薬物固体表面pH

2021-10-27
解離性薬物の溶出速度には、溶出中の固体表面pH(と固体表面の溶解度)が大きく影響します。固体表面pHを無視した場合、溶出速度の計算誤差は、数百倍にも達します。

1980年代前半には既に、Mooney& Stellaにより、酸性薬物の固体表面pHの計算方法が提示されております。また、近年では、生体の緩衝系である炭酸緩衝液の特殊性がクローズアップされていますが、炭酸緩衝液の特殊性は、固体表面pHがかかわる現象において、顕著に表れます。炭酸緩衝液についても、Greg Amidonらのグループから固体表面pHの計算方法が提示されております。

しかしながら、固体表面pHの重要性はしばしば忘れられ、固体表面pHを無視した経口吸収シミュレーションが(パラメータフィッティングと共に)濫用されております。

(繰り返しになりますが、薬物毎にパラメータフィッティングをすると、誤りが隠蔽され、正しいサイエンスが無視されてしまう結果になります。パラメータフィッティングにより、先輩研究者の素晴らしい研究が無視されることは、とても遺憾です。)

固体表面pHは重要だという認識が広がらない理由の一つとして、固体表面pHに関する論文が、難解である点が挙げられます。論文を難解にしている理由は、計算のカギとなる原理が明示的に示されていない点だと考えられます。

また、固体表面pHの実測可能な代替指標として、スラリーpHが提案されていました。これは、溶解度測定時の平衡状態でのfinal pHのことです。緩衝液を用いていない場合や、用いていても緩衝能が低い場合、final pHはinitial pHからズレます。なお、胃液は緩衝能がなく、小腸溶液の緩衝能はとても低いことが知られています。しかし、平衡状態のスラリーpHが、溶出中の固体表面pHの代替指標になりえる理論的な根拠は、これまで示されてきませんでした。

そこで、計算の「見通し」を良くすることを念頭にしつつ、さらに塩の場合を包含する形に、固体表面pHの計算方法を定式化しました。

Uekusa, T., Avdeef, A., & Sugano, K. (2021). Is equilibrium slurry pH a good surrogate for solid surface pH during drug dissolution?. European Journal of Pharmaceutical Sciences, 106037.

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0928098721003407

具体的には、平衡状態のpH計算に用いる「電気的中性の原理」を、流束次元に適応した「電荷流束中性の原理」という概念を導入しました。また、Fickの第一法則から直接「電荷流束中性の式」を導いています。(定常状態近似では、Fickの第2法則を使う必要はないので、これでOK)

つまり、

スラリーpH:「電気中性」&「平衡状態」
溶出中の固体表面pH: 「電荷流束中性」&「定常状態」

を出発点として計算することが出来ます。

このことで、スラリーpHと溶出中の固体表面pHの対応関係が明確になり、計算方法も(以前よりも多少は)見通しが良くなったと思います。そのことで、塩の表面pHに理論を拡張することができました。炭酸緩衝液の計算も簡単になりました。

各概念の模式図や、計算のフローチャートも論文に掲載し、数式を追わなくても雰囲気をつかめるようにしました。ご一読いただければ幸いです。