Virtual bioequivalence study using in vitro dissolution test and PBPK model

2023-12-21
近年、溶出試験の結果をPBPK modelのインプットデータとして用いた「仮想生物学的同等性試験(Virtual bioequivalance (BE) study)」に関する論文が増えています。Virtual BE studyというコンセプト自体については、科学技術の「将来の大きな目標」としては良いのかなと思います。
しかし、溶出試験とPBPK modelの組み合わせでそれが達成できるという、これまでの論文の主張は、誇大表現であると思います。そもそも、溶出試験の結果を、そのまま、PBPK modelのインプットデータとして用いる場合、原理的に、virtual BE studyには、成り得ません。

まず初めに、何故、PBPK modelがvirtual BE studyに適していると考えられているのか?から考えてみましょう。
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/// PBPK modelがvirtual BE studyに適していると、理論上、考えられている理由 ///

PBPK modelは、基本的に、bottom-upにより構築されるモデルです。
PBPK modelは、「生理学的パラメータ」と「薬物固有パラメータ」を含む「メカニズムベース数理モデル」で構築されています。
「生理学的パラメータ」は、個体間差や個体内差(cross-over試験における試験間差)が反映されます。
一方で、「薬物固有パラメータ」は、それらに左右されない薬物固有のパラメータです。

例えば、消化管溶液内の溶解度(S)については、
薬物固有パラメータ: 固有溶解度(S0)、酸塩基解離定数(pKa)、胆汁ミセル分解係数(Kbm0, Kbm+など)
生理学的パラメータ: pH、胆汁ミセル濃度
メカニズムベース数理モデル: 胆汁ミセル分配を考慮に入れたHenderson-Hasselbalch式
です。
したがって、ある母集団における各生理学的パラメータの分布がわかっていれば(正規分布を仮定するなら、平均と標準偏差がわかっていれば)、それらを基にして、ランダムに生理学的パラメータを発生させて「仮想被験者群」を構築できるため、理論上、血中濃度推移の「バラツキ」を計算できます。
特に、BEに対してPBPK modelの応用が期待される理由は、BEにおいては、AUCやCmaxの90%信頼区画の計算が求められるからです。
したがって、PBPK modelによるVirtual BE studyというコンセプト自体は有望なものです。
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/// 溶出試験の結果をPBPK modelのインプットデータとして用いる場合、virtual BE studyにならない理由///

しかし、溶出試験の結果(溶出プロファイル)を、そのまま、PBPK modelのインプットデータとして用いる場合、Virtual BE studyというコンセプトは成立しません。

一般に、PBPK modelを用いたvirtual BE studyでは、消化管の生理学的パラメータのバラツキが、生体内での製剤の溶出プロファイル(*)に与える影響を予測したいわけです。
しかし、溶出試験の結果をPBPK modelのインプットデータとしてそのまま用いる場合、シミュレーション時に溶出部分はそのまま固定されます。したがって、シミュレーション内では、生理学的パラメータは溶出プロファイルに影響を与えません。たとえば、pH 6.8における溶出試験データを用いる場合、PBPKソフト側の小腸pHの設定をpH5にしてもpH8にしても、溶出プロファイルは入力したものそのままになります。つまり、この方法では、BE予測で一番大切な、溶出性に対するシミュレーションが、そもそも考慮されていないのです。

Virtual BE studyの論文では、ほぼ100%、市販PBPKプログラムが使用されており、インプットデータとして、溶出プロファイル以外に、pKa、溶解度、粒子径などの薬物固有データが要求されます。また、生理学的データも表示されます。しかし、実際には、溶出試験の結果をインプットデータとして使う場合、これらのデータは溶出部分の計算には使われないわけです。これらの不要なデータをわざわざ入力させるのは、あたかもvirtual BE studyが妥当であるように見せかけるトリックであると言っても過言ではありません。

そのほか、不可解な点が多数あるのですが、virtual BE studyのコンセプトが成立しないということは、上記だけでも明らかだと思います。

それでは、経口吸収性に関する他のプロセス(膜透過や消化管内移動など)については、消化管生理学的パラメータが与える影響を計算できるのでしょうか?

膜透過については、logPeff = AlogPapp + B (Papp: in vitro permeability)という経験式を用いている場合、当然のことながら、pHや消化管構造の個体間/個体内変動を正しく計算することはできません。そもそも、この式はPhysiologically-basedではありません。
メカニズムベースのPeff式を用いる場合でも、今のところ、UWLの厚みやmicroclimate pH等に関する個体間/個体内変動のデータが無いため、Peffの個体間/個体内変動を計算することはできません。

消化管内移動については、個体間/個体内変動に関するデータがある程度ありますので、ある程度は計算出来ると思います。ただし、BE予測に求められるのは、例えばカプセルと錠剤の消化管内での移動の差になりますので、現在の小腸を7つのを直列コンパートメントで表現したモデルで良いのかは不明です。

もちろん、添加剤が、膜透過や消化管移動に与える影響は、現在の市販ソフトでは考慮されません。添加剤のデータは入力しませんので、当たり前なのですが。。。

* 製剤の崩壊、溶出、析出、その他、溶解濃度に与える様々なプロセスを含みます。
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/// そもそも、溶出試験の条件は妥当なのか?///

Virtual BE studyに関する多くの論文では、溶出試験として、局法溶出試験が用いられています。(例、パドル法50回転、900 mL, pH 1.2 (HCl)/ 6.8 (phosphate buffer))
しかし、現在、多くの専門家は、現在の局法溶出試験の条件は、実際の生体とは大きくかけ離れており、生体内での溶出プロファイルを、正確に(**)反映させることができないと考えています。
そこで、現在、biorelevant dissolution testが盛んに研究されています。

したがって、溶出プロファイルが経口吸収に影響する場合(=溶出速度律速あるいは溶解度膜透過律速の場合)、当たり前ですが、局法溶出試験の結果を入力に使っても、血中濃度推移の正確な予測はできません。正確に予測できるように見えるのは、middle-out(parameter fitting)が行われているからです。しかしこれは、「予測」ではありません。あえて言えば「幻想」です。
この幻想ゆえに、何度もBE試験を失敗している製薬メーカーがあるようです。この幻想は非常に強力なので、何回かBE試験を失敗した程度では、目が覚めないのかもしれません。

** BE予測には0.8-1.25以下の誤差であることが必要です。
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/// どうすれば、virtual BE studyを実現できるのか?///

Virtual BE studyを実現するには、溶出プロファイル全体を予測できるメカニズムベースモデルが必要です。現在のPBPKモデルでは、フリー体原薬の溶出(の単純な場合のみ)の大まかな計算ができるだけです。今後、塩・共結晶の溶出、析出、製剤の崩壊過程、などのメカニズムベースモデルの発展が期待されます。
また、消化管内移動については、胃排泄は非常に複雑で、錠剤や顆粒の半径や比重を考慮に入れた胃排泄モデルが必要でしょう。生理学的パラメータについても、より詳細なデータが必要でしょう。特に、BE試験はcross-overデザインですので、個体内差に関する情報が必要です。

現在、我々、経口吸収の研究者は、日々、頑張って研究しています。
しかし、局法溶出試験+市販PBPK modelで完璧に予測できるという幻想が広まってしまったら、我々の努力は、すべて水の泡となり、サイエンスは終焉してしまいます。このブログで、何度も書いていますが、

The greatest enemy of knowledge is not ignorance, it is the illusion of knowledge.
                                    -DANIEL BOORSTIN/ STEPHEN HAWKING

なのです。"enemy"という強い言葉が使われている意味を、是非ご理解ください。