ一年くらいで変わることは?
シ:そうねえ・・・。ああ、私、実はニューヨークへ行くのよ。一年半くらい。
ド:・・・なぜ?
シ:今まで働き詰めできたじゃない? だから、ここで充電しようかと思って。
ド:いつから?
シ:・・・3週間後・・・。
ド:ずいぶん急だね。急に決めたの?
シ:そうでもないけど・・・。
ド:オレが結婚するから?
シ:・・・。
ド:それでか?
シ:・・・。・・・。違うわ。
ド:オレは関係ないのか?
シ:ええ。
ド:・・・。
ピンポ~ン!
シ:あ、ごめんなさい。宅配便だわ。この時間を指定したから。ちょっと待っててね。
シンジャはソファから立ち上がって、インターホンへ行き、「はい」と答えて玄関へ向かった。
ドンヒョンは、シンジャの急なニューヨーク行きの話の、本当の理由を聞き出したい。
シンジャが玄関で宅配便をもらっている間、ドンヒョンはソファの横のサイドテーブルの上にある雑誌に目をやった。
ドンヒョンがいつも撮っている婦人誌の下に「赤ちゃん」という文字が見えた。雑誌を退かすと、「初めての赤ちゃん5月号」があった。
やっぱり。
ジュンスの言ったことは本当だった。
玄関のドアが閉まる音がして、シンジャが戻ってきた。
ドンヒョンは、赤ちゃん誌の上に婦人誌を重ねた。
シ:ごめ~ん。ちょっとこれ、閉まってくるね。
ド:いいよ。
シンジャは寝室へ入った。
今、手にしているものは、通販で購入したマタニティ用のガードルである。
テスが勧めてくれたものだ。
テ:先輩。ここの通販のガードルがいいんですよ。蒸れなくて適度に締まって動きやすいの。これから暑くなると、あせもができやすくなるから、これはおススメです。
シンジャは、ちょっと自分のお腹を撫でる。大きな鏡で全身を見る。
今日はAラインのカットソーを着ているので、お腹が目立ちにくい。
5ヶ月に入って、最近急にお腹が大きくなってきたように思う。
鏡でお腹の感じを確認すると、シンジャはリビングへ向かった。
シ:ごめんね。待たせて。さあ、お話を聞くわ。(笑顔でソファに座る)
ド:なぜ、一年半も韓国を留守にする?
シ:だから、充電だってば。
ド:オレに言い忘れていることはないの?(睨むようにじっと見る)
シ:何かしら?
ド:・・・。
シ:ご結婚、おめでとうとか?
ド:オレは親に許しは得たけど・・・婚約式はまだなんだ。
シ:・・・・。
ド:・・・おまえの気持ちを聞きたい。
シ:だから・・・。・・・・。・・・。この間言った通りよ・・・。
ド:ホントに?
シ:ええ。
ド:オレに未練はないの?
シ:どうしてそんなことを言うの?(少し笑った顔になる)
ド:オレにはあるから・・・。(真面目な顔で言う)
シ:・・・。かわいそうよ、そんなこと言っちゃ、結婚する人に・・・。
ド:でも、今ならまだ間に合うだろ? 一生のことだもん。(じっと見つめている)
シ:・・・でも、私は・・・結婚する気はないわ。(見つめ返す)
ド:全く?
シ:・・・・。ええ。
ド:・・・・。(見つめ合う)
シ:・・・・。
ド:わかった。おまえはオレなんか愛してなかったんだね? (もう一度確認する)
シ:・・・。
ド:オレは、おまえにずっと引っかかっていたけど・・・おまえの中ではもう終わってたんだ。
シ:・・・。ごめんなさい。(下を向く)
ド:わかったよ。それなら、いいよ。それを確認したかったんだ。おまえを泣かせたくないからさ。
シ:・・・・。
ド:じゃあ、オレからの頼みも聞いてくれる?
シ:何?
ド:つまり・・・オレに内緒のことはしてほしくない。
シ:・・・何が? (ドンヒョンの顔を見る)
ド:つまり・・・オレを好きでもなくて・・・オレと結婚したくもないなら、勝手なことはしないでほしい。
シ:・・・何を?
ド:オレはこれから家庭を築く・・・その相手に対して、後で謝らなければならないことはしたくない。
シ:・・・・。
ド:だから、オレを愛してないなら・・・オレたちを後で困らせないで。
シ:・・・困らせるって?
ド:・・・そう・・・。(じっとシンジャを見つめる)
ド:一人で子供なんて産むな。
シ:・・・。
ド:どうして言わない?
シ:・・・。
ド:子供って女だけのものなのか?
シ:・・・。
ド:オレはおまえを信じていたよ。そういうことになったら、二人で一緒に育てるのが筋だろ?
シ:でも・・・。
ド:でも、おまえはそれがイヤなんだね・・・。それなら、そんな勝手なことはしないでください。
シ:ドンヒョン。(驚く)
ド:勝手なことはしないで。
シ:降ろせって言うの?
ド:なんでそんな大事なことを今まで言わなかったの? 一人で産みたいから? オレは邪魔なわけか?
シ:そうじゃないわ・・・。
ド:どうして? 子供だけがほしかったの?
シ:そうじゃないわ・・・。
ド:オレとは結婚したくない・・・一緒に育てるのはいや・・・でも、産みたいの?
シ:・・・。
ド:何を考えているの?
シ:何って・・・。
ド:もう二人だけの問題じゃないんだよ。
シ:・・・。
ド:オレが結婚したら・・・オレは家の外に子供を持つことになるんだよ。それがわかる?
シ:・・・。
ド:いったい何を考えているの?
シ:放っておいて。誰から聞いたの?
ド:放っておけると思うの?
シ:誰から聞いたの?
ド:なぜ?
シ:誰から?
ド:ジュンス。
シ:ジュンス?
ド:そう、ジュンス。おまえのことを心配して、教えてくれたんだ。確かに、オレとあいつの間はギクシャクしている・・・。それでも、あいつはオレに言ったんだ。おまえのことが心配なんだよ。
シ:・・・あなたには・・・迷惑をかけないわ・・・。一人で育てます。
ド:・・・。
シ:・・・そうしたいの。
ド:オレは全然いらないってことか?
シ:・・・ええ。
ド:・・・。
シンジャは自分でも不思議な成り行きだった。
こんなにドンヒョンを愛しているのに、こんなことしか口にできない。
自分でもよくわからないが、ドンヒョンは結婚する相手ではないように思う。
ついさっきまで、ドンヒョンにどのように告白して、彼の結婚を阻止しようか悩んでいたのに、実際にドンヒョンに会ってみると、まるで今まで夢の中にいたのが、急に目が覚めた思いだ。
今日のドンヒョンは、今までと違って、危なげな感じもなく、ただの普通の男に見える。
この人は、意外に平凡な人だった。
それのどこがいけないのか、よくわからないが、大学時代から一緒にカメラマンを夢見て過ごしてきた彼は、ちょっとファンタスティックで、たくさんの女に囲まれていて・・・それでいて、私を好きで・・・男ぶりもよくて、申し分のない恋人だった。
今、結婚を口にしている彼は、確かにハンサムでカッコよくて優秀なカメラマンであることには違いないが、なぜか、今日のドンヒョンは、ただの40男に見える。
もう、ちっともファンタスティックでもなんでもない・・・。
それは、彼のせいでもない・・・。ただ、自分がそんな幻想の中にいただけだ。
ドンヒョンは、真面目に私への愛を貫いてきたのだ。
私が振ったことで、その満たされない思いを解消するように、他の女から女へ渡り歩いていたが、結局、普通の人である彼は普通の家庭に納まりたいのだ。
そういうことなのか・・・。
この間は、ドンヒョンから結婚の話を聞いて動揺し、彼を失ってしまうことへの喪失感に、ドンヒョンを手放すことの辛さで、胸が張り裂けそうだったのに。
今日、ここで改めて会う彼は、なぜか、あの時の彼とは違うように思える。
もう、彼は自分の男ではないのだ・・・。
シンジャは醒めた目で、ドンヒョンを見つめた。
ドンヒョンも気がついた。
こんなに長い間心を引き摺られ、好きだった女は、ただの強情な女だった。
こちらの気持ちに答えるものがない。壁で包囲され、難攻不落だ。
今までの月日は何だったのだろう。
特に今日は彼女の性格が鼻につく。
今付き合っている女性はとても天真爛漫でやさしい。
ちょっと天然ボケもあるが、料理の先生である彼女は、自分の仕事に対してはとても厳しい目も持っているのに、そうした厳しさをドンヒョンには向けない。
かわいい女だ。
そうだ。
彼女こそ、長年、自分の求めていた女だ・・・。
ドンヒョンは今、自分たちは完全に終わっていたことに気づいた。
子供ができたからといって、シンジャとの結婚を望むのは間違っていた。
きっと、シンジャは自分一人で育てていくのだろう。
彼女には、夫はいらなかったのだ。
ド:帰るよ。
シ:ドンヒョン・・・。
彼は立ち上がった。
ド:君の気持ちはわかった。
シ:ドンヒョン。
ド:今まで付き合ってくれてありがとう。これで本当にさよならだね。
シ:・・・。
ド:君の人生には、一切口出ししないよ。
シ:ドンヒョン・・・。
ド:そして・・・。オレは結婚するよ。
シ:・・・。
ド:皮肉だね。今、気がついたんだ。彼女を愛しているんだよ。さっきまでそれがよくわからなかった・・・。おまえのことで頭がいっぱいで、自分の本当の気持ちが見えてなかったよ。
シ:・・・。
ド:あまりにあっさり結婚を決めたんで、自分でもよくわからなかった。でも、今、気がついた。彼女が一番安らげる人だって・・・。実はもう、彼女を一番愛してるんだ・・・。
シ:ドンヒョン・・・。今度のことを許してくれる?
ド:・・・。
シ:絶対に迷惑をかけない・・・。頑張るわ・・・。あなたの奥さんに申し訳ないことはしない・・・。
ド:・・・。おまえは強情だよな・・・。
シ:すみません・・・。
ド:お元気で・・・。
ドンヒョンがシンジャに手を出した。
シンジャは、ドンヒョンの手を握る。
そして、二人はここで長かった関係に本当の終止符を打った。
ドンヒョンは最後に、シンジャに彼女の最大の我儘を許した。
ジュンスは、先週、母親に会ってから、母親の今後のことが気がかりだった。
もう一度、母親に会って、今後どうするのか聞きたかった。
年老いた母が、やくざ上がりの男の世話をしながら、場末のバーを切り盛りしていくと思うと、心が痛い。
確かに、あの人はそうやって生きてきた。これからもそうやって生きていくのだろう。
それが、あの人の人生だ。
そう考えても、何か母にしてあげられることはないのだろうかと思う。
先日、多少のお金は渡した。
それだって、きっと男のケガが完全に治る頃にはなくなっているだろう。
自分とテスは、生まれてくる子供を思い、部屋を改造し、名づけの本まで買って、戸籍に載る漢字の名前の画数まで検討している。
母だって、ジュンスが誕生するまでの時間をこうやって、父と過ごしたはずだ。
自分の誕生を喜び、母乳を与え、テスと同じように、小さな命を愛しんだにちがいない。
ジュンスは、病院へ電話を入れた。
聞いていた男の名前を告げて、看護している母を呼び出してもらった。
ナースステーションのカウンターに母親が呼び出されてくる。
母:もしもし、お電話変わりました。
ジ:お母さん、ジュンスです。
母:ジュンス・・・。どうしたの?
ジ:いつ退院ですか?
母:明後日の予定だけど・・・なあに?
ジ:うん・・・。もう一度会いたいと思って・・・。お母さんの今後のことも聞きたいし。
母:・・・そう・・・。
ジ:明日、病院のほうへ行ってもいいかな?
母:・・・そうね・・・。何時頃、来るの?
ジ:この間と同じ時間でいい?
母:わかったわ。・・・じゃあ、待ってるわね。
ジ:じゃあ、明日。
ジュンスが今、母にできることが何かわからない。
でも、これからは、母の男のためでなく、本当に母のために、力が必要な時に手を貸してあげたいと思う。
そのためにも、明日会って、もう一度、母と話がしたかった。
ナースステーションに、お礼を言って、ジュンスの母親は考え事をしながら歩いている。
前から小さな子の手を引きながら、若い夫婦が見舞いを終えて帰ってくる。
母はその姿をじっと眺めた。
病室に戻ると、担当医が訪れていた。
母:先生。
医:あ、奥さん。
母:どうしたんですか?
医:いや、明日、明後日って学会へ行っちゃうもんだから、最後の挨拶に来たんですよ。でも、元気になってよかったよ。
母:ありがとうございます。
医:ここまで治っていれば安心だね。
母:先生、退院の日、一日早めて明日でもいいですか?
医:急だなあ。
母:ええ、ちょっと他にも用ができたので、できれば明日がいいなと思って。
男:なんの用だよ。
母:後で話すわ。いかがですか?
医:それはいいけど・・・。
母:ではそうさせてください。お願いします。
医:じゃあ、そのように手続きしておくよ。午前中まででいいかな?
母:はい。ありがとうございます。
医師は病室を出ていった。
男:なんで急いでるんだよ。明後日でもいいじゃないか。入院費が足りないの?
母:そうじゃないの・・・。
母は窓際に立って、外を眺めた。
そして、振り返って言う。
母:今ね、電話がかかってきちゃったの。お金借りた人から。
男:それで?
母:やっぱり、念書書いてくれって。
男:どうするんだよ。
母:だから・・・逃げる。(男を睨みつける)
男:おまえ!
母:だって、返せないもん。こんな大金・・・。それに明日来て、あんたの顔も見たいって。
男:オレの顔?
母:うん。その人・・・ちょっと力のある人だから・・・顔が知れると怖いわ・・・。
男:・・・・。
母:私の店や住まいはバレてないから・・・。ここには、田舎へ帰るってうそついて、逃げよ。
男:じゃあ、これからの医者は?
母:それだけは、ここの先生に紹介状書いてもらう。もうここへ来たら危ないわ。
男:おいおい。今日は大丈夫なのかよ?(少し怯える)
母:たぶんね・・・。ソウルの中心街に住んでいる人だから、今日は来ないわ。明日、午後来るって。
男:おいおい・・・。参ったなあ。
母:これもあんたのためよ!(睨みつける)
男:わかったよ! 参ったな・・・。
母はまた窓の外を見る。
病院の中庭に、老人の車椅子を押す若い息子がいる。
自分にはそんな日は来ないだろう・・・。
あの子に、こんなややこしい人生を歩んでいる自分を押し付けるわけにはいかない。
それより、一人野垂れ死にしたほうがましだ。
あの子には新しい家族がいる。
何か書き残そうか・・・。
いや、言葉なんていらないだろう・・・。
私が消える・・・。それだけでいい。
翌日の夕方、テスはいつものように、買い物カゴを下げて、夕食の買い物から戻ってきた。
今日、ジュンスは母親とどんな話をしたのだろうか。
いつかこの家に、かわいい孫の顔を見に来るのだろうか。
2階へ上がり、部屋の電気をつける。
寝室の扉が開いている。
中を見ると、ジュンスが寝転んでいる。
テ:ジュンス。帰ってたの? 早かったわね。
ジ:うん・・・。(元気のなさそうな声)
テ:お母さんとはどんな話をしたの?
ジ:いなかったよ・・・。
テ:だって、約束したんでしょ?
ジ:うん・・・。でもいなかった。
テ:どうしたのかしら?
ジ:もう退院してたよ。午前中に・・・。
テ:え? それで、どこへ行っちゃったの?
ジ:わからない・・・。消えちゃった・・・。
テ:そんなあ・・・。
ジ:オレに何も言わずに消えちゃった・・・。
テ:ジュンス・・・・。
テスが寝室へ入り、ベッドで寝ているジュンスの脇に座る。
ジュンスは天井を見ている。
ジ:なんにも残さなかった。手紙も・・・言伝も・・・。
ジュンスの目がキラキラっと光った。
テ:そう・・・。これ以上、あなたに心配かけたくなかったのね・・・。
ジ:でも・・・。
テ:・・・あなたを大事に思っているのよ・・・。だから、あなたを守ったのよ。
ジ:・・・そんなことしなくてもよかったのに・・・。そんなこと考えなくても・・・。
テ:ジュンス・・・。あなたを本当に愛しているのね、お母さんは。お母さんはずっとあなたを愛していたのね。
ジ:テス・・・。
ジュンスはやりきれない顔をして、テスを見つめた。
ジ:来て・・・。
テ:うん・・・。
テスはジュンスの横に並んで寝転んだ。
ジュンスを腕枕して、抱き寄せ、頭を抱いた。
テ:きっとまた会えるわよ・・・。いつかまた、笑って会える日が来る・・・。それまで、一緒に待ちましょう・・・。二人で一緒に待ちましょう。
テスは、流れる涙をそのままに、やさしくジュンスの頭を抱き締めた。
第6部へ続く
何も告げずに去った母・・・。
一人、子供を産もうとするシンジャ・・・。
それぞれの決意のもとに、
また新しい生活が始まる。
キム・へス 主演
「愛しい人2部」第5部
二人が
愛し合うことは
当たり前
私たちは
家族になる
家族
それは複雑で
それは温かい・・・
【第5章 選び取る生き方】
昼時になって、ジュンスがスタジオから2階へ上がっていくと、テスの姿が見えない。
ジ:テス?
どこへ行ったのかなと、部屋の中を見回して、寝室の扉を開けると、テスが横になっていた。
ジ:具合が悪いの?
テ:うん、ちょっとね。お腹がコチンコチンに張ってるの・・・。
ジュンスはベッドサイドに行き、お腹を触った。
ジ:ホントだ。大丈夫? (心配そうな顔をする)
テ:うん、少し休めば大丈夫。さっき、クローゼットの中の整理をしてたの。ちょっと頑張りすぎたみたい。
ジ:そう。(笑った)
テ:何がおかしいの?
ジ:いや・・・。(笑っている)昨日のことがマズかったのかなと思って、一瞬ドキッとしたよ。
テ:え?・・・ああ、バカね・・・。(ちょっと嫌そうな顔をして笑う)そんなことはないわよ。
ジュンスがテスの横に寝転がった。そして、ちょっとテスの髪を撫でた。
ジ:この子が機嫌を損ねたのかと思ったよ。
テ:だったらどうする?(笑顔でジュンスを見る)
ジ:う~ん。(お腹を撫でて)パパも仲間に入れて。いいだろう。
テ:フフフ・・・。バカね。
ジュンスは、またテスの髪を撫でて、頬を撫で、顔を見つめた。
ジ:じゃあ、二人のご機嫌を取ろう。パパがなんか昼飯を作ってあげよう。
テ:あ~ん、パパ、素敵!
ジ:バカ。
ジュンスは笑って起き上がり、キッチンのほうへ行く。
テ:パパさん、ご飯があるの。ナムルもあるわよ。
ジ:そんなイージーな・・・。ええっと。キムチ・チャーハン、作るよ。いいよね?
テ:サンキュ! できたら教えて。
ジ:OK!
昼食の準備ができた頃には、テスのお腹も柔らかくなって、テスはダイニングテーブルに着く。
ジ:現金なお腹だな。(テーブルに皿を置きながら言う)
テ:私じゃないわよ。この子が現金なだけよ。きっと食い意地が張った子なのよね。(笑う)
ジ:そうだな。あんまり言うと聞こえるぞ。
テ:そうね。(お腹に向かって)ごめんね、パパもママも愛してるよ~。ママが代わりに食べてあげるからね~。(撫でる)
ジ:ふん。(笑う)
テ:納豆も少し入れたんだ。(チャーハンの中を見る)
ジ:そのほうが健康的だろ? (コップに水を注ぐ)
テ:サンキュ!(食べる)おいしい!
ジ:使えるパパさんでよかったね。
テ:(笑う)ホント!
ジ:(水を飲む)でも、さっきはちょっとヒヤッとしちゃったよ。
テ:そうお? ・・・ああ・・・あれね。「まだいいですよ」って、この間、先生が言ってたじゃない。
ジ:そうだよね・・・。
テ:でも、あの時も恥ずかしかった。(食べながら)夫が一緒に産婦人科に来て、そんな話を聞くって・・・前代未聞よ。たぶん。(水を飲む)
ジ:(食べながら話す)そうかなあ。でも、自然分娩の話はちゃんとわかったから、よかったよ、行って。出産までに問題がなければ、そのまま産むんだね?
テ:うん。いいでしょ?
ジ:うん。(顔を上げて、テスを見る)
テ:でも、ちょっと怖いの。(にこやかにジュンスを見る)
ジ:何が?
テ:だって、陣痛って初めてなのよ。きっとすごく痛いのよね。
ジ:そうだね・・・。頑張ってね・・・。その代わり、「ヒッヒッフ~」の講座には一緒に出てあげるから。
テ:サンキュ! でも、写真も取りたいんでしょ?
ジ:うん。分娩室で撮っていいって先生が言ってたからね。 だから、分娩室に入る前までね、一緒に「ヒッヒッフ~」は。
テ:わかった。でもさ・・・。(テスがスプーンをくわえてジュンスを見る)
ジ:なあに?
テ:あの先生、その写真、貸してくださいって言ってたよね。ちょうどカメラマンが来て、ラッキーって感じだったよね?
ジ:あ~あ。(頷く)
テ:どうする? 産科の待合の壁に貼られたら?
ジ:いいじゃない?
テ:ちょっと嫌なところの写真は勘弁してほしいなあ。
ジ:もちろん、それは断るよ! その時はちゃんと写真をセレクトするよ、もちろん!
テ:結構、先生が赤ちゃんを取り上げてニコっとしている写真がよかったりしてね。
ジ:それも撮ってあげよう。(笑う)でも、よかったじゃない? それをあげれば写真を撮らせてくれるんだから・・・よかったよ。
テ:そうね!
ジュンスがウーロン茶を入れた。
テ:サンキュ!
ジ:ところで、実は昨日・・・。
テ:昨日?
ジ:B出版のエレベーターで、ドンヒョンに会ったよ。
テ:それで? 言ったの? シンジャ先輩のこと?
ジ:う~ん。それが、あっちが「結婚おめでとう」って言うから、「ありがとうございます。子供がもうすぐ生まれます」って言ったら・・・。
テ:言ったら?
ジ:「オレも結婚するんだよ」って。
テ:え~! シンジャ先輩からぜんぜん聞いてないわよね?
ジ:・・・確認したら、違う人だって・・・。
テ:ええ! そんなあ・・・。
ジ:誰かの紹介で会った人みたい。
テ:そんなあ・・・。それで。
ジ:このまま、黙っているわけにはいかないから、オレがエレベーターを降りて、言ったんだ。「どうするんですか? シンジャ先輩のお腹の赤ちゃん」て。
テ:・・・どうするのかしら・・・。
ジ:どうするんだろうね・・・。
テ:う~ん・・・・。
ド:シンジャ!
外出から帰ったシンジャが、自分のマンションのエントランスに差しかかると、ドンヒョンが声をかけてきた。
4月の明るくなってきた夕暮れの中、ドンヒョンが真剣な眼差しで立っている。
そんな顔をされるようなことはシンジャには身に覚えがあるが・・・いったいドンヒョンの用事は何なのだろう。
シ:ドンヒョン、どうしたの? 怖い顔して。
ド:・・・。
シ:電話くれればよかったのに。何時になるかわからないじゃない。
ド:うん・・・まあな。
シ:どうしたのよ?
ド:おまえに話がある。
シ:私に?
ド:ああ。
シ:じゃあ、上がって。
シンジャの後をついて、ドンヒョンはマンションへ入っていった。
シンジャの様子は、いつもと変わったところはなかった。
全く変わらない笑顔で、いつもと同じように、ドンヒョンを部屋へ通した。
シ:何か飲む?
ド:うん。
シ:ビール?
ド:いや、お茶か水。
シ:へえ・・・それでいいの?
シンジャに差し迫った感じは一つもない。
でも、ドンヒョンにはわかる。
あのジュンスが口にした言葉だ。
確かに、オレはあいつを裏切るようなことをしたが、あいつは、人を引っ掛けるようなことをする人間ではない。
ジ:どうするんですか? 先生。シンジャ先輩のお腹の赤ちゃん・・・。父無し子にするんですか?
ジュンスが、エレベーターのドアが閉まる直前、ドンヒョンに一言残していった。
シ:ねえ、インスタントコーヒーでもいい?
ド:ああ。
シンジャがコーヒーを入れて、ソファのほうへ持ってきて、テーブルの上にマグカップを2つ置く。
シ:どうぞ。
ド:ありがとう。
シ:今日はどうしたの?
ド:うん・・・。
シ:なあに? 話って。・・・この間、実家へ帰ってたのね。
ド:なんで知ってるの?
シ:事務所に電話したから。
ド:そう・・・。
シ:結婚の挨拶?
ド:うん。
シ:彼女と一緒?
ド:・・・そう・・・。
シ:・・・そう。コーヒー冷めるとマズイわよ、インスタントだから。
ド:ああ。(一口飲む)おまえは何の用で電話してきたの?
シ:・・・うう~んと~。忘れた。大したことじゃないわ。
ド:・・・最近、変わったことはない?
シ:変わったこと? 別に。
ド:じゃあ・・・ここ一年くらいで変わることは?
シ:そうねえ・・・。ああ、私、実はニューヨークへ行くのよ。一年半くらい。
ド:・・・なぜ?
シ:今まで働き詰めできたじゃない? だから、ここで充電しようかと思って。
ド:いつから?
シ:・・・3週間後・・・。
ド:ずいぶん急だね。急に決めたの?
シ:そうでもないけど・・・。
ド:オレが結婚するから?
シ:・・・。
ド:それでか?
シ:・・・。・・・。違うわ。
ド:オレは関係ないのか?
シ:ええ。
ド:・・・。
ピンポ~ン!
シ:あ、ごめんなさい。宅配便だわ。この時間を指定したから。ちょっと待っててね。
シンジャはソファから立ち上がって、インターホンへ行き、「はい」と答えて玄関へ向かった。
ドンヒョンは、シンジャの急なニューヨーク行きの話の、本当の理由を聞き出したい。
シンジャが玄関で宅配便をもらっている間、ドンヒョンはソファの横のサイドテーブルの上にある雑誌に目をやった。
ドンヒョンがいつも撮っている婦人誌の下に「赤ちゃん」という文字が見えた。雑誌を退かすと、「初めての赤ちゃん5月号」があった。
やっぱり。
ジュンスの言ったことは本当だった。
玄関のドアが閉まる音がして、シンジャが戻ってきた。
ドンヒョンは、赤ちゃん誌の上に婦人誌を重ねた。
シ:ごめ~ん。ちょっとこれ、閉まってくるね。
ド:いいよ。
シンジャは寝室へ入った。
今、手にしているものは、通販で購入したマタニティ用のガードルである。
テスが勧めてくれたものだ。
テ:先輩。ここの通販のガードルがいいんですよ。蒸れなくて適度に締まって動きやすいの。これから暑くなると、あせもができやすくなるから、これはおススメです。
シンジャは、ちょっと自分のお腹を撫でる。大きな鏡で全身を見る。
今日はAラインのカットソーを着ているので、お腹が目立ちにくい。
5ヶ月に入って、最近急にお腹が大きくなってきたように思う。
鏡でお腹の感じを確認すると、シンジャはリビングへ向かった。
シ:ごめんね。待たせて。さあ、お話を聞くわ。(笑顔でソファに座る)
ド:なぜ、一年半も韓国を留守にする?
シ:だから、充電だってば。
ド:オレに言い忘れていることはないの?(睨むようにじっと見る)
シ:何かしら?
ド:・・・。
シ:ご結婚、おめでとうとか?
ド:オレは親に許しは得たけど・・・婚約式はまだなんだ。
シ:・・・・。
ド:・・・おまえの気持ちを聞きたい。
シ:だから・・・。・・・・。・・・。この間言った通りよ・・・。
ド:ホントに?
シ:ええ。
ド:オレに未練はないの?
シ:どうしてそんなことを言うの?(少し笑った顔になる)
ド:オレにはあるから・・・。(真面目な顔で言う)
シ:・・・。かわいそうよ、そんなこと言っちゃ、結婚する人に・・・。
ド:でも、今ならまだ間に合うだろ? 一生のことだもん。(じっと見つめている)
シ:・・・でも、私は・・・結婚する気はないわ。(見つめ返す)
ド:全く?
シ:・・・・。ええ。
ド:・・・・。(見つめ合う)
シ:・・・・。
ド:わかった。おまえはオレなんか愛してなかったんだね? (もう一度確認する)
シ:・・・。
ド:オレは、おまえにずっと引っかかっていたけど・・・おまえの中ではもう終わってたんだ。
シ:・・・。ごめんなさい。(下を向く)
ド:わかったよ。それなら、いいよ。それを確認したかったんだ。おまえを泣かせたくないからさ。
シ:・・・・。
ド:じゃあ、オレからの頼みも聞いてくれる?
シ:何?
ド:つまり・・・オレに内緒のことはしてほしくない。
シ:・・・何が? (ドンヒョンの顔を見る)
ド:つまり・・・オレを好きでもなくて・・・オレと結婚したくもないなら、勝手なことはしないでほしい。
シ:・・・何を?
ド:オレはこれから家庭を築く・・・その相手に対して、後で謝らなければならないことはしたくない。
シ:・・・・。
ド:だから、オレを愛してないなら・・・オレたちを後で困らせないで。
シ:・・・困らせるって?
ド:・・・そう・・・。(じっとシンジャを見つめる)
ド:一人で子供なんて産むな。
シ:・・・。
ド:どうして言わない?
シ:・・・。
ド:子供って女だけのものなのか?
シ:・・・。
ド:オレはおまえを信じていたよ。そういうことになったら、二人で一緒に育てるのが筋だろ?
シ:でも・・・。
ド:でも、おまえはそれがイヤなんだね・・・。それなら、そんな勝手なことはしないでください。
シ:ドンヒョン。(驚く)
ド:勝手なことはしないで。
シ:降ろせって言うの?
ド:なんでそんな大事なことを今まで言わなかったの? 一人で産みたいから? オレは邪魔なわけか?
シ:そうじゃないわ・・・。
ド:どうして? 子供だけがほしかったの?
シ:そうじゃないわ・・・。
ド:オレとは結婚したくない・・・一緒に育てるのはいや・・・でも、産みたいの?
シ:・・・。
ド:何を考えているの?
シ:何って・・・。
ド:もう二人だけの問題じゃないんだよ。
シ:・・・。
ド:オレが結婚したら・・・オレは家の外に子供を持つことになるんだよ。それがわかる?
シ:・・・。
ド:いったい何を考えているの?
シ:放っておいて。誰から聞いたの?
ド:放っておけると思うの?
シ:誰から聞いたの?
ド:なぜ?
シ:誰から?
ド:ジュンス。
シ:ジュンス?
ド:そう、ジュンス。おまえのことを心配して、教えてくれたんだ。確かに、オレとあいつの間はギクシャクしている・・・。それでも、あいつはオレに言ったんだ。おまえのことが心配なんだよ。
シ:・・・あなたには・・・迷惑をかけないわ・・・。一人で育てます。
ド:・・・。
シ:・・・そうしたいの。
ド:オレは全然いらないってことか?
シ:・・・ええ。
ド:・・・。
シンジャは自分でも不思議な成り行きだった。
こんなにドンヒョンを愛しているのに、こんなことしか口にできない。
自分でもよくわからないが、ドンヒョンは結婚する相手ではないように思う。
ついさっきまで、ドンヒョンにどのように告白して、彼の結婚を阻止しようか悩んでいたのに、実際にドンヒョンに会ってみると、まるで今まで夢の中にいたのが、急に目が覚めた思いだ。
今日のドンヒョンは、今までと違って、危なげな感じもなく、ただの普通の男に見える。
この人は、意外に平凡な人だった。
それのどこがいけないのか、よくわからないが、大学時代から一緒にカメラマンを夢見て過ごしてきた彼は、ちょっとファンタスティックで、たくさんの女に囲まれていて・・・それでいて、私を好きで・・・男ぶりもよくて、申し分のない恋人だった。
今、結婚を口にしている彼は、確かにハンサムでカッコよくて優秀なカメラマンであることには違いないが、なぜか、今日のドンヒョンは、ただの40男に見える。
もう、ちっともファンタスティックでもなんでもない・・・。
それは、彼のせいでもない・・・。ただ、自分がそんな幻想の中にいただけだ。
ドンヒョンは、真面目に私への愛を貫いてきたのだ。
私が振ったことで、その満たされない思いを解消するように、他の女から女へ渡り歩いていたが、結局、普通の人である彼は普通の家庭に納まりたいのだ。
そういうことなのか・・・。
この間は、ドンヒョンから結婚の話を聞いて動揺し、彼を失ってしまうことへの喪失感に、ドンヒョンを手放すことの辛さで、胸が張り裂けそうだったのに。
今日、ここで改めて会う彼は、なぜか、あの時の彼とは違うように思える。
もう、彼は自分の男ではないのだ・・・。
シンジャは醒めた目で、ドンヒョンを見つめた。
ドンヒョンも気がついた。
こんなに長い間心を引き摺られ、好きだった女は、ただの強情な女だった。
こちらの気持ちに答えるものがない。壁で包囲され、難攻不落だ。
今までの月日は何だったのだろう。
特に今日は彼女の性格が鼻につく。
今付き合っている女性はとても天真爛漫でやさしい。
ちょっと天然ボケもあるが、料理の先生である彼女は、自分の仕事に対してはとても厳しい目も持っているのに、そうした厳しさをドンヒョンには向けない。
かわいい女だ。
そうだ。
彼女こそ、長年、自分の求めていた女だ・・・。
ドンヒョンは今、自分たちは完全に終わっていたことに気づいた。
子供ができたからといって、シンジャとの結婚を望むのは間違っていた。
きっと、シンジャは自分一人で育てていくのだろう。
彼女には、夫はいらなかったのだ。
ド:帰るよ。
シ:ドンヒョン・・・。
彼は立ち上がった。
ド:君の気持ちはわかった。
シ:ドンヒョン。
ド:今まで付き合ってくれてありがとう。これで本当にさよならだね。
シ:・・・。
ド:君の人生には、一切口出ししないよ。
シ:ドンヒョン・・・。
ド:そして・・・。オレは結婚するよ。
シ:・・・。
ド:皮肉だね。今、気がついたんだ。彼女を愛しているんだよ。さっきまでそれがよくわからなかった・・・。おまえのことで頭がいっぱいで、自分の本当の気持ちが見えてなかったよ。
シ:・・・。
ド:あまりにあっさり結婚を決めたんで、自分でもよくわからなかった。でも、今、気がついた。彼女が一番安らげる人だって・・・。実はもう、彼女を一番愛してるんだ・・・。
シ:ドンヒョン・・・。今度のことを許してくれる?
ド:・・・。
シ:絶対に迷惑をかけない・・・。頑張るわ・・・。あなたの奥さんに申し訳ないことはしない・・・。
ド:・・・。おまえは強情だよな・・・。
シ:すみません・・・。
ド:お元気で・・・。
ドンヒョンがシンジャに手を出した。
シンジャは、ドンヒョンの手を握る。
そして、二人はここで長かった関係に本当の終止符を打った。
ドンヒョンは最後に、シンジャに彼女の最大の我儘を許した。
ジュンスは、先週、母親に会ってから、母親の今後のことが気がかりだった。
もう一度、母親に会って、今後どうするのか聞きたかった。
年老いた母が、やくざ上がりの男の世話をしながら、場末のバーを切り盛りしていくと思うと、心が痛い。
確かに、あの人はそうやって生きてきた。これからもそうやって生きていくのだろう。
それが、あの人の人生だ。
そう考えても、何か母にしてあげられることはないのだろうかと思う。
先日、多少のお金は渡した。
それだって、きっと男のケガが完全に治る頃にはなくなっているだろう。
自分とテスは、生まれてくる子供を思い、部屋を改造し、名づけの本まで買って、戸籍に載る漢字の名前の画数まで検討している。
母だって、ジュンスが誕生するまでの時間をこうやって、父と過ごしたはずだ。
自分の誕生を喜び、母乳を与え、テスと同じように、小さな命を愛しんだにちがいない。
ジュンスは、病院へ電話を入れた。
聞いていた男の名前を告げて、看護している母を呼び出してもらった。
ナースステーションのカウンターに母親が呼び出されてくる。
母:もしもし、お電話変わりました。
ジ:お母さん、ジュンスです。
母:ジュンス・・・。どうしたの?
ジ:いつ退院ですか?
母:明後日の予定だけど・・・なあに?
ジ:うん・・・。もう一度会いたいと思って・・・。お母さんの今後のことも聞きたいし。
母:・・・そう・・・。
ジ:明日、病院のほうへ行ってもいいかな?
母:・・・そうね・・・。何時頃、来るの?
ジ:この間と同じ時間でいい?
母:わかったわ。・・・じゃあ、待ってるわね。
ジ:じゃあ、明日。
ジュンスが今、母にできることが何かわからない。
でも、これからは、母の男のためでなく、本当に母のために、力が必要な時に手を貸してあげたいと思う。
そのためにも、明日会って、もう一度、母と話がしたかった。
ナースステーションに、お礼を言って、ジュンスの母親は考え事をしながら歩いている。
前から小さな子の手を引きながら、若い夫婦が見舞いを終えて帰ってくる。
母はその姿をじっと眺めた。
病室に戻ると、担当医が訪れていた。
母:先生。
医:あ、奥さん。
母:どうしたんですか?
医:いや、明日、明後日って学会へ行っちゃうもんだから、最後の挨拶に来たんですよ。でも、元気になってよかったよ。
母:ありがとうございます。
医:ここまで治っていれば安心だね。
母:先生、退院の日、一日早めて明日でもいいですか?
医:急だなあ。
母:ええ、ちょっと他にも用ができたので、できれば明日がいいなと思って。
男:なんの用だよ。
母:後で話すわ。いかがですか?
医:それはいいけど・・・。
母:ではそうさせてください。お願いします。
医:じゃあ、そのように手続きしておくよ。午前中まででいいかな?
母:はい。ありがとうございます。
医師は病室を出ていった。
男:なんで急いでるんだよ。明後日でもいいじゃないか。入院費が足りないの?
母:そうじゃないの・・・。
母は窓際に立って、外を眺めた。
そして、振り返って言う。
母:今ね、電話がかかってきちゃったの。お金借りた人から。
男:それで?
母:やっぱり、念書書いてくれって。
男:どうするんだよ。
母:だから・・・逃げる。(男を睨みつける)
男:おまえ!
母:だって、返せないもん。こんな大金・・・。それに明日来て、あんたの顔も見たいって。
男:オレの顔?
母:うん。その人・・・ちょっと力のある人だから・・・顔が知れると怖いわ・・・。
男:・・・・。
母:私の店や住まいはバレてないから・・・。ここには、田舎へ帰るってうそついて、逃げよ。
男:じゃあ、これからの医者は?
母:それだけは、ここの先生に紹介状書いてもらう。もうここへ来たら危ないわ。
男:おいおい。今日は大丈夫なのかよ?(少し怯える)
母:たぶんね・・・。ソウルの中心街に住んでいる人だから、今日は来ないわ。明日、午後来るって。
男:おいおい・・・。参ったなあ。
母:これもあんたのためよ!(睨みつける)
男:わかったよ! 参ったな・・・。
母はまた窓の外を見る。
病院の中庭に、老人の車椅子を押す若い息子がいる。
自分にはそんな日は来ないだろう・・・。
あの子に、こんなややこしい人生を歩んでいる自分を押し付けるわけにはいかない。
それより、一人野垂れ死にしたほうがましだ。
あの子には新しい家族がいる。
何か書き残そうか・・・。
いや、言葉なんていらないだろう・・・。
私が消える・・・。それだけでいい。
翌日の夕方、テスはいつものように、買い物カゴを下げて、夕食の買い物から戻ってきた。
今日、ジュンスは母親とどんな話をしたのだろうか。
いつかこの家に、かわいい孫の顔を見に来るのだろうか。
2階へ上がり、部屋の電気をつける。
寝室の扉が開いている。
中を見ると、ジュンスが寝転んでいる。
テ:ジュンス。帰ってたの? 早かったわね。
ジ:うん・・・。(元気のなさそうな声)
テ:お母さんとはどんな話をしたの?
ジ:いなかったよ・・・。
テ:だって、約束したんでしょ?
ジ:うん・・・。でもいなかった。
テ:どうしたのかしら?
ジ:もう退院してたよ。午前中に・・・。
テ:え? それで、どこへ行っちゃったの?
ジ:わからない・・・。消えちゃった・・・。
テ:そんなあ・・・。
ジ:オレに何も言わずに消えちゃった・・・。
テ:ジュンス・・・・。
テスが寝室へ入り、ベッドで寝ているジュンスの脇に座る。
ジュンスは天井を見ている。
ジ:なんにも残さなかった。手紙も・・・言伝も・・・。
ジュンスの目がキラキラっと光った。
テ:そう・・・。これ以上、あなたに心配かけたくなかったのね・・・。
ジ:でも・・・。
テ:・・・あなたを大事に思っているのよ・・・。だから、あなたを守ったのよ。
ジ:・・・そんなことしなくてもよかったのに・・・。そんなこと考えなくても・・・。
テ:ジュンス・・・。あなたを本当に愛しているのね、お母さんは。お母さんはずっとあなたを愛していたのね。
ジ:テス・・・。
ジュンスはやりきれない顔をして、テスを見つめた。
ジ:来て・・・。
テ:うん・・・。
テスはジュンスの横に並んで寝転んだ。
ジュンスを腕枕して、抱き寄せ、頭を抱いた。
テ:きっとまた会えるわよ・・・。いつかまた、笑って会える日が来る・・・。それまで、一緒に待ちましょう・・・。二人で一緒に待ちましょう。
テスは、流れる涙をそのままに、やさしくジュンスの頭を抱き締めた。
第6部へ続く
何も告げずに去った母・・・。
一人、子供を産もうとするシンジャ・・・。
それぞれの決意のもとに、
また新しい生活が始まる。