主な活動場所
横浜市鶴見区社会福祉協議会の
団体交流室

 真理9

2024-01-19

皆様、真理に精通しましょう。真理が貴方の未来を左右するからです。
釈迦の言葉はいくつも残っています。自分にぴったりくる言葉もあると思います。もし、そうした言葉に出会えたら、もっと深く掘り下げて真理を見つけるようにしてみましょう。きっと、心が解放されてゆくのを実感するでしょう。釈迦の教えは基本的には哲学です。人間の本質は何か?人はなぜ苦しむのか?宇宙の真理は何か?そうしたことに関心があれば釈迦の言葉を探すと、答えを見つけることができるかもしれません。ただし、現在の仏教は釈迦の教えから大分離れているようにも思います。釈迦は死ぬときに、葬儀をしろとは言いませんでした。私の教えを守るようにと言ったのです。ですから現在の葬式仏教は釈迦は教えていないのです。
さて、孔子の教えは完全に人間哲学です。君子と小人との比較で論じることが多いのですが、「君子は義に喩り(さとり)、小人は利に喩る」という言葉があります。
君子というのは孔子がいうところの五徳(仁・義・礼・智・信)を備えた立派な人で、小人はそのような徳のない人、仁のない人を指しています。つまり立派な人は義を重んじてよく理解しているので、そのように正義の行動をしますが、仁徳のないつまらない人は利益のことしか考えず、そのように行動してしまうので、人から疎まれることになるということです。
五徳については、以前のブログでも書いたように、武士道に示されていて、大和魂にも繋がるものです。日本人はこのような倫理観を先祖から教えられてきました。正しいことを行い卑怯なまねはしない。損得勘定で動くのではなく、信念に悖るようなことはしない。そのようにして生活してきたので、天皇もそうですが、日本国民も裏表のない生活をしてきました。最近ではこうしたことが受け継がれなくなってしまったのは本当に残念です。一度、修身の本を読んでみてください。天皇が国民に向けて、日本国民が行うことを教えています。君子が自らの行いを戒めることを示して、国民もそれに倣うように努力することを伝えていると思います。
それで、孔子の説いた言葉が弟子たちによって「論語」として現在にまで語り繋いできたわけです。江戸時代まで寺子屋や藩校で教えられたのが論語でした。明治以降はそのような教えも少なくなり、現在ではほとんどありません。道徳の教育時間は必要な事は教えず、どうでもいいような事を教えているのです。ですから、儒教である孔子の言葉もあまり知らない人がほとんどでしょう。
そのようなわけで、まずは論語を読みましょう。孔子が説いた人間哲学が沢山載せられています。現代でも通用する言葉があることから、これらの言葉が人間の本質に迫るものであることが分かります。やはり、偉人と呼ばれる人は、それだけ努力して真理を見つけたのだと思います。特に孔子は人間観察力がずば抜けていたのでしょう。人間の関わり方を学ぶにはこれ以上の書物はないかもしれません。