主な活動場所
創作を書いたり読んだりと思い思いの時をネット内でゆったりと過ごしています。

 愛しい人 1・2 2006年4月

2015-09-21


この「愛しい人」はとても人気のあった作品です。
またまた長いです・・・。
そして、こちらは、9部まであります。


今回は同じ年の二人です。
相手役にはキム・ヘスさん。
大人の恋の物語です。


9月の来日までのしばしの間・・・
こちらのシアターでお楽しみください^^



ジュンス(joon)は、必ずしも気のいい男ではありません。
でも、ジュンスに惹き込まれていくテスの気持ちは、とても切なくて、
その想いも苦しさも・・・共感できる・・・と思います。



ではお楽しみください。


注)これを書いた2006年には「キム・ジュンス」さんという人がいることも知らなかったし、
昨年、チャン・ヒョクが同じカメラマンで「コッキリ」という名前で出演することもまだまだ未知のことでした。
事実は小説より奇なり!





こんなはずではなかった
私の人生はこんなはずではなかった・・・


33歳にして愛人



あの人には

恋人もいて
ちゃんとした仕事があって
ちゃんとした人生がある



なのに

私には・・・何があるの?
全てが中途半端で
先も見えない

あの人には先が見えているのかしら?

こんなはずではなかった

こんな状況で幸せを感じるはずではなかった






ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しい人」





【第1章 出会い】


テ:もう昨日はママ、酔っ払っちゃって。グラス、割っちゃってごめんね。ユニが大好きなプーさん、今日買ってくるから。今日はママのお気に入りのグラスでよろしくね! 怒んないでよ。今日もさあ、職探しで、ママ、参ってるのよ・・・。ホントについてないよね・・・ごめんね。


テスは、お気に入りのカットグラスにミネラルウォーターを注ぎ、リビングの真ん中に置いてあるサイドボードの上の娘の写真の前にグラスを置く。



テ:ママってホントにパーボヤ。失業して、あんたのグラスも割って、最低な気分・・・。でもね、今日も頑張っていい仕事探すから。応援してね。



着慣れないリクルートスーツを着て、マンションの部屋を出る。




ここ一ヶ月。職探しに明け暮れている。

大学を出て、実際に勤めたのはたった3年。それから、結婚をして、ユニを生んで・・・。夫の稼ぎで生きてきた。
それが、娘の交通事故を境に全てが崩れるように、テスの家庭は崩壊してしまった。

娘を失った彼女の心を支えてくれるはずの夫には、外に女がいた。


うちに帰るのがイヤだった?
私が毎日、飲んだくれて泣いてたから・・・。

そう?
イヤだった?

あなたにとっても、大切な娘じゃなかったの?


そんなに心が離れていたなんて・・・知らなかった。


アル中にはならなかった・・・。
なれなかった・・・まだまだ理性がいっぱい残っていて・・・。

死ぬほど苦しかったのに。辛かったのに・・・。
アル中にはなれなかった。


もう心が結び合えない夫といることに、テスは自らけじめをつけた。
そして、2年前に離婚して、テスは今、5歳で亡くなった娘の遺影と二人暮らしをしている。


試行錯誤しながらもやっと掴んで、軌道に乗った仕事も会社が倒産してしまって、今では、テスには仕事すら残っていない。

何もない、今の私・・・。


33歳なんて面倒臭い年頃で、職まで失って、どうしたらいいのよ!


履歴書を持って、毎日、新聞をチェックして、就職雑誌をチェックして・・・職安に行って・・・。
あと、何をしたらいいの?


職:あなたね、高望みしすぎですよ。もう少し、お給料下げたらどう?


笑いもせず、あの職安の親父は言った・・・。


何よ、これ以上下げたら、ご飯も食べられないじゃない。



夫だったあいつは、若い元愛人と結婚して、かわいい子供に恵まれているというのに。
幸せそうに過ごしているというのに。


でもね。
あいつが結婚して家庭を築いてわかったことがある。
それは、私が望んだ生活じゃなかったから。
元々、私たちって違う人種だったのに・・・若すぎて気がつかなかった。

・・・でも・・・たぶん、あいつは気がついていたんだ。
だから、女を作った。

なのに、私は気がつかなかった。
家庭のことに没頭していて。

ユニがかわいくて、それだけで幸せで・・・。








今日も面接に振られ、テスは、物思いに耽りながら、重い足を引き摺って、一人ポツポツと歩いていると、グリーンにペイントされた2階建ての建物に、水色のドアのある不思議なスタジオの前に来た。



フォトスタジオ「コッキリ」(象)



ふ~ん、象さん、こんにちは。



水色のドアに、張り紙が貼ってある。




「フォトスタジオ・アシスタント募集


腕に覚えはなくてもいいです。
やる気と、笑顔と、時間のある方を募集しています。

詳しくは中でお尋ねください」




へえ・・・年齢は?



証明書の写真とか扱ってるのかな?
すごいジジイのスタジオかもしれないな。
こんなとこに張り紙で求人するなんて、なあんか・・・あんまり人気がないのかもしれない。




テスはちょっと行き過ぎるが、なんだか、その妙なドアが気になる。

グリーンに水色のドアのスタジオ。
このセンスって・・・いいのか、悪いのか、微妙だな・・・。


いったいどんなやつ?


行ってみるかな。
恥は掻き捨て・・・。

でもね・・・。



また少し歩く。


でも、今の自分に残っているものを考えると、その不思議なドアが呼んでいるような気もする。


テスはしばらく、その建物の近くに立って、人の往来を見ている。

誰もあの張り紙を気にしない。皆、行き過ぎてしまうのだ。



テスしか悩まない・・・。

なんだろ?

行ってみるか!




テスがその水色の鉄のドアを押すと、スッと開いた。




中へ入ると、受付などなくて、無愛想な非常階段のような黒の鉄の階段があって、その奥はどうもスタジオらしい。無愛想な階段は上下に道が分かれていて、地下と2階へと続いている。


地下は真っ暗で、ここを降りると奈落の底へ落ちそうだ。



テ:すみません! すみません! どなたか、いらっしゃいませんか?
声:何か御用ですか?


男の声がした。


テ:誰?


うろたえて周りを見回す。


声:右手にあるボタンを押して話してください。
テ:ええっと~。どこ? ええっと。待って。見つからないわ。ああ、これか。


壁に張り付いたインターフォンを見つける。ボタンを押しながら話す。


テ:あのう、外の求人広告を見てきたんですけど・・・。
声:・・・そう・・・。10分待ってください。今、暗室で写真を焼いているので。いいですか?
テ:あ、はい。


声:そこにベンチがあるでしょ? 座って待っててください。
テ:あ、はい。


テスは、壁のインターフォンに顔をつけるように話してから、ベンチを探し、座ってみる。

ベンチに座って、落ち着いて周りを見回すと、シンプルだが、しゃれた感じのスタジオである。


斜め前に大きな鏡があって、ちょうどベンチの上にはダウンライトがあるので、まるで、ベンチに座っているテスを映し出すための鏡のようだ。

全身には疲労感をたたえ、顔は少しやつれていて、不安そうな目で周りを見渡している。



顔がやつれたな・・・。
なんか雰囲気も暗い。これじゃあ、面接に落ちるはずだわ。暗すぎるもん。


大きな鏡に向かって笑ってみる。

少し口角を上げて笑う。首をかしげて笑う。

う~ん、もう少し・・・顎を引いたほうがいいかな・・・。
う~ん、こう?







男:うん、それが一番いいな。

テ:え!


テスはギクリとして、声のする方向を見た。


男:今のが一番いいんじゃないの。


背の高い、白いTシャツを着た、メガネをかけた男が目の前に立って笑っている。


テ:あのう・・・。
男:ここのコッキリ(象)です。
テ:ああ・・・。(頷く)
男:あなたは?
テ:ヤンです。(羊)
男:フフ、羊さん?(驚いて笑う)
テ:人間ですけど、姓がヤンです。ヤン・テスです。
男:そう。(笑う)で、どういうご用件ですか?
テ:あのう、外の求人広告を見て・・・。
男:広告? (少し訝しそうな顔をする)



男はそういって、扉の外を見る。そして、剥がして戻ってきた。



男:ああ、これで来たんだ。(広告を見ている)
テ:そうです・・・。
男:うん・・・。


男はちょっと考えて、テスをじっと見る。


男:これ見て、どう思った?
テ:どうって?
男:つまり・・・君がこれに該当すると思った?
テ:わかりません。
男:じゃあ、なぜ、入ってきた?(たたみかけるように話す)
テ:え?
男:だって、なんか思って入ってきたんだろ?

テ:まあ、そうだけど。
男:どこが気に入ったの?
テ:え?

男:君、気に入らなくても仕事があればOKなの?
テ:そういうわけじゃないけど。
男:じゃあ、どういうわけ?
テ:どういうわけって・・・。
男:言って。(考える暇を与えない)
テ:え?
男:これ、面接だよ。
テ:え、面接なんですか?

男:そう。君のペースじゃなくて、僕のペースで答えて。
テ:そんな。
男:理由はなし?
テ:いえ。
男:じゃ言って。
テ:えっと・・・私。
男:私?
テ:大学時代に少し写真をやってました。

男:そう。それで?
テ:それで?
男:そう。それで?
テ:その時の知識を生かしてですね。

男:いったい、君、いくつ?
テ:え?

男:年だよ。
テ:あの、年なんて! (失礼ね!)
男:就職するんでしょ?
テ:ええ。
男:年くらい教えなさい。
テ:えっと。
男:自分の年がわからないの?
テ:そんなバカな。
男:そうだろ?
テ:えっと。
男:いくつ?
テ:33!

男:そんな年なの! (驚く)
テ:何がいけないの?
男:だって、そんな年でいいの?

テ:何が?
男:仕事。
テ:仕事?
男:アシスタントだよ。

テ:ええ。

男:ホントに?
テ:ええ。
男:呆れたな。
テ:何でですか?
男:もっとちゃんとした仕事につきなさいよ。
テ:そんな!
男:こんな子供みたいな仕事じゃなくて。
テ:いいじゃないですか!
男:君のために言ってるんだよ。
テ:だって。
男:だって?
テ:だって・・・。

男:だって?
テ:他に・・・。
男:他に?

テ:他に・・・仕事がなかったんです。




男:そうか・・・それで来たんだ。
テ:・・・だめでしょうか・・・。


男:う~ん。



男がテスの全身を眺めた。



男:体は丈夫そうだね。(顔を睨む)
テ:はい。
男:そう・・・僕の仕事は時間がマチマチだし・・・何時帰れるか、わからないよ。
テ:・・・いいです・・・。


男:ふ~ん。まあ、いいか・・・。
テ:え?


男:採用するよ。(簡単に言う)
テ:ホントに?
男:ああ。


テ:・・・・。(拍子抜けして、ちょっと困る)
男:うれしくないの?


テ:いえ・・・ありがとうございます。
男:うん・・・。


男:いつから始められるの?


テ:いつからでも・・・。
男:そう・・・じゃあ、明日からでいい?
テ:はい。



男:じゃあ、よろしく。僕はコッキリではなくて、キム・ジュンスです。
テ:私は・・。
ジ:ヤン・テスさんだね。
テ:はい・・・記憶力がいいんですね。
ジ:まあね。・・・ところで、僕も33だよ。同じ年だ。
テ:そうですか・・。(少しホッとする)
ジ:何月生まれ?

テ:10月。
ジ:僕は8月。2ヶ月年上だね。敬ってね。(見つめる)
テ:わかりました。
ジ:じゃあ、今日はご苦労様。



テ:あのう・・・。
ジ:なあに? まだ何かあるの?
テ:ええと・・・。
ジ:早く言って。
テ:あのう、履歴書、今持ってます。見ますか?
ジ:う~ん。なんか必要かな?
テ:・・・。
ジ:まあ、もらっておくか。何かの手続きの時に必要かもしれないから。
テ:はい。


テスはバッグの中から履歴書を取り出す。
ジュンスは受け取っただけで、見ようともしなかった。


ジ:じゃあね。
テ:あのう、明日何時に来たらいいですか?
ジ:そうか・・・朝8時に来られる?
テ:8時ですか?
ジ:撮影がロケだから、早めに出ないといけないから。
テ:わかりました。
ジ:それから・・・。(テスの服装を見る)もっと動きやすい服装で着て。ジーンズでいいからさ。
テ:わかりました。(笑う)




そこへ、ドアが開いて、若い女の子が入ってくる。どこかで見たことのある顔だ。
何かのモデルだっけ?





マ:ジュンス!
ジ:ああ。(笑顔になる)
マ:待った~?


女はテスに気がついて、振り向く。


マ:あら? お客様?
ジ:明日から、アシスタントとして働いてくれるヤンさん。
マ:そう・・・今日は。よろしくね・・・私はジュンスの恋人のマリ。・・・ねえ、アシスタント、雇うなんて聞いてなかったわよ。
ジ:まあ、いいさ。じゃあ、君はまた明日ね。


テ:失礼します。


テスは二人に頭を下げて、スタジオを後にした。






なんか簡単に決まっちゃったな・・・。
あ、いけない!

お給料のこと、聞かなかったわ。

明日でいいか・・・。

もし安かったら・・・やめる。
やめる? それはやめるでしょ? 
やめるか・・・。う~ん。






マリがジュンスの横に立ち、腕組みして、ジュンスの顔を見つめている。


マ:ねえ、なんで雇ったの? 今まで一人でやってきたのに。(ちょっと疑問)
ジ:なんでかな・・・。まあ、いいさ。


ジュンスは写真の整理をしながら、話す。


マ:おかしいわ・・・。それも女で、あんな年寄り。
ジ:年寄りって、(笑う)オレと同じ年だよ。
マ:女としては、オバンよ。
ジ:君から比べればね。
マ:若い子、好きだったのに。
ジ:別に恋人を選ぶわけじゃないよ。
マ:まあね。まあ、そのほうが安心ではあるわね。(ジュンスの様子を見ながら)ねえ、まだ終わらないの?お腹、空いちゃった!
ジ:遅れてきたくせに。(笑う)
マ:ねえ、(顔を覗き込む)今日の撮影、誰だったと思う?
ジ:さあ・・・。
マ:あのドンヒョンよ。あなたの先生!
ジ:へえ。じゃあ、いい雑誌なんだ。
マ:もち! もうグラビアアイドルは飽きたわ。バカみたいな男の子しか見ない雑誌でポーズ取ってるなんて、もうイヤ。今度のは女性誌のモデル! 素敵なドレス、着たのよ。ちょっと格が上がったわ。ファッションリーダーなんて呼ばれるようになったら、カッコいいじゃない?(うれしそうに言う)


ジュンスが顔を見て笑う。


マ:でも、まあいいわ。バカみたいなグラビア雑誌であなたと知り会えたんだから。(笑いながら、ジュンスにしな垂れる)
ジ:そうかい? それはよかったね。(女を抱く)


ジ:今日は、泊まっていく?(ちょっと甘えた目をしてマリを見る)
マ:明日の朝、あの女が来るんでしょ? ヤンさん。
ジ:仕事だからね。君は寝てていいよ。僕たちは支度して出かけるから。
マ:そう? じゃあ、ゆっくりしていく・・・いいわね?
ジ:じゃあ、まずは食事に行くか! ミス・グラビア・アイドル、チャン・マリ殿!(笑顔で顔を覗きこむ)
マ:OK!

マリがジュンスの頬にキスをした。






ダイニングテーブルに座って、グラスを片手に、テスが揺れている。


テ:ユニ、やっと仕事見つかったよ・・・。はああ。でもさ、どうなるか、わかんない・・・。だけど・・・不思議と不安はないんだ、いつもみたいに。まだなんにもやってないし、あのカメラマンのこともよく知らないけど、なんか、ぜんぜん不安がないわ。変ね。私、酔ったかな・・・。(酔いながら笑う)


グラスにまた酒を注ぐ。


テ:ああ、つまみね。あんたはホントによく気がつく子だわ! そうよ、お酒だけ飲んでいたらダメ。明日は初日だもん。ちゃんと早起きしていかなくちゃ!



テスは立ち上がって、ほろ酔いの体を引き摺るようにして、冷蔵庫を開ける。
食べ物を見繕っていて、ハッと気が付く。


そして、後ろを振り向く。
そして、リビングの真ん中に置かれた娘の写真の前に立つ。


水の入ったグラスを見つめる。


テ:ごめん・・・ごめんね。プーさんのグラス、買うの、忘れちゃった・・・。


今まで、ユニのことを忘れたことはなかった。

どんな時も、ユニを優先してきたのに。


今日は、家へ帰ってからも、グラスの水も替えていない。


テ:ごめん・・・。ママ、疲れていたのね、きっと・・・。あんたはいつもママの気持ちを助けてくれるのに・・・。ごめん、明日は買ってくるからね、必ず。









翌朝。スタジオの前で、足踏みするように、テスが立っている。
4月の頭といっても、まだ朝は肌寒い。

時計は午前7時45分だ。
時間に遅れないようにと、少し早く来た。
でも、よく見ると、このドアには呼び鈴がついていない。

あの人が出てこない限り、中へは入れない。
それに、電話番号も知らないのだ!
彼に連絡のしようがない。


スタジオの2階。
階段を上がると、仕切りのないワンフロアになっている。独身のジュンスが暮らしやすいように、キッチン、ダイニング、ソファ、ベッドの全てが見渡せる。それに、バスルームとウォーキングクローゼットがある。



マ:ねえ、ジュンス。もう行くの?


マリがベッドの毛布の中から顔を出した。ジュンスは着替えて出かける準備を終えて、髪を掻き上げながら、ベッドのほうへやって来た。


ジ:うん、おまえは寝てろよ。
マ:うん・・・。
ジ:ちゃんと鍵は閉めていってね。
マ:遅いの、帰り?
ジ:ああ。
マ:わかった・・・。私も午後から撮影だから、少し寝たら帰る。
ジ:うん。



ジュンスがベッドの横の窓から下を見る。
テスが一人、ぽつんと表に立っている。



ジ:あ、もう来てるな。(窓の下を見ている)
マ:オバサン?(寝ながら聞く)
ジ:ヤンさんだよ。
マ:早いわね~~ああ~。(アクビをする)
ジ:じゃあ、もう行くよ。
マ:ジュンス、チューして。(手を伸ばす)
ジ:バカ・・・。(笑う)


ジュンスは軽くマリにキスをすると、階段を下りていく。


マリは起き上がって、裸に毛布を巻きつけながら、窓の下を覗く。


あの女が立っていた。
なぜか、昨日より若く見える。
服装のせいだ。昨日は黒っぽい大人のスーツを着ていたが、今日は軽快なジーンズ姿だ。


マリは立っているテスの顔をじっと見つめた。


一階のドアが開き、女は軽く挨拶をして建物の中へ入った。







ジ:おはよう。
テ:おはようございます。
ジ:悪かったね。君に鍵を預けておいたほうがよさそうだな。


奥に入りながら、ジュンスが言う。


テ:あのう、電話番号も知らなかったから・・・。
ジ:あ、そうだったね!(確かに!)寒くて悪かったね。まあ、中へ入ってあったまって。鍵と、携帯の番号を君に教えておかないといけないな。


ジュンスは改めて、テスを見た。
昨日はあまり着慣れていないスーツを着ていたせいか、暗い感じだったが、今日の彼女は、自分にあった服装をしていて、若々しく輝いて見えた。



ジュンスはどんどんスタジオの奥へ入っていき、スタジオの隅にある小さな流しの横にあるコーヒーメーカーでコーヒーの用意をする。
テスがそれを見てジュンスのほうへ行く。


テ:あのう、やり方教えてください。
ジ:そうだね。コーヒーメーカーは、これがスイッチで、ここの棚にコーヒー豆や紅茶が入っている。カップはこっちね。湯沸しはここのスイッチを入れる。
テ:はい。
ジ:できそう?
テ:ええ。
ジ:じゃあ、これからはお願いしよう。ここで、撮影の時は、皆にお茶出し、してね。それから、今日みたいなロケの時は必ずポットにコーヒーを用意していくこと。外でマズいコーヒーしかない時があるからね。休憩の時はうちのコーヒーを飲むことにしているんだ。
テ:はい。
ジ:じゃあ、コーヒーができるまで今日の仕事の準備をするか。
テ:はい。
ジ:ええとね、こっちのキャビネのほうに来て。ここにフィルムが入っているから、ポジはこっち側。間違えないようにね。ポラロイドはこっち。
テ:はい。
ジ:間違えない方法、わかる?
テ:教えてください。
ジ:ロケの時は、全部持っていくのさ。(微笑む)
テ:ふ~ん・・・。(頷く)


ジ:アシスタントの時はいつもそうしてた。先生が使うカメラに合わせるからさ。忘れるとアウトだ。
テ:はい! ありがとうございます!
ジ:?
テ:教えていただいて。
ジ:まあね。君はカメラマン志望じゃないみたいだから、先にやり方を教えちゃった方が早いだろ? こっちも覚えるのを待ってられないし。
テ:助かります。


ジ:それから、こっちへ来て。
テ:はい。







ジ:ねえ、どう? 全部担げそう?
テ:ええ! これをですか?


重いバッグや撮影機材を見て驚く。


ジ:普通はアシスタントが全部、担ぐんだよ。(笑う)
テ:・・・そうですね・・・頑張ります。(真面目な顔をする)


ジュンスが一番重そうなバッグを一つ持って、


ジ:いいよ。二人で分けて持っていこう。
テ:でも・・・。
ジ:オレが一人で全部持つよりは、君がいてくれるほうが少しはマシになったと思うよ。(笑う)
テ:はい!(笑う)



二人はスタジオ前に止めてあるジュンスのワゴン車に撮影機材を積み込む。


テスはジュンスに習った通りに、ポットにコーヒーを入れる。二人はスタジオの電気を消した。





テスはちょっと人影を感じて、階段の上を見上げた。



毛布に包まって、昨日の女の子が下を覗くように階段の上の方から、テスをじっと見つめている。

彼女は下に・・・何も着けていない・・・。



しばらく、目が合って、挨拶しようか迷っていると、ジュンスがテスを見た。



ジ:さあ、行くぞ!
テ:あ、はい!



テスはジュンスに付いて、車に向かう。
彼は、女については一言も言わなかった。


そうだ。
あの人はここにはいない・・・。
私たちは仕事に出かける。


プライベートなんて関係ないじゃない。


彼のワゴンの助手席に乗り込んだ。




2階の窓から、マリが毛布に包まりながら、二人の車が出ていくのをじっと見つめていた。




2部に続く。












こんなはずではなかった
私の人生はこんなはずではなかった・・・


33歳にして愛人



あの人には

恋人もいて
ちゃんとした仕事があって
ちゃんとした人生がある



なのに

私には・・・何があるの?
全てが中途半端で
先も見えない

あの人には先が見えているのかしら?

こんなはずではなかった

こんな状況で幸せを感じるはずではなかった






ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス

「愛しい人」2部






【第2章 気づいた思い】


車がスタジオを出てしばらくすると、ジュンスがちらっとテスを見た。


ジ:君に言っておかないといけないな。
テ:何をですか?
ジ:君、オレがどんな写真を撮っているか、知らないんだろ?
テ:あ、すみません・・・。(ホント! 何にも調べてない・・・)
ジ:うん・・・。じゃなければ、女性がオレのアシスタントになろうとは思わないだろうから。
テ:・・・そんなマズイ写真なんですか?(ギョっとしてジュンスを見る)



ジュンスは信号待ちをしながら、体を捻って、後ろに積んである彼の写真集を一冊取ってテスに渡す。



ジ:この子、知ってる?


テスに尋ねた。


テ:いえ・・・。
ジ:グラビアアイドルなんだよ。
テ:そうなんですか・・・。(開いて見る)
ジ:見て、感想、聞かせて。今日もそういう仕事だから。


テスは顔を上げて、ジュンスの横顔を見た。
彼は真面目な顔付きでそういって運転している。



開いて、中を見ると、確かにアイドルがいろんなポーズをつけて、笑ったり睨んだり、セクシーだったりする。

それは服を着ていたり、セミムードだったり、あるいはまったく何も身に着けていなかったりする。



テスが、じっとその写真集を見ている。

あまりに静かに見ているので、時々気になって、ジュンスが彼女の様子を覗く。



ジ:どう?
テ:・・・。
ジ:これから一緒に仕事に行く気になった? それとも、やめる?
テ:・・・。



ジ:ねえ? (どうなの?)
テ:今日も裸ですか?
ジ:いや、着てるけど、少しは胸を出すかもしれないな。まあ、成り行きだけど、こういうのは。
テ:そう・・・。
ジ:どう?
テ:外ですか? 中ですか?
ジ:中。
テ:そうですか・・・。



ジ:ねえ、どうする? (ギャアチェンジする)
テ:どうするって、行きますよ。仕事だから。(きっぱり言う)
ジ:それで感想は?
テ:どれの?
ジ:その写真集の。
テ:ああ・・・キライじゃないです。
ジ:そう?(意外な感想にちらっとテスの顔を見た)


テ:ええ。
ジ:どんなところが?
テ:う~ん・・・外で撮ったものが好きです。
ジ:どこが?
テ:女の子の良さはよくわからないけど。色とか。光とか、空の色とか雲の流れとか・・・風も感じるし・・・質感も好きだし。いい写真だと思います。この子がかわいいかどうかは、わからないけど。表情はいいけど・・・この子に味があるのかどうかはわからない、私には子供過ぎて。
ジ:ふ~ん。
テ:何ですか?
ジ:なかなかセンスがいいなと思って・・・気に入ってくれてありがたいよ。(前を見たまま笑う)
テ:私も、先生の写真が好きでよかったです。




ジ:これで一つクリアしたわけだ。
テ:そうですか?
ジ:ああ、まずは合格。オレとやっていくのにね。(ちらっと見て笑う)
テ:ありがとうございます。



ジ:君のこと、聞いてもいい?
テ:何をですか?
ジ:・・・見る気はなかったんだけど・・・君の履歴書を見たんだ。
テ:それで?
ジ:うん。実際に働いたことがあるのは、たった5年なんだね。
テ:そうです。
ジ:大学を出て3年働いたあと、どうしたの? 年から考えて結婚して辞めたのかなと思って。
テ:そうです。


ジ:それで・・・また最近、仕事を始めて・・・オレみたいなところでいいの? 時間はマチマチだし、体力も使うし、奥さんがやるような・・・。
テ:実は離婚したんです。それで、仕事を始めました。
ジ:そっか。
テ:私・・・。
ジ:いいよ。事情はわかったから。
テ:もう少し言わせてください。
ジ:・・・。
テ:娘がいたんです。その子が交通事故に遭って、娘を亡くした後、結婚生活も崩壊してしまいました。
ジ:いいよ。そんなに詳しく話さなくても。オレはただ、奥さんがこんな仕事をしていて、いいのかなと思っただけだから。だって、カメラマンになるつもりはないんだろ?
テ:夫には、愛人がいて・・・そっちへ行っちゃったんです。
ジ:・・・・。
テ:ごめんなさい。余計なこと言いましたか? ただ、今の私は時間がたっぷりあって、自由の身だと言いたかっただけです。
ジ:そうか・・・。わかった。




ジ:娘さんはいくつだったの?
テ:5つ・・・。熊のプーさんが好きで・・・。そのグラスを一昨日、割っちゃったから・・・。
ジ:割っちゃったから?
テ:新しいの、買ってあげなくちゃ。(呟くように言う)



信号待ちで、ジュンスがテスを見た。


ジ:必要なの?
テ:毎日、お水やジュースをあげているから、それで。
ジ:そうか。
テ:今日、帰りに買わなくちゃ。忘れないようにしなくちゃ。(自分に言い聞かせる)


またジュンスがテスを見た。
娘のことを話すテスは、少し心理状態がおかしな感じだ。



ジ:もうすぐ着くぞ! 初めての現場だな。しっかりやってください!(笑う)
テ:はい!





そこはホテルだった。

ここのスィートルームを使って、今超売れっ子のグラビア・アイドルの撮影だと、ジュンスが言った。
地下の駐車場に入り、ジュンスとテスが撮影機材を手分けして運ぶ。



ジ:おはようございま~す。
男性編集者:おはよう、ジュンちゃん。あれ? こちらは?
ジ:アシスタントです。
テ:ヤン・テスです。よろしくお願いします。(頭を下げる)
編:へえ・・・。


編集者やメイク、スタイリストが、皆、興味深々で、テスを見つめている。



編:アシスタント、雇ったんだ。(驚く)
ジ:うん。なんかおかしい?
編:だって、普通の人みたいじゃない?(荷物を運ぶテスのほうを見て言う)
ジ:それのどこが変?
編:・・・・。


若いカメラマン志望の子ではなく、ただの30近い女性である。
周りの興味本位な視線を無視して、ジュンスがテスに仕事を教えながら、撮影の準備をする。



ジ:いいか。これでライティングの数値を調べる。こうやって、見るんだ。やってごらん。
テ:はい。こうですか?(カチャ!)
ジ:そう。わかった?
テ:はい。


ジ:じゃあ、今度はこっちへ来て。




メイク:なあんか丁寧よね~。ジュンちゃんていい人だったんだねえ。
スタイリスト:うらやましい・・・。私もジュンちゃんのアシスタントになりたかったな。
メ:やだ!(笑う)
ス:だって、そう思わない?(苦笑する)


メークの女性や編集者たちが、ジュンスとテスの様子を見守っている。


じきに、アイドルが入ってきた。


ア:おはようございま~~す。よろしくお願いしま~~す!


メークと衣装の準備をしている間、テスはフィルムの準備をする。



いよいよ、22、23歳と思われるキレイな女の子が出てきた。


ア:センセ~、よろしくお願いしま~~す!(甘えた声)
ジ:じゃあ、そこに立って。う~ん、ちょっと首傾げてみようかな。あ、今の感じ、いいねえ。君、その目、すごくいいよ。今の感じでいってみようか!


ジュンスの仕事を見守りながら、テスは彼の指示を待つ。

テスはジュンスに集中していて、まったくアイドルの変貌も目に入らなかった。

裸のアイドルの脇に立って、ライティングのチェックをした時も、気持ちはジュンスに集中していて、
アイドルはただの置物のようにしか思えなかった。



ジ:じゃあ、ここで休憩!
編:お疲れ様で~す。


ジ:ヤンさん、ヤンさん!(テスを呼ぶ)
テ:あ、はい!
ジ:休もう!
テ:あ、はい!
ジ:緊張するなよ。(笑う)
テ:あ、はい・・・。
ジ:君、オレしか見てなかっただろ?
テ:そんなことは・・・。
ジ:あの子が裸だったの、知ってる?
テ:え! そうだったんですか!(驚く)


ジ:やっぱり。(笑う)
テ:笑わないで・・・。
ジ:ごめん。エライよ。ちゃんと仕事してて。合格!(顔を覗きこんで笑う)
テ:・・・・。
ジ:あ、そうだ。ちょっと買い物に行ってきたら?
テ:何をですか?
ジ:うん・・・こっちへ来てごらん。


テスはジュンスと一緒に、窓際に立つ。



ジ:ほら、あそこに食器を売ってる店があるだろ?(指差す)来る時、車から見かけたんだ。
テ:あ、ホント。
ジ:行っておいで。
テ:え?
ジ:プーさん、買うんじゃなかったの?
テ:ああ・・・!
ジ:行ってきたら、今のうちに。
テ:はい!




編:ジュンちゃん、アシスタントさん、泣かせた?(ニヤニヤしながら言う)
ジ:なんだよ?
編:怒ったの?
ジ:怒ってなんかないよ。人聞き悪いな。(苦笑いをする)
編:そう・・・今、擦れ違ったら、ちょっと泣いてたからさ。
ジ:・・・・。




窓の外を見ると、テスが通りを渡り、店の方へ走っていく・・・。

あいつ、泣いてたんだ・・・。

テスが店の中へ入っていくのをジュンスがじっと見ている。





しばらくして、ジュンスがポットのコーヒーを飲んで休んでいると、テスが袋を提げて、幸せそうな顔をして帰ってきた。



テ:先生! ありました。それもおんなじのが! 古いお店だったけど、ホコリが一杯乗っかった箱の中に、同じプーさんのグラスがありました。(うれしそうに見つめる)
ジ:そうか・・・よかったな。
テ:はい!
ジ:・・・。


ジュンスが幸せそうに微笑むテスを見つめる。


テ:あと、お土産! これ、食べませんか。鯛焼き、売ってたから、買っちゃった!
ジ:いくつ買ったの?
テ:20個!
ジ:え!
テ:だって、ここで二人だけでなんて食べられませんよね。
ジ:よく気が利くな。(笑って見つめる)
テ:皆に配ってきますね!
ジ:うん・・・。(頷く)


テスが幸せそうな顔をして、鯛焼きをスタッフに配っている。
さっき、テスが涙ぐんでいたと思った編集者が驚いて、顔を見ながら、受け取る。



テ:最後になっちゃったけど、はい、先生も食べてください。(袋を渡す)
ジ:サンキュ!


袋の中を見ると、たった2つしか残っていなかった。


ジ:(一つ取って渡す)おまえも食べろよ。(顔を見る)
テ:いただきます。(笑顔で答える)



ジュンスとテスは並んで座り、鯛焼きを食べた。


テスはなんか幸せだ。


昨日までは寂しさと絶望感でいっぱいだったのに、プーさんのグラスが手に入っただけで、未来がまた開けたような気がする。
今日はもう酒に頼らずに寝られそうな気がする。


そうだ。今、この人は私を、「おまえ」って呼んだ。
先生との心の距離も少し縮まった気がする。
うん、全て順調!



ジ:よし! 始めるか!


ジュンスが元気に立ち上がった。





結局、その日の撮影は5時間にも及んだ。

なんというアイドルか知らないが、彼女は超売れっ子で今日一日しか時間が空いておらず、彼女のデビューした雑誌の特別撮り下ろしの写真集らしい。
アイドルが最後にうれしそうに、薄いキャミソール姿でジュンスに抱きついて喜んでお礼を言った。



とにかく、今日はいい日だった・・・。
とりあえず、うまくいった。

明日も、うまく行きますように・・・。






ジ:ここでいいの?(車を止める)
テ:ええ、ありがとうございます。このすぐ近くなんです。でも、先生。後片付け、しないで帰っていいんですか?
ジ:今日は許そう。(笑う)初日だからな。じゃあ、また明日。9時には来てくださいね。
テ:はい。
ジ:鍵は明日、作るよ。
テ:はい。お疲れ様でした。(頭を下げる)




テスは、ジュンスのワゴン車をにこやかに見送った。


あっ、いけない! 今日もお給料のこと、聞くの、忘れた!








それからのテスの仕事は、小さな失敗はあったが、全体的には順調に進んでいると言える。
テスなりに努力しているし、わからないことはジュンスに確認をしながら、メモった。
ジュンスは同じことを何度か聞いても、特にイヤな顔をせず、淡々と教えた。


それに、気になっていたお給料もまずまずだったし・・・。


当初、ジュンスが提示した金額に、テスが「えっ!」という驚いた顔をしたので、上乗せがついた。
テスとしては・・・「こんなにもらっていいんですか!」だったが、ジュンスはそれまで人を使ったことがなかったので、相場がわからず、慌てて上乗せしたのだ。

だから、テスはそれに応えて、今一生懸命働いている。

ジュンスの仕事は、ホントに時間がマチマチだったし、日によっては、ほとんどまる一日働きづめという日もあった。
でも、今のテスには、他にやることがない・・・。
それにいろいろな人と出会えるので、それも目新しくて楽しい。
こうやって、仕事が山積みの生活もなかなかハリのあるものだ。


そして、ジュンスも少し得をした。
テスはまるっきり時間に拘らなかったし、それに何より、テスは経理の仕事ができたから。
ただの若いアシスタントではそうはいかなかったから・・・。もともとお金の計算がうまくできないジュンスにとっては、絶好のパートナーと言えた。






テスが勤め出して、2ヶ月近く経った。
仕事にも慣れ、ジュンスとのコンビネーションも順調になってきた。
それにつれ、先生の、例の彼女のスタジオを訪れる回数が増えてきた。

テスはその理由がよくわからなかったが、それは何気なく聞こえてきた二人の会話からわかった。



ジ:おまえ、ちゃんと仕事してるの?(ルーペでビュアの上のポジフィルムを覗きながら言う)
マ:(ジュンスに纏わり付きながら)してるわよ。前よりいい仕事来てるし。
ジ:あんまり、ここに入り浸ってるのはよくないぞ。(手は休めず仕事をしている)
マ:だって・・・。
ジ:(マリの顔を見て)来・過・ぎ。


ジュンスはビュアのライトを消して、ポジフィルムを持って、デスクへ行く。


ジ:前は週2だったじゃない。そのくらいのほうがオレも仕事しやすいしさ。
マ:だめ? 4日も来たらだめなの?(ジュンスの後を追う)
ジ:そんなに相手ができないからさ。
マ:つまんない。(ふて腐れる)
ジ:なんだよ?
マ:だって、ほら・・・いつも、「オバサン」いるんだもん。つまんない・・。


テスの耳に痛く突き刺さる言葉だ。

オ・バ・サ・ン!


ジ:こっちだって仕事してるんだからさ。(デスクで仕事をしながら言う)
マ:前は仕事しているジュンスを見てるだけでも、二人きりだったじゃない。今はいつも3人だもん・・・。(横目でじろっとテスを見る)


ジュンスがマリを呆れたように見た。
テスは二人と同じ場所にいづらくなって、立ち上がった。


テ:先生、私、この色校正、届けてきます。他に何か用、ありますか?
ジ:う~ん。そうね・・・ヤンさん、悪いけど、2時間ほど時間潰してきてくれない?
テ:・・・あ、はい・・・。
マ:いってらっしゃ~~い。


マリがうれしそうに手を振った。




最近のテスは、さっきみたいな会話の後、自分の気持ちがガクンと暗くなるのがわかる。


マリに嫉妬しているわけではない!と思うが、少なくとも、自分の気持ちがここのところ、ジュンスに依存してきているのはわかる。


普通の職場と違って、二人きりで行動していることが多いせいか、恋人でもない、ただ雇い主に対して、気持ちがかなり依存してきている。


見た目には普通にしているが、心はかなり傾いている・・・・。


二人だけでいる時、ジュンスはよく、テスを「おまえ」と呼ぶ。
それは、親しさの表れでもあるけれど・・・彼にとっては、テスが男でも女でも同じなんだと思う。

でも、ジュンスが自然と口にする「おまえ」という呼び方が、テスの心をよりジュンスに惹きつける。
ジュンスの前では、女を出さず、サバサバして見せているテスだが、心は、相当、ジュンスに寄りかかっている。


先日も、デスクに座っているジュンスの横に立って、出張旅費を説明していた時、テスは自分が目まいでも起こしたのではないかと思うほど、ジュンスの方へ体が倒れかかりそうになった。
ジュンスに吸い寄せられたというのか、自然に体が彼のほうへ傾きそうになった・・・。そのまま、心に任せていたら、きっとジュンスの膝に座り込んでいたに違いない。

そう、心理描写を描いたら、テスはジュンスの方へ倒れ込み、抱きついていた。




ジュンスはどんな気持ちで「2時間潰してきてくれない?」と言っているんだろう?


私が女だとは思っていないから、言える言葉であることは確かだろうけど。


前はこんな時間を使って、買い物をしたりしていたが、最近は沸々とこんな考えが浮かんできて、開放感を持って、楽しく買い物ができない。

本を持って、カフェに入っても、頭の中を回っているのは、ジュンスとマリのことだけだ。



つまり。


この2ヶ月でハッキリわかったことは、ちょっと悔しいが、たぶん・・・いや、そうではない・・・まさにだ。

まさに、私が、「先生であるジュンスに恋をしている」ということだ。




それも、ジュンスが心を許して話をしてくれればくれるほど、私の中では、ただの片思いから、彼を自分のものにできないかという考えに変化していく。


最近の自分のヨコシマさがイヤだ。

結婚もして、子供も生んで、離婚も経験しているのに、若くてかわいい彼女がいる人に振り向いてほしいと思っている。
あんなにコケティッシュな彼女がいるのに・・・「オバサン」の自分の思いに気づいてほしい。
応えてほしいと思う・・・。


ユニのグラスを買った日の喜びが、あのグラスを見るたびに、ジュンスへの思慕へと日々、変形していく。


あんなに若くてかわいい恋人の代わりに私が収まることって・・・ないだろうな。でも・・・。




初日に見た、階段の上で、裸に毛布を纏ったマリの姿。
あの時よりも、今のほうが深い意味を持って、私の心を揺り動かす。


なぜか最近、あの姿が私を悩ます・・・。

何気なく、先生の顔を見た時にも、マリのあの姿が、ふわっと頭に浮かぶことがあるからだ。
それには参る・・・。

あの時、マリには私はどう見えたんだろう・・・。



あ~あ・・・。







時間を潰して、スタジオに戻ると、ちょうど2階からジュンスが降りてきた。

その姿を見ているだけでも、テスの胸はキュンと痛くなる。

いったい2階で何をしていたの・・・。

ちょっと恨めしい目付きでジュンスを見ていると、ジュンスがテスを見て言った。


ジ:どうした? 校正は届けたのか?
テ:はい。ポジもできてました。

ジ;じゃあ見るか。
テ:はい。

ジ:並べて。
テ:はい・・・。


ビュアのライトのスイッチをつけて、ポジフィルムを並べ、ジュンスが来るのを待つ。

ジュンスがルーペを持って、テスの横に来て、一枚ずつ、ポジを覗く。


ジ:どうした?(ポジを見ながら言う)
テ:え?
ジ:なんか変だぞ。
テ:別に・・・。


ジュンスが写真を選んでいる隙に、体を少し階段の方に寄せて、2階を覗く。
マリが毛布に包まって、下を覗いているような気がする・・・。


ジ:おい!
テ:はい!(ドキッとする)


ジュンスのほうを振り向くと、ジュンスがポジを覗きながら、話しかけてくる。


ジ:2階には誰もいないよ。
テ:え? (ドキッとする)


テスは自分の気持ちを読まれたと思って緊張する。


ジ:マリはとっくに帰ったよ。
テ:そうなんですか・・・。(顔が赤くなる)


ジ:あいつがうろうろしていると、仕事がはかどらないからな。こっちも遊びながら仕事するわけにはいかない。その辺をちゃんと話して帰した。
テ:そうだったんですか・・・。
ジ:・・・だから、おまえもちゃんと仕事をしろ。
テ:え?


なんでそんなことを言うの?

テスは胸が苦しくなった。
ジュンスが顔を上げて、テスを見た。


ジ:おまえ、この頃、気がそぞろだぞ。(テスの顔を睨む)
テ:・・・。(胸が苦しい)
ジ:集中しろよ。
テ:はい・・・。
ジ:それから・・・・。ちゃんと、カメラの仕事を覚えたほうがいい。
テ:・・・。
ジ:いつまでも、バイト気分じゃいられないだろ? 
テ:・・・。(俯く)
ジ:この先、どうするんだ?(真面目な顔で見る)
テ:それは・・・。(困る)
ジ:将来、一人立ちできるように、やってみろよ。男なんかに、頼らなくても生きていけるように。
テ:・・・はい。(頼っちゃだめ・・・?)
ジ:やる気はあるのか?
テ:はい。




ジ:うん・・・。じゃあ、こっちへ来て、一緒に写真を選んでみろ。
テ:はい。(緊張する)


テスはジュンスの真横に並び、ルーペを受け取って、一枚ずつポジを見ていく。


そして、選んだ。

ジュンスが一枚ずつ、どこがいい?と聞く。テスは真面目に自分の感じたことを言った。
ジュンスがそれを聞きながら、なぜ、その写真が使えないかを説明していく。

雰囲気だけで見ていたものを、ちゃんと雑誌のフォーカスに合わせて選ぶことを教わった。


テスが思っていたより、ジュンスはポリシーがあった。
写真の仕事を教えるジュンスは、少し怖い感じの目付きだが、それがまた魅力的で、テスはますますジュンスへの思いを強くしていった。




それから、少しずつジュンスは、テスにカメラマンとしての仕事運びを教え出した。









そんなある日、不精ひげを伸ばした若い男がスタジオへ入って来た。


テ:あのう・・・どちら様でしょうか?
男:・・・。アニキは?
テ:先生ですか?
男:そう、コッキリ。
テ:今、ちょっと出ていますが・・・。
男:警戒しなくてもいいよ。弟だから・・・。
テ:はあ・・・。


しばらくすると、ジュンスが帰ってきた。


男:お~、アニキ!(手を振る)
ジ:おまえ! どこへ行ってたんだよ。
男:ごめん! ちょっとふらっと・・・。
ジ:ふらっとじゃないよ。お袋が心配してたぞ。
男:悪い。ちょっとね。いいとこがあってさ。逗留しちゃったんだよね。
ジ:へえ・・・。(横目で睨む)


ジュンスがテスを見る。


ジ:弟のテジョン。
テジ:よろしく! 異母兄弟のキム・テジョンで~す!
ジ:バ~カ!(笑って頭を軽く叩く)


テジ:アニキ。もしかしてこの人・・・。
ジ:え? ああ・・・。


ジュンスが気まずそうにテスの顔を見る。


テ:何ですか?(何があるの?)
テジ:ホントにアシスタント、雇っちゃったんだ。
テ:??
テジ:オレが勝手に書いたんだ、あの求人広告。


テ:え? そうなの!
テジ:あんた、知らなかったの?
ジ:もういいよ。そのことは・・・。
テジ:へえ・・・。
テ:どういうことですか?


テジ:この人が一人で忙しそうだから、ちょっと求人広告を書いてドアに貼ってあげたのよ。


テスがジュンスを見る。


テジ:ホントに応募した人がいたんだ・・・。
ジ:テジョン。おかげでいい人が来たよ。ありがとう!

テジ:そう? それはよかった。(うれしそうにする)
ジ:おまえ、いつまでここにいるの? こっちは忙しいんだけど。(嫌そうな顔をする)
テジ:あっそう。でも、飯くらいは食わせてよ。
ジ:ああ。じゃあ、待ってろ。
テジ:うん。いつまででも待つよ!



ジュンスはフィルムを持って、地下の暗室へ下りようとして、テスを見る。
そして、テジョンを見る。


ジ:ヤンさん、一緒に暗室へ来て。
テ:私もですか?
ジ:そう。ここにこいつと二人でいるのはよくないからさ。
テジ:なんだよ~。
ジ:何を言い出すかわからないから。早く一緒に来て。
テ:はい。



二人で狭い地下の暗室に入った。
テスが笑い出した。


ジ:どうした?
テ:なんか・・・よっぽど、弟さんと二人にするのがイヤなんですね。
ジ:(笑い出す)まあね。ここにおまえをキープしておいた方が安心だからな。
テ:そんなにヤバイの?
ジ:ヤバイなんてもんじゃないよ。そうだ。折角だから、一緒にやってみるか? 写真、焼いたことある?


テ:・・あ・・・。昔、もう10年以上前ですけど・・・。2~3回。
ジ:そうなんだ。ああ、学生時代少しやったって言ってたね。
テ:ええ・・・。



そう・・・。昔の彼と一緒に。彼の暗室で、教えてもらった・・・。



ジ:じゃあ、手順はわかるね。
テ:でも、10年前だから・・・。
ジ:うん・・・。じゃあ、説明しながら、やるか。おいで。こっちから説明するよ。まずは液剤はこっちの棚にある・・・。




テスは思い出した。
「彼」は今のジュンスくらいの年頃だった。


年上の「彼」はテスの後ろにピッタリ立って教えてくれた。

現像液に浸した紙の上に、「彼」に抱かれて笑っているテスが浮かび上がった。

「彼」はうれしそうにテスを後ろから抱き、「写真っておもしろいだろ?」と言って頬を寄せた。
そして、テスも幸せに酔って、「彼」にキスをした。





ジュンスの説明は、非常に実務的だった。

あの時のような熱気はなく、淡々と進む。
でも、仕事をする目は、「彼」より真剣だった。














3部へ続く・・・