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横浜市鶴見区社会福祉協議会の
団体交流室

 イザヤ40

2026-03-19

イザヤは旧約聖書の預言者の一人です。新約聖書につながる預言もしています。
「あなたがたの神は言われる、『慰めよ、わが民を慰めよ、ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を/主の手から受けた』。」(1,2節)
イスラエルの民はバビロンに捕囚となりましたが、解放の時が訪れます。
「呼ばわる者の声がする、『荒野に主の道を備え、さばくに、われわれの神のために、大路をまっすぐにせよ。」(3節)これはイエス・キリストの前に預言者として活動したバプテストのヨハネをさしています。マタイ伝3:3に「この人については、預言者イザヤを通して次のように言われていた。『荒野で叫ぶ声がする。「ヤハウェの道を整えよ。その道路を真っすぐにせよ」』」とあるとおりです。
「『人はみな草だ。その麗しさは、すべて野の花のようだ。~草は枯れ、花はしぼむ。しかし、われわれの神の言葉は/とこしえに変ることはない』。」(6~8節)
人の人生は有限ではかないものですが、神の言葉は永遠に変わることがないのです。
「よきおとずれをシオンに伝える者よ、高い山にのぼれ。よきおとずれをエルサレムに伝える者よ、強く声をあげよ、声をあげて恐れるな。ユダのもろもろの町に言え、『あなたがたの神を見よ』と。」(9節)
エルサレムは山の上にありました。故郷に戻るイスラエルの民は喜びの声を上げたのでしょう。これは神がそのように地の権力者を動かしたので、バビロンから帰れたのです。
「見よ、主なる神は大能をもってこられ、その腕は世を治める。見よ、その報いは主と共にあり、そのはたらきの報いは、そのみ前にある。」(10節)
神こそが最高権力者であり、強力に世界を治めているのです。
「見よ、もろもろの国民は、おけの一しずくのように、はかりの上のちりのように思われる。」(15節)神から見れば、諸国の民は、ひとしずくの水か塵のようです。
「あなたは知らなかったか、あなたは聞かなかったか。主はとこしえの神、地の果の創造者であって、弱ることなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい。」(28節)
神様は無限の力で世界を創造されたのです。弱ったり疲れたりしません。天と地の創造物をみれば、神の知恵のすばらしさを知ることができます。
「年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れはてて倒れる。しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。」(30,31節)
若者も壮年者も倒れることがあるでしょう。しかし、神を待ち望む者には力が与えられ、鷲のように空に上ることができ、走っても歩いても衰弱することはないのです。これは霊的な意味だと思います。生きている間、ヤハウェ神に希望を持っている者は天に近づき、魂は弱り果てることがないのです。