そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(9) 介入試験データとMiddle-outの関係

2023-12-30
ここまでの議論で、
・数理モデルのパラメータ推定に用いる臨床PKデータには、介入試験データと観察試験データがあること。
・上手く計画すれば、介入試験のデータから、モデルの中のあるパラメータを、一意に決定できること。
を述べました。

ここでは、介入試験データとMiddle-outの関係について、もうすこし深く、考えてみたいと思います。
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まず、おさらいとして、パラメータ推定と介入試験の関係から始めましょう。

ここでは、
e = a + b + c + d
というモデルを考えましょう。
ここでは、bを求めたいため、b = 0とした介入試験を考えます。a, c,dは不明ですが、試験間で同じになるようにします(つまり、ランダム化により、両群の背景因子を同じにするということです)。

例えば、
(a, b, c, d) = (a, b, c, d)の時に、w = 3 (対照群)
(a, b, c, d) = (a, 0, c, d)の時に、z = 2 (介入群:b = 0となる介入試験。a,c,dは不明だが、各試験間で統一する(ランダム化)。)
の場合、

3 = a + b + c + d
2 = a + 0 + c + d

なので、上の式から下の式を引くと、

1 = b

となり、bが求まるのでした。

では、e = a x b x c x dというモデルにおいてbを求めたい場合、どのような介入試験をしたらよいでしょうか?
この場合には、b = 1となる介入試験にします。

例えば、
(a, b, c, d) = (a, b, c, d)の時に、w = 6 (対照群)
(a, b, c, d) = (a, 1, c, d)の時に、z = 3 (介入群)
の場合、

6 = abcd
3 = acd

なので、今度は、上の式を下の式で割ると、abcd/acd = bなので

2 = b

となり、bが求まるのでした。

これらの例では、パラメータ数4、データ数2なので、データ数が足りない、いわゆる「劣決定逆問題」に見えますが、
・介入により特定のパラメータだけ(逆算で求めたい部分だけ)変化させる。(上記例では b)
・他の背景因子は両群同じにする(ランダム化)。
・差(あるいは比をとる)。
という方法で、モデル中の求めたいある特定部分(上記例では b)については「決定逆問題」となるようにしているわけですね。

最後に、aとbを同時に0になる場合を考えてみましょう。

(a, b, c, d) = (a, b, c, d)の時に、w = 3
(a, b, c, d) = (0, 0, c, d)の時に、z = 2

3 = a + b + c + d
2 = 0 + 0 + c + d

1 = a + b

したがって、(a + b)の値は決定できますが、aとbの組み合わせはたくさんあるので、決められません。
(ただし、aとbの関係は決まるので(b = 1-a)、aとbの組み合わせには、これを満たすという制限がかかります(全く自由な訳ではないということです。)。

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次に、Middle-outについて考えてみましょう。
Middle-outとは、数理モデルの中のある部分を薬物固有データと生理学的データから計算し(bottom-up)、他の部分は臨床PKデータから逆算(逆推定)で求める(top-down)、ということでしたね?

ここでは、先ほどの
e = a + b + c + d
というモデルの中で、dについては薬物固有データと生理学的データから計算されるとします。ただし、今回は、dはbの関数であり b = 0とした際の影響を受けてしまうとします。

例えば、
(a, b, c, d) = (a, b, c, 4)の時に、w = 3 (対照群)
(a, b, c, d) = (a, 0, c, 5)の時に、z = 2 (介入群:b = 0となる介入試験。a,cは不明だが、各試験間で統一する(ランダム化)。dについては、bottom-upで、b = 1, b = 0の場合に、それぞれ、d = 4, d = 5に求まっている。)
の場合、

3 = a + b + c + 4
2 = a + 0 + c + 5

なので、上の式から下の式を引くと、

1 = b - 1
したがって、

b = 2

となり、bが求まるのでした。つまり、Middle-outでは、bottom-upの部分は薬物固有データと生理学的データから別途に決定されているので、bottom-up部分が群間で異なっていても、top-down部分を決定できることになります(top-down部分が、決定逆問題となる)。

ただし、この場合、bottom-upの部分が間違っていたら、dの値が間違っていることになりますので、当然、得られるbも間違いになります。Middle-outで正確な値が得られるのは、bottom-upの部分がすべて正確である場合に限られます。そして、現在の科学では、bottom-up予測の誤差は大きいです。つまり。。。

また、逆算しているので、その値をモデル式に入れれば、実験データ(この場合e)と完全に一致します。しかし、これは予測ではないです。単なる検算です。検算と予測は全く違います。くどいようですが、この部分を勘違いされている方が非常に多いので、繰り返させていただきます。
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薬物動態における介入試験には、以下のようなものが挙げられます

特異的阻害剤(with/without)を用いたDDI試験 →求まるパラメータ: fm)
I.V./P.O試験 →求まるパラメータ: F (バイオアベイラビリティ-)(DeconvolutionすればFの時間推移)。さらに、FaFgまでは求めることが出来る (F = FaFgFh, Fh = 1 - CL/Q)。このデータから、FaとFgを分けることは出来ない。

また、厳密には介入試験ではありませんが、SNPsの比較なども、介入試験と同様に取り扱えるかもしれません。
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それでは、食事の影響はどうでしょうか?
食事の影響により変化する生理学的パラメータは、胆汁ミセル濃度だけではありません。pH、粘性、消化管溶液量、撹拌状態、胃排泄時間、肝血流量、消化管血流量、など様々なパラメータが変化します。これらは、食事の内容に、大きく影響を受けます。
これらの生理学的パラメータは、溶解度、溶出速度、膜透過速度、過飽和/析出、初回通過効果、などに影響を与えます。さらには、原薬だけではなく、製剤(添加剤)の特性にも影響を与えます。

したがって、絶食/飽食のPKデータから、ある特定のパラメータ(例えば、胆汁ミセル分配係数Kbm)を決定することはできません。