イザヤ42
2026-04-02

イザヤは旧約聖書の預言者の一人です。新約聖書につながる預言もしています。
「わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす。」(1節)
これはイエス・キリストの到来を預言しています。
「彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。海沿いの国々はその教を待ち望む。」(2~4節)
イエスは地上で大声をあげることなく真実の道を教え、確立しました。多くの国々はその教えのすばらしさを待ち望みます。
「『主なるわたしは正義をもってあなたを召した。わたしはあなたの手をとり、あなたを守った。わたしはあなたを民の契約とし、もろもろの国びとの光として与え、盲人の目を開き、囚人を地下の獄屋から出し、暗きに座する者を獄屋から出させる。」(6,7節)
ヤハウェ神がイエスを遣わし、新しい契約により多くの国民に光を与えます。そのことにより盲人の目が開かれ、律法に囚われていた人々を解放します。
「わたしは主である、これがわたしの名である。わたしはわが栄光をほかの者に与えない。また、わが誉を刻んだ像に与えない。」(8節)
原文では「私はヤハウェである。これが私の名である。」です。
「栄光を主に帰し、その誉を海沿いの国々で語り告げよ。」(12節)
栄光はヤハウェ神にあります。その誉を国々に語り告げるよう命じます。
「刻んだ偶像に頼み、鋳た偶像にむかって/『あなたがたは、われわれの神である』と言う者は/退けられて、大いに恥をかく。」(17節)
偶像を崇拝する者は、真の神から退けられ、大恥をかくのです。
「彼は多くの事を見ても認めず、耳を開いても聞かない。」(20節)
当時の人々もイエスの時代の人々も、真の神が行った事柄を認めず、教えを聞いても理解することができなかったのです。
「ところが、この民はかすめられ、奪われて、みな穴の中に捕われ、獄屋の中に閉じこめられた。彼らはかすめられても助ける者がなく、物を奪われても『もどせ』と言う者もない。」(22節)
イスラエルの民は、バビロンに滅ぼされます。そしてバビロンに捕囚されるのです。持ち物を奪い取れれても「もどせ」と言う者もいません。
「それゆえ、主は激しい怒りと、猛烈な戦いを彼らに臨ませられた。それが火のように周囲に燃えても、彼らは悟らず、彼らを焼いても、心にとめなかった。」(25節)
ヤハウェ神は、戦いを臨ませてイスラエル国民に警告したのです。しかし、人々は悟ることも、心に留めることもしなかったのです。