愛しい人 3・4
2015-09-21
本日は「愛しい人」3部。
今回は相手役にキム・ヘスさんを迎えて大人の恋の物語です。
ジュンス(joon)は、必ずしも気のいい男ではありません。
でも、ジュンスに惹き込まれていくテスの気持ちは、とても切なくて、
その想いも苦しさも・・・共感できる・・・と思います。
ではここより本編。
お楽しみください。
こんなはずではなかった
私の人生はこんなはずではなかった・・・
33歳にして愛人
あの人には
恋人もいて
ちゃんとした仕事があって
ちゃんとした人生がある
なのに、
私には・・・何があるの?
全てが中途半端で
先も見えない
あの人には先が見えているのかしら?
こんなはずではなかった
こんな状況で幸せを感じるはずではなかった・・・
ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しいひと」3部
【第3章 交錯する心】
ジュンスとテスが、暗室での仕事を終えて、一階へ上がっていくと、テジョンとマリが楽しそうに話している。
マ:ジュンス!(満面の笑顔)
飛びつこうとすると、彼の後から、テスが階段を上がってきた。
マリはそれに驚いて、ジュンスを睨みつけた。
マ:暗室へ連れていったの?
ジ:なんで? 仕事だよ。
マ:へえ・・・。私には入っちゃいけないって言ってるくせに!
ジ:おまえは何をするかわからないからさ。こっちは仕事をしてるんだよ。
ジュンスがデスクの方へ行こうとするが、マリが前に立ちはだかる。
マ:オバサンと暗室で仕事?
ジ:オバサンて、この人はヤンさんだよ。(イヤな顔をする)
マ:羊と二人なら、地下へも行くのね?
ジ:この人は羊じゃなくて、カメラマンの卵だから。
マ:・・・いつから?
ジ:え?
マ:ただのお手伝いじゃなかったの?
ジ:最初から卵だよ。だから、ここにいる。
ジュンスはちょっとうんざりした顔でマリを見て、マリの横を通り過ぎて、自分のデスクへ向かう。テスもそれに続いて少し困ったような顔をして、マリの横を通り過ぎた。
マリは助けがほしくて、テジョンを見た。
テジョンも両手を広げて、「さあ?」というジェスチャーをしているだけだ。
マ:ジュンス!
ジュンスのデスクまで行く。
マ:ねえ、ねえったら! ジュンス!
ジ:何だよ?
マ:ムシしないで!
ジ:してないだろ? もうすぐ終わるから待ってろよ。
マ:・・・。
ジュンスがマリを見上げると、マリは子犬のような目をして、ジュンスを見つめている。
ジ:わかったよ。ヤンさん、申し訳ないけど、テジョンと二人で食事してやってくれる? 残業代はつけるから。
さっきは、テジョンから自分を守るために一緒に地下へ潜ったのに、今はテスをテジョンのもとへ送った。
やっぱり、マリが一番大事なんだ・・・。
ジ:いいでしょ? こいつは話がおもしろいから、付き合ってやってくださいよ。
テ:・・・ええ・・・。
ジ:じゃあ、お金はヤンさんに預けるから。おまえは彼女に食べさせてもらって。
テジ:OK! アニキ。じゃあ、ヤンさん、行きましょう! ねえ、ファースト・ネームは何ていうの?
テ:テスです。
テジ:テスさん・・・。かわいい名前だなあ。じゃあ、テスさん、行きましょう!
テ:ええ。
ジュンスは、テジョンが「テスさん」と呼んだ時、ちょっと反応して、上目遣いにテスの顔を見た。
テスもその視線に気がついたが、それの意味するところがよくわからなかった。
テスとテジョンは、二人を残してスタジオを後にした。
テスがちょっとスタジオを振り返った。
テジ:どうしたの? 気になる?(笑う)
テ:いえ・・・。
テジ:恋人同士だもん。楽しくやってるよ。オレたちも楽しく食事しましょうよ!
テ:・・・ええ。
テジ:アニキ、いくらくれたの?
テスがお金を見せる。
テ:なんだ、それだけ? ねえ、安いことで食べて、残りを二人で山分けしない?
マ:ええっ!
テ:そうしようよ、ね!
テジョンは気楽そうに、テスを見て笑った。
それからしばらくした、7月のある休日。
「休みだけど、午後からでいいから、出勤してくれる? ちょっと手伝ってほしいんだ」とジュンスから電話が入った。
テスがスタジオへ入っていくと、ジュンスが鼻歌を歌いながら、2階から軽やかに階段を下りてきた。
テ:なんか、ご機嫌ですね!(声をかける)
ジ:ああ、来たか。(うれしそうに見る)
テ:急ぎの用ですか?
ジ:うん、まあね。
ジュンスはそういうと、にこっと笑った。
ジ:実はね、この前出した「君の街」が好評で売れ行きがいいんだってさ。
テ:ああ、やっぱり! あの写真集、よかったもの。モノクロの感じもよかったし・・・女の子が主役だけど、街に生命力があるというか・・・。街の息使いみたいなものがよく出てたもの・・・。
ジ:(うれしそうに)そうか?(目を輝かせて顔を見る)
テ:ええ。ほら、女の子が振り返って立ってるの、あったでしょ? バックの空を、雲がものすごい勢いで流れてる感じもよく出ていたし・・・それに、街がなんとなくノスタルジックで、すごくよかった・・・。
ジ:そうかあ。おまえにそういってもらえるとうれしいよ。おまえに金一封出すよ。(ちょっと睨みつけて笑った)
テ:え、ボーナス? うれしいけど・・・でも、どうして? いいんですか?
ジ:ふ~~ん。おまえのおかげで、女を撮る目が少し変わったって感じかな・・・。
ジュンスは頷きながら、テスの前を通りすぎて、デスクへ向かう。
テ:私のおかげ?(ジュンスをじっと見ている)
ジ:そう・・・。
ジュンスは自分の席に座ると、イスを反らしながら、テスの顔をじっと見ている。
ジ:おまえが女を感じさせてくれたから・・・。(強い視線でじっと見つめる)
テ:!!
テスは今のジュンスの言葉で胸を射られたように、立ち尽くした。
もし後ろに壁があったら、テスはジュンスの放った矢に押されて、ボン!と壁に貼り付けられていただろう・・・。
テスはぼうっとした目で、ジュンスを見つめた。
ジ:そう、おまえが女を思い出させてくれた・・・。(笑う)最近、マリもそうだけど、若い子ばっかり撮っていたから、女のニオイとか温もりとか・・・色気とか、柔らかい面や意志の強さとか、そんなのを忘れていたように思う。それを思い出させてくれたんだ。
テスはジュンスがどういう気持ちで言っているのか、よくわからない・・・。
単純に、私にお礼を言いたいの?
それとも・・・私に好意を持っているということなの?
ジュンスが立ち上がった。
ジ:ということで、今夜はご馳走するよ。
テ:・・・。
ジ:いいだろう?(笑って見つめる)
テ:ええ・・・。
二人は、仕事の時は大抵一緒に食事をしているというのに・・・ジュンスは改めてテスを誘った。
ジ:今日はオレが手料理を作るから。
テ:え! そうなの?!
テスの胸がキュンとした。
この人が私のために料理を作る・・・。
テ:ありがとうございます。(にこっとする)
ジ:うん・・・。仕事が終わったら、2階で食べよう。
テ:はい・・・。
初めての2階・・・。
それはプライベートな空間・・・プライベートな時間だ・・・。
仕事を片付けて、夕方、二人は2階へ上がった。
初めて見るジュンスの部屋はワンルームで広々としている。
キッチンからはベッドは見えにくいが、部屋全体が見渡せる。なかなか小奇麗に暮らしている・・・。
そうか・・・マリさんが泊まるもんね・・・。
ジュンスは、早速料理にかかった。
ジ:パスタでいいよな? あと、手羽先をオーブンで塩コショウで焼く。それだけだけどいい?
テ:ええ、十分! う~ん。(周りを見渡す)先生、私、テーブルセッティングをします。
ジ:そう、ありがとう。ここにフォークやスプーンが入ってるし・・・。この辺の引き出し、紙ナプキンも入ってると思うから。見て。
テ:はい。
テスはテーブルを拭き、テーブルセッティングをする。
ジュンスはパスタを茹でながら、ソースを作っている。
ジ:もうすぐできるから。そうだ、冷蔵庫にレトルトのビシソワーズが入ってるから、カップに移して。サラダも、もう冷蔵庫から出してくれるか?
テス:はい。
冷たくなっている有名ホテルのビシソワーズをカップに移す。ガラスのしゃれたボールに入ったサラダを取り出す。
テ:あ、シーフード! 大好き! おいしそう! これ、ドレッシングはどうしますか?
ジ:なにか冷蔵庫に入ってないか?
テ:う~ん・・・ないです。
ジ:あ、買い忘れたか・・・。
テ:先生、ドレッシングなら私が作りますよ。
ジ:できる?
テ:(笑う)だって、6年も主婦してたんですよ。何が好き? フレンチ? ワイン&ビネガー? サザンアイランド? カレー味? しょうゆ味?
ジ:いろいろできるんだな。(笑う)
テ:ええ。
ジ:ちょっと待て。今、パスタができたから・・・オレに、フレンチ、教えて。
ジュンスがパスタを盛り付け、テスの横に立つ。
テ:簡単ですよ。ビネガーに塩・コショウして、オイルを加えたらOKです!
ジ:ふ~ん。
ジュンスがボールにビネガーを入れ、塩・コショウして、オイルを入れようとする。
テ:だめよ。オイルを入れる前に混ぜなくちゃ。
ジ:そうなんだ。(驚く)
テ:そうよ。ちょっと貸して。(混ぜる)
ジ:やらせて。こう?
テ:そう。そこにオイル。(ボールにオイルを入れる)
ジ:これで混ぜるの?
テ:そうよ。
ジ:これだけ?
テ:それだけ。
ジ:へえ・・・。
テ:それが基本形。ねえ、もっとちゃんと混ぜて。
ジ:こう?
テ:そう・・・。舐めてみて。
ジュンスがちょっと舐める。
ジ:ホントだ、うまい! おまえ、料理の天才だな。(感心する)
テ:でしょ? でも、塩もコショウも入れたのは先生よ。(笑う)
ジ:まあ、そうだね。(笑う) でも、ちょっと尊敬したよ。
テ:ふん。(笑う)でも、こんなの、小学生でもできるわ。
ジ:そんな簡単かな?
テ:ええ、全て手順を間違わなければ、おいしいわ。
ジ:そうか。・・・おまえ、いいこと、言ったよ。写真と同じさ。手順を間違えるな。いいな?(目がやさしく笑っている)
テ:はい。(うれしい気分だ)
ジ:じゃあ、食べるか!
二人は料理を持ってテーブルへ行く。
テスが座ると、ジュンスがシャンパンを持ってきた。
ジ:まずは乾杯しよう!
テ:はい。
栓を抜いて、乾杯をする。
シャンパンまで買って・・・。
マリさんが今、ハワイだから? それで私と乾杯してるの?
二人は向かい合って、笑顔で食事をし出す。
テ:このパスタ、おいしい!
ジ:そうか? うん、ありがとう! このサラダもうまいよ。料理はよくするのか?
テ:最近は忙しいでしょ?(笑う) だから、あまりできないけど。
ジ:今度、違うドレッシングも教えて。
テ:ええ、いいですよ。
ジ:何が一番好きなの? 得意は?
テ:う~ん、最近はね、ガーリックソルト!
ジ:何それ?
テ:サラダにパッパって、ガーリックソルトを振りかけて、おしまい~~。(笑う)
ジ:そうか・・・。それもいただこう。(笑って見つめる)
食事もワインを飲みながら、進んでくると、ジュンスがテスに尋ねた。
ジ:(ワインのグラスを見ながら)おまえに初めて恋を教えたのは誰だ?
テ:・・・それがどうしたんですか?(あまりに直球な言い方で驚く)
ジ:誰? どんな人? どんな人だった?(鳥の手羽先を手に持つ)
テ:そんなの、教えられないわ・・・どうでもいいことでしょ?
ジ:ふ~ん、女にとってはどうでもいいことか・・・。
テ:・・・。(自分の過去など言いたくない)・・・男には大切?
ジ:うん、まあな。
テ:先生は初めて女を意識したのはいつ?
ジ:10歳の時。
テ:初恋?(笑ってワインを飲む)
ジ:違うよ。(手羽先を置いた)テジョンから聞いて知ってるだろ? オレのお袋のこと。男と駆け落ちしちゃったの。
この間、テジョンから、なぜジュンスと自分の母親が違うかを聞いた。
ジュンスの母親が駆け落ちをして・・・テジョンの母親が後妻に入ったと。
ジュンスが本当の母でない、育ての親である自分の母親をとても大切にしてくれるということを、テジョンは、感慨深げに話した。
ジ:6歳の時にオレを捨てて、男のもとへ走ったんだ。・・・10歳の誕生日の日、学校帰りのオレを待ち伏せして、プレゼントをくれた・・・。お袋がオレを抱きしめた時に匂った香水・・・。胸が苦しかった・・・。「元気でね」って言って、手を振って帰っていった・・・。オレは、もっとお袋と一緒にいたくて、あとから追いかけたんだ。・・・・やくざみたいな男と一緒だったよ。あのお袋は・・・女だった・・・。
テ:そう・・・・。
ジ:なんか、10歳にして、男と女の世界を見たという思いがした。感覚的に理解したって感じかな。それで、家へ帰ったら・・・いつものように、優しいテジョンの母親がいて、オレのために蒸しパンを作ってくれていた・・・。だから、オレには、あいつの母親がホントの母親なんだ。
テ:うん・・・。(頷く)
テスが優しい視線で・・・ちょっと母親のような目で、ジュンスを見た。
それで、お母さんを大切にしているのね・・・。
ジ:本題に戻る。(笑って)どんな人だった?
テ:なぜ、そんなに聞くの?
ジ:う~ん・・・。どうやったら、おまえのような女ができるのか・・・。
テ:なあに、それ・・・。先生、それって、女性に対してとても失礼な言い方ですよ。
ジ:そうか・・・。うん・・・。最近、若い子ばかり見てるからな・・・。まだ、皆未完成だから・・・。(ワインを飲む)
テ:男の人って、最初の男になりたがるって言うでしょう・・・。先生もそう?
ジ:(笑う)おまえには一本やられたな・・・。それはあるけど・・・。ケース・バイ・ケースだろ?
テ:うん・・・。でも、そういう気持ちもあるんだ・・・。それって何? 女に対する征服欲? それで彼女に優越感を持ったり満足したりするの?
ジ:・・・。難しいことを聞くな・・・。だから、ケース・バイ・ケースだよ。
ジ:おまえは初めての人のことを思い出すの?
テ:バカみたい・・・。(呆れる)そんなことより、今、誰を好きかのほうが重要よ。
ジ:そうか。
テ:そうよ。
ジ:でも、どんな人だった?(じっと見る)
テ:くどいわ!(睨む)
ジ:教えて。
テ:なぜ?
ジ:知りたい。
テ:なぜ?
ジ:う~ん。
テ:なぜ?理由を言って。
ジ:おまえを知りたいから・・・。
テ:(胸が苦しくなってくる)・・・なぜ・・・なぜ、知りたいの?
ジ:・・・なぜだろう・・・。おまえの全てを知りたい。
テ:どうして?
ジ:どうしてか・・・。
テ:言って。
ジ:・・・。
テ:言って!(苦しい)
ジュンスがテスをじっと見つめた。
ジ:おまえがほしいから。
テ:(息ができない)・・・好きなの?
ジ:おまえを手に入れたいから。
テ:好きなの?
ジ:たぶん・・・。
テ:あいまいね・・・。
ジ:あいまいじゃだめ?
テ:・・・だめ・・・。
ジ:気持ちは発展していくだろ?
テ:言って。今の気持ち・・・。
ジ:・・・。
テ:はっきり言って。
ジ:・・・。
テ:先生には・・・。
ジ:ジュンスでいいよ。
テ:・・・ジ、ジュンスには、マリさんがいるでしょ。
ジ:それが?
テ:だって・・・。恋人でしょ?
ジ:これはおまえとオレのことだよ。
テ:なんで? マリさんも関わってるでしょ?
ジ:オレがおまえを好きだということだよ・・・マリには関係ない。
でも、マリさんも関わってるでしょ・・・・。
好きって・・・好きって・・・そんな・・・。
テ:もう帰るわ・・・。
ジ:コーヒーくらい飲んでいけよ。
二人は睨み合った。
マリの名前を口に出してから、二人の間が気まずくなった。
結局、二人は黙ったまま、コーヒーを飲んだ。
テスが化粧室から出てきて、
テ:ホントに帰るわ。(ジュンスを見る)
ジ:送るよ。
テ:飲んでるもん・・・。だめよ、車は。大丈夫。いつも一人で帰ってるじゃない・・・。今日はご馳走様でした。
ジュンスが壁に寄りかかって、テスをじっと睨んでいる。
その顔を見ると、胸がキューンとなってきて、苦しい。
でも、恋人のことが解決していない人と、恋なんてできない・・・。
テスはバッグをとって、黒い鉄の階段を下りていく。
後ろから、ジュンスがテスの腕を引っ張った。
テスは転びそうになった。
ジュンスがテスの腕を力いっぱい握り締めている。
ジュンスがテスを引き上げて起こし、抱こうとした。
テ:手を放して。
ジ:・・・・。(テスを睨みつけている)
テ:ねえ、痛いわ。手を放してちょうだい。
ジ:だめだ。
テ:どうして?
ジ:・・・。テス。
彼が初めて名前を呼んだ。
テ:・・・・。
ジ:テス、おまえが好きなんだ・・・。おまえだって、キライじゃないだろう?
二人が見つめ合った。
時に、ジュンスに見とれているテスがいた。
時に、マリと二人のところを恨めしそうに見つめるテスがいた。
ジ:テス・・・。
ジュンスが間近でじっと見つめるので、テスは目のやり場がない・・・。
どう思ってるの? どう思ってるの? 一番? 私のほうが好き?
どっち・・・? ねえ! ねえ! ねえ! どっち?
ホントに好きなの??
ジュンスの目を真剣に見つめるテスの顔に、ジュンスの顔が覆った。
それは、長くて熱いキスだった。
ジュンスは、テスを後ろから抱くようにして腕枕で寝ながら、テスの乳房を撫でていたが、その手はテスの下腹部に移動した。
ジ:このお腹の傷は?
テ:帝王切開であの子を産んだのよ。
ジ:そう・・・・じゃあ、勲章なんだ、おまえの。
テ:そうね・・・。
下腹部に縦に少しケロイド状になっている長い傷を撫でる。
ジ:痛かった?
テ:手術中?
ジ:うん。
テ:うううん。だって、麻酔が効いてたから。
ジ:普通の手術と同じ?
テ:うん、同じ・・・。逆子だったから、自然分娩では産めなかったの。
ジ:全身麻酔?
テ:うううん。下半身麻酔。手術中は寝ていても、赤ちゃんを取り出してから、先生が声をかけてくれて、生まれたばかりのあの子を見られたわ・・・。
ジ:・・・そうなんだ。すごいね・・・。
テ:うん。
ジュンスはしばらくテスのお腹の傷を撫でていたが、急にぎゅっと抱き締めて、耳元で尋ねた。
ジ:また、ほしい? 赤ちゃん?
テ:・・・・。(胸が詰まった)
ジュンスの言葉はやさしいのに、テスには答えられない・・・。
そんな言葉、そんな言葉・・・。テスの胸が熱くなった。
そんなチャンスはあるのかしら?
また人生をやり直すチャンスはあるのかしら?
そのチャンスに、ジュンス、あなたは含まれているの?
テスは寝返りをして、ジュンスをじっと見つめる。
ジュンスが熱くテスにキスをした。
テスが時計を見る。
テ:帰るわ・・・。
ジ:もう少しいろよ。
テ:でも、着替えも持ってきてないし。
ジ:貸してやるよ。オレのTシャツでもジーンズでも好きなのを。
そういって、ジュンスがテスの手を掴んだ。
その手を振り解くように、テスが起き上がった。
ジ:どうしたの?
テ:それはダメよ。明日は、撮影があるもの。あなたの服なんて、皆、知っているもの。
テスがジュンスを見つめた。
ジ:大丈夫だよ。(笑う)
テ:ダメよ。わかるわ・・・そういうことはすぐに・・・。
私だって、あなたの持っている洋服はわかっているもの。
そんなことしたら、皆が気づくわ・・・。
ジ:もう少しいて・・・。車で送るから。
テ:・・・・。
ジ:朝一番で着替えに送っていくよ。それでいいだろ?
テ:うん・・・。
テスはジュンスをじっと見つめた。
あなたの温もりを放したくない。
でも、これは私のものなの?
今だけ?
今だけなの?
声に出して確認することが怖くて、できない。
揺れる思いを言葉にできない・・・。
私はこの人に恋している。
この人の、こんなわがままを許すほど、私は、この人に恋している。
でも、この人はどう思っているのだろう。
マリさんと別れてくれるわね・・・?
ジュンスに出会って、私の人生はまた回り始めた。
娘のユニを失った日から、私の思考回路は、いつも同じところをぐるぐると回っているだけだった。
それがジュンスと出会って、ユニの死を運命だったと少しずつ受け入れることができるようになってきている。
あんなに乗り超えることが難しいと思われた事件が、少しずつ、自分の中で和らいでいく。
ジュンス、ジュンス!
ジュンスがテスの体を抱きしめて、また、テスはジュンスの腕の中へ落ちていった。
ジュンスと関係を持ってから、テスにはますますジュンスはなくてはならない人となった。
テスとあの日を過ごしてから、マリはパッタリと遊びに来なくなった・・・。
別れてくれたのだろうか・・・。
聞きたいのに、聞くと彼を失いそうで、聞けない歯がゆい自分がいる。
8月に入って、暑い日が続く中、ジュンスは一人で、ロケに出かけた。
テスは出版社に提出する旅費の精算書を書かなければならなかったので、昼近くになって、スタジオへ出勤した。
今日は、ジュンスは午前4時起きで、一人ロケに出かけたはずだ。
閉め切ったスタジオの中はムッとして、テスは窓を開けて空気を入れ替える。
自分一人なので、冷房は入れず、今日はこのままでもいいだろう。
コーヒーメーカーのスイッチを入れ、自分のデスクに座って、出張旅費のエビデンスをまとめた書類箱をデスクの上にポンと置いた。
すると、2階で音がして、階段を下りてくるヒールの音が聞こえてくる。
2階から、マリがスッピンで下りてきた。
テスは驚いて、呆然と、マリを見た。
マ:あら? おはよう! どうしたの? 今日は、ジュンスは4時起きで出かけたわよ。
テ:・・・残ってる仕事があったので・・・。
マ:そう? ご苦労様!(微笑む)今朝早かったから、また寝ちゃったの。そしたら、こんな時間になっちゃった!
そういって、マリが笑った。
まだ20代前半のマリはスッピンでも光り輝いて美しい。
その自信・・・そう、充足感に裏付けられた自信と美しさに、テスは圧倒された。
マ:じゃあね。・・・あなた、何時頃までいるの? 今日は、ジュンスの帰りは遅いわよ。(ちょっと心配そうに言う)
テ:仕事を終えたら、適当に帰ります。
マ:そう? じゃあね! 頑張ってね! バイバイ!
マリが自信たっぷりに帰っていった。
昨日、ジュンスは言った。
「明日は早出だし、まる一日かかるから、おまえは来なくてもいい」と。
そして、私を早く帰した。
そういうこと?
そういうことなの?
まだ、マリともそういう関係だったの?
私とそういうことになっても・・・まだ、ずっと続いていたのね・・・。
テスはデスクに座り込み、こみ上げる悔しさと絶望感に、胸がいっぱいになった。
4部へ続く。
こんなはずではなかった
私の人生はこんなはずではなかった・・・
33歳にして愛人
あの人には
恋人もいて
ちゃんとした仕事があって
ちゃんとした人生がある
なのに、
私には・・・何があるの?
全てが中途半端で
先も見えない
あの人には先が見えているのかしら?
こんなはずではなかった
こんな状況で幸せを感じるはずではなかった・・・
ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しい人」4部
【第4章 愛のありか】
テスの仕事は、夕方前には終わっていたが、このまま、帰る気にはなれず、ジュンスが帰ってくるのを待つことにした。
あの日から、ジュンスと自分の距離はこんなに近くなったはずなのに。
仕事へ出かける時もいつも二人。
時に、テスはジュンスの部屋に泊まった。
二人で食事の支度をして、二人でくつろぎ、ジュンスはテスを抱いた。
そこには、何も入り込む余地などないようにも思われたが、テスには聞きたくても怖くて聞けないことがあった。
それは、マリのことだった。
普通はこれだけ近い距離の恋人なら、前の彼女とは別れたと、彼のほうが言ってくれるはずである。
それなのに、ジュンスはそれについて、一言も言わなかった。
テスが泊まらない日に、マリと会っていたのか・・・。
それとも、マリが押しかけてきただけなのだろうか?
テスの頭の中を、繰り返し繰り返し、そんな思いが交錯する。
あの人が私を騙していたのか・・・。
でも、どっちがホントの愛なの?
二人とも好きなの?
それとも、一人は本妻的な恋人で、一人は愛人なのか・・・。
私はどっち?
ジュンスのいない生活を考えてみる。
自分には、もう何もないような気がする・・・。
あの人を愛していることでいっぱいで、それを取り除くと、空っぽだ。
テスは2階へ上がって、ベッドを見つめた。
マリはキレイにベッドメーキングして帰っていった。
テスともジュンスとも違うベッドメーキング・・・。
流しを見る。
グラスとカップが2つずつ洗って置いてある。
テスは悔しさで涙が出てきた。
なんで・・・。
なんで・・・。
午後10時近くになって、ジュンスが帰ってきた。
スタジオ奥の電気がついているので、ジュンスがデスクのほうを見た。
テスが座っていた。
ジ:どうした? まだいたのか?(驚く)
テ:ええ・・・。(見つめる)
ジ:オレがいない時はさっさと帰っていいぞ。
テ:ええ・・・。(じっと見つめる)
ジ:どうした?(荷物を置く)
テスが立ち上がって、ジュンスのほうへ歩いてくる。
テ:マリさん、泊まったのね・・・。
ジ:・・・。(テスの顔を見ている)
テ:そのために、私を昨日早く帰したの?
ジ:・・・。来ちゃったんだよ。いきなり・・・。
テ:でも、泊まったんでしょ?
ジ:・・・。
テ:なぜ?
ジ:なぜって・・・。
テ:答えて。
ジ:・・・。
テ:あなたは・・・あなたは、私と付き合い始めても、マリさんとは別れてないのね? ・・・なんで?
ジュンスがじっとテスを見て、はっきりとした口調で答えた。
ジ:マリは捨てられない・・・あいつはオレがいないと生きていけないから。(テスの目をじっと見る)
テ:・・・・。(驚く)
テ:あなたは・・・私なら捨てられるの?
ジ:・・・・・。(見つめる)
テ:私なら、一人で生きていけるの? 今までそうしてきたから?
ジ:・・・・。
テ:ねえ。なぜ、黙ってるの! 理由があるはずでしょ? 理由がなくちゃ、そんなこと、言わないでしょ?
テ:ねえ、はっきり言ってよ。おまえはただの遊びだからって。彼女とは比べようがないんだよって。オレの中ではぜんぜん重さが違うんだよって。
ジ:・・・・。(じっと見つめている)
テ:なぜ言えないのよ! 言いなさいよ、早く! 何か言ってよ。どうしていい子ぶるのよ! あなた今、私にマリは捨てられないって言ったのよ! 別れないってことでしょ? じゃあ、私は? 私は何? ねえ、私はあなたにとって何なの? はっきり言ってよ。おまえなんか遊びだったって言ってよ。早く!
ジ:・・・。(苦しそうに見つめる)
テスがジュンスの胸を叩く。ジュンスがテスの腕をぎゅっと掴み、睨みつけている。
テ:早く言ってよ! 本当の気持ちを言ってよ!
腕を押さえられたテスは、足でジュンスを蹴った。
ジュンスは蹴られながらも、テスの腕をきつく掴んだまま放さない。
テ:もう!もう! 何なのよ、あなたは!
テスは泣きそうになりながら、ジュンスを蹴るが、ジュンスは手を放さない。
テ:バカ!
もう今にも泣き出しそうだ。
ジ:気が済んだ?
ジュンスがテスを睨んでそう言った。
彼はそれしか言わなかった。
ジュンスを見上げたテスの目に、涙があふれた。
ジュンスがテスを抱きしめ、結局、マリのことはあいまいなまま、テスはジュンスと別れることもできなかった・・・。
翌朝、テスは昨夜飲んだ酒が抜けきれず、重い体を引き摺りながら、自分のマンションの洗面台の前に立った。
なんという疲れた顔・・・。
少し浮腫んでいる。
最悪だわ・・・。
昨夜は遅かった。
でも、彼のところに泊まる気にもなれなくて、真夜中にタクシーで家まで戻った。
結局、ジュンスとはよりが戻って、家に帰ってから、浴びるように酒を飲んだ。
出勤の準備をして、テスは玄関で靴を履こうとしている。
靴べらを持って、前かがみに屈んだ。
自分でも気がつかなかったが、下を向いた時、テスは、自分の涙が床を濡らしたのを見て驚いた。
こんなあいまいな関係のまま、またあの人のところへ行こうとしている。
いったい、私はなんなの・・・!
テスは自分自身に嫌気が差して、部屋へ引き返した。
そして、ベッドに入る。
自然と涙が次から次へとこみ上げてきた。
彼は、本当のところ、私をどう思っているの?
恋人ではないの?
私たちの関係って、恋人ではないの?
・・・愛人?
そうなの?
私は、あなたのただの愛人なの?!
そして、ジュンスは一言、テスに言った。
「おまえとは別れない。オレにはおまえが必要だから」
ああ!
午前10時近くになって、テスの携帯が鳴り続けている。
見ると、ジュンスからだ。
居留守を使っていても、ひっきりなしにかかってくる。きっとこちらが出るまで切らないのだろう。
ついに、テスは電話に出た。
テ:もしもし・・・。
ジ:おい、なぜ、来ない?
テ:今日はとても行く気になれません。(涙がこみ上げる)
ジ:・・・早く来いよ。
テ:行けないって言ってるでしょ!(泣き声だ)
ジ:休んでいいなんて言ってないぞ。
テ:じゃあ、今日は具合が悪いので、休みます。(きっぱり言う)
ジ:だめだ。出てこい。
テ:イヤ・・・。
ジ:仕事はしろよ。
テ:できないわ。(辛そうに言う)
ジ:甘えるな、出てこい。(冷たく言う)
テ:ムリです・・・。(突っ張る)
ジ:ムリでも、出てこい。
テ:とても行けないわ・・・。(また泣き声になる)
ジ:おい、仕事は休むなよ。1時間後に撮影に出かけるぞ。早く来い。
テ:ねえ、私・・・。
ジュンスの電話が切れた。
ジュンスの電話は有無を言わさなかった。
テスはしばらくベッドの上で考えるが、仕事先に迷惑をかけるわけにはいかないので、今日は仕事に出ることにした。
スタジオへ行っても、ジュンスとは目を合わせずに、スケジュールボードに従って、撮影機材の準備をした。
ジュンスも黙々と準備をしている。
結局、昨日は、ジュンスの力に負けて彼を受け入れてしまった・・・。
あんな後味の悪い思いをしたあとだったのに・・・テスはその時、ジュンスを力いっぱい抱きしめていた。
テスは自分が情けなかった。
ジ:おい、行くぞ。
ジュンスが淡々とした声で、テスに声をかけた。
結局、この人に従って自分は動いている・・・彼の仕事だもん、私が抜けたところで問題ないじゃない!
テスは撮影機材と共に、ジュンスのためのコーヒーまで用意して、車に乗り込む。
運転席のジュンスがテスをじっと見つめている。
テスはジュンスの顔を見ない・・・。
これ以上、彼にのめり込んでいくのはイヤだ。
昨日は昨日。今日はちゃんとジュンスと話そう。
ジュンスの運転する車は、今日の撮影現場である出版社へと向かった。
出版社の地下室にあるスタジオで撮影を終え、建物の外での撮影の前に昼食を取ることになった。
ジュンスとテスは、行きつけの近所の食堂へ昼食を取りにいくことにした。
二人は無言のまま並んで歩き、出版社の前の道を渡ろうとした時、後ろからジュンスを呼ぶ声がした。
男:ジュンス! おい、ジュンスじゃないか! 久しぶりだな。
ジュンスが振り返ると、自分のカメラマンの師匠であったチェ・ドンヒョンだった。現在は、女優や高級婦人誌のグラビアの写真を撮っている超売れっ子だ。前に、マリがドンヒョンに撮ってもらったと喜んで話をしたことがあった。
ジ:あ、先生。ご無沙汰しております。
ジュンスがとても硬い口調で挨拶をした。
ド:うん。(微笑む)おまえも最近、ずいぶん活躍してるじゃないか。
ジ:はあ、ありがとうございます。(少し頭を下げる)
ド:まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだな・・・。
ドンヒョンはそういって何気なくジュンスの隣に立っている女を見た。
ド:テス? ヤン・テスか?(じっと見る)
テスがドンヒョンを見て困ったような顔をして立っている。
ジュンスは二人の関係を知らないので、二人を交互に見つめる。
ド:ジュンス、彼女は?
ジ:うちのアシスタントです。
ド:そうか・・・、君も、写真の仕事を始めたのか。・・・懐かしいなあ・・・。(うれしそうな顔をする)
ジ:彼女をご存知なんですか?
ド:ああ、その昔ね。(テスに向かって)久しぶりだね。(じっと見て微笑む)
テ:ええ、お久しぶり・・・・。
ド:ふ~ん・・・。結婚したんじゃなかったの?
テ:え、ええ。(ジュンスを見て)今、仕事中なので失礼します・・・。
ドンヒョンはいつものカンで、テスの服装や様子から彼女が一人者であることに気づく。
ド:そうか・・・。(テスのほうを見て)今度、一緒に食事でもどうだ? 写真の話でもしよう。
ジ:・・・。(テスの様子を見ている)
テ:(困って)ええ・・・でも、今忙しいんです・・・。
ド:ジュンス、時間を作ってくれよ。昔、好きだった人なんだよ。(笑う)
ジュンスの顔がキュッと引き締まった。そして、厳しい目つきでテスを睨んだ。
テスが俯いた。
ジ:そうですか・・・。彼女と直接、連絡を取ってください・・・。私はその辺のことはわかりませんので・・・。
ド:そうだな・・・。近いうちに、電話するよ。ジュンスのスタジオでいいんだろ?
テ:・・・・。(困惑する)
ド:じゃあ・・・。
ドンヒョンは元気に笑って、手を振って、出版社のほうへ去っていった。
テスは前に、写真の現像を当時の恋人から習ったと、ジュンスに打ち明けたことがあった・・・。
ジュンスが怒ったような目つきで、テスをじっと見つめている。
テスはジュンスの視線に胸が痛くなって、通りの反対側を見て、さっさと通りを渡った。
ジュンスが後から通りを渡り、テスの横に並んだ。
ジ:あいつがおまえの元恋人だったのか・・・。
テ:ええ・・・。(前を見ている)
ジ:あいつがおまえに写真を教えたのか?
テ:(立ち止まり)ええ、そうよ。(ジュンスを見る)
ジ:そうか・・・。
テ:ジュンス、あなたと彼の関係は?
ジ:オレの師匠だよ・・・。
今度はジュンスが先に歩き出した。
テ:ジュンス。(追う)
ジ:・・・・。
テ:ねえ、ケンカでもしたの? なんか・・・さっきのあなたの様子、変だったわ・・・。
ジュンスがテスの顔をちらっと見た。
ジ:オレの恋人を奪い取っていった男だよ。
テ:・・・ジュンス・・・。
そういって、ジュンスはさっさと先を歩いていってしまった。
二人はいつもの小さな食堂に入った。
向かい合って座ったジュンスが、怖い顔でテスを見つめている。
テ:なあに?
ジ:あいつの元女か・・・。(睨んでいる)
テ:そんな言い方はやめて。大学4年の時に知り合ったのよ。一年も付き合っていないわ。それで、写真を少し習ったの。
ジ:そう・・・。(苦笑して、舌打ちをする)あいつの手口だな・・・。
テ:・・・。
ジ:一緒にあいつの暗室へ行ったの? (テスを睨む)
テ:・・・。(じっとジュンスを見つめている)
ジ:そうだね。おまえは暗室の手順を知っていた・・・。(見つめている)
テ:それがどうしたの?
ジ:・・・そういうことか・・・。(まいったという顔をして横を向く)
二人は黙り込んだ。
テスは暗室の中で彼がテスを抱いたことを思い出した。きっと、ジュンスも同じことを思っているに違いない・・・。
二人の前に料理が出された。
箸を持ちながらも、二人とも料理を見つめているだけで手をつけない。
テ:ジュンス・・・。(顔を上げる)
ジュンスが少し怒ったような顔をして、テスを見た。
テ:ジュンス・・・。怒らないで・・・。怒ることじゃないでしょ・・・。もう10年も昔の話よ。
ジ:怒っちゃいないよ。・・・ただ、ひどいめぐり合わせだと思っただけだよ・・・。
テ:ジュンス・・・。(料理を見ながら)まるで汚いものでも見るような目で私を見ないで。
ジ:・・・。(鋭い目付きでテスを睨んでいる)
テ:今のあなたは、彼に近いことをしているのよ。(顔を上げる)そうでしょう? だって、私は愛人だもの・・・。恋人ではないんでしょう?
ジ:・・・。
テ:結局、あなたはマリさんとは別れなかった・・・。私の気持ちわかる? 今、どんな気持ちか・・・。とても惨めなのに・・・あなたとこうしているのよ。(吐き捨てるように言う)
ジ:・・・。
テ:あの人を、今のあなたは責められないわ・・・。
ジ:・・・。(苦々しい顔をして、窓の外を見た)
それでも、二人は仕事のため、そこで食事を終えて、出版社へと戻っていった。
ジュンスとテスの感情は、ドンヒョンの出現によって、よりよじれを生じさせた。
テスと関係しても、恋人のマリと今まで通りに付き合っているジュンス。
そして、ドンヒョンとテスの過去に、ジュンスがイヤな感情を持っていることは、明白だ。
それなのに、ジュンスへの愛を断ち切れない。
彼と別れるべきだと思うのに、その気持ちの倍返しで、ジュンスへの愛が広がっていく・・・。
彼だって、私のことを好きよ、きっと。
ドンヒョンと私の過去をあれだけ嫌がるのは、私が好きな証拠よ。
だって、ただの遊びだったら、あんな目はしないわ・・・。
でも、ジュンスをどんなに思っても、今のテスの立場は変わらない。
彼がマリと別れない限り、私はジュンスの「愛人」でしかない。
ジュンスと知り合って、しばらく安定していたテスの心が壊れた。
テスはまた今の状況から逃げたくて、夜な夜な、浴びるように酒を飲んでいる。
一人で家にいることが辛い。
ジュンスの温もりを求めている自分が悲しい。
転々として、一人で眠ることができない。
ユニのグラスを見る度に胸が熱くなる・・・。
ユニを失った後も辛かった・・・。
でも、あの時は、ユニがいつもそばにいて、心を助けてくれた。
いつも、テスにやさしく囁きかけてきて、テスの辛さを和らげてくれた。
でも、最近は、ユニはテスを慰めない・・・。
自分のことを忘れ、女として生きようとする母親には助け舟を出さない。
テスは今日も、仕事からまっすぐ家に帰ることができなくて、ジュンスと二人でよく出かけた馴染みのカウンターバーへ寄る。
一人カウンターに座って、酒を飲む。
ただ一人、黙々と酒を飲む。
もう、ユニはつまみを食べろとは言わない・・・。
ジュンスはテスが帰ったあとも、デスクで仕事を続け、やっと2階の部屋へ戻る。
冷蔵庫を開けて、ビールを取り出す。
ここのキッチンでひと頃、テスがジュンスに料理を教えてくれた。
「あなた、もっと薄く切らなくちゃ。こんな厚いの、だめよ」
テスが笑った。
テスは教えるだけではなく、おいしい料理を作ってくれた。
そこには、やさしい愛情が入っていて、ジュンスの心を満たした。
ドンヒョンとテスが過去に恋人であったことが、ジュンスの過去の恋を思い出させた。
当時、愛していた女を師匠である男に奪われた。
それがもとで彼はドンヒョンの元を去り、独立した。
あの時の彼女は、それからすぐにドンヒョンとも別れた。
そして・・・その後始末に、自分は付き合わされた。
彼女が産婦人科の手術室にいる間、まるで、その責任の一端が自分にあるように、その廊下で彼女の安否を気遣った。
苦い思い出。
もう名前すら忘れかけていた恋人だったのに。それがテスとオーバーラップしてくる・・・。
テスに対して、今の自分はあのドンヒョンと同じように、あいまいに自分の都合だけで接している。
マリがジュンスの恋人の席にいる。
自分は、テスを恋人ではなく愛人にした・・・。
自分の心に従って掴んだはずの恋だったのに。
愛しているのに。
ジュンスは今、一番愛しているはずのテスに一番の苦痛を与えている。
テスと別れること、テスを失うことは、今のジュンスにはできない。
苦しそうに、辛そうに、悲しそうに、ジュンスに抱かれるテスを見ていても、ジュンスはテスを手放すことができない。
先日のドンヒョンの一件で、ジュンスは混乱し、テスをあんな目で見つめたことを悔やんだ。
ドンヒョンに引っ掛けられて自分から離れた女は、昔の恋人で、テスではないのに。
ジュンスは急にテスに会いたくなった。
明日の朝になれば、彼女はここへやって来るが、今彼女に会いたい。
テスには何も悪いところなどないのに、彼女を奈落の底に落としている。
ただオレがテスを愛しているために、彼女は奈落の底へ落ちた。
テスに詫びなくてはいけない。全てがオレのせいだ。
ジュンスがテスの携帯に電話する。
しかし、彼女は出ない。
何度も携帯に電話を入れるが出ない。
家に電話して見る。出ない。
こんな真夜中に、家にも帰らず、こんな時間まで何をしているのか・・・。
たった一人の彼女に行くところはあるのか?
ユニの待つ家以外に・・・。
ドンヒョンか・・・。
あいつとこんな夜更けに一緒にいるのか・・・。
ジュンスは居ても立ってもいられず、街に出た。
テスが立ち寄りそうな店を回って歩く。
二人でよく飲みにいった店のマスターがジュンスに挨拶する。
マ:ああ、テスちゃんなら、さっきまで飲んでたよ。一人で浴びるほど・・・。どうしたの? ケンカでもしたの?
ジ:いや・・。何時頃帰りました?
マ:15分くらい前かな。
ジ:サンキュ! じゃあまた!
ジュンスは店を出て近くを探し回る。
もう時計は2時近くだというのに、テスはどこへいったんだ・・・。
泥酔状態になったテスは、もう人通りのない通りに寝転んだ。
はあ・・・。
大の字になって寝転ぶ。
ジ:おい、テス! 大丈夫か? 起きろよ。どうしたんだ! こんなところで寝るなよ。テス!(テスの体に手をかける)
テ:うるさいな。何よお~。(手を払う)
テスは男に触られて驚いて、開かない目をなんとか開き、その男の顔を見ると、テジョンが顔を覗きこんでいる。
テ:テジョンさん? ジュンスの弟のテジョンさん?
テジ:・・・うん・・・・。
テ:お久しぶりね。元気だった?
テジ:こんなところで寝てたら危ないだろ?(やさしく言う)
テ:どこ?(ちょっと周りを見渡す)
テジ:道の真ん中だよ。
テ:ええ? (うそ!)
テジ:さあ、起きよう。起きましょう。
テジョンに肩を貸してもらって、起き上がろうとするが、体が重くて起き上がれない。
テ:ごめん・・・。重いよね。
テジ:ホントだね。(笑)引き摺っていくよ。とにかく、道の真ん中はダメだよ。
テ:うん・・・。
テジョンは、テスの両脇に腕を通して、道の端に連れていく。
テジ:どうしたんだよ? こんな時間まで・・・。心配させやがって・・・。(怒ったような顔で見つめる)
テ:私が酔っ払いだったの、知らなかった?
テジ:知らない・・・。
テ:う~ん・・・そうよね、アニキも知らないもんね。もう、2年も酔っ払ってるの。(笑う)おかしいでしょう?
テジ:おかしくはないけど・・・。(悲しそうに見つめる)
テ:娘を亡くしてから、ず~~と酔っ払ってんの。・・・でもね、アル中じゃないのよ・・・。そう、アル中じゃないの・・・。でも、毎晩、飲まないと眠れないの・・・。でも・・・でもね、ついこの間までは、飲まなくても大丈夫になってたの・・・。
テジ:・・・。(胸が痛い)
テ:でも、まただめになっちゃった!(笑う)バカだよね~。
テジ:体に悪いよ。(やさしく見つめる)
テ:そうね・・・。うん。しばらく、飲まなかったけど・・・。また、飲んじゃった・・・。(寂しく笑う)
テジ:大丈夫?
テ:うん。いつものことだから・・・。いつもは家で飲んでるから、転んでも大丈夫なんだけど・・・今日は外だからね・・・。ごめんね。心配かけたね。
テジ:それはいいけど・・・。アニキを呼ぶ?
テ:なんで?
テジ:だって、アニキのほうがいいだろ?
テ:テジョンのほうがいい!(笑う)アハハハ・・・。あなたのほうがいいわ!
テジ:そう?
テ:うん。あんなろくでなし!
テジ:その言い方はちょっとさあ・・・。
テ:いいのよ、あんなやつ!
テジ:・・・・。(じっと見つめる)
テ:あんなやつ、どうでもいいわ・・・・。(言い切る)
テジ:そんなにダメ?
テ:うん! 私を惑わすだけの、バカやろうよ。
テジ:アニキが好きなの?(声は軽いが、顔は真剣だ)
テ:キライだと思ってた?
テジ:そんなことはないけど。
テ:好きよ。だ~い好き! フフフ・・・はあ~。(笑う)・・・好き過ぎて困ってんのよ。・・・諦められなくて困ってんの。
テジ:・・・・。(胸が痛い)
テ:でもね。あいつは・・・私なんかどうでもいいの!
テジ:どうでもって・・・。
テ:だって、ちゃんと恋人がいて、楽しそうじゃない。
テジ:ちゃんと気持ち聞いてみたの?
テ:うううん・・・でも、わかる・・・。
テジ:そうかなあ。
テ:うん・・・。
テジ:・・・君がアニキの部屋に泊まってたの、知ってるよ。
テ:・・・そう? ホント? いつ?(人に見られたことってあったのかしら・・・)
テジ:うん・・・。
テ:そう・・・。
テジ:遊び?
テ:まさか・・・私って、そんなに軽い感じ?
テジ:イヤ・・・。
テ:私は好きじゃなくちゃ、イヤ・・・。でも、あいつはどうかな・・・。彼女もいるんだし・・・私と寝ても、あの子と付き合ってるもん・・・。
テジ:・・・うん・・・・。
テ:あっちが遊びで、私と付き合ってるのよ。(吐き出すように言う)
テジ:そうかなあ・・・。
テ:ねえ! 私、愛人! どう? この響き!
テジ:・・・・。
テ:最低でしょ?
テジ:・・・。(辛い)
テ:でもね、でも、幸せなの・・・。バカだよね・・・。一緒にいると、辛いのに、その瞬間、幸せなの・・・。変だよね・・・。
テジ:テス・・・さん・・・。(胸が痛い)
テ:私、頭がちょっと変になってんの。・・・きっと、そう・・・。
テジ:さあ、帰ろう。
テ:まだ、一緒にいて。寂しいから。
テジ:送っていくよ。
テ:一緒にいて。一人じゃ、やりきれないから。
テジ:立って。
テ:一緒にいて・・・。
テジ:いいかい。僕に負ぶさって。大丈夫?
テ:一緒にいてね。
テジ:・・・うん・・・。
テ:ハア・・・。ありがとう・・・。
テジ:テスさん? テス? おい? おまえ、しっかりしろよ。 寝ちゃったのかよ、おい! テス! 起きろよ!
テ:あ~あ。テジョン君!
テスはベッドで伸びをして、目を覚ますと、そこはスタジオの2階のジュンスのベッドだった・・・。
なんで?
なんでここにいるの?
昨日、テジョンに会って・・・・。
あ!
テジョンがソウルにいるはずはない。
イラストレーターの彼は今、インドにスケッチ旅行に出ている・・・。
キッチンのほうで音がしている。
ジュンスがコーヒーを入れている。
彼の足音が近づいてくる・・・。
ジ:起きた?
テ:うん・・・。
ジ:コーヒーでも飲むか?
テ:うん・・・。
ジ:こっちへ来いよ。
テ:うん・・・。
ジュンスの声がやさしい。
テスが痛い頭を抱えて、ダイニングへ向かう。途中、階段の横を通る。
この階段を背負って上がったんだ・・・。
テ:昨日はありがとう・・・。階段、たいへんだったね。
ジ:え? ああ。逆さ吊りで、引き上げたから、後で体が痛いと思うよ。
テ:うん・・・。でも、ありがと。
二人はテーブル越しに、控えめに見つめ合った。
ジュンスの用意したコーヒーを飲む。
二人とも黙っている。
ジ:・・・仕事はちゃんとしろよ。
テ:・・・わかってる。
ジ:・・・・。
テ:・・・・。
ジ:じゃあ。(立ち上がる)オレは下で仕事してるから。適当に下りてこいよ。
テ:はい。
ジュンスが階段を下りようとして、立ち止まり、
ジ:もうあんまり・・・酒は飲むな。
テ:・・・・。
ジ:返事は?
テ:わかった・・・。
ジ:うん・・・。
ジュンスが階段を下りていった。
テスが気持ちを吐露した相手は、ジュンス本人だった。でも、彼はそれについても何も語らなかった。
5部へ続く
今回は相手役にキム・ヘスさんを迎えて大人の恋の物語です。
ジュンス(joon)は、必ずしも気のいい男ではありません。
でも、ジュンスに惹き込まれていくテスの気持ちは、とても切なくて、
その想いも苦しさも・・・共感できる・・・と思います。
ではここより本編。
お楽しみください。
こんなはずではなかった
私の人生はこんなはずではなかった・・・
33歳にして愛人
あの人には
恋人もいて
ちゃんとした仕事があって
ちゃんとした人生がある
なのに、
私には・・・何があるの?
全てが中途半端で
先も見えない
あの人には先が見えているのかしら?
こんなはずではなかった
こんな状況で幸せを感じるはずではなかった・・・
ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しいひと」3部
【第3章 交錯する心】
ジュンスとテスが、暗室での仕事を終えて、一階へ上がっていくと、テジョンとマリが楽しそうに話している。
マ:ジュンス!(満面の笑顔)
飛びつこうとすると、彼の後から、テスが階段を上がってきた。
マリはそれに驚いて、ジュンスを睨みつけた。
マ:暗室へ連れていったの?
ジ:なんで? 仕事だよ。
マ:へえ・・・。私には入っちゃいけないって言ってるくせに!
ジ:おまえは何をするかわからないからさ。こっちは仕事をしてるんだよ。
ジュンスがデスクの方へ行こうとするが、マリが前に立ちはだかる。
マ:オバサンと暗室で仕事?
ジ:オバサンて、この人はヤンさんだよ。(イヤな顔をする)
マ:羊と二人なら、地下へも行くのね?
ジ:この人は羊じゃなくて、カメラマンの卵だから。
マ:・・・いつから?
ジ:え?
マ:ただのお手伝いじゃなかったの?
ジ:最初から卵だよ。だから、ここにいる。
ジュンスはちょっとうんざりした顔でマリを見て、マリの横を通り過ぎて、自分のデスクへ向かう。テスもそれに続いて少し困ったような顔をして、マリの横を通り過ぎた。
マリは助けがほしくて、テジョンを見た。
テジョンも両手を広げて、「さあ?」というジェスチャーをしているだけだ。
マ:ジュンス!
ジュンスのデスクまで行く。
マ:ねえ、ねえったら! ジュンス!
ジ:何だよ?
マ:ムシしないで!
ジ:してないだろ? もうすぐ終わるから待ってろよ。
マ:・・・。
ジュンスがマリを見上げると、マリは子犬のような目をして、ジュンスを見つめている。
ジ:わかったよ。ヤンさん、申し訳ないけど、テジョンと二人で食事してやってくれる? 残業代はつけるから。
さっきは、テジョンから自分を守るために一緒に地下へ潜ったのに、今はテスをテジョンのもとへ送った。
やっぱり、マリが一番大事なんだ・・・。
ジ:いいでしょ? こいつは話がおもしろいから、付き合ってやってくださいよ。
テ:・・・ええ・・・。
ジ:じゃあ、お金はヤンさんに預けるから。おまえは彼女に食べさせてもらって。
テジ:OK! アニキ。じゃあ、ヤンさん、行きましょう! ねえ、ファースト・ネームは何ていうの?
テ:テスです。
テジ:テスさん・・・。かわいい名前だなあ。じゃあ、テスさん、行きましょう!
テ:ええ。
ジュンスは、テジョンが「テスさん」と呼んだ時、ちょっと反応して、上目遣いにテスの顔を見た。
テスもその視線に気がついたが、それの意味するところがよくわからなかった。
テスとテジョンは、二人を残してスタジオを後にした。
テスがちょっとスタジオを振り返った。
テジ:どうしたの? 気になる?(笑う)
テ:いえ・・・。
テジ:恋人同士だもん。楽しくやってるよ。オレたちも楽しく食事しましょうよ!
テ:・・・ええ。
テジ:アニキ、いくらくれたの?
テスがお金を見せる。
テ:なんだ、それだけ? ねえ、安いことで食べて、残りを二人で山分けしない?
マ:ええっ!
テ:そうしようよ、ね!
テジョンは気楽そうに、テスを見て笑った。
それからしばらくした、7月のある休日。
「休みだけど、午後からでいいから、出勤してくれる? ちょっと手伝ってほしいんだ」とジュンスから電話が入った。
テスがスタジオへ入っていくと、ジュンスが鼻歌を歌いながら、2階から軽やかに階段を下りてきた。
テ:なんか、ご機嫌ですね!(声をかける)
ジ:ああ、来たか。(うれしそうに見る)
テ:急ぎの用ですか?
ジ:うん、まあね。
ジュンスはそういうと、にこっと笑った。
ジ:実はね、この前出した「君の街」が好評で売れ行きがいいんだってさ。
テ:ああ、やっぱり! あの写真集、よかったもの。モノクロの感じもよかったし・・・女の子が主役だけど、街に生命力があるというか・・・。街の息使いみたいなものがよく出てたもの・・・。
ジ:(うれしそうに)そうか?(目を輝かせて顔を見る)
テ:ええ。ほら、女の子が振り返って立ってるの、あったでしょ? バックの空を、雲がものすごい勢いで流れてる感じもよく出ていたし・・・それに、街がなんとなくノスタルジックで、すごくよかった・・・。
ジ:そうかあ。おまえにそういってもらえるとうれしいよ。おまえに金一封出すよ。(ちょっと睨みつけて笑った)
テ:え、ボーナス? うれしいけど・・・でも、どうして? いいんですか?
ジ:ふ~~ん。おまえのおかげで、女を撮る目が少し変わったって感じかな・・・。
ジュンスは頷きながら、テスの前を通りすぎて、デスクへ向かう。
テ:私のおかげ?(ジュンスをじっと見ている)
ジ:そう・・・。
ジュンスは自分の席に座ると、イスを反らしながら、テスの顔をじっと見ている。
ジ:おまえが女を感じさせてくれたから・・・。(強い視線でじっと見つめる)
テ:!!
テスは今のジュンスの言葉で胸を射られたように、立ち尽くした。
もし後ろに壁があったら、テスはジュンスの放った矢に押されて、ボン!と壁に貼り付けられていただろう・・・。
テスはぼうっとした目で、ジュンスを見つめた。
ジ:そう、おまえが女を思い出させてくれた・・・。(笑う)最近、マリもそうだけど、若い子ばっかり撮っていたから、女のニオイとか温もりとか・・・色気とか、柔らかい面や意志の強さとか、そんなのを忘れていたように思う。それを思い出させてくれたんだ。
テスはジュンスがどういう気持ちで言っているのか、よくわからない・・・。
単純に、私にお礼を言いたいの?
それとも・・・私に好意を持っているということなの?
ジュンスが立ち上がった。
ジ:ということで、今夜はご馳走するよ。
テ:・・・。
ジ:いいだろう?(笑って見つめる)
テ:ええ・・・。
二人は、仕事の時は大抵一緒に食事をしているというのに・・・ジュンスは改めてテスを誘った。
ジ:今日はオレが手料理を作るから。
テ:え! そうなの?!
テスの胸がキュンとした。
この人が私のために料理を作る・・・。
テ:ありがとうございます。(にこっとする)
ジ:うん・・・。仕事が終わったら、2階で食べよう。
テ:はい・・・。
初めての2階・・・。
それはプライベートな空間・・・プライベートな時間だ・・・。
仕事を片付けて、夕方、二人は2階へ上がった。
初めて見るジュンスの部屋はワンルームで広々としている。
キッチンからはベッドは見えにくいが、部屋全体が見渡せる。なかなか小奇麗に暮らしている・・・。
そうか・・・マリさんが泊まるもんね・・・。
ジュンスは、早速料理にかかった。
ジ:パスタでいいよな? あと、手羽先をオーブンで塩コショウで焼く。それだけだけどいい?
テ:ええ、十分! う~ん。(周りを見渡す)先生、私、テーブルセッティングをします。
ジ:そう、ありがとう。ここにフォークやスプーンが入ってるし・・・。この辺の引き出し、紙ナプキンも入ってると思うから。見て。
テ:はい。
テスはテーブルを拭き、テーブルセッティングをする。
ジュンスはパスタを茹でながら、ソースを作っている。
ジ:もうすぐできるから。そうだ、冷蔵庫にレトルトのビシソワーズが入ってるから、カップに移して。サラダも、もう冷蔵庫から出してくれるか?
テス:はい。
冷たくなっている有名ホテルのビシソワーズをカップに移す。ガラスのしゃれたボールに入ったサラダを取り出す。
テ:あ、シーフード! 大好き! おいしそう! これ、ドレッシングはどうしますか?
ジ:なにか冷蔵庫に入ってないか?
テ:う~ん・・・ないです。
ジ:あ、買い忘れたか・・・。
テ:先生、ドレッシングなら私が作りますよ。
ジ:できる?
テ:(笑う)だって、6年も主婦してたんですよ。何が好き? フレンチ? ワイン&ビネガー? サザンアイランド? カレー味? しょうゆ味?
ジ:いろいろできるんだな。(笑う)
テ:ええ。
ジ:ちょっと待て。今、パスタができたから・・・オレに、フレンチ、教えて。
ジュンスがパスタを盛り付け、テスの横に立つ。
テ:簡単ですよ。ビネガーに塩・コショウして、オイルを加えたらOKです!
ジ:ふ~ん。
ジュンスがボールにビネガーを入れ、塩・コショウして、オイルを入れようとする。
テ:だめよ。オイルを入れる前に混ぜなくちゃ。
ジ:そうなんだ。(驚く)
テ:そうよ。ちょっと貸して。(混ぜる)
ジ:やらせて。こう?
テ:そう。そこにオイル。(ボールにオイルを入れる)
ジ:これで混ぜるの?
テ:そうよ。
ジ:これだけ?
テ:それだけ。
ジ:へえ・・・。
テ:それが基本形。ねえ、もっとちゃんと混ぜて。
ジ:こう?
テ:そう・・・。舐めてみて。
ジュンスがちょっと舐める。
ジ:ホントだ、うまい! おまえ、料理の天才だな。(感心する)
テ:でしょ? でも、塩もコショウも入れたのは先生よ。(笑う)
ジ:まあ、そうだね。(笑う) でも、ちょっと尊敬したよ。
テ:ふん。(笑う)でも、こんなの、小学生でもできるわ。
ジ:そんな簡単かな?
テ:ええ、全て手順を間違わなければ、おいしいわ。
ジ:そうか。・・・おまえ、いいこと、言ったよ。写真と同じさ。手順を間違えるな。いいな?(目がやさしく笑っている)
テ:はい。(うれしい気分だ)
ジ:じゃあ、食べるか!
二人は料理を持ってテーブルへ行く。
テスが座ると、ジュンスがシャンパンを持ってきた。
ジ:まずは乾杯しよう!
テ:はい。
栓を抜いて、乾杯をする。
シャンパンまで買って・・・。
マリさんが今、ハワイだから? それで私と乾杯してるの?
二人は向かい合って、笑顔で食事をし出す。
テ:このパスタ、おいしい!
ジ:そうか? うん、ありがとう! このサラダもうまいよ。料理はよくするのか?
テ:最近は忙しいでしょ?(笑う) だから、あまりできないけど。
ジ:今度、違うドレッシングも教えて。
テ:ええ、いいですよ。
ジ:何が一番好きなの? 得意は?
テ:う~ん、最近はね、ガーリックソルト!
ジ:何それ?
テ:サラダにパッパって、ガーリックソルトを振りかけて、おしまい~~。(笑う)
ジ:そうか・・・。それもいただこう。(笑って見つめる)
食事もワインを飲みながら、進んでくると、ジュンスがテスに尋ねた。
ジ:(ワインのグラスを見ながら)おまえに初めて恋を教えたのは誰だ?
テ:・・・それがどうしたんですか?(あまりに直球な言い方で驚く)
ジ:誰? どんな人? どんな人だった?(鳥の手羽先を手に持つ)
テ:そんなの、教えられないわ・・・どうでもいいことでしょ?
ジ:ふ~ん、女にとってはどうでもいいことか・・・。
テ:・・・。(自分の過去など言いたくない)・・・男には大切?
ジ:うん、まあな。
テ:先生は初めて女を意識したのはいつ?
ジ:10歳の時。
テ:初恋?(笑ってワインを飲む)
ジ:違うよ。(手羽先を置いた)テジョンから聞いて知ってるだろ? オレのお袋のこと。男と駆け落ちしちゃったの。
この間、テジョンから、なぜジュンスと自分の母親が違うかを聞いた。
ジュンスの母親が駆け落ちをして・・・テジョンの母親が後妻に入ったと。
ジュンスが本当の母でない、育ての親である自分の母親をとても大切にしてくれるということを、テジョンは、感慨深げに話した。
ジ:6歳の時にオレを捨てて、男のもとへ走ったんだ。・・・10歳の誕生日の日、学校帰りのオレを待ち伏せして、プレゼントをくれた・・・。お袋がオレを抱きしめた時に匂った香水・・・。胸が苦しかった・・・。「元気でね」って言って、手を振って帰っていった・・・。オレは、もっとお袋と一緒にいたくて、あとから追いかけたんだ。・・・・やくざみたいな男と一緒だったよ。あのお袋は・・・女だった・・・。
テ:そう・・・・。
ジ:なんか、10歳にして、男と女の世界を見たという思いがした。感覚的に理解したって感じかな。それで、家へ帰ったら・・・いつものように、優しいテジョンの母親がいて、オレのために蒸しパンを作ってくれていた・・・。だから、オレには、あいつの母親がホントの母親なんだ。
テ:うん・・・。(頷く)
テスが優しい視線で・・・ちょっと母親のような目で、ジュンスを見た。
それで、お母さんを大切にしているのね・・・。
ジ:本題に戻る。(笑って)どんな人だった?
テ:なぜ、そんなに聞くの?
ジ:う~ん・・・。どうやったら、おまえのような女ができるのか・・・。
テ:なあに、それ・・・。先生、それって、女性に対してとても失礼な言い方ですよ。
ジ:そうか・・・。うん・・・。最近、若い子ばかり見てるからな・・・。まだ、皆未完成だから・・・。(ワインを飲む)
テ:男の人って、最初の男になりたがるって言うでしょう・・・。先生もそう?
ジ:(笑う)おまえには一本やられたな・・・。それはあるけど・・・。ケース・バイ・ケースだろ?
テ:うん・・・。でも、そういう気持ちもあるんだ・・・。それって何? 女に対する征服欲? それで彼女に優越感を持ったり満足したりするの?
ジ:・・・。難しいことを聞くな・・・。だから、ケース・バイ・ケースだよ。
ジ:おまえは初めての人のことを思い出すの?
テ:バカみたい・・・。(呆れる)そんなことより、今、誰を好きかのほうが重要よ。
ジ:そうか。
テ:そうよ。
ジ:でも、どんな人だった?(じっと見る)
テ:くどいわ!(睨む)
ジ:教えて。
テ:なぜ?
ジ:知りたい。
テ:なぜ?
ジ:う~ん。
テ:なぜ?理由を言って。
ジ:おまえを知りたいから・・・。
テ:(胸が苦しくなってくる)・・・なぜ・・・なぜ、知りたいの?
ジ:・・・なぜだろう・・・。おまえの全てを知りたい。
テ:どうして?
ジ:どうしてか・・・。
テ:言って。
ジ:・・・。
テ:言って!(苦しい)
ジュンスがテスをじっと見つめた。
ジ:おまえがほしいから。
テ:(息ができない)・・・好きなの?
ジ:おまえを手に入れたいから。
テ:好きなの?
ジ:たぶん・・・。
テ:あいまいね・・・。
ジ:あいまいじゃだめ?
テ:・・・だめ・・・。
ジ:気持ちは発展していくだろ?
テ:言って。今の気持ち・・・。
ジ:・・・。
テ:はっきり言って。
ジ:・・・。
テ:先生には・・・。
ジ:ジュンスでいいよ。
テ:・・・ジ、ジュンスには、マリさんがいるでしょ。
ジ:それが?
テ:だって・・・。恋人でしょ?
ジ:これはおまえとオレのことだよ。
テ:なんで? マリさんも関わってるでしょ?
ジ:オレがおまえを好きだということだよ・・・マリには関係ない。
でも、マリさんも関わってるでしょ・・・・。
好きって・・・好きって・・・そんな・・・。
テ:もう帰るわ・・・。
ジ:コーヒーくらい飲んでいけよ。
二人は睨み合った。
マリの名前を口に出してから、二人の間が気まずくなった。
結局、二人は黙ったまま、コーヒーを飲んだ。
テスが化粧室から出てきて、
テ:ホントに帰るわ。(ジュンスを見る)
ジ:送るよ。
テ:飲んでるもん・・・。だめよ、車は。大丈夫。いつも一人で帰ってるじゃない・・・。今日はご馳走様でした。
ジュンスが壁に寄りかかって、テスをじっと睨んでいる。
その顔を見ると、胸がキューンとなってきて、苦しい。
でも、恋人のことが解決していない人と、恋なんてできない・・・。
テスはバッグをとって、黒い鉄の階段を下りていく。
後ろから、ジュンスがテスの腕を引っ張った。
テスは転びそうになった。
ジュンスがテスの腕を力いっぱい握り締めている。
ジュンスがテスを引き上げて起こし、抱こうとした。
テ:手を放して。
ジ:・・・・。(テスを睨みつけている)
テ:ねえ、痛いわ。手を放してちょうだい。
ジ:だめだ。
テ:どうして?
ジ:・・・。テス。
彼が初めて名前を呼んだ。
テ:・・・・。
ジ:テス、おまえが好きなんだ・・・。おまえだって、キライじゃないだろう?
二人が見つめ合った。
時に、ジュンスに見とれているテスがいた。
時に、マリと二人のところを恨めしそうに見つめるテスがいた。
ジ:テス・・・。
ジュンスが間近でじっと見つめるので、テスは目のやり場がない・・・。
どう思ってるの? どう思ってるの? 一番? 私のほうが好き?
どっち・・・? ねえ! ねえ! ねえ! どっち?
ホントに好きなの??
ジュンスの目を真剣に見つめるテスの顔に、ジュンスの顔が覆った。
それは、長くて熱いキスだった。
ジュンスは、テスを後ろから抱くようにして腕枕で寝ながら、テスの乳房を撫でていたが、その手はテスの下腹部に移動した。
ジ:このお腹の傷は?
テ:帝王切開であの子を産んだのよ。
ジ:そう・・・・じゃあ、勲章なんだ、おまえの。
テ:そうね・・・。
下腹部に縦に少しケロイド状になっている長い傷を撫でる。
ジ:痛かった?
テ:手術中?
ジ:うん。
テ:うううん。だって、麻酔が効いてたから。
ジ:普通の手術と同じ?
テ:うん、同じ・・・。逆子だったから、自然分娩では産めなかったの。
ジ:全身麻酔?
テ:うううん。下半身麻酔。手術中は寝ていても、赤ちゃんを取り出してから、先生が声をかけてくれて、生まれたばかりのあの子を見られたわ・・・。
ジ:・・・そうなんだ。すごいね・・・。
テ:うん。
ジュンスはしばらくテスのお腹の傷を撫でていたが、急にぎゅっと抱き締めて、耳元で尋ねた。
ジ:また、ほしい? 赤ちゃん?
テ:・・・・。(胸が詰まった)
ジュンスの言葉はやさしいのに、テスには答えられない・・・。
そんな言葉、そんな言葉・・・。テスの胸が熱くなった。
そんなチャンスはあるのかしら?
また人生をやり直すチャンスはあるのかしら?
そのチャンスに、ジュンス、あなたは含まれているの?
テスは寝返りをして、ジュンスをじっと見つめる。
ジュンスが熱くテスにキスをした。
テスが時計を見る。
テ:帰るわ・・・。
ジ:もう少しいろよ。
テ:でも、着替えも持ってきてないし。
ジ:貸してやるよ。オレのTシャツでもジーンズでも好きなのを。
そういって、ジュンスがテスの手を掴んだ。
その手を振り解くように、テスが起き上がった。
ジ:どうしたの?
テ:それはダメよ。明日は、撮影があるもの。あなたの服なんて、皆、知っているもの。
テスがジュンスを見つめた。
ジ:大丈夫だよ。(笑う)
テ:ダメよ。わかるわ・・・そういうことはすぐに・・・。
私だって、あなたの持っている洋服はわかっているもの。
そんなことしたら、皆が気づくわ・・・。
ジ:もう少しいて・・・。車で送るから。
テ:・・・・。
ジ:朝一番で着替えに送っていくよ。それでいいだろ?
テ:うん・・・。
テスはジュンスをじっと見つめた。
あなたの温もりを放したくない。
でも、これは私のものなの?
今だけ?
今だけなの?
声に出して確認することが怖くて、できない。
揺れる思いを言葉にできない・・・。
私はこの人に恋している。
この人の、こんなわがままを許すほど、私は、この人に恋している。
でも、この人はどう思っているのだろう。
マリさんと別れてくれるわね・・・?
ジュンスに出会って、私の人生はまた回り始めた。
娘のユニを失った日から、私の思考回路は、いつも同じところをぐるぐると回っているだけだった。
それがジュンスと出会って、ユニの死を運命だったと少しずつ受け入れることができるようになってきている。
あんなに乗り超えることが難しいと思われた事件が、少しずつ、自分の中で和らいでいく。
ジュンス、ジュンス!
ジュンスがテスの体を抱きしめて、また、テスはジュンスの腕の中へ落ちていった。
ジュンスと関係を持ってから、テスにはますますジュンスはなくてはならない人となった。
テスとあの日を過ごしてから、マリはパッタリと遊びに来なくなった・・・。
別れてくれたのだろうか・・・。
聞きたいのに、聞くと彼を失いそうで、聞けない歯がゆい自分がいる。
8月に入って、暑い日が続く中、ジュンスは一人で、ロケに出かけた。
テスは出版社に提出する旅費の精算書を書かなければならなかったので、昼近くになって、スタジオへ出勤した。
今日は、ジュンスは午前4時起きで、一人ロケに出かけたはずだ。
閉め切ったスタジオの中はムッとして、テスは窓を開けて空気を入れ替える。
自分一人なので、冷房は入れず、今日はこのままでもいいだろう。
コーヒーメーカーのスイッチを入れ、自分のデスクに座って、出張旅費のエビデンスをまとめた書類箱をデスクの上にポンと置いた。
すると、2階で音がして、階段を下りてくるヒールの音が聞こえてくる。
2階から、マリがスッピンで下りてきた。
テスは驚いて、呆然と、マリを見た。
マ:あら? おはよう! どうしたの? 今日は、ジュンスは4時起きで出かけたわよ。
テ:・・・残ってる仕事があったので・・・。
マ:そう? ご苦労様!(微笑む)今朝早かったから、また寝ちゃったの。そしたら、こんな時間になっちゃった!
そういって、マリが笑った。
まだ20代前半のマリはスッピンでも光り輝いて美しい。
その自信・・・そう、充足感に裏付けられた自信と美しさに、テスは圧倒された。
マ:じゃあね。・・・あなた、何時頃までいるの? 今日は、ジュンスの帰りは遅いわよ。(ちょっと心配そうに言う)
テ:仕事を終えたら、適当に帰ります。
マ:そう? じゃあね! 頑張ってね! バイバイ!
マリが自信たっぷりに帰っていった。
昨日、ジュンスは言った。
「明日は早出だし、まる一日かかるから、おまえは来なくてもいい」と。
そして、私を早く帰した。
そういうこと?
そういうことなの?
まだ、マリともそういう関係だったの?
私とそういうことになっても・・・まだ、ずっと続いていたのね・・・。
テスはデスクに座り込み、こみ上げる悔しさと絶望感に、胸がいっぱいになった。
4部へ続く。
こんなはずではなかった
私の人生はこんなはずではなかった・・・
33歳にして愛人
あの人には
恋人もいて
ちゃんとした仕事があって
ちゃんとした人生がある
なのに、
私には・・・何があるの?
全てが中途半端で
先も見えない
あの人には先が見えているのかしら?
こんなはずではなかった
こんな状況で幸せを感じるはずではなかった・・・
ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しい人」4部
【第4章 愛のありか】
テスの仕事は、夕方前には終わっていたが、このまま、帰る気にはなれず、ジュンスが帰ってくるのを待つことにした。
あの日から、ジュンスと自分の距離はこんなに近くなったはずなのに。
仕事へ出かける時もいつも二人。
時に、テスはジュンスの部屋に泊まった。
二人で食事の支度をして、二人でくつろぎ、ジュンスはテスを抱いた。
そこには、何も入り込む余地などないようにも思われたが、テスには聞きたくても怖くて聞けないことがあった。
それは、マリのことだった。
普通はこれだけ近い距離の恋人なら、前の彼女とは別れたと、彼のほうが言ってくれるはずである。
それなのに、ジュンスはそれについて、一言も言わなかった。
テスが泊まらない日に、マリと会っていたのか・・・。
それとも、マリが押しかけてきただけなのだろうか?
テスの頭の中を、繰り返し繰り返し、そんな思いが交錯する。
あの人が私を騙していたのか・・・。
でも、どっちがホントの愛なの?
二人とも好きなの?
それとも、一人は本妻的な恋人で、一人は愛人なのか・・・。
私はどっち?
ジュンスのいない生活を考えてみる。
自分には、もう何もないような気がする・・・。
あの人を愛していることでいっぱいで、それを取り除くと、空っぽだ。
テスは2階へ上がって、ベッドを見つめた。
マリはキレイにベッドメーキングして帰っていった。
テスともジュンスとも違うベッドメーキング・・・。
流しを見る。
グラスとカップが2つずつ洗って置いてある。
テスは悔しさで涙が出てきた。
なんで・・・。
なんで・・・。
午後10時近くになって、ジュンスが帰ってきた。
スタジオ奥の電気がついているので、ジュンスがデスクのほうを見た。
テスが座っていた。
ジ:どうした? まだいたのか?(驚く)
テ:ええ・・・。(見つめる)
ジ:オレがいない時はさっさと帰っていいぞ。
テ:ええ・・・。(じっと見つめる)
ジ:どうした?(荷物を置く)
テスが立ち上がって、ジュンスのほうへ歩いてくる。
テ:マリさん、泊まったのね・・・。
ジ:・・・。(テスの顔を見ている)
テ:そのために、私を昨日早く帰したの?
ジ:・・・。来ちゃったんだよ。いきなり・・・。
テ:でも、泊まったんでしょ?
ジ:・・・。
テ:なぜ?
ジ:なぜって・・・。
テ:答えて。
ジ:・・・。
テ:あなたは・・・あなたは、私と付き合い始めても、マリさんとは別れてないのね? ・・・なんで?
ジュンスがじっとテスを見て、はっきりとした口調で答えた。
ジ:マリは捨てられない・・・あいつはオレがいないと生きていけないから。(テスの目をじっと見る)
テ:・・・・。(驚く)
テ:あなたは・・・私なら捨てられるの?
ジ:・・・・・。(見つめる)
テ:私なら、一人で生きていけるの? 今までそうしてきたから?
ジ:・・・・。
テ:ねえ。なぜ、黙ってるの! 理由があるはずでしょ? 理由がなくちゃ、そんなこと、言わないでしょ?
テ:ねえ、はっきり言ってよ。おまえはただの遊びだからって。彼女とは比べようがないんだよって。オレの中ではぜんぜん重さが違うんだよって。
ジ:・・・・。(じっと見つめている)
テ:なぜ言えないのよ! 言いなさいよ、早く! 何か言ってよ。どうしていい子ぶるのよ! あなた今、私にマリは捨てられないって言ったのよ! 別れないってことでしょ? じゃあ、私は? 私は何? ねえ、私はあなたにとって何なの? はっきり言ってよ。おまえなんか遊びだったって言ってよ。早く!
ジ:・・・。(苦しそうに見つめる)
テスがジュンスの胸を叩く。ジュンスがテスの腕をぎゅっと掴み、睨みつけている。
テ:早く言ってよ! 本当の気持ちを言ってよ!
腕を押さえられたテスは、足でジュンスを蹴った。
ジュンスは蹴られながらも、テスの腕をきつく掴んだまま放さない。
テ:もう!もう! 何なのよ、あなたは!
テスは泣きそうになりながら、ジュンスを蹴るが、ジュンスは手を放さない。
テ:バカ!
もう今にも泣き出しそうだ。
ジ:気が済んだ?
ジュンスがテスを睨んでそう言った。
彼はそれしか言わなかった。
ジュンスを見上げたテスの目に、涙があふれた。
ジュンスがテスを抱きしめ、結局、マリのことはあいまいなまま、テスはジュンスと別れることもできなかった・・・。
翌朝、テスは昨夜飲んだ酒が抜けきれず、重い体を引き摺りながら、自分のマンションの洗面台の前に立った。
なんという疲れた顔・・・。
少し浮腫んでいる。
最悪だわ・・・。
昨夜は遅かった。
でも、彼のところに泊まる気にもなれなくて、真夜中にタクシーで家まで戻った。
結局、ジュンスとはよりが戻って、家に帰ってから、浴びるように酒を飲んだ。
出勤の準備をして、テスは玄関で靴を履こうとしている。
靴べらを持って、前かがみに屈んだ。
自分でも気がつかなかったが、下を向いた時、テスは、自分の涙が床を濡らしたのを見て驚いた。
こんなあいまいな関係のまま、またあの人のところへ行こうとしている。
いったい、私はなんなの・・・!
テスは自分自身に嫌気が差して、部屋へ引き返した。
そして、ベッドに入る。
自然と涙が次から次へとこみ上げてきた。
彼は、本当のところ、私をどう思っているの?
恋人ではないの?
私たちの関係って、恋人ではないの?
・・・愛人?
そうなの?
私は、あなたのただの愛人なの?!
そして、ジュンスは一言、テスに言った。
「おまえとは別れない。オレにはおまえが必要だから」
ああ!
午前10時近くになって、テスの携帯が鳴り続けている。
見ると、ジュンスからだ。
居留守を使っていても、ひっきりなしにかかってくる。きっとこちらが出るまで切らないのだろう。
ついに、テスは電話に出た。
テ:もしもし・・・。
ジ:おい、なぜ、来ない?
テ:今日はとても行く気になれません。(涙がこみ上げる)
ジ:・・・早く来いよ。
テ:行けないって言ってるでしょ!(泣き声だ)
ジ:休んでいいなんて言ってないぞ。
テ:じゃあ、今日は具合が悪いので、休みます。(きっぱり言う)
ジ:だめだ。出てこい。
テ:イヤ・・・。
ジ:仕事はしろよ。
テ:できないわ。(辛そうに言う)
ジ:甘えるな、出てこい。(冷たく言う)
テ:ムリです・・・。(突っ張る)
ジ:ムリでも、出てこい。
テ:とても行けないわ・・・。(また泣き声になる)
ジ:おい、仕事は休むなよ。1時間後に撮影に出かけるぞ。早く来い。
テ:ねえ、私・・・。
ジュンスの電話が切れた。
ジュンスの電話は有無を言わさなかった。
テスはしばらくベッドの上で考えるが、仕事先に迷惑をかけるわけにはいかないので、今日は仕事に出ることにした。
スタジオへ行っても、ジュンスとは目を合わせずに、スケジュールボードに従って、撮影機材の準備をした。
ジュンスも黙々と準備をしている。
結局、昨日は、ジュンスの力に負けて彼を受け入れてしまった・・・。
あんな後味の悪い思いをしたあとだったのに・・・テスはその時、ジュンスを力いっぱい抱きしめていた。
テスは自分が情けなかった。
ジ:おい、行くぞ。
ジュンスが淡々とした声で、テスに声をかけた。
結局、この人に従って自分は動いている・・・彼の仕事だもん、私が抜けたところで問題ないじゃない!
テスは撮影機材と共に、ジュンスのためのコーヒーまで用意して、車に乗り込む。
運転席のジュンスがテスをじっと見つめている。
テスはジュンスの顔を見ない・・・。
これ以上、彼にのめり込んでいくのはイヤだ。
昨日は昨日。今日はちゃんとジュンスと話そう。
ジュンスの運転する車は、今日の撮影現場である出版社へと向かった。
出版社の地下室にあるスタジオで撮影を終え、建物の外での撮影の前に昼食を取ることになった。
ジュンスとテスは、行きつけの近所の食堂へ昼食を取りにいくことにした。
二人は無言のまま並んで歩き、出版社の前の道を渡ろうとした時、後ろからジュンスを呼ぶ声がした。
男:ジュンス! おい、ジュンスじゃないか! 久しぶりだな。
ジュンスが振り返ると、自分のカメラマンの師匠であったチェ・ドンヒョンだった。現在は、女優や高級婦人誌のグラビアの写真を撮っている超売れっ子だ。前に、マリがドンヒョンに撮ってもらったと喜んで話をしたことがあった。
ジ:あ、先生。ご無沙汰しております。
ジュンスがとても硬い口調で挨拶をした。
ド:うん。(微笑む)おまえも最近、ずいぶん活躍してるじゃないか。
ジ:はあ、ありがとうございます。(少し頭を下げる)
ド:まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだな・・・。
ドンヒョンはそういって何気なくジュンスの隣に立っている女を見た。
ド:テス? ヤン・テスか?(じっと見る)
テスがドンヒョンを見て困ったような顔をして立っている。
ジュンスは二人の関係を知らないので、二人を交互に見つめる。
ド:ジュンス、彼女は?
ジ:うちのアシスタントです。
ド:そうか・・・、君も、写真の仕事を始めたのか。・・・懐かしいなあ・・・。(うれしそうな顔をする)
ジ:彼女をご存知なんですか?
ド:ああ、その昔ね。(テスに向かって)久しぶりだね。(じっと見て微笑む)
テ:ええ、お久しぶり・・・・。
ド:ふ~ん・・・。結婚したんじゃなかったの?
テ:え、ええ。(ジュンスを見て)今、仕事中なので失礼します・・・。
ドンヒョンはいつものカンで、テスの服装や様子から彼女が一人者であることに気づく。
ド:そうか・・・。(テスのほうを見て)今度、一緒に食事でもどうだ? 写真の話でもしよう。
ジ:・・・。(テスの様子を見ている)
テ:(困って)ええ・・・でも、今忙しいんです・・・。
ド:ジュンス、時間を作ってくれよ。昔、好きだった人なんだよ。(笑う)
ジュンスの顔がキュッと引き締まった。そして、厳しい目つきでテスを睨んだ。
テスが俯いた。
ジ:そうですか・・・。彼女と直接、連絡を取ってください・・・。私はその辺のことはわかりませんので・・・。
ド:そうだな・・・。近いうちに、電話するよ。ジュンスのスタジオでいいんだろ?
テ:・・・・。(困惑する)
ド:じゃあ・・・。
ドンヒョンは元気に笑って、手を振って、出版社のほうへ去っていった。
テスは前に、写真の現像を当時の恋人から習ったと、ジュンスに打ち明けたことがあった・・・。
ジュンスが怒ったような目つきで、テスをじっと見つめている。
テスはジュンスの視線に胸が痛くなって、通りの反対側を見て、さっさと通りを渡った。
ジュンスが後から通りを渡り、テスの横に並んだ。
ジ:あいつがおまえの元恋人だったのか・・・。
テ:ええ・・・。(前を見ている)
ジ:あいつがおまえに写真を教えたのか?
テ:(立ち止まり)ええ、そうよ。(ジュンスを見る)
ジ:そうか・・・。
テ:ジュンス、あなたと彼の関係は?
ジ:オレの師匠だよ・・・。
今度はジュンスが先に歩き出した。
テ:ジュンス。(追う)
ジ:・・・・。
テ:ねえ、ケンカでもしたの? なんか・・・さっきのあなたの様子、変だったわ・・・。
ジュンスがテスの顔をちらっと見た。
ジ:オレの恋人を奪い取っていった男だよ。
テ:・・・ジュンス・・・。
そういって、ジュンスはさっさと先を歩いていってしまった。
二人はいつもの小さな食堂に入った。
向かい合って座ったジュンスが、怖い顔でテスを見つめている。
テ:なあに?
ジ:あいつの元女か・・・。(睨んでいる)
テ:そんな言い方はやめて。大学4年の時に知り合ったのよ。一年も付き合っていないわ。それで、写真を少し習ったの。
ジ:そう・・・。(苦笑して、舌打ちをする)あいつの手口だな・・・。
テ:・・・。
ジ:一緒にあいつの暗室へ行ったの? (テスを睨む)
テ:・・・。(じっとジュンスを見つめている)
ジ:そうだね。おまえは暗室の手順を知っていた・・・。(見つめている)
テ:それがどうしたの?
ジ:・・・そういうことか・・・。(まいったという顔をして横を向く)
二人は黙り込んだ。
テスは暗室の中で彼がテスを抱いたことを思い出した。きっと、ジュンスも同じことを思っているに違いない・・・。
二人の前に料理が出された。
箸を持ちながらも、二人とも料理を見つめているだけで手をつけない。
テ:ジュンス・・・。(顔を上げる)
ジュンスが少し怒ったような顔をして、テスを見た。
テ:ジュンス・・・。怒らないで・・・。怒ることじゃないでしょ・・・。もう10年も昔の話よ。
ジ:怒っちゃいないよ。・・・ただ、ひどいめぐり合わせだと思っただけだよ・・・。
テ:ジュンス・・・。(料理を見ながら)まるで汚いものでも見るような目で私を見ないで。
ジ:・・・。(鋭い目付きでテスを睨んでいる)
テ:今のあなたは、彼に近いことをしているのよ。(顔を上げる)そうでしょう? だって、私は愛人だもの・・・。恋人ではないんでしょう?
ジ:・・・。
テ:結局、あなたはマリさんとは別れなかった・・・。私の気持ちわかる? 今、どんな気持ちか・・・。とても惨めなのに・・・あなたとこうしているのよ。(吐き捨てるように言う)
ジ:・・・。
テ:あの人を、今のあなたは責められないわ・・・。
ジ:・・・。(苦々しい顔をして、窓の外を見た)
それでも、二人は仕事のため、そこで食事を終えて、出版社へと戻っていった。
ジュンスとテスの感情は、ドンヒョンの出現によって、よりよじれを生じさせた。
テスと関係しても、恋人のマリと今まで通りに付き合っているジュンス。
そして、ドンヒョンとテスの過去に、ジュンスがイヤな感情を持っていることは、明白だ。
それなのに、ジュンスへの愛を断ち切れない。
彼と別れるべきだと思うのに、その気持ちの倍返しで、ジュンスへの愛が広がっていく・・・。
彼だって、私のことを好きよ、きっと。
ドンヒョンと私の過去をあれだけ嫌がるのは、私が好きな証拠よ。
だって、ただの遊びだったら、あんな目はしないわ・・・。
でも、ジュンスをどんなに思っても、今のテスの立場は変わらない。
彼がマリと別れない限り、私はジュンスの「愛人」でしかない。
ジュンスと知り合って、しばらく安定していたテスの心が壊れた。
テスはまた今の状況から逃げたくて、夜な夜な、浴びるように酒を飲んでいる。
一人で家にいることが辛い。
ジュンスの温もりを求めている自分が悲しい。
転々として、一人で眠ることができない。
ユニのグラスを見る度に胸が熱くなる・・・。
ユニを失った後も辛かった・・・。
でも、あの時は、ユニがいつもそばにいて、心を助けてくれた。
いつも、テスにやさしく囁きかけてきて、テスの辛さを和らげてくれた。
でも、最近は、ユニはテスを慰めない・・・。
自分のことを忘れ、女として生きようとする母親には助け舟を出さない。
テスは今日も、仕事からまっすぐ家に帰ることができなくて、ジュンスと二人でよく出かけた馴染みのカウンターバーへ寄る。
一人カウンターに座って、酒を飲む。
ただ一人、黙々と酒を飲む。
もう、ユニはつまみを食べろとは言わない・・・。
ジュンスはテスが帰ったあとも、デスクで仕事を続け、やっと2階の部屋へ戻る。
冷蔵庫を開けて、ビールを取り出す。
ここのキッチンでひと頃、テスがジュンスに料理を教えてくれた。
「あなた、もっと薄く切らなくちゃ。こんな厚いの、だめよ」
テスが笑った。
テスは教えるだけではなく、おいしい料理を作ってくれた。
そこには、やさしい愛情が入っていて、ジュンスの心を満たした。
ドンヒョンとテスが過去に恋人であったことが、ジュンスの過去の恋を思い出させた。
当時、愛していた女を師匠である男に奪われた。
それがもとで彼はドンヒョンの元を去り、独立した。
あの時の彼女は、それからすぐにドンヒョンとも別れた。
そして・・・その後始末に、自分は付き合わされた。
彼女が産婦人科の手術室にいる間、まるで、その責任の一端が自分にあるように、その廊下で彼女の安否を気遣った。
苦い思い出。
もう名前すら忘れかけていた恋人だったのに。それがテスとオーバーラップしてくる・・・。
テスに対して、今の自分はあのドンヒョンと同じように、あいまいに自分の都合だけで接している。
マリがジュンスの恋人の席にいる。
自分は、テスを恋人ではなく愛人にした・・・。
自分の心に従って掴んだはずの恋だったのに。
愛しているのに。
ジュンスは今、一番愛しているはずのテスに一番の苦痛を与えている。
テスと別れること、テスを失うことは、今のジュンスにはできない。
苦しそうに、辛そうに、悲しそうに、ジュンスに抱かれるテスを見ていても、ジュンスはテスを手放すことができない。
先日のドンヒョンの一件で、ジュンスは混乱し、テスをあんな目で見つめたことを悔やんだ。
ドンヒョンに引っ掛けられて自分から離れた女は、昔の恋人で、テスではないのに。
ジュンスは急にテスに会いたくなった。
明日の朝になれば、彼女はここへやって来るが、今彼女に会いたい。
テスには何も悪いところなどないのに、彼女を奈落の底に落としている。
ただオレがテスを愛しているために、彼女は奈落の底へ落ちた。
テスに詫びなくてはいけない。全てがオレのせいだ。
ジュンスがテスの携帯に電話する。
しかし、彼女は出ない。
何度も携帯に電話を入れるが出ない。
家に電話して見る。出ない。
こんな真夜中に、家にも帰らず、こんな時間まで何をしているのか・・・。
たった一人の彼女に行くところはあるのか?
ユニの待つ家以外に・・・。
ドンヒョンか・・・。
あいつとこんな夜更けに一緒にいるのか・・・。
ジュンスは居ても立ってもいられず、街に出た。
テスが立ち寄りそうな店を回って歩く。
二人でよく飲みにいった店のマスターがジュンスに挨拶する。
マ:ああ、テスちゃんなら、さっきまで飲んでたよ。一人で浴びるほど・・・。どうしたの? ケンカでもしたの?
ジ:いや・・。何時頃帰りました?
マ:15分くらい前かな。
ジ:サンキュ! じゃあまた!
ジュンスは店を出て近くを探し回る。
もう時計は2時近くだというのに、テスはどこへいったんだ・・・。
泥酔状態になったテスは、もう人通りのない通りに寝転んだ。
はあ・・・。
大の字になって寝転ぶ。
ジ:おい、テス! 大丈夫か? 起きろよ。どうしたんだ! こんなところで寝るなよ。テス!(テスの体に手をかける)
テ:うるさいな。何よお~。(手を払う)
テスは男に触られて驚いて、開かない目をなんとか開き、その男の顔を見ると、テジョンが顔を覗きこんでいる。
テ:テジョンさん? ジュンスの弟のテジョンさん?
テジ:・・・うん・・・・。
テ:お久しぶりね。元気だった?
テジ:こんなところで寝てたら危ないだろ?(やさしく言う)
テ:どこ?(ちょっと周りを見渡す)
テジ:道の真ん中だよ。
テ:ええ? (うそ!)
テジ:さあ、起きよう。起きましょう。
テジョンに肩を貸してもらって、起き上がろうとするが、体が重くて起き上がれない。
テ:ごめん・・・。重いよね。
テジ:ホントだね。(笑)引き摺っていくよ。とにかく、道の真ん中はダメだよ。
テ:うん・・・。
テジョンは、テスの両脇に腕を通して、道の端に連れていく。
テジ:どうしたんだよ? こんな時間まで・・・。心配させやがって・・・。(怒ったような顔で見つめる)
テ:私が酔っ払いだったの、知らなかった?
テジ:知らない・・・。
テ:う~ん・・・そうよね、アニキも知らないもんね。もう、2年も酔っ払ってるの。(笑う)おかしいでしょう?
テジ:おかしくはないけど・・・。(悲しそうに見つめる)
テ:娘を亡くしてから、ず~~と酔っ払ってんの。・・・でもね、アル中じゃないのよ・・・。そう、アル中じゃないの・・・。でも、毎晩、飲まないと眠れないの・・・。でも・・・でもね、ついこの間までは、飲まなくても大丈夫になってたの・・・。
テジ:・・・。(胸が痛い)
テ:でも、まただめになっちゃった!(笑う)バカだよね~。
テジ:体に悪いよ。(やさしく見つめる)
テ:そうね・・・。うん。しばらく、飲まなかったけど・・・。また、飲んじゃった・・・。(寂しく笑う)
テジ:大丈夫?
テ:うん。いつものことだから・・・。いつもは家で飲んでるから、転んでも大丈夫なんだけど・・・今日は外だからね・・・。ごめんね。心配かけたね。
テジ:それはいいけど・・・。アニキを呼ぶ?
テ:なんで?
テジ:だって、アニキのほうがいいだろ?
テ:テジョンのほうがいい!(笑う)アハハハ・・・。あなたのほうがいいわ!
テジ:そう?
テ:うん。あんなろくでなし!
テジ:その言い方はちょっとさあ・・・。
テ:いいのよ、あんなやつ!
テジ:・・・・。(じっと見つめる)
テ:あんなやつ、どうでもいいわ・・・・。(言い切る)
テジ:そんなにダメ?
テ:うん! 私を惑わすだけの、バカやろうよ。
テジ:アニキが好きなの?(声は軽いが、顔は真剣だ)
テ:キライだと思ってた?
テジ:そんなことはないけど。
テ:好きよ。だ~い好き! フフフ・・・はあ~。(笑う)・・・好き過ぎて困ってんのよ。・・・諦められなくて困ってんの。
テジ:・・・・。(胸が痛い)
テ:でもね。あいつは・・・私なんかどうでもいいの!
テジ:どうでもって・・・。
テ:だって、ちゃんと恋人がいて、楽しそうじゃない。
テジ:ちゃんと気持ち聞いてみたの?
テ:うううん・・・でも、わかる・・・。
テジ:そうかなあ。
テ:うん・・・。
テジ:・・・君がアニキの部屋に泊まってたの、知ってるよ。
テ:・・・そう? ホント? いつ?(人に見られたことってあったのかしら・・・)
テジ:うん・・・。
テ:そう・・・。
テジ:遊び?
テ:まさか・・・私って、そんなに軽い感じ?
テジ:イヤ・・・。
テ:私は好きじゃなくちゃ、イヤ・・・。でも、あいつはどうかな・・・。彼女もいるんだし・・・私と寝ても、あの子と付き合ってるもん・・・。
テジ:・・・うん・・・・。
テ:あっちが遊びで、私と付き合ってるのよ。(吐き出すように言う)
テジ:そうかなあ・・・。
テ:ねえ! 私、愛人! どう? この響き!
テジ:・・・・。
テ:最低でしょ?
テジ:・・・。(辛い)
テ:でもね、でも、幸せなの・・・。バカだよね・・・。一緒にいると、辛いのに、その瞬間、幸せなの・・・。変だよね・・・。
テジ:テス・・・さん・・・。(胸が痛い)
テ:私、頭がちょっと変になってんの。・・・きっと、そう・・・。
テジ:さあ、帰ろう。
テ:まだ、一緒にいて。寂しいから。
テジ:送っていくよ。
テ:一緒にいて。一人じゃ、やりきれないから。
テジ:立って。
テ:一緒にいて・・・。
テジ:いいかい。僕に負ぶさって。大丈夫?
テ:一緒にいてね。
テジ:・・・うん・・・。
テ:ハア・・・。ありがとう・・・。
テジ:テスさん? テス? おい? おまえ、しっかりしろよ。 寝ちゃったのかよ、おい! テス! 起きろよ!
テ:あ~あ。テジョン君!
テスはベッドで伸びをして、目を覚ますと、そこはスタジオの2階のジュンスのベッドだった・・・。
なんで?
なんでここにいるの?
昨日、テジョンに会って・・・・。
あ!
テジョンがソウルにいるはずはない。
イラストレーターの彼は今、インドにスケッチ旅行に出ている・・・。
キッチンのほうで音がしている。
ジュンスがコーヒーを入れている。
彼の足音が近づいてくる・・・。
ジ:起きた?
テ:うん・・・。
ジ:コーヒーでも飲むか?
テ:うん・・・。
ジ:こっちへ来いよ。
テ:うん・・・。
ジュンスの声がやさしい。
テスが痛い頭を抱えて、ダイニングへ向かう。途中、階段の横を通る。
この階段を背負って上がったんだ・・・。
テ:昨日はありがとう・・・。階段、たいへんだったね。
ジ:え? ああ。逆さ吊りで、引き上げたから、後で体が痛いと思うよ。
テ:うん・・・。でも、ありがと。
二人はテーブル越しに、控えめに見つめ合った。
ジュンスの用意したコーヒーを飲む。
二人とも黙っている。
ジ:・・・仕事はちゃんとしろよ。
テ:・・・わかってる。
ジ:・・・・。
テ:・・・・。
ジ:じゃあ。(立ち上がる)オレは下で仕事してるから。適当に下りてこいよ。
テ:はい。
ジュンスが階段を下りようとして、立ち止まり、
ジ:もうあんまり・・・酒は飲むな。
テ:・・・・。
ジ:返事は?
テ:わかった・・・。
ジ:うん・・・。
ジュンスが階段を下りていった。
テスが気持ちを吐露した相手は、ジュンス本人だった。でも、彼はそれについても何も語らなかった。
5部へ続く