「恋がいた部屋」14部
2015-09-22
あなたと
私は
一緒にいるのが
自然
もう
あなたを
失わないように
何が
あろうと
あなたを
手放すまい・・・
いつも
私の手を
握っていて・・・
「少し冷ます?」
「うん」
ミンスは、ヒョンジュンのお茶をフ~フ~と冷ましてから、笑った。
主演:ペ・ヨンジュン
チョン・ジヒョン
「恋がいた部屋」14部・最終回
ミ:はい、どうぞ。
ヒ:ありがとう。
ヒョンジュンが笑顔で湯のみを受け取って、ミンスを見て、ちょっと甘えた目をした。
こんな目を見るのは、なんて久しぶりだろう・・・。
ミンスは、ちょっと胸がいっぱいになった。
ヒョンジュンは今だ人の夫ではあるが、今二人の気持ちはぴったりと寄り添っている。
ヒョンジュンがわき腹に近い背中を刺されて、ここの大学病院に運ばれてきた時には、もしや彼がこの世から消えてしまうのではと思って、生きていくことさえ、苦しいことに感じた。
留学も新しい生活も全てのことが、もう、どうでもよくなった。彼が人の夫であろうと、そんなこともどうでもよくなった・・・。ただ、彼が生きていてくれることだけを祈って、それが叶うなら、あとのことは全て捨ててしまっても惜しくない。ただ、彼のためにできること、それだけを考えた。
ヒョンジュンが刺されてから、2週間が経過して、こんなに気持ちを素直に出せるヒョンジュンがいて、それを笑える自分がいることに、今、感謝したい・・・。
最初に見舞った時の瀕死のようなヒョンジュンを思うと、こうやって、笑顔でお茶を飲み合えるのが、まるで夢のようだ。
ミ:こんなに元気だってバレたら、夜間の付き添いは首にされちゃうわね。
ヒ:もう少し、病人のふりしていたほうがいいかな。(笑って首をかしげる)
ミ:かもね。(笑う)
ヒ:でも、寝返りしようとするとまだまだ痛いんだよ。刺されたところだけが鉛みたいに重い感じで、なんともいえない感覚なんだ。
ミ:それは仕方ないわよ。それだけの怪我だったんだもん。治ってもそういう痛みはしばらくは残ってくるのかもしれないわね。
ヒ:もうすぐここも追い出されるかな・・・。
ミ:(笑う)出血がひどかったわりには回復が早くてよかったね。
ヒ:そうだね。どんどん動けって先生に言われて、痛くても動いたのがよかったかな・・・。
ミ:そうよ、きっと。ヒョンジュン、ヒョンジュンの体の中には、私とジフンの血が流れているんだから、元気にならないはずがないわ。
ヒ:それで、最近、体が熱いのかな・・・。(いたずらっぽく微笑む)
ミ:そうなの?
ヒ:ミンスの情熱で、あったかい。(笑う)
ミ:本当?(疑いの目)
ヒ:・・・ジフンさんにお礼を言わないといけないね。
ミ:うん・・・。(俯く)
ヒ:・・・。
ヒ:そうだ。今晩、会長の弁護士が来ることになってるんだ。昼、電話が入った。目立たないように夜、お邪魔しますって。
ミ:何の用?
ヒ:離婚のことか、退職のことだと思う。
離婚・・・。
ミ:ソルミさんは今、どうしてるのかしら? ここにはぜんぜん来ないんでしょう?
ヒ:うん・・・わからないな。大きな病院の分院で静養しているらしいけど。
ミ:どこが悪いの? ・・・心の病気なの?
ヒ:わからない・・・。お父さんに、幽閉されているんじゃないかな。
ミ:フ~ン・・・。かわいそうね・・・。
ヒ:うん・・・。原因はオレのせいでもあるわけだけど・・・。
ミ:・・・うん。
二人がソルミのことで、少し沈んだ気分になっていると、ドアのノックの音がした。
ミ:はい! 弁護士さんかしら?(ヒョンジュンを見る)
ミンスがドアを開けた。
弁:ヒョンジュンさんのお部屋ですか?
ミ:はい。
弁:キム氏の弁護士のホ・ウンスです。
ミ:あ、どうぞ、お入りください。
ミ:ヒョンジュンさん、弁護士さんがお見えです。
ヒ:そう。お通しして下さい。
弁護士が入ってきた。
ミ:お茶をお入れします。
弁:お構いなく。それより、二人にしていただけますか?
ミ:あ、はい。(ヒョンジュンを見る)
ヒ:すみません、廊下に出ててもらえますか?(ミンスを見つめる)
ミ:はい・・・では、廊下のベンチにいるので、なんかありましたら、声をかけてください。
ミンスは弁護士にイスを差し出し、軽く会釈して部屋を出ていった。
ヒ:お世話になります。
弁:(イスに座る)ヒョンジュンさん、本日は、あなたの今後について、少しお話をしたいと思います。
ヒ:はい。
弁:あなたの現在の怪我につきましては、会長のほうで100%、治療費を出させていただきます。ということで、請求書は全て、病院から直接、会長宛に送っていただくことになっています。
ヒ:そうですか、ありがとうございます。
弁:その他、保険についてもこちらに任せてください。悪いようにはしません。
ヒ:はい・・・。
弁:それから、あなたの仕事についてですが、明日付で、H(アッシュ)・joonは依願退職という形をとらせていただきます。
ヒ:わかりました。お手数おかけします。
弁:それと、あなたが一番、気になっていらっしゃるであろうことですが。ソルミさんとの離婚ですが、本日、離婚届にソルミさんのサインをいただきましたので、ここにお持ちしました。
ヒ:・・・。(驚く)彼女がサインしてくれたんですか・・・?
ヒョンジュンはあまりにすんなりソルミのサインがもらえたので、驚いた。
弁:ええ。それで、オフィスも明日退職となったわけです。全てが明日付。そのほうが、日付が同じで仕事がやりやすいですからね。
ヒ:はあ・・・。
弁護士の合理的な考え方にまた驚く。
ヒ:・・・ソルミは今、どうしているんでしょうか?
弁:今あ・・・ちょっとソウルから離れた病院の分院で静養しているんですが・・・。
ヒ:が?
弁:まあ、いろいろありまして・・・それで、離婚も早めにということで・・・。
ヒ:いったい、どうしたんですか?
弁:それが・・・。あなたはもうソルミさんと別れたいんですよね? (確認する目をする)
ヒ:・・・ええ・・・すみません・・・。ただ、とても気がかりなんです・・・最後があんなだったから。
弁:いえ、いいんです、いいんですよ。あなたの気持ちもわかりますから。ソルミさんはあなたを愛してらした。あなたと離婚したくなくて、逃げ回って、日本へ行って、あの男と知り合ったんです。それで、意気投合とか言ってましたが、まあ、ズルズルと関係して・・・ソウルのあの男の所まで行ってしまったわけですが・・・。
ヒ:・・・。
弁:実は、先日。今ソルミさんがいる分院に、あの男が現れたんです。
ヒ:え? 捕まったんですか?
弁:ええ。それも、ソルミさんに暴行を加えて。
ヒ:え?
弁:実はどこで調べたのか、逃げる費用の無心に来たんですよ。ところが、今のソルミさんは、現金もクレジットカードも持っていない。
ヒ:彼を逃がした時、彼女がバッグごと、渡していました・・・。
弁:やはり、目撃されていたんですね? それは忘れてください。それはなかったことに。(睨む)
ヒ:・・・はい・・・。
弁:あなたは何も見なかったことに・・・よろしくお願いします・・・。財布に入っていたクレジットカードもキャッシュカードもその日のうちに止めましたから、実際のところ、あの男にはいくらも行かなかったんですよ。まあ、その前に貢いでいた額が半端じゃありませんでしたが。
ヒ:それで?
弁:それで、お金の出せない彼女に、病室のイスを投げつけましてね、怪我をさせたんです。それで、付き添いのシンジャさんが、あ、シンジャさんはご存知でしょう? 助けを求めて、ナースステーションに駆け込んで、病院から通報されたんですよ。本当に、やくざは怖いです・・・。
ヒ:それで? 怪我は?
弁:ご心配なく。(きっぱり)
ヒ:でも、なぜそれが急な離婚に結びつくんですか?
弁:うん・・・。(言おうかどうか、考える)その時の怪我で、わかったことなんですが・・・ソルミさん、妊娠されていたんですねえ・・・。
ヒ:え?(驚く)
弁:なんて言ったらいいのかなあ・・・。あなたのお子さんではないと、ソルミさんはおっしゃってるんですよ。まあ、そうでしょう。逃げている間にできた子どもですから。
ヒ:(言葉がないが)・・・彼女とはここ数ヶ月、そういう関係はありませんでした・・・。
弁:うん。あの男と一緒の時期にできた子のようです・・・。
ヒ:・・・。(驚く)それで、それで、ソルミは大丈夫なんでしょうか? あの男に付きまとわれるとか・・・。僕のことが元で、彼女の人生がめちゃくちゃになってしまったら・・・。本当に大丈夫なんでしょうか?
弁:ヒョンジュンさん。あなたは当事者だから、忌憚なく、この話をしているんですよ。他の方には絶対に内緒にしてくださいね。
ヒ:もちろんです・・・。そんなことは・・・絶対に誰にも言いませんから、安心してください。
弁:それで、急遽、会長の計らいで、ソルミさんが結婚されることになったんですよ。
ヒ:あの男とですか?!
弁:まさか・・・。会長の下で働いている人間ですよ。
ヒ:でも、そんな・・・。そんな結婚・・・。
弁:ソルミさんは、もう中絶はしたくないそうです・・・。そして、子供を持つことを機に、人生をやり直したいということでした。まあ、相手の彼も、会長の全てが手に入るわけですから、それは喜んでOKなんですけど・・・。
ヒ:・・・。
弁:(笑う)あなたは、富や出世とは別のところに住んでいたわけだ。
それに心惹かれた時もあるが・・・それより、自分には、ミンスとの愛が大切だった・・・。
弁:あの資産家と離婚したいなんて言い出すんですからね。妻の見えないところで、いくらだって浮気だって何だってできるのに。それだけのお金も自由もあるのに。(笑う)まあ、その点を会長は非常に買っているんですよ、あなたのそういうところ。信頼してるんです。お金で動かないところを。あなたが真にソルミさんを心配して連れ出そうとしたことを。
ヒ:・・・。
弁:それで、まあ、ソルミさんが、なるべく早く結婚できるように、あなたとの離婚を急いだわけです。あの男が捕まっている間に、パリで新生活を始めて落ち着いたところで、籍を入れるそうです。
ヒ:そうですか・・・これはハッピーエンドなんですね? 僕にはよくわからないけど。
弁:まあ、それに近いというべきじゃないかな。ソルミさんにも人生を考え直す機会ができたわけだから。子は鎹ともいうし・・・今まで好きに生きてらしたんだから、いいんじゃないでしょうか?
ヒ:・・・。
弁:さて。あなたのことに戻ります。まずは、こちらの離婚届にサインをいただいて・・・。(用紙を出す)
ヒョンジュンは弁護士の差し出すペンでサインをする。
弁:ありがとうございます。それから、こちらが慰謝料と退職金の明細です。明日振込みになります。ええと・・・しめて、10億ウォンということになりますね。
ヒ:そんな。
弁:少ないですか?(笑う)
ヒ:いえ・・・多すぎるなと思って・・・。
弁:まずは今後、キム家とは一切の縁を切っていただくこと。これは、あなたもそう思ってらっしゃるでしょうが。この金額の大半は、あなたがキム家の事業に尽力を尽くしたという退職手当に準ずるものです。まずは、H(アッシュ)・joon。こちらは、人気ブランドですね。あなたが撤退後も、あなたのデザインコンセプトはそのまま引き継ぎたいということですので・・・これは了承していただけますね?
ヒ:はい。
弁:このブランドが、今後作り出すお金を考えると、これは、キム家にとっては非常に安い買い物なんです。
ヒ:はあ・・・。
弁:まあそれと、会長であるお父様からの慰労金ですね。
ヒ:慰労金:・・・?
弁:会長はあなたが好きでしたから。でも、あの方は、仕事には厳しい人ですから、その辺の採算も取られているとお考えになっていいです。ですから、あなたも堂々とこのお金を受け取ってください。
ヒ:・・・わかりました。
弁:いいですね。今後は全てがあなたの手を離れるのです。
ヒ:わかりました。
弁護士が帰ったあと、ヒョンジュンは深いため息をついて、ソルミのこと、ビジネスのことを考えた。
なんと合理的な! なんと明解な・・・!
ミンスが心配顔で、病室に入ってきたが、ヒョンジュンはそんなミンスを笑顔で迎えた。
今日、ソルミと自分が離婚届にサインをして離婚することになったこと、そして、あの家とは一切、手を切ったとだけ伝えた。
ミンスはヒョンジュンの話を聞いて、泣きそうな顔になった。
ここまで来るのに、二人はなんと遠回りをしたのだろう。
ヒ:おまえにたくさん苦労をかけたけど、これからは、本当に二人で生きよう。ミンス、もう君を絶対放さないよ。
ミ:うん・・・。
ミンスはヒョンジュンの言葉に感慨深げに頷いた。
ヒョンジュンは、これからの人生は、自分たちの力で生きていこうと思った。
ソルミの父親がくれたものは、当てにはせずしまっておこうと。
翌日、ヒョンジュンは、昼間付き添いをしてくれたヘルパーさんに、自分でなんとか動けるようになったので、昼夜の付き添いはもう終わりにします・・・と伝えた。
そして、翌日からミンスが仕事ではなく、晴れて、恋人として、ヒョンジュンの看護をすることになった。
ヒョンジュンは、ミンスが仕事に出る気配がないので、内心ではミンスの仕事のことも気になっていた。
ミ:今日は、お昼を作ってきちゃった。一緒に食べよう。(弁当を開ける)
ヒ:ねえ、おまえの仕事はどうなってるの?
ミ:うん? ちょっと休んでる。ヒョンジュンが一番大事だから。
ヒ:でも、もう具合もよくなってきているし、そんなに毎日、来なくてもいいよ。あんまり仕事を休むのはよくないだろ?
ミ:・・・いいじゃない。今まで離れていたんだし。一緒にお弁当食べようよ。
ヒ:うん。
ヒョンジュンには、まだまだ気がかりなことがあった。
それはジフンだった。この同じ病院内にいて、ヒョンジュンのために献血をしてくれた男・・・。それは医者である彼にとっては当たり前のことかも知れないが・・・ミンスを思えばこその行為だったとも言えるだろう。彼は、自分の好きな女の、好きな男のために、いろいろ骨を折ってくれた。
礼を言うのが礼儀というものだが・・・実際に、顔を合わせて、お礼を言うのも、自分の気持ちとしては、少し憚れるのである・・・。
しばらくして、ミンスは、ジフンのいる小児科病棟を訪ねた。
子供学級のボランティアの一人として一時活動したミンスを発見して、子供たちが喜んだ。
子1:ミンスさん、遊びに来てくれたの?
ミ:うん。
子2:どうして最近、来てくれないの?
ミ:実はね、私の大事な人も病気で入院しちゃったの。それでそっちの看護をしてるから・・・。
子1:そうなんだ。残念だな。
ミ:ごめんね。
子1:ジフン先生も寂しそうだよ。
ミ:・・・。
子2:読み聞かせを見に来ても、前みたいに笑わないもん。
ミ:そう・・・。
子2:今日は子供学級に来てくれたの?
ミ:・・・ジフン先生に会いに・・・。ジフン先生がその人を助けてくれたから。
子1:そうなんだ! すごいね。
ミ:うん・・・。
子2:あ、ジフン先生だ!
子供たちが顔を輝かせて見ている方へ目をやると、ジフンがやってきた。
ジフンもミンスに気がついて、ちょっと複雑な顔になったが、すぐにいつもの笑顔になった。
ミ:ジフン!
ミンスが笑顔で駆け寄った。
ジ:やあ・・・。(少しぎごちなく手を上げる)
ミ:こんにちは。
ジ:どう? H(アッシュ)さんは、元気になった?
ミ:うん・・・ありがとう。
ジ:うん・・・。
ミ:彼がジフンにお礼が言いたいって言ってるんだけど・・・。
ジ:そんな・・・。
ミ:ヒョンジュンのために、献血もしてくれたし・・・私も付き添えるようにしてくれたでしょ?
ジフンがちょっと寂しそうな目をして、ミンスを見ている。ミンスはすっかり元気になった。初めて出会った時のような屈託のない微笑みを浮かべている。
ジ:ごめん・・・今、忙しいんだ。
ミ:じゃあ、いつ時間ができる?
ジ:・・・。
ミ:・・・。(ジフンを見上げる)
ジ:別にいいよ。礼なんて・・・。
ミ:・・・。
ジ:そんなことしないで。
ジフンがミンスをじっと見つめた。
ミ:・・・そう?
ジ:うん・・・。正直・・・。(下を向いてから、周りを見る)会いたくないんだ・・・。
ジフンは、ミンスを見ず、遠くを見ている。
ミ:・・・ごめん。
ジ:・・・いいんだよ。じゃあ、忙しいから。(ミンスを見る)
ミ:・・・うん。
ジ:じゃ!
ジフンが去っていこうとしたところを、ミンスが呼び止めた。
ミ:ジフン!
ジ:ん?(振り返る)
ミ:・・・元気でね。
ジ:・・・うん。(見つめる)君も、元気で。
ミ:・・・うん。(頷く)
ジフンは笑顔で去っていった。
もう彼には会わない・・・。
もう、終わっちゃったね。・・・ありがとう、ジフン!
ヒ:どこ、行ってたの?
ミ:なんで? 探した?
ヒ:うん・・・。一緒に購買会に行ってほしかったから。
ミ:なあに? 買ってきてあげるわよ。
ヒ:自分で歩いていきたいからさ。ちょっとここから、遠いから。
ミ:わかった。一緒に行ってあげる。(まるで思い出したように)あ、それから、今、ジフンに会ったらね。
ミンスは、小さなバッグをロッカーから出している。そして、用事をしながら、ヒョンジュンにジフンの話をした。
ミ:今、とっても忙しいんだって。だから、お礼なんていいって。医者としてやったことだからって。
ヒ:そうか・・・。小児科のボランティアはどうするの?
ミ:う~ん、あれも今は引き受けられないでしょ? あなたみたいな大きな子供がいると。
ヒ:・・・そうか。
ミンスはジフンに別れを言ってきたのだろうか?
ヒ:オレの離婚話をしたの?
ミ:ああ・・・。(顔をヒョンジュンに向けた)忘れてた。言うべきだったかな。忘れちゃったわ。
ミンスは、ジフンと別れてきたんだ・・・。
ミ:もう行ける?
ヒ:うん。
二人は連れ立って病室を出ようとした。
ミ:何がほしいの?
ヒ:いろいろ。
ミ:いろいろ何よ?
ヒ:いろいろ。お菓子とか・・・。
そういって、ヒョンジュンがちょっと甘えた目でミンスを見た。
ドアの内側で、ミンスのすぐ隣に立ったヒョンジュンが、じっとミンスを見下ろしている。
ミンスがスッと手を伸ばして、ヒョンジュンの頬を撫でた。そして、ゆっくりと微笑んだ。
ミ:あなたがいれば、私は幸せ・・・。
ヒ:・・・。
ヒョンジュンは胸がいっぱいになった。
ソウルから少し離れたある有名病院の分院の一室で、ソルミとシンジャが退院の準備をしている。
シ:お嬢様はお座りになっていてください。まだ、左手が不自由なんですから。
ソ:・・・ごめんね。全部やってもらって。
シ:いいんですよ。
ソルミがギブスをした左手をかばいながら、ベッドに腰掛けた。
ソ:ここともこれでお別れ。こんな去り方をするとは思ってもいなかったけど・・・でも、シンジャ。私、なんかほしいものを手に入れた気がするわ。
シ:お嬢様。
シンジャはパッキングする手を休めて、お腹を撫でるソルミを見た。
ソ:ここに赤ちゃんがいるでしょう。今まで空っぽだった心が、なんか、とっても満たされているのがわかるの。
シ:・・・。
ソ:これで、私もお母さん。これからは、ちゃんとやっていくつもりよ。子供を愛して・・・夫も愛せるといいけど・・・。
シ:お嬢様は、あの方を愛してらしたんですか?
先日、やくざのスンジョンがここで大暴れしたのを思い出した。ソルミは投げられたイスが腕に当たって、腕にひびが入った・・・。
ソ:シンジャ。私、この子のことを思うと・・・ヒョンジュンの顔が浮かぶのよ。
シ:・・・。
ソ:なぜか、ヒョンジュンが浮かんじゃうの・・・。それで、幸せな気分になれる・・・。ホントは、ヒョンジュンの子じゃないのに・・・。(ちょっと残念な顔をする)でも・・・私にはあの人の子なの。そう思っていてもいいわよね?
シ:お嬢様。
ソ:この子を授かって、やっと彼を手放せた・・・。そして、私はやっと幸せになれたわ。もう、彼にやきもちを妬いたり心を痛めたりしなくていいの・・・。私のここに愛が宿っているから。だから、この子は産みたいの。だから、お父様の提案も呑んだの。それに、今度結婚する人は優しそうだし。シンジャ。一緒にパリまで来てくれるわね?
シ:はい。
ソ:うん。これで、安心。今度こそ、幸せになるわ。この子と・・・。シンジャ、大丈夫よ・・・この子は、スンジョンの子じゃないの・・・東京で出会った人の子・・・。でも、彼じゃないから、安心して。
シ:お嬢様・・・。
ソ:そして、私にとっては・・・愛しいヒョンジュンの忘れ形見よ・・・。
シ:・・・。(胸が痛い)
シンジャは、ソルミを見て、この運命に胸を痛くしたが、今、ソルミの顔には安らぎが見い出せる。
無条件に愛せるものを初めて手にしたソルミには、平安が訪れたように思う。シンジャは今のソルミがいじらしくて、抱きしめてあげたいと思わずにはいられなかった。
ヒョンジュンが退院して、またあの部屋へ戻った。そして、ミンスも姉のところから荷物を移し、二人は初めて一緒に暮らし始めた。
まだ、ヒョンジュンの体は全快とはいえなかったが、それでも二人の暮らしは、ミンスにもヒョンジュンにも幸福を運んできた。
ヒョンジュンがミンスを胸に抱くように、二人はソファに寝そべりながら、本を読んでいる。
ミ:こんな体勢で大丈夫? あなたのお腹に私が少し乗っちゃうでしょ?
ヒ:いいよ・・・。
ミ:でも、やっぱり傷口が開いたら、大変だもん。
ミンスが起き上がった。
ヒ:大丈夫だよ。(笑う)それよりさ。(本を読んでいる)おまえ、大切な話、してないだろう?
ミ:何かあったっけ?
ヒ:チェスクさんから聞いたよ。
ミ:・・・。
ヒ:留学の話、どうしたの?
ミ:・・・だって、もうヒョンジュンとこうして一緒にいるんだし・・・。いいのよ。
ヒ:でも、それとこれとは違うだろ?
ミ:でも、今はヒョンジュンが大切。
ヒ:ミンス。これからは、お互いなんでも話し合っていこう。二人で暮らしていくんだからさ。
ミ:うん・・・。
ヒ:オレも一から出直しだし。また、画家に戻れるかな。
ミ:大丈夫よ。ヒョンジュンなら・・・。
ヒ:・・・ありがとう・・・。頑張ってみるよ。
ミ:うん。
ヒ:ミンスも頑張ってみたら? ニューヨークで。
ミ:あれは・・・一人になりたかったこともあったし・・・。
ヒ:オレと、二人で行くかい?
ミ:・・・。
ヒ:・・・どうする?
ミ:いいの?
ヒ:うん・・・。絵を描くのはどこででもできるし。今は、芸術の発信地だよ、ニューヨークは。(笑う)ソーホーにも行ってみたかったんだ。バリとパリは、オレたちの合言葉だったけど・・・二人でニューヨークもいいじゃない?
ミ:・・・ヒョンジュン、ホントにいいの?
ミンスはヒョンジュンの言葉にうれしくて、ヒョンジュンの胸に顔を埋める。
ヒ:ミンス・・・ちょっと痛いよ。
ミ:バカ・・・。
見上げたミンスの目には涙が光った。
あれから、3年の月日が経った。
ミンスとともに、渡米したヒョンジュンだったが、韓国でのデザイナー歴も評価されて、彼は画家でありながら、時々、デザイン・バイ・ヒョンジュンという形で、いろいろなブランドに作品を提供している。
ミンスも学校を卒業し、テーブルコーディネーターとして、アメリカでもなんとか細々と仕事を始めた。
久しぶりに、チェスクの依頼で、ヒョンジュンの個展のために、二人は韓国へ帰国した。
折しも大雪の日で、空のダイヤは大幅に狂い、やっと着いた空港でも、荷物がなかなかバッゲージカウンターに出てこない。
ミ:どこに出てくるのかしらね?
ヒ:これだけ混雑しちゃうとわからないねえ・・・。あそこのカウンターがそうお? NY5便ってオレたちだろ?
ミ:あ、ホントだ。
二人は遠くの電光掲示板を見た。
ヒ:取ってくるよ。おまえはここにいていいよ。
ミ:いいの?
ヒ:ヘスの土産を割ったら、怒られるだろう?
ミ:ホント。(笑う)
ミンスは、姉に頼まれた陶器の置物を大事そうに抱えている。ヒョンジュンがカートを押して少し離れたカウンターまで荷物を取りにいった。
ミンスがそんなヒョンジュンの後ろ姿を見ていると、後ろから声がかかった。
男:ミンス! ミンス! おいで。
ミンスはその声のほうへ振り返った。
背の高い男が、2歳ぐらいになる女の子を呼んでいる。
女の子はミッキーマウスの耳のついたカチューシャをしていた。ディズニーランドの帰りだろうか。
男は、はしゃいで動き回っている娘を取り押さえ、軽々と抱き上げた。
ジフンだった・・・。
ジフンは優しい目で、娘を見て肩車をした。
彼は父親になっていた。
ミンスは懐かしさに胸が震えた。思っていた通り、優しい父親になっている。
彼の視線の先を見ると、清楚で爽やかな感じの女が歩いてきた。彼女は、荷物のカウンターを探していたらしい。
女は肩車された娘の足を触って笑った。
ジフンは温かな家庭を築いている。
私でもなく、CAをしていた大学時代の友人でもなく、彼にピッタリの爽やかな感じのやさしそうな相手だ。
ヒ:ミンス!
ミンスが振り返った。
ヒョンジュンがカートを押しながら戻ってきた。
ミ:ご苦労様!
ヒ:ずいぶん離れたカウンターだったよ。どうしたの? 目がちょっと赤いよ。
ミ:え? 目にごみが入ったから。
ヒ:見てやろうか?(近くで目を覗き込む)
ミ:大丈夫よ。
ヒ:そう? じゃあ、行くか?
ミ:うん。
カートを押すヒョンジュンと並んで、ミンスは出口のほうへ歩き出した。
ジフンは、さっきのヒョンジュンの声で振り返った。そこには、あのミンスがいた。
あれから、3年。
ミンスは相変わらず、凛とした佇まいで立っていた。懐かしい姿がそこにあった。
そして、幸せそうに、夫であるヒョンジュンと一緒に笑いながら、見つめ合っていた。
妻:どうしたの?
ジ:うん? 別に。知り合いかなと思ったけど、違った。
妻:あそこのカウンターみたいよ。
ジ:そう。じゃあ、行ってみるか。
そういって、ジフンは妻の顔を見た。
妻:なあに?
ジ:うん。なんでもない。(笑う)行こうか。ミンスもいい子にするんだよ。混んでいるんだから、ふざけちゃ駄目だよ。
ミ:パパ~。
ジ:また、抱っこか。
ジフンは小さな娘を抱き上げて笑った。
人は、心の中に「恋がいた部屋」を持っている。
そこの住人になるのは・・・それは、持ち主が恋してやまない「あの人」だ。
ミンスの部屋にはヒョンジュンが住み着き、ヒョンジュンの部屋にはミンスが住み着いた。
お互いがそこの住人となり、家主である相手とともに人生をともにする。
それができれば、この「恋がいた部屋」はもっと大きな「愛の部屋」となって、その人の生きる原動力ともなっていくだろう。
時にその部屋の存在を忘れてしまっても、人はある時思い出す・・・。
自分の心の中に存在したあの部屋を・・・。
恋に身を震わせた思い出を・・・そして、「あの人」の存在を・・・。
ミンスは今もヒョンジュンとこの部屋をシェアしている。
そして、ジフンもまた、自分の部屋に美しい妻を招き入れて温かい家庭を築いている。
ソルミはどうしただろう・・・。
彼女の心を癒し、生きる力を与えてくれた小さな命が、今はその部屋の大いなる住人なのかもしれない・・・。
入国ロビーを出た瞬間、「笑顔で高く飛び上がっている若い女」の広告が壁一面にあり、否が応でも目に入ってきた。
「H(アッシュ)・joon」の広告だ。
初代デザイナーに画家のヒョンジュンを迎えて誕生した「H・joon」
その斬新で繊細なフォルムがあなたの生活を彩る・・・
H・joon
You’re beautiful!
ミンスはその広告の前に佇んだ。
そして、笑顔でヒョンジュンのほうへ振り返った。
ヒョンジュンには、ミンスがポンと、その広告から抜け出てきたように見えた。
そして、もう二人には過去になったH・joonより、今はもっと新たな大きな夢があるよと、ミンスの笑顔が語っているようにも見える。
ヒ:行こう。
ヒョンジュンが手招きして、ミンスの肩を抱き寄せた。
二人は笑顔で、久しぶりのソウルへの第一歩を歩み出した。
THE END
私は
一緒にいるのが
自然
もう
あなたを
失わないように
何が
あろうと
あなたを
手放すまい・・・
いつも
私の手を
握っていて・・・
「少し冷ます?」
「うん」
ミンスは、ヒョンジュンのお茶をフ~フ~と冷ましてから、笑った。
主演:ペ・ヨンジュン
チョン・ジヒョン
「恋がいた部屋」14部・最終回
ミ:はい、どうぞ。
ヒ:ありがとう。
ヒョンジュンが笑顔で湯のみを受け取って、ミンスを見て、ちょっと甘えた目をした。
こんな目を見るのは、なんて久しぶりだろう・・・。
ミンスは、ちょっと胸がいっぱいになった。
ヒョンジュンは今だ人の夫ではあるが、今二人の気持ちはぴったりと寄り添っている。
ヒョンジュンがわき腹に近い背中を刺されて、ここの大学病院に運ばれてきた時には、もしや彼がこの世から消えてしまうのではと思って、生きていくことさえ、苦しいことに感じた。
留学も新しい生活も全てのことが、もう、どうでもよくなった。彼が人の夫であろうと、そんなこともどうでもよくなった・・・。ただ、彼が生きていてくれることだけを祈って、それが叶うなら、あとのことは全て捨ててしまっても惜しくない。ただ、彼のためにできること、それだけを考えた。
ヒョンジュンが刺されてから、2週間が経過して、こんなに気持ちを素直に出せるヒョンジュンがいて、それを笑える自分がいることに、今、感謝したい・・・。
最初に見舞った時の瀕死のようなヒョンジュンを思うと、こうやって、笑顔でお茶を飲み合えるのが、まるで夢のようだ。
ミ:こんなに元気だってバレたら、夜間の付き添いは首にされちゃうわね。
ヒ:もう少し、病人のふりしていたほうがいいかな。(笑って首をかしげる)
ミ:かもね。(笑う)
ヒ:でも、寝返りしようとするとまだまだ痛いんだよ。刺されたところだけが鉛みたいに重い感じで、なんともいえない感覚なんだ。
ミ:それは仕方ないわよ。それだけの怪我だったんだもん。治ってもそういう痛みはしばらくは残ってくるのかもしれないわね。
ヒ:もうすぐここも追い出されるかな・・・。
ミ:(笑う)出血がひどかったわりには回復が早くてよかったね。
ヒ:そうだね。どんどん動けって先生に言われて、痛くても動いたのがよかったかな・・・。
ミ:そうよ、きっと。ヒョンジュン、ヒョンジュンの体の中には、私とジフンの血が流れているんだから、元気にならないはずがないわ。
ヒ:それで、最近、体が熱いのかな・・・。(いたずらっぽく微笑む)
ミ:そうなの?
ヒ:ミンスの情熱で、あったかい。(笑う)
ミ:本当?(疑いの目)
ヒ:・・・ジフンさんにお礼を言わないといけないね。
ミ:うん・・・。(俯く)
ヒ:・・・。
ヒ:そうだ。今晩、会長の弁護士が来ることになってるんだ。昼、電話が入った。目立たないように夜、お邪魔しますって。
ミ:何の用?
ヒ:離婚のことか、退職のことだと思う。
離婚・・・。
ミ:ソルミさんは今、どうしてるのかしら? ここにはぜんぜん来ないんでしょう?
ヒ:うん・・・わからないな。大きな病院の分院で静養しているらしいけど。
ミ:どこが悪いの? ・・・心の病気なの?
ヒ:わからない・・・。お父さんに、幽閉されているんじゃないかな。
ミ:フ~ン・・・。かわいそうね・・・。
ヒ:うん・・・。原因はオレのせいでもあるわけだけど・・・。
ミ:・・・うん。
二人がソルミのことで、少し沈んだ気分になっていると、ドアのノックの音がした。
ミ:はい! 弁護士さんかしら?(ヒョンジュンを見る)
ミンスがドアを開けた。
弁:ヒョンジュンさんのお部屋ですか?
ミ:はい。
弁:キム氏の弁護士のホ・ウンスです。
ミ:あ、どうぞ、お入りください。
ミ:ヒョンジュンさん、弁護士さんがお見えです。
ヒ:そう。お通しして下さい。
弁護士が入ってきた。
ミ:お茶をお入れします。
弁:お構いなく。それより、二人にしていただけますか?
ミ:あ、はい。(ヒョンジュンを見る)
ヒ:すみません、廊下に出ててもらえますか?(ミンスを見つめる)
ミ:はい・・・では、廊下のベンチにいるので、なんかありましたら、声をかけてください。
ミンスは弁護士にイスを差し出し、軽く会釈して部屋を出ていった。
ヒ:お世話になります。
弁:(イスに座る)ヒョンジュンさん、本日は、あなたの今後について、少しお話をしたいと思います。
ヒ:はい。
弁:あなたの現在の怪我につきましては、会長のほうで100%、治療費を出させていただきます。ということで、請求書は全て、病院から直接、会長宛に送っていただくことになっています。
ヒ:そうですか、ありがとうございます。
弁:その他、保険についてもこちらに任せてください。悪いようにはしません。
ヒ:はい・・・。
弁:それから、あなたの仕事についてですが、明日付で、H(アッシュ)・joonは依願退職という形をとらせていただきます。
ヒ:わかりました。お手数おかけします。
弁:それと、あなたが一番、気になっていらっしゃるであろうことですが。ソルミさんとの離婚ですが、本日、離婚届にソルミさんのサインをいただきましたので、ここにお持ちしました。
ヒ:・・・。(驚く)彼女がサインしてくれたんですか・・・?
ヒョンジュンはあまりにすんなりソルミのサインがもらえたので、驚いた。
弁:ええ。それで、オフィスも明日退職となったわけです。全てが明日付。そのほうが、日付が同じで仕事がやりやすいですからね。
ヒ:はあ・・・。
弁護士の合理的な考え方にまた驚く。
ヒ:・・・ソルミは今、どうしているんでしょうか?
弁:今あ・・・ちょっとソウルから離れた病院の分院で静養しているんですが・・・。
ヒ:が?
弁:まあ、いろいろありまして・・・それで、離婚も早めにということで・・・。
ヒ:いったい、どうしたんですか?
弁:それが・・・。あなたはもうソルミさんと別れたいんですよね? (確認する目をする)
ヒ:・・・ええ・・・すみません・・・。ただ、とても気がかりなんです・・・最後があんなだったから。
弁:いえ、いいんです、いいんですよ。あなたの気持ちもわかりますから。ソルミさんはあなたを愛してらした。あなたと離婚したくなくて、逃げ回って、日本へ行って、あの男と知り合ったんです。それで、意気投合とか言ってましたが、まあ、ズルズルと関係して・・・ソウルのあの男の所まで行ってしまったわけですが・・・。
ヒ:・・・。
弁:実は、先日。今ソルミさんがいる分院に、あの男が現れたんです。
ヒ:え? 捕まったんですか?
弁:ええ。それも、ソルミさんに暴行を加えて。
ヒ:え?
弁:実はどこで調べたのか、逃げる費用の無心に来たんですよ。ところが、今のソルミさんは、現金もクレジットカードも持っていない。
ヒ:彼を逃がした時、彼女がバッグごと、渡していました・・・。
弁:やはり、目撃されていたんですね? それは忘れてください。それはなかったことに。(睨む)
ヒ:・・・はい・・・。
弁:あなたは何も見なかったことに・・・よろしくお願いします・・・。財布に入っていたクレジットカードもキャッシュカードもその日のうちに止めましたから、実際のところ、あの男にはいくらも行かなかったんですよ。まあ、その前に貢いでいた額が半端じゃありませんでしたが。
ヒ:それで?
弁:それで、お金の出せない彼女に、病室のイスを投げつけましてね、怪我をさせたんです。それで、付き添いのシンジャさんが、あ、シンジャさんはご存知でしょう? 助けを求めて、ナースステーションに駆け込んで、病院から通報されたんですよ。本当に、やくざは怖いです・・・。
ヒ:それで? 怪我は?
弁:ご心配なく。(きっぱり)
ヒ:でも、なぜそれが急な離婚に結びつくんですか?
弁:うん・・・。(言おうかどうか、考える)その時の怪我で、わかったことなんですが・・・ソルミさん、妊娠されていたんですねえ・・・。
ヒ:え?(驚く)
弁:なんて言ったらいいのかなあ・・・。あなたのお子さんではないと、ソルミさんはおっしゃってるんですよ。まあ、そうでしょう。逃げている間にできた子どもですから。
ヒ:(言葉がないが)・・・彼女とはここ数ヶ月、そういう関係はありませんでした・・・。
弁:うん。あの男と一緒の時期にできた子のようです・・・。
ヒ:・・・。(驚く)それで、それで、ソルミは大丈夫なんでしょうか? あの男に付きまとわれるとか・・・。僕のことが元で、彼女の人生がめちゃくちゃになってしまったら・・・。本当に大丈夫なんでしょうか?
弁:ヒョンジュンさん。あなたは当事者だから、忌憚なく、この話をしているんですよ。他の方には絶対に内緒にしてくださいね。
ヒ:もちろんです・・・。そんなことは・・・絶対に誰にも言いませんから、安心してください。
弁:それで、急遽、会長の計らいで、ソルミさんが結婚されることになったんですよ。
ヒ:あの男とですか?!
弁:まさか・・・。会長の下で働いている人間ですよ。
ヒ:でも、そんな・・・。そんな結婚・・・。
弁:ソルミさんは、もう中絶はしたくないそうです・・・。そして、子供を持つことを機に、人生をやり直したいということでした。まあ、相手の彼も、会長の全てが手に入るわけですから、それは喜んでOKなんですけど・・・。
ヒ:・・・。
弁:(笑う)あなたは、富や出世とは別のところに住んでいたわけだ。
それに心惹かれた時もあるが・・・それより、自分には、ミンスとの愛が大切だった・・・。
弁:あの資産家と離婚したいなんて言い出すんですからね。妻の見えないところで、いくらだって浮気だって何だってできるのに。それだけのお金も自由もあるのに。(笑う)まあ、その点を会長は非常に買っているんですよ、あなたのそういうところ。信頼してるんです。お金で動かないところを。あなたが真にソルミさんを心配して連れ出そうとしたことを。
ヒ:・・・。
弁:それで、まあ、ソルミさんが、なるべく早く結婚できるように、あなたとの離婚を急いだわけです。あの男が捕まっている間に、パリで新生活を始めて落ち着いたところで、籍を入れるそうです。
ヒ:そうですか・・・これはハッピーエンドなんですね? 僕にはよくわからないけど。
弁:まあ、それに近いというべきじゃないかな。ソルミさんにも人生を考え直す機会ができたわけだから。子は鎹ともいうし・・・今まで好きに生きてらしたんだから、いいんじゃないでしょうか?
ヒ:・・・。
弁:さて。あなたのことに戻ります。まずは、こちらの離婚届にサインをいただいて・・・。(用紙を出す)
ヒョンジュンは弁護士の差し出すペンでサインをする。
弁:ありがとうございます。それから、こちらが慰謝料と退職金の明細です。明日振込みになります。ええと・・・しめて、10億ウォンということになりますね。
ヒ:そんな。
弁:少ないですか?(笑う)
ヒ:いえ・・・多すぎるなと思って・・・。
弁:まずは今後、キム家とは一切の縁を切っていただくこと。これは、あなたもそう思ってらっしゃるでしょうが。この金額の大半は、あなたがキム家の事業に尽力を尽くしたという退職手当に準ずるものです。まずは、H(アッシュ)・joon。こちらは、人気ブランドですね。あなたが撤退後も、あなたのデザインコンセプトはそのまま引き継ぎたいということですので・・・これは了承していただけますね?
ヒ:はい。
弁:このブランドが、今後作り出すお金を考えると、これは、キム家にとっては非常に安い買い物なんです。
ヒ:はあ・・・。
弁:まあそれと、会長であるお父様からの慰労金ですね。
ヒ:慰労金:・・・?
弁:会長はあなたが好きでしたから。でも、あの方は、仕事には厳しい人ですから、その辺の採算も取られているとお考えになっていいです。ですから、あなたも堂々とこのお金を受け取ってください。
ヒ:・・・わかりました。
弁:いいですね。今後は全てがあなたの手を離れるのです。
ヒ:わかりました。
弁護士が帰ったあと、ヒョンジュンは深いため息をついて、ソルミのこと、ビジネスのことを考えた。
なんと合理的な! なんと明解な・・・!
ミンスが心配顔で、病室に入ってきたが、ヒョンジュンはそんなミンスを笑顔で迎えた。
今日、ソルミと自分が離婚届にサインをして離婚することになったこと、そして、あの家とは一切、手を切ったとだけ伝えた。
ミンスはヒョンジュンの話を聞いて、泣きそうな顔になった。
ここまで来るのに、二人はなんと遠回りをしたのだろう。
ヒ:おまえにたくさん苦労をかけたけど、これからは、本当に二人で生きよう。ミンス、もう君を絶対放さないよ。
ミ:うん・・・。
ミンスはヒョンジュンの言葉に感慨深げに頷いた。
ヒョンジュンは、これからの人生は、自分たちの力で生きていこうと思った。
ソルミの父親がくれたものは、当てにはせずしまっておこうと。
翌日、ヒョンジュンは、昼間付き添いをしてくれたヘルパーさんに、自分でなんとか動けるようになったので、昼夜の付き添いはもう終わりにします・・・と伝えた。
そして、翌日からミンスが仕事ではなく、晴れて、恋人として、ヒョンジュンの看護をすることになった。
ヒョンジュンは、ミンスが仕事に出る気配がないので、内心ではミンスの仕事のことも気になっていた。
ミ:今日は、お昼を作ってきちゃった。一緒に食べよう。(弁当を開ける)
ヒ:ねえ、おまえの仕事はどうなってるの?
ミ:うん? ちょっと休んでる。ヒョンジュンが一番大事だから。
ヒ:でも、もう具合もよくなってきているし、そんなに毎日、来なくてもいいよ。あんまり仕事を休むのはよくないだろ?
ミ:・・・いいじゃない。今まで離れていたんだし。一緒にお弁当食べようよ。
ヒ:うん。
ヒョンジュンには、まだまだ気がかりなことがあった。
それはジフンだった。この同じ病院内にいて、ヒョンジュンのために献血をしてくれた男・・・。それは医者である彼にとっては当たり前のことかも知れないが・・・ミンスを思えばこその行為だったとも言えるだろう。彼は、自分の好きな女の、好きな男のために、いろいろ骨を折ってくれた。
礼を言うのが礼儀というものだが・・・実際に、顔を合わせて、お礼を言うのも、自分の気持ちとしては、少し憚れるのである・・・。
しばらくして、ミンスは、ジフンのいる小児科病棟を訪ねた。
子供学級のボランティアの一人として一時活動したミンスを発見して、子供たちが喜んだ。
子1:ミンスさん、遊びに来てくれたの?
ミ:うん。
子2:どうして最近、来てくれないの?
ミ:実はね、私の大事な人も病気で入院しちゃったの。それでそっちの看護をしてるから・・・。
子1:そうなんだ。残念だな。
ミ:ごめんね。
子1:ジフン先生も寂しそうだよ。
ミ:・・・。
子2:読み聞かせを見に来ても、前みたいに笑わないもん。
ミ:そう・・・。
子2:今日は子供学級に来てくれたの?
ミ:・・・ジフン先生に会いに・・・。ジフン先生がその人を助けてくれたから。
子1:そうなんだ! すごいね。
ミ:うん・・・。
子2:あ、ジフン先生だ!
子供たちが顔を輝かせて見ている方へ目をやると、ジフンがやってきた。
ジフンもミンスに気がついて、ちょっと複雑な顔になったが、すぐにいつもの笑顔になった。
ミ:ジフン!
ミンスが笑顔で駆け寄った。
ジ:やあ・・・。(少しぎごちなく手を上げる)
ミ:こんにちは。
ジ:どう? H(アッシュ)さんは、元気になった?
ミ:うん・・・ありがとう。
ジ:うん・・・。
ミ:彼がジフンにお礼が言いたいって言ってるんだけど・・・。
ジ:そんな・・・。
ミ:ヒョンジュンのために、献血もしてくれたし・・・私も付き添えるようにしてくれたでしょ?
ジフンがちょっと寂しそうな目をして、ミンスを見ている。ミンスはすっかり元気になった。初めて出会った時のような屈託のない微笑みを浮かべている。
ジ:ごめん・・・今、忙しいんだ。
ミ:じゃあ、いつ時間ができる?
ジ:・・・。
ミ:・・・。(ジフンを見上げる)
ジ:別にいいよ。礼なんて・・・。
ミ:・・・。
ジ:そんなことしないで。
ジフンがミンスをじっと見つめた。
ミ:・・・そう?
ジ:うん・・・。正直・・・。(下を向いてから、周りを見る)会いたくないんだ・・・。
ジフンは、ミンスを見ず、遠くを見ている。
ミ:・・・ごめん。
ジ:・・・いいんだよ。じゃあ、忙しいから。(ミンスを見る)
ミ:・・・うん。
ジ:じゃ!
ジフンが去っていこうとしたところを、ミンスが呼び止めた。
ミ:ジフン!
ジ:ん?(振り返る)
ミ:・・・元気でね。
ジ:・・・うん。(見つめる)君も、元気で。
ミ:・・・うん。(頷く)
ジフンは笑顔で去っていった。
もう彼には会わない・・・。
もう、終わっちゃったね。・・・ありがとう、ジフン!
ヒ:どこ、行ってたの?
ミ:なんで? 探した?
ヒ:うん・・・。一緒に購買会に行ってほしかったから。
ミ:なあに? 買ってきてあげるわよ。
ヒ:自分で歩いていきたいからさ。ちょっとここから、遠いから。
ミ:わかった。一緒に行ってあげる。(まるで思い出したように)あ、それから、今、ジフンに会ったらね。
ミンスは、小さなバッグをロッカーから出している。そして、用事をしながら、ヒョンジュンにジフンの話をした。
ミ:今、とっても忙しいんだって。だから、お礼なんていいって。医者としてやったことだからって。
ヒ:そうか・・・。小児科のボランティアはどうするの?
ミ:う~ん、あれも今は引き受けられないでしょ? あなたみたいな大きな子供がいると。
ヒ:・・・そうか。
ミンスはジフンに別れを言ってきたのだろうか?
ヒ:オレの離婚話をしたの?
ミ:ああ・・・。(顔をヒョンジュンに向けた)忘れてた。言うべきだったかな。忘れちゃったわ。
ミンスは、ジフンと別れてきたんだ・・・。
ミ:もう行ける?
ヒ:うん。
二人は連れ立って病室を出ようとした。
ミ:何がほしいの?
ヒ:いろいろ。
ミ:いろいろ何よ?
ヒ:いろいろ。お菓子とか・・・。
そういって、ヒョンジュンがちょっと甘えた目でミンスを見た。
ドアの内側で、ミンスのすぐ隣に立ったヒョンジュンが、じっとミンスを見下ろしている。
ミンスがスッと手を伸ばして、ヒョンジュンの頬を撫でた。そして、ゆっくりと微笑んだ。
ミ:あなたがいれば、私は幸せ・・・。
ヒ:・・・。
ヒョンジュンは胸がいっぱいになった。
ソウルから少し離れたある有名病院の分院の一室で、ソルミとシンジャが退院の準備をしている。
シ:お嬢様はお座りになっていてください。まだ、左手が不自由なんですから。
ソ:・・・ごめんね。全部やってもらって。
シ:いいんですよ。
ソルミがギブスをした左手をかばいながら、ベッドに腰掛けた。
ソ:ここともこれでお別れ。こんな去り方をするとは思ってもいなかったけど・・・でも、シンジャ。私、なんかほしいものを手に入れた気がするわ。
シ:お嬢様。
シンジャはパッキングする手を休めて、お腹を撫でるソルミを見た。
ソ:ここに赤ちゃんがいるでしょう。今まで空っぽだった心が、なんか、とっても満たされているのがわかるの。
シ:・・・。
ソ:これで、私もお母さん。これからは、ちゃんとやっていくつもりよ。子供を愛して・・・夫も愛せるといいけど・・・。
シ:お嬢様は、あの方を愛してらしたんですか?
先日、やくざのスンジョンがここで大暴れしたのを思い出した。ソルミは投げられたイスが腕に当たって、腕にひびが入った・・・。
ソ:シンジャ。私、この子のことを思うと・・・ヒョンジュンの顔が浮かぶのよ。
シ:・・・。
ソ:なぜか、ヒョンジュンが浮かんじゃうの・・・。それで、幸せな気分になれる・・・。ホントは、ヒョンジュンの子じゃないのに・・・。(ちょっと残念な顔をする)でも・・・私にはあの人の子なの。そう思っていてもいいわよね?
シ:お嬢様。
ソ:この子を授かって、やっと彼を手放せた・・・。そして、私はやっと幸せになれたわ。もう、彼にやきもちを妬いたり心を痛めたりしなくていいの・・・。私のここに愛が宿っているから。だから、この子は産みたいの。だから、お父様の提案も呑んだの。それに、今度結婚する人は優しそうだし。シンジャ。一緒にパリまで来てくれるわね?
シ:はい。
ソ:うん。これで、安心。今度こそ、幸せになるわ。この子と・・・。シンジャ、大丈夫よ・・・この子は、スンジョンの子じゃないの・・・東京で出会った人の子・・・。でも、彼じゃないから、安心して。
シ:お嬢様・・・。
ソ:そして、私にとっては・・・愛しいヒョンジュンの忘れ形見よ・・・。
シ:・・・。(胸が痛い)
シンジャは、ソルミを見て、この運命に胸を痛くしたが、今、ソルミの顔には安らぎが見い出せる。
無条件に愛せるものを初めて手にしたソルミには、平安が訪れたように思う。シンジャは今のソルミがいじらしくて、抱きしめてあげたいと思わずにはいられなかった。
ヒョンジュンが退院して、またあの部屋へ戻った。そして、ミンスも姉のところから荷物を移し、二人は初めて一緒に暮らし始めた。
まだ、ヒョンジュンの体は全快とはいえなかったが、それでも二人の暮らしは、ミンスにもヒョンジュンにも幸福を運んできた。
ヒョンジュンがミンスを胸に抱くように、二人はソファに寝そべりながら、本を読んでいる。
ミ:こんな体勢で大丈夫? あなたのお腹に私が少し乗っちゃうでしょ?
ヒ:いいよ・・・。
ミ:でも、やっぱり傷口が開いたら、大変だもん。
ミンスが起き上がった。
ヒ:大丈夫だよ。(笑う)それよりさ。(本を読んでいる)おまえ、大切な話、してないだろう?
ミ:何かあったっけ?
ヒ:チェスクさんから聞いたよ。
ミ:・・・。
ヒ:留学の話、どうしたの?
ミ:・・・だって、もうヒョンジュンとこうして一緒にいるんだし・・・。いいのよ。
ヒ:でも、それとこれとは違うだろ?
ミ:でも、今はヒョンジュンが大切。
ヒ:ミンス。これからは、お互いなんでも話し合っていこう。二人で暮らしていくんだからさ。
ミ:うん・・・。
ヒ:オレも一から出直しだし。また、画家に戻れるかな。
ミ:大丈夫よ。ヒョンジュンなら・・・。
ヒ:・・・ありがとう・・・。頑張ってみるよ。
ミ:うん。
ヒ:ミンスも頑張ってみたら? ニューヨークで。
ミ:あれは・・・一人になりたかったこともあったし・・・。
ヒ:オレと、二人で行くかい?
ミ:・・・。
ヒ:・・・どうする?
ミ:いいの?
ヒ:うん・・・。絵を描くのはどこででもできるし。今は、芸術の発信地だよ、ニューヨークは。(笑う)ソーホーにも行ってみたかったんだ。バリとパリは、オレたちの合言葉だったけど・・・二人でニューヨークもいいじゃない?
ミ:・・・ヒョンジュン、ホントにいいの?
ミンスはヒョンジュンの言葉にうれしくて、ヒョンジュンの胸に顔を埋める。
ヒ:ミンス・・・ちょっと痛いよ。
ミ:バカ・・・。
見上げたミンスの目には涙が光った。
あれから、3年の月日が経った。
ミンスとともに、渡米したヒョンジュンだったが、韓国でのデザイナー歴も評価されて、彼は画家でありながら、時々、デザイン・バイ・ヒョンジュンという形で、いろいろなブランドに作品を提供している。
ミンスも学校を卒業し、テーブルコーディネーターとして、アメリカでもなんとか細々と仕事を始めた。
久しぶりに、チェスクの依頼で、ヒョンジュンの個展のために、二人は韓国へ帰国した。
折しも大雪の日で、空のダイヤは大幅に狂い、やっと着いた空港でも、荷物がなかなかバッゲージカウンターに出てこない。
ミ:どこに出てくるのかしらね?
ヒ:これだけ混雑しちゃうとわからないねえ・・・。あそこのカウンターがそうお? NY5便ってオレたちだろ?
ミ:あ、ホントだ。
二人は遠くの電光掲示板を見た。
ヒ:取ってくるよ。おまえはここにいていいよ。
ミ:いいの?
ヒ:ヘスの土産を割ったら、怒られるだろう?
ミ:ホント。(笑う)
ミンスは、姉に頼まれた陶器の置物を大事そうに抱えている。ヒョンジュンがカートを押して少し離れたカウンターまで荷物を取りにいった。
ミンスがそんなヒョンジュンの後ろ姿を見ていると、後ろから声がかかった。
男:ミンス! ミンス! おいで。
ミンスはその声のほうへ振り返った。
背の高い男が、2歳ぐらいになる女の子を呼んでいる。
女の子はミッキーマウスの耳のついたカチューシャをしていた。ディズニーランドの帰りだろうか。
男は、はしゃいで動き回っている娘を取り押さえ、軽々と抱き上げた。
ジフンだった・・・。
ジフンは優しい目で、娘を見て肩車をした。
彼は父親になっていた。
ミンスは懐かしさに胸が震えた。思っていた通り、優しい父親になっている。
彼の視線の先を見ると、清楚で爽やかな感じの女が歩いてきた。彼女は、荷物のカウンターを探していたらしい。
女は肩車された娘の足を触って笑った。
ジフンは温かな家庭を築いている。
私でもなく、CAをしていた大学時代の友人でもなく、彼にピッタリの爽やかな感じのやさしそうな相手だ。
ヒ:ミンス!
ミンスが振り返った。
ヒョンジュンがカートを押しながら戻ってきた。
ミ:ご苦労様!
ヒ:ずいぶん離れたカウンターだったよ。どうしたの? 目がちょっと赤いよ。
ミ:え? 目にごみが入ったから。
ヒ:見てやろうか?(近くで目を覗き込む)
ミ:大丈夫よ。
ヒ:そう? じゃあ、行くか?
ミ:うん。
カートを押すヒョンジュンと並んで、ミンスは出口のほうへ歩き出した。
ジフンは、さっきのヒョンジュンの声で振り返った。そこには、あのミンスがいた。
あれから、3年。
ミンスは相変わらず、凛とした佇まいで立っていた。懐かしい姿がそこにあった。
そして、幸せそうに、夫であるヒョンジュンと一緒に笑いながら、見つめ合っていた。
妻:どうしたの?
ジ:うん? 別に。知り合いかなと思ったけど、違った。
妻:あそこのカウンターみたいよ。
ジ:そう。じゃあ、行ってみるか。
そういって、ジフンは妻の顔を見た。
妻:なあに?
ジ:うん。なんでもない。(笑う)行こうか。ミンスもいい子にするんだよ。混んでいるんだから、ふざけちゃ駄目だよ。
ミ:パパ~。
ジ:また、抱っこか。
ジフンは小さな娘を抱き上げて笑った。
人は、心の中に「恋がいた部屋」を持っている。
そこの住人になるのは・・・それは、持ち主が恋してやまない「あの人」だ。
ミンスの部屋にはヒョンジュンが住み着き、ヒョンジュンの部屋にはミンスが住み着いた。
お互いがそこの住人となり、家主である相手とともに人生をともにする。
それができれば、この「恋がいた部屋」はもっと大きな「愛の部屋」となって、その人の生きる原動力ともなっていくだろう。
時にその部屋の存在を忘れてしまっても、人はある時思い出す・・・。
自分の心の中に存在したあの部屋を・・・。
恋に身を震わせた思い出を・・・そして、「あの人」の存在を・・・。
ミンスは今もヒョンジュンとこの部屋をシェアしている。
そして、ジフンもまた、自分の部屋に美しい妻を招き入れて温かい家庭を築いている。
ソルミはどうしただろう・・・。
彼女の心を癒し、生きる力を与えてくれた小さな命が、今はその部屋の大いなる住人なのかもしれない・・・。
入国ロビーを出た瞬間、「笑顔で高く飛び上がっている若い女」の広告が壁一面にあり、否が応でも目に入ってきた。
「H(アッシュ)・joon」の広告だ。
初代デザイナーに画家のヒョンジュンを迎えて誕生した「H・joon」
その斬新で繊細なフォルムがあなたの生活を彩る・・・
H・joon
You’re beautiful!
ミンスはその広告の前に佇んだ。
そして、笑顔でヒョンジュンのほうへ振り返った。
ヒョンジュンには、ミンスがポンと、その広告から抜け出てきたように見えた。
そして、もう二人には過去になったH・joonより、今はもっと新たな大きな夢があるよと、ミンスの笑顔が語っているようにも見える。
ヒ:行こう。
ヒョンジュンが手招きして、ミンスの肩を抱き寄せた。
二人は笑顔で、久しぶりのソウルへの第一歩を歩み出した。
THE END