主な活動場所
横浜市鶴見区社会福祉協議会の
団体交流室

 イザヤ41

2026-03-22

イザヤは旧約聖書の預言者の一人です。新約聖書につながる預言もしています。聖書を文字通り受け入れない人はイザヤ書は複数の人間が書いたと主張します。確かに筆者はイザヤですが、その言葉を送ったのはヤハウェ神です。ですから聖書の著者は神なのです。
「だれがこの事を行ったか、なしたか。だれが初めから世々の人々を呼び出したか。主なるわたしは初めであって、また終りと共にあり、わたしがそれだ。」(4節)
全てのことを成し遂げることができるのは、初めから終わりまでヤハウェ神だけです。
「あなたの神、主なるわたしは/あなたの右の手をとってあなたに言う、『恐れてはならない、わたしはあなたを助ける』。」(13節)
ヤハウェ神はイスラエル国民に、恐れないように、そして必ず助けると言うのです。
「主は言われる、『あなたがたの訴えを出せ』と。ヤコブの王は言われる、『あなたがたの証拠を持ってこい。それを持ってきて、起るべき事をわれわれに告げよ。さきの事どもの何であるかを告げよ。われわれはよく考えて、その結末を知ろう。あるいはきたるべき事をわれわれに聞かせよ。この後きたるべき事をわれわれに告げよ。われわれはあなたがたが神であることを/知るであろう。幸をくだし、あるいは災をくだせ。われわれは驚いて肝をつぶすであろう。見よ、あなたがたは無きものである。あなたがたのわざはむなしい。あなたがたを選ぶ者は憎むべき者である』。」(21~24節)
ヤハウェ神は論争が何か尋ねます。ヤコブの王は後に起きる事柄を告げることができるならば真の神であり、そうでない神々の仕業は空しく、それに加担するのは憎むべきことと告げます。
「わたしはひとりを起して北からこさせ、わが名を呼ぶ者を東からこさせる。彼はもろもろのつかさを踏みつけてしっくいのようにし、陶器師が粘土を踏むようにする。」(25節)
これは預言の言葉です。イスラエル国民はかつてバビロンに捕囚となりましたが、ペルシャの王キュロスによって解放されました。さらに将来の預言でもあり、黙示録16:2の「日が昇る方角から来る王たちのための道ができた。」にあるようにイエス・キリストの再臨のことを示しています。
「だれか、初めからこの事を/われわれに告げ知らせたか。だれか、あらかじめわれわれに告げて、『彼は正しい』と言わせたか。ひとりもこの事を告げた者はない。ひとりも聞かせた者はない。ひとりもあなたがたの言葉を聞いた者はない。」(26節)
人間の中に完全な正義を示せる人はいません。
「わたしははじめてこれをシオンに告げた。わたしは、よきおとずれを伝える者を/エルサレムに与える。しかし、わたしが見ると、ひとりもない。彼らのなかには、わたしが尋ねても/答えうる助言者はひとりもない。見よ、彼らはみな人を惑わす者であって、そのわざは無きもの、その鋳た像はむなしき風である。」(26~29節)
偽りの神々は人を惑わすだけで、空しく、偶像も同じです。