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 「愛しい人2部」第3部

2015-09-24
これはフィクションであり、ここに出てくる事故、補償、医療行為は実際とは異なります。また、人物、団体は実在しません。





ペ・ヨンジュン
キム・へス   主演



「愛しい人2部」第3部





二人が
愛し合うことは
当たり前


私たちは
家族になる


家族

それは複雑で

それは温かい・・・












【第3章 それぞれの思い】


テスは、ジュンスが2階へ上がってくるのをじっと待っていたが、ジュンスはなかなか上へ上がってこなかった。


階段を静かに下りて、スタジオの様子を見てみると、ジュンスが今日の撮影のフィルムの整理をしている。

一人で仕事をするようになってからは、仕事の後片付けも手間がかかる。

テスはまた気づかれないように、静かに2階へ上がり、洗面所へ行く。
トイレのあとに、歯を磨いて、洗面所の扉を開けると、ダイニングテーブルの横にジュンスが立っていて、預金通帳を開いて、じっと中を見ている。

テスは行き場に困って、ドアの影からジュンスの様子を伺った。

しばらく、通帳を見ていたジュンスだが、キッチンのほうへ移動して、冷蔵庫を開けようとしている。

テスは、また静かに足音を忍ばせて、ジュンスに気づかれないように、寝室に入った。
そして、ベッドへ潜りこむ。心臓がドキドキしている・・・。


あ~、気づかれなかった!


でも。
考えてみれば、テスが隠れることはなくて、堂々とジュンスに詰問をすればいいのに、なぜかさっきのジュンスを見たら、逆に自分が睨まれそうで・・・逃げ回ってしまった。



全く変じゃない!



ジュンスは用意してあったお惣菜を摘んで、何か缶を開けて飲んでいる。



一人でビールを飲んでいるんだわ・・・。
今、行くかな・・・。



テスが起き上がろうとすると、ジュンスが歩いてきた。
寝室を開ける。



ジ:テス?


どうしよう・・・。


ジ:テス? 寝ちゃった?



ジュンスが去っていく。



バカね! 
今だったのに! 
ジュンスだって、あれがあそこに置いてあったんだから、私が何を言いたいか、わかってるじゃない!



ジュンスが洗面所へ入っていく。
シャワーの音がする。


テスは起き出して、テーブルの上を見ると、通帳が置いてある。


ここで、座って待つかな・・・。


ジュンスが洗面所から出てくる音がした。

テスはまた慌ててベッドへ逃げ込んだ。

しばらくして、ジュンスが寝室へ入ってきた。

シャワーを浴びて、ちょっと湿った感じのジュンスが隣に寝た。
シャンプーのニオイがした。


ジ:う・うん。


咳払いをする。

テスは固まったように、背中を向けて寝ている。


ジ:テス?


ジュンスが動いて、テスの顔を覗き込んだ。テスはスースーと寝息を立てて寝ている。
テスの顔の近くへ顔を寄せると、テスの口元から、磨きたてのペパーミントの香りがした・・・。
テスの頬をやさしく撫でてじっと顔を覗き込んでいたが、テスは気持ちよさそうに寝ていて起きる気配がない。




妊娠してから、テスはしょっちゅう歯を磨いている。


ジ:最近のおまえって、食べてるか歯を磨いているかだな。(笑う)
テ:なんか口の中がネバネバするの。妊娠中ってちょっといつもと違うのよね。
ジ:へえ。
テ:爽やかなお口とキスしたいでしょ?(微笑む)
ジ:バカ・・・。


ジュンスが呆れてテスを見て笑った。





テスはついさっきまで起きて、自分を待っていたのだろう・・・。


ジュンスがじっとテスを見下ろしている。


あんなにジュンスを待っていたのに、最後に寝たふりをしたまま、テスは本当に寝てしまった。
ジュンスは、いつものようにテスの頭の下に腕を通して、後ろからテスを抱いて、眠りについた。








翌朝、テスが目覚めると、もうコーヒーの香りがしていて、ジュンスは起きているようだ。


昨日は失敗した。
あんなに待っていたのに、テスは自分で怖気づいてジュンスに真相を聞くことができなかった。
それに、横になった途端、睡魔に襲われて寝てしまった。


寝室の引き戸を開けて、寝室からダイニングを見る。
ジュンスが新聞を読んでいた。


テ:おはよう・・・。
ジ:ああ、おはよう。


ジュンスがじっとテスを見ている。


テ:歯を磨いてくるわ。
ジ:うん。


テスは洗面所へ向かった。





ダイニングテーブルにテスが着くと、ジュンスが口を開いた。



ジ:昨日はずっと待ってくれてたの?
テ:うん。
ジ:そう・・・。お金のこと、聞きたいの?
テ:・・・うん・・・。そう・・・。何に使ったの?
ジ:・・・。
テ:今まで何でも話し合ってきたのに。なんで何も言わないで、お金を下ろしたの? 少額じゃないんだもん。なんか必要なことがあったんでしょ?
ジ:・・・。
テ:・・・正直に、話してほしいの。
ジ:・・・ごめん・・・。おまえに話そうと思いながら・・・話せなかった・・・。


テ:なんで? 私には言いづらいの?
ジ:うん・・・。(俯く)
テ:どんなこと?


ジュンスが大きく息を吐いた。


ジ:実はね、オレを捨てた母親から電話があったんだ。
テ:6歳の時に家を出たお母さんね。
ジ:うん・・・。オレの写真集を買って・・・それでここがわかって、電話してきたんだ。
テ:そう・・・。元気だったの?
ジ:ああ・・・あの人はね。
テ:何か問題があるの?

ジ:うん・・・。お金を貸してほしいって言うんだ。
テ:お母さんが?
ジ:そう・・・。オレもどうしようか、迷ったんだけど、結局、500万ウォン、渡したよ・・・。


テ:なぜ必要なんですって? 今、どんな暮らしをしているの?
ジ:場末の酒場のママだよ。悲しいほどボロボロだった・・・。顔はね、オレによく似ていて、一目で、ああ、お袋かってわかったけど・・・とても、惨めな気持ちになったよ。
テ:・・・。
ジ:テジョンのお袋と5歳も違わないのに・・・とても老けて見えて、10歳以上年上みたいで・・・。
テ:・・・それで?


ジ:あの人の男が、今、一緒にいる男が、客のケンカを止めようとして、腹を刺されたんだ。
テ:ええ!(驚く)それで?
ジ:それで、その入院費用がほしくて・・・。健康保険も入ってないんだ・・・。
テ:たいへんなことね・・・。
ジ:オレの写真集に載っているスタジオの名前を思い出して、調べて電話してきたんだよ・・・。
テ:・・・そう・・・頼れる人がジュンスしかいなかったのね?
ジ:オレに会いたかったわけじゃないんだよ。・・・お金がほしかっただけなんだ。



ジュンスは複雑な顔をして、やりきれなそうに、コーヒーカップを見つめている。



テ:・・・でもホントは会いたかったのよ。いつも気になっていて、写真集を買ったりしてたんじゃないの? でも、きっとあなたには申し訳なくて会えなくて・・・。それで・・・。
ジ:それで、今回は切羽詰って会いにきたわけだ。

テ:他になんか話したの?
ジ:うううん、あんまり・・・。
テ:そう・・・。

ジ:もう一度会うんだ。残りの入院費が必要だから。
テ:そう。お母さんも急で何を話したらいいかわからなかったのね。
ジ:・・・。(テスをじっと見る)
テ:きっと、そうよ。次に会う時はちゃんと話ができるわよ。


テ:ジュンス、ちっとも話せない話じゃないじゃない。
ジ:・・・でも、おまえに会わせたくないと思ったよ。
テ:なんで?
ジ:男から男へ渡って・・・スレッカラシみたいな感じの人だったよ・・・。

テ:ジュンス・・・見た目じゃわからないわ・・・。本当は何を考えているのか。
ジ:(テスを見る)そうだね。



あの人は、家を出てから・・・オレのために泣いたことがあったのだろうか。
テスがユニを不憫に思って泣いたように、置いてきた子供のために泣いたことがあったのだろうか。



テ:いつ、会うの?
ジ:今度の金曜日。
テ:あと4日ね。今、病院?
ジ:そう。
テ:私も行く?
ジ:いいよ・・・。
テ:なぜ?
ジ:・・・まだ、オレの中で、あの人を信じきれてないから。
テ:そうなの?
ジ:・・・うん・・・。


二人は、ダイニングテーブルを挟んで、溜息をついて、俯いた。









ソウル郊外、大学病院の入院病棟の中。
6人部屋の一番奥のベッドで、男は、お腹を縫った糸を医者に抜いてもらっている。



男:痛!
医:大丈夫だよ、このくらい。彫り物のほうがずっと痛かったんじゃないの? もうすぐ終わるよ。
男:先生。もっとやさしくやってよお。
医:やさしくやったよ。はい、おしまい。


新しいガーゼを当て、包帯を巻く。


医:治ってきてるよ。また、中から糸が出てきたら、引っ張って抜いちゃってね。大丈夫だから。
男:先生、荒っぽいなあ。
医:(笑う)男のくせに、意気地がないなあ。じゃあ、奥さん、もう治ってきてるから、予定通りの退院でいいと思いますよ。
奥:ありがとうございます。



医者が治療を終えて、部屋から出ていった。



男:全く、最近の若い医者は調子に乗ってるよ。
女:何言ってるのよ! あんたが意気地がないだけじゃない!
男:ふん! まあ、おまえもお腹に大きな傷があるけど、これでお互い様だな。
女:私はあんたみたいに痛いなんて泣かなかったわよ。
男:そんな傷をつけて産んだ子が今生きてりゃ、金の苦労もなかったのにな。
女:仕方ないじゃない。死んじゃったんだから。


男:それにしても、どうやって、金の工面したんだよ?
女:昔の男。
男:もっともらえそうか?
女:ムリよ! やっと借りたのよ。それも返せないのに、返すふりして借りてんのよ。
男:どんなやつだよ? おまえに金を貸すやつって?
女:うん・・・。(窓の外を見る)初恋の人・・・。
男:何をバカみたいな・・・。
女:ホントよ・・・絶対、忘れない初恋の人・・・だから、あっちも、私をかわいそうがって貸してくれたのよ。
男:へえ、ずいぶんとロマンチックな話だな。(笑う)
女:悲しいくらい、ロマンチックよ・・・。


女は窓の外を見ながら深い溜息をついた。








テスはジュンスの話を聞いてから、ジュンスの母親に会いにいくべきか、迷っていた。

でも、まだジュンスが母親に心を開いていない様子なので、下手に自分だけで動くのはよくない。

それに、母親が世話をしている男がどんな人間かわかったものではない。
場末のママのヒモだそうだから・・・。


ただジュンスの母親は別だ。

ジュンスをこの世の中へ生み出してくれた人だ。
あの彼をこの世に与えてくれたことを感謝したい。

それに、きっと、ジュンスが幸せな結婚をして、子供が生まれるということがわかれば、うれしいに違いない。
そう考えると、ジュンスと一緒に会いに行きたい気もする。


でもまだ、その人を、ジュンスが生涯背負っていくのか、これっきりなのか。それもわからない・・・。


ただ、ジュンスがテスに会わせたくないと言った言葉を思い出すと、ジュンスは母親に会ってかなり落胆したのだろう。そう思うと、複雑な気分だ。






リビングの電話が鳴った。


テ:もしもし、キムです。
母:テスさん?
テ:あ、お母様?
母:どう? 具合は?
テ:ええ、順調です。
母:テジョンから聞いたけど、赤ちゃんが生まれたら、お手伝いに行っていいのね?
テ:えっ・・ええ・・・。
母:あら・・・だめ?
テ:いえ、大歓迎です。


テスはそういいながら、この間とすっかり自分の気持ちが変わっているのに驚いた。
たぶん、あの日、テジョンがジュンスに尋ねた時のジュンスもこんなだったにちがいない。
テスは自分の気持ちが混乱して、少ししどろもどろになる。


母:じゃあ、私も予定に入れておいていいわね!(うれしそうに言う)
テ:ええ、ありがとうございます。
母:なんか、私までドキドキしちゃう。初孫でしょ? ジュンスに赤ちゃんなんて・・・うれしいわ。
テ:そうですか・・・。
母:ジュンスったら、子供部屋をいろいろ考えているんですって?
テ:ええ・・・女の子の場合と、男の場合と・・・いろいろ・・・。
母:あの子ったら、凝り性だわね!(楽しげに笑う)
テ:ええ、とても。お母様、申し訳ありません。これから、私、ちょっと用事があって・・・。
母:そうなの。
テ:ええ。でも、お母様。子供部屋は空いていますから、いつでも気兼ねなくいらしてくださいね。
母:ありがとう・・・。いいお嫁さんで、ジュンスも幸せだわ・・・。ジュンスをよろしくね。あの子は、とってもやさしい、いい子だから。
テ:ええ、もちろん、わかってます・・・ではまた・・・。



テスは電話を切った。テジョンの母親と話していて、息が詰まりそうだった。



別に、テジョンの母が悪いわけではない。
彼女は、ジュンスを自分の子供のように愛しんで育ててくれた。そして、今もそのジュンスに子供が生まれることを喜んで、こちらに手伝いに来ようとしている。
そして、テスのことも気に入ってくれていて・・・ジュンスのことも心配してくれている。


ついこの間まで、テジョンの母親を本当の母親のように思って、彼女が手伝いに来てくれるのを喜んでいたのに、ジュンスの母親の出現で、すっかり気持ちが変わってしまった。

ジュンスの母親が赤ちゃんを見たいと言い出したら・・・。そう思うと、気がそぞろになってしまい、テジョンの母と楽しく話をする気分になれないのだ。



8歳の時から、ジュンスを育ててくれたのに・・・。

血の繋がりっていったいなんだろう・・・。

今、急に産みの親が現れたからといって、テジョンの母親への愛が消えるわけではないのに。

そう思いながらも、複雑に揺れるジュンスの気持ちが痛いほどわかるテスだった。










シンジャは今日、ドンヒョンに会うことになっている。

ドンヒョンから大切な話があるという電話をもらったのだ。
いつものホテルのバーでシンジャがカウンターに座って待っていると、ドンヒョンがやってきた。



ド:待たせた?(にこやかに言う)
シ:うううん、私のほうがちょっと早目に来ただけよ。元気だった?
ド:ああ。
シ:久しぶりね。忙しいの?
ド:う~ん・・・。あ、バーボン、ロックでね。(バーテンに声をかける)一服していい?
シ:ごめんなさい。最近、タバコの煙がいやなの。
ド:そう?(驚く)まあ、いいや。(タバコをしまう)

シ:大切な話って?
ド:うん。まず、一杯飲ませてくれ。



ドンヒョンの前にバーボンが来た。
シンジャはいつもジントニックを飲むが、今日は、ドンヒョンが到着する前に注文して、半分飲んだかのように見せている。実はグラスに半分だけ入れてもらったのだ。


ドンヒョンがバーボンを飲んで、少し考える。そして、話し出した。



ド:実はね。これ、おまえに言わないのは、なんか、フェアじゃないような気がしてさ。
シ:何?
ド:まずは、一番におまえに報告する。
シ:・・・なあに?

ド:オレ、結婚するよ。
シ:え?(驚く)
ド:うん、結婚することにしたんだ。(自分自身に確認する)
シ:そう・・・。どんな人?(ゆっくりとした口調で尋ねる)
ド:うん・・・。友達に紹介してもらった人。
シ:え? (あまりに意外でドンヒョンを見つめる)
ド:いや・・・おかしいだろ? (少し照れた顔をする) でもさ・・・おまえはオレに興味がないみたいだし・・・。
シ:・・・。(胸が痛くなる)
ド:若い子は、遊ぶのにはいいけど、話に奥行きがなくてつまらないからな。それに安らぎが感じられない・・・やっぱり結婚するなら、年が近い人がいいと思って。それを友達に話したらさ・・・奥さんの後輩の料理の先生を紹介してくれて・・・。(照れて、手に持ったグラスをじっと見る)


シ:それで、結婚するの・・・。(小さな声でつぶやく)
ド:うん。なかなか落ち着いたいい人なんだよ。(ちらっとシンジャを見る)
シ:・・・いくつ?
ド:35。まあ、オレから見れば若いけど・・・ああ、コッキリのとこのテスくんと一つ違いか・・・。でも、20代とはぜんぜん違って、落ち着くよ。
シ:・・・。(少し物思いに耽る)
ド:どうしたの?
シ:え? 別に・・・。


ドンヒョンはゆっくりとバーボンを飲んだ。



ド:こんなことを言うのは、今さらおかしいのかもしれないけど。オレはおまえが好きだったよ。でも、おまえはどうも仕事のほうが好きみたいだし・・・。オレもここで区切りをつけたいと思ったんだ。いつまでも、大学時代の恋を引き摺って、生きるわけにはいかないだろ?(寂しそうに笑う)
シ:・・・そうね・・・。
ド:うん。ちょうどいい人が出てきたし、うん、申し分のない人だし・・・。ここで結婚することにしたよ。
シ:うん・・・。(グラスを見つめる)


ド:いいよね? (シンジャの顔をじっと見る)
シ:え? (顔を見上げる)
ド:オレ、結婚してもいいよね? (確認する)
シ:・・・。 (じっと見つめる)
ド:おまえにはちゃんと言って、結婚したいんだ。
シ:なんでそんな言い方するの? (負けん気が出る)

ド:うん・・・おまえが反対するなら・・・。
シ:するはずないじゃない・・・。
ド:・・・そうか・・・。
シ:・・・。
ド:わかった。
シ:・・・。
ド:今までありがとう。本当にありがとう。(シンジャの顔をじっと見る)
シ:・・・。

ド:あ、ここ、チェックして。(バーテンに言う)
シ:これで、最後?
ド:・・・カメラマン仲間としては、ずっと仲良くやっていこうぜ。
シ:そうね。うん、これからもよろしく。
ド:うん。


ドンヒョンは、バーテンの差し出した伝票にサインする。



ド:じゃあ行くよ。今日は一人になりたいんだ。置いていって悪いけど。
シ:うううん、いいの。一人で飲んでいくわ。ご馳走様。
ド:じゃあ・・・。


ドンヒョンは寂しそうな笑顔を作り、軽く手を振って出ていった。


シンジャはそれを見送ると、徐に立ち上がってバーを出た。

自分ではしっかりしているつもりだったが、少し歩くと、急に胸が苦しくなった。



ホテルの一階にあるトイレへ駆け込む。

大きな鏡の前に立って、自分の顔を映し出す。





何だったの?
さっきのあなた?


ドンヒョンの言葉、ちゃんと聞いてた?
あいつ、あんたが好きだったって。


笑えるよね・・・。



何で言わなかったの?
私は反対だって・・・。

一人で産むって決めたから?

それって、ドンヒョンが結婚するはずがないと思ってたからでしょ?



シンジャは、涙がこみ上げてきた。



こんなに好きだったじゃない!

あいつより・・・私のほうがずっとあいつを好きだったじゃない!

別れの言葉を言われて、どれほど苦しかったか!

あの時、はっきり気がついたくせに!

あいつを愛してるって! ものすごく愛してたって!

こんなに愛してるじゃない!
他の女と付き合っているのを見ても、あいつから離れることができなかったのは、私じゃない!

何で、最後まで強がり言って!
本当にバカよ!



シンジャはもう苦しくて、洗面台の淵を握り締めて座り込み、声を立てて泣いた。










ここのところ、テスとジュンスは、心にジュンスの母のことが引っかかりながら、ちょっぴり冴えない気分で毎日を過ごしている。



テ:ジュンス。3時のお茶でも飲む?



階段の上から、スタジオのほうを覗き込み、テスがジュンスを呼んだ。


ジ:そうだね。今行くよ。



ジュンスが2階へ上がってきた。


テ:ジュンス、大丈夫? すごく疲れた顔してるわよ。
ジ:うん? 大丈夫だよ。(ちょっと微笑む)
テ:はい。(コーヒーを出す)
ジ:サンキュ!

テ:ジュンス、明日ね。お母さんに会うの・・・。
ジ:うん。お金は下ろしてきたよ。
テ:そう・・・。
ジ:・・・・。(コーヒーを飲む)


テ:これが最後になるのかわからないけど、ちゃんとお話してきたほうがいいわ。
ジ:・・・。(テスの顔を見る)
テ:わだかまりを残してたら、勿体ないわ。自分の気持ちも話したほうがいい・・・。
ジ:何を話せって言うんだよ。あの人と。
テ:ジュンスが今まで感じてきたこと・・・。何で家を出たのかっていうこと・・・。

ジ:そんなこと・・・。
テ:だって、ジュンスの中で気になっているんでしょ?
ジ:・・・。
テ:お母さんが自分より・・・女であることを取ったって・・・。
ジ:・・・今さら聞くの? (テスを見る)
テ:うん・・・聞いたほうがいいわ。(ジュンスを見つめる)




テスはダイニングとリビングの間にある飾り棚のところへ行く。


そこには、二人の子供の頃からの写真がキレイにレイアウトされて置いてあり、二人の結婚式の写真もある。

ジュンスがテスを愛情たっぷりに撮ったポートレートは、テスの温かさを映し出していたし、スナップ写真の数々はテスの無邪気さを切り取っていた。


その中にユニの写真がある。


それは、元々は普通のスナップ写真であったが、ジュンスの手で焼き直されて、テスが驚くほど生き生きとした、陰影のある愛しい娘の写真になっていた。


テスはその写真を取り上げて、胸の前で持って眺める。



テ:ジュンス。こんなかわいい時代に別れたのよ。きっとお母さんだって、あなたに言いたい言葉があると思うの。
ジ:・・・。
テ:この写真を見ると、ユニが愛しくなる・・・。あなたと結婚して幸せになって、これから母になるというのに・・・。(じっと写真を見る)
ジ:テス・・・。

テ:私は、人生がやり直せるとは思わなかった。やり直すってとっても重たい作業よ。また、結婚して・・・また子供を産む・・・。二度、繰り返すって考えただけでとってもしんどくて、絶対できないって思ってた。
ジ:テス。
テ:でもね、そんな億劫になる気持ちなんか吹っ飛ばすほど、あなたが好きで、幸せで、私はまたやり直すことができた。このユニの写真だって、私を励ましてくれて、助けてくれて・・・。
ジ:テス。
テ:ジュンス。きっとあなたのお母さんだって、あなたの写真を見ながら、いろいろ感じて過ごしたはずよ。10歳の誕生日に会いにきてくれたんでしょ? それは、そこに連れがいたかもしれないけど・・・そんな人がいたって、ジュンス、あなたに会いたかったのよ。会わずにはいられなかったのよ。


ジ:あの人を見たら、そんなロマンチックなこと、言ってられないよ・・・。(溜息をつく)
テ:ジュンス。今度会ったら気持ち確かめたほうがいいわ。
ジ:・・・そうだね・・・。


テ:この間、テジョンさんのお母様と電話で話していて、しどろもどろになっちゃった。
ジ:何か言ったの!(驚く)
テ:そうじゃないの。ジュンスのお母さんのことが頭に浮かんで、あんなにやさしいお母様とちゃんと話ができなかったの。胸が苦しくなっちゃって。あんなにジュンスや私たち家族を思ってくれているのに。
ジ:そうだね・・・だから、傷つけたくないんだ。
テ:だから、ちゃんと話さなくちゃだめよ。本当のお母さんへの自分の気持ちを確かめたほうがいいわ。じゃないと、テジョンさんのお母様に対して失礼な気がしたの。・・・私もちゃんとお母様に対して尽くしたいし。それってジュンスの気持ちに左右されちゃうのよ。
ジ:うん・・・。





ジュンスは黙って立ち上がり、窓の外を見た。


街をたくさんの人が往来している。皆、ごく普通で、誰かと誰かを入れ替えてもあまり変わりがないようにも見える。

それに引き換え、あの母は、誰とも入れ替えることができないほど・・・強烈に存在していた。

ジュンスは街の人の顔をじっと見る。

もしかしたら、この人たちだって、誰かにとっては、替えることができないくらい強烈に存在しているのかもしれない。

誰かにすごく愛されて、誰かにすごく疎まれて・・・。


人にとってはただの妊婦のテスが、自分にとっては、最高に愛しい存在であるように。
人にとってはただお腹の子が、自分にとっては、自分たち家族の大きな夢であるように。



ジュンスは、窓辺に佇んで、じっと外の往来を眺めていた。










第4部へ続く。






それぞれが自分よがりの人生を歩んでいるわけではない。

人と人との関係で、

その生き方は、いろいろな方向へ転換していく。


何が最良な生き方なのか・・・。


それはどこにあるのか。









次回、第4部。