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 愛しい人 5・6

2015-09-21
あなたに出会えたことが
私の人生を彩る


この恋を
続けるために

いったい
何を犠牲にするのか



愛しい人!


私は
あなたを
愛している



あなたと
私の心が
揺れて

大きく
大きく揺れて


私たちの恋に

答えはあるのだろうか








ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しい人」5部






【第5章 愛しい人】



テ:もしもし、スタジオ「コッキリ」です。あ・・・・。


テスが受話器を持って固まった。
向かい側に座っているジュンスがテスを見た。
テスは、イスをクルッと回して後ろを向いて、電話に答える。


テ:こんにちは・・・。
ド:どうした? 驚いたか。(笑う)この間、会って懐かしくなっちゃってさ。君もずいぶん、いい女になっててびっくりしたよ。
テ:・・・・。
ド:どうだ。一緒に食事でもしないか?
テ:・・・。
ド:どう? いつなら空いてるの?
テ:・・・今とっても忙しいので、申し訳ないんですけど、私・・・。
ド:食事する時間ぐらいはあるだろ?
テ:それが、ちょっと。


ジュンスが席を立って、テスのほうへ回った。テスが見上げると、ジュンスが目の前に立っている。


ジ:誰?
テ:・・・。
ジ:誰から?
テ:(受話器を押さえて)ドンヒョン先生・・・。(困った顔)


ジュンスは何も言わず、電話機のほうで、電話を切った。


テ:ジュンス! ちょっと! いきなり何するのよ!


二人は見つめあう。

また電話が鳴った。
ジュンスが出た。


ド:どうした。電話が切れたぞ・・・。


その一言を聞いて、ジュンスは電話を切った。


テ:ジュンス、ちょっと・・・。そんなやり方しなくても。
ジ:じゃあ、なんで誘いを躊躇してる? 誘われてるんだろ? あいつから。
テ:それは・・・。
ジ:今日はもう電話に出るな。
テ:そんなわけにはいかないでしょ?
ジ:留守電にしておけよ。ホントに必要な電話だったら、携帯にかかってくるだろ。



ジュンスが睨んで、自分の席へ戻っていく。
テスは仕方なしに、留守番電話に切り替えた。


テ:そんな顔しないでよ!


ジュンスの背中に向かって叫んだ。
ジュンスはテスを睨みつけてから、自分の仕事にとりかかった。



テ:怒んないでよ! 別に私は何も悪いことしてないでしょ!


ジュンスは自分の仕事をしながら、答える。


ジ:怒ってなんかいないよ・・・。ただ、あんな男と付き合うな。
テ:・・・。
ジ:同じことを繰り返すな・・・。
テ:・・・あなたならいいの?
ジ:(顔を上げる)オレとあいつと、おまえには同じようなもの?
テ:・・・。知ってるじゃない・・・。私の気持ちなんて。(少し目が潤むが、睨む)


ジュンスは切なそうにテスを見つめた。


テ:そんな目をしないで。そんな顔をして、惑わせないで・・・。
ジ:・・・。悪かった。


ジュンスは下を向いて仕事を続けた。
テスは、じっとジュンスの仕事をする姿を見つめた。







夜、マリのマンションの食器棚の引き出しをジュンスが開けている。


マ:ごめん! 今、スプーン出すから。
ジ:いいよ。自分でやるよ。


ジュンスは、大きなアイスクリームのカップを持って、引き出しからスプーンを取り出す。
アイスクリームをすくって一口食べ、食器棚の棚にあるマリの薬置き場を見る。
そこに、マリのために処方された薬の袋が入っている。


アイスクリームをおいて袋の中を見る。


ジ:マリ。(マリのほうへ振り返る)おまえ、飲んでないの?
マ:・・・。(困った顔をする)
ジ:薬は一日一回、必ず飲む。そういう約束だろ?
マ:・・・でも、最近調子がいいのよ。
ジ:・・・。
マ:そんな恐い顔しないで。ホントに具合がいいの。


ジ:この間、現場で急に泣き出して止まらなかったって、ホさんが言ってたぞ。気持ちが不安定になるんだから、薬だけはちゃんと飲めよ。
マ:うん・・・。
ジ:それがオレとの約束だろ?(じっと見つめる)
マ:ごめんなさい・・・。
ジ:守れよ。他のことは何もおまえに押し付けてないだろ?
マ:ジュンス。ごめんなさい・・・。


マリは急に涙が出てくる。


ジ:いいよ。明日からでも。もう寝ろよ。オレも明日が早いから帰らなくちゃいけないし。(アイスクリームを冷凍庫へしまう)
マ:うん。でも、寝つくまでいてね。
ジ:・・・。(少し考えて)ちょっとタバコ、買ってくるよ。
マ:うん・・・。




ジュンスはマンションの外へ出てから、携帯で電話を入れる。


ジ:あ、もしもし。キム・ジュンスです。夜分にすみません。チャン・マリのことで・・・。いつもお世話様です。ここのところ、薬を飲んでいないみたいで・・・。ええ。私は別に住んでいるものですから。はい。・・・先日、撮影中に急に泣き出して止まらなかったと、マネージャーから報告があって・・・。そうですか。夜飲んでもいいんですか? いつも朝ですよね。私も明日は朝からロケに出るものですから、ご相談したくて・・・。ええ、ええ・・・・。



ジュンスが暗い夜道を歩きながら、電話で話をしている。










翌朝、テスが、一人でロケに出かけるジュンスに、コーヒーポットを渡している。


ジ:サンキュ!(ちょっと笑顔でテスを見る)
テ:うん。気をつけてね。帽子持った?
ジ:あ、そうだ。忘れそうになったよ。
テ:海なんていいな。私も行きたいな。
ジ:・・・一緒に行くか?(やさしい目で見る)
テ:うううん・・・。(首を横に振る)ここで仕事してるわ。今日はあっちのスタッフとやるんでしょ? 見ているだけなんて、変に思われるから・・・。
ジ:そうか・・・。じゃあ、行ってくるから。
テ:うん。
ジ:何かあったら電話して。
テ:わかった。行ってらっしゃい。


そういった後、ジュンスはちょっとキスをしたい気分になったが、テスを見つめるだけで、出かけていった。







ジュンスを見送って、テスは一人になってから、深い溜息をついた。

ホントは、こんな朝早くから来なくてもよかった・・・。
ジュンスはいつものように自分で支度をして出かけていける。


でも、私が来たかった。

一緒に準備をして、送り出したかった。


テスはスタジオの窓を開けて、外を見る。
まだ、6時前で、空気も爽やかだ。人通りもない。



あの酔っ払って、路上に寝転んだ日から、ジュンスとの関係が微妙に変化した。


もう、ジュンスとはベッドをともにしない・・・。


お互い、不思議な距離で仕事をしている。

外へ出れば、気の合ったいいパートナーで仕事をして、皆と一緒に屈託なく笑う。
でも、スタジオへ戻ると、少しお互いの気持ちに遠慮がある。


今、仕事以外のジュンスがどんな生活をしているのか、よくわからない。



ああ、切ないなあ・・・。


それでも、最近のジュンスが疲れているのを見ると、食事の世話もしたくなるし、いろいろ言いたくもなる。


今日は、暑い外でのロケなので、こんな朝から来てしまった。
ジュンスが私のことを遠くから切なそうに見ていたのもわかる。

でも、気づかないフリをした。


あ~あ・・・。


テスはやるせない顔をして外を眺めている。








海での撮影の合間に、帽子を目深にかぶったジュンスがパラソルの下で、ポットからコーヒーを飲んでいる。

暑い外でのロケの時は、テスがジュンスのために、ポットいっぱいに氷を入れ、濃い目のコーヒーを入れてくれる。
休憩時間にそのアイスコーヒーを口にする度に、ジュンスの心は揺れた。


パラソルの下で涼やかな風に吹かれ、打ち寄せる波の音や近くの喚声を聞きながら、ジュンスは深い溜息をついた。




ジュンスとテスは、一時のような親密な交際はしていない。

それなのに、よりお互いの心が寄り添って、相手を思いやる気持ちになってきている。恋しさが、愛しさが、前にも増して心の中に広がっていくのを、二人は、やるせない思いで感じていた。








夏も終わりに近づいて、秋冬用の撮影が始まり、ジュンスとテスは毎日忙しく過ごしている。

写真集「君の街」の成功で、ジュンスの仕事は順調だ。


今日のジュンスの仕事は2本あり、一つ目の仕事の時間が押したので、テスだけ先に、2つ目の現場のセッティングに走った。

いつもの出版社の男性編集者のパク・スンジンが約束のカフェテリアで待っていた。
テスが息を弾ませてやってきた。


テ:パクさん! ごめんなさい。先生も時間には入れると思うけど。(肩から重いバッグを下ろす)
パ:まだ大丈夫。こっちもさ、急に入れてもらったから。テスちゃん、悪いね。
テ:え?
パ:タクシーで来たの? 一人でたいへんだね。
テ:仕事だもん。(笑う) 先にセッティングだけしておきますね。このベランダ、借りてるんですか?
パ:そう。
テ:ふ~ん。(光線の具合を見る)
パ:テスちゃん一人でもカメラマンできそうだね。(笑う)
テ:そんな!(笑う) やっぱり、先生じゃないとね。まだ私は素人だから。
パ:でも、よく働くよ。テスちゃん、雇ったのって正解だったね。
テ:そう? よかった・・・。(セッティングしながら話す)


パ:最初は普通の女の人が出てきたから、驚いたけど。(笑う) なんで普通の人雇うのって。
テ:そうよね。今思うとなんで雇ったのかしら。(笑う) 気まぐれよね。
パ:なんかひらめいたのかな。(笑う) でもさ、経費もちゃんと期日までに出てくるようになったし、スケジュール調整もやってくれるし。先生の面倒も見てくれるし。助かるよ。
テ:面倒? なんか意味深。(笑う)
パ:まあ、ジュンちゃんには恋人がいるけどね。


テスは胸がキュンとした。


テ:マリさんのこと?(確認する)
パ:そう。よく知ってるねえ。
テ:うん、見かけたことがあるから。
パ:そうか・・・。
テ:長いんですか?
パ:そうね・・・。う~ん・・・。
テ:なあに? 奥歯に物が挟まったみたいな言い方。なんかあるんですか?


パクが少し考える。


パ:まあ、テスちゃんはこんなに頑張ってるんだから、いいかな、言っても。
テ:何?(本当はドキドキしている)

パ:う~ん。あの子がグラビア・アイドルでデビューしてから、もう3年なんだけどね。・・・これ、人には言わないでね。内緒にして。今、売り出し中だから。
テ:ええ・・・。
パ:デビューしてまもなく、ジュンちゃんに惚れちゃったのよ。
テ:(ドキッとしながらも冷静に)いくつの時?
パ:21だったかな。デビュー当時、割合頻繁にジュンちゃんが撮ってたから。それで、好きになっちゃったみたいで。ジュンちゃんて頼れる感じがするじゃない?



テスは胸が痛い。


テ:それで?
パ:それでね、ジュンちゃんのとこ、押しかけて・・・。
テ:それで?
パ:ジュンちゃん、大人だからさ、相手にされなくて。それで、やっちゃったの。(手首を切るマネをする)
テ:え? マリさんが?(驚く)
パ:そう。それも、わざわざジュンちゃんのスタジオ「コッキリ」の前に行ってさ。
テ:・・・それで・・・?


パ:ジュンちゃんが発見して、助かったけどね。
テ:それで・・・付き合ってるの?
パ:一回、ジュンちゃんが離れようとしたら、またやっちゃったのよ。今度はガスで・・・。そういう人って、何回もやるじゃない。
テ:そうだったの・・・。(苦しい)
パ:うん。だから、ジュンちゃんもずっと面倒見ていくんじゃないの。一年前くらいから、ジュンちゃんも年貢を納めたというか諦めたというか、恋人として普通につきあってるからね。普通の感じで付き合ってるでしょ?
テ:ええ。・・・そうなの。そうだったの・・・。見た感じ、かわいい人だけど。明るい感じもするし・・・。
パ:うん・・・かわいいけど、キケンだよお。ホント、相手が命がけだからね。感情の起伏が激しいんだよね。元気な時とそうじゃない時がぜんぜん違うもん。 ジュンちゃんもちょっとかわいそう。ジュンちゃんのせいじゃないんだけどね。まあ、今が幸せならいいんだけど。
テ:うん・・・・。


そんなことがあったなんて・・・。





カフェテリアの中から、ジュンスがやってきた。
にこやかに、編集者に手を上げた。


ジ:お待たせ。(微笑む)
パ:やあ、まだお嬢さんは来てないから、大丈夫。急で悪かったな。
ジ:この貸しは大きいよ。(笑う)


ジュンスがテスを見ると、テスはちょっと俯いて、顔色が青ざめている。


ジ:どうした?
テ:うううん・・・。(首を横に振った)
ジ:顔色が悪いぞ。(見つめる)
テ:うん。ちょっと失礼して、化粧室へ行ってきます。


パクが心配そうにテスを見つめた。
テスはパクに「言っちゃだめよ」と目配せして、化粧室へ向かう。


ジ:パクさん、どうしたの?
パ:テスちゃんは優しいから。


パクはテスを見送って、それ以上何も言わなかった。







帰りのジュンスの車の中でも、テスは物憂げに外を見ていた。
ジュンスは気になり、ちらっちらっとテスを盗み見する。


ジ:どうしたんだ?
テ:うん・・・。先生には関係ないわ・・・。(ドアに肘をかけて頬杖をつきながら、外を見ている)
ジ:先生か・・・。(苦々しい顔をする)
テ:ジュンスだって、一人で黙って考え事したい時があるでしょ?
ジ:まあ・・・でも、どうした? (気になる)
テ:自分は何も言わないくせに、私ばかりに聞かないで。(少し目が潤んでいる)


ジ:言ってみろよ。(気になる)
テ:やだ・・・。
ジ:・・・。
テ:あなたって、いつも私に聞くだけね。自分のことは、ちっとも話さない・・・。いつも肝心なことは話さないのよ・・・。
ジ:・・・。どうした?
テ:自分は何にも言わないで、私に聞いてくる・・・。そんなに気になる?(テスがジュンスのほうを見る)
ジ:・・・。
テ:私のことが気になる?
ジ:・・・話せよ、気になるじゃないか。(前を見て運転している)
テ:だったら、ちゃんと心配してよ! 心配できないんだったら聞かないで・・・。
ジ:どうしたんだ?
テ:・・・。


テスは横を向いた。涙が出てきて、ジュンスに顔を見せることができなかった。







スタジオに戻って、荷物を置き、ジュンスが溜息をついて、テスを見た。
テスも荷物を置いて、ちょっと溜息をついて、何気なくジュンスを見る。
ジュンスがじっとテスを見つめている。


テスはやさしい表情をして、ジュンスに近づき、ゆっくりジュンスのウェストに腕を回して、ジュンスを抱く。二人は見つめ合った。


ジ:どうしたの?(やさしく聞く)
テ:うううん・・・(首を横に振る)ちょっとこうしていたいだけ・・・。


テスはジュンスの胸に頬ずりして、深呼吸して、「ふ~ん」とやるせない声で出して溜息をついた。


ジ:テス?(やさしく声をかける)
テ:抱いて・・・。


ジュンスがテスの腰をぐっと引き寄せて抱きしめる。

何も言わず、テスの頭を撫でる。
そして、テスも、ジュンスを自分からも抱きしめるように、抱かれている。


お互い、もっと密着するように抱き直し、お互いの鼓動を体で聞いている。


それだけで、相手の思いが流れ込んでくるようで、言葉なんてなくても、愛しさが、恋しさが体を通して語りかけてくるようだ。







ジュンスとマリの関係を聞いてから、テスは切ない。

今までのように、ジュンスに抵抗したり、彼を問いただすことができなくなってしまった。


ジュンスは言った。

「おまえとは別れない。おまえが必要だから」


きっとそうなんだと思う。ジュンスは私を好きだ。


ちゃんと自分のものにできないもどかしさで、私に冷たかったり、私に嫉妬したりする。

言葉で説明できない分、体で私を抱いた。



そんなジュンスが愛しい。

たまにお互いを見つめ合う目がやるせなくて、切ない・・・。


愛しさが募るばかりだ。

もう自分の立場が二番手だとか、そんな考えをかなぐり捨てて、私は彼を抱きしめたい。



愛しい人。

ジュンス・・・。


あなたが誰のものでもいい。
私はあなたをこんなに愛している。

あなただって、同じように私を愛しているんでしょう?







ジ:どうしたんだ? おまえ、最近元気がないぞ。


ビュアでポジフイルムを確認しながら、ジュンスが言った。


テ:別に・・・。

ジュンスが顔を上げて、隣に立っているテスを見た。

ジ:別にって・・・理由を言えよ。
テ:理由なんてないわ。
ジ:そんなはずがないだろ?


ジュンスがテスの目をじっと見つめる。


テ:・・・。何が見える? 私の目の中に。(見つめ返す)
ジ:・・・。
テ:何が見えるの、先生。写真を撮る時、心は読まないの?
ジ:おまえの心は複雑すぎる・・・。

テ:(少し微笑む)簡単でしょ? 一番。
ジ:・・・。一番難しいよ。
テ:うそよ、知ってるくせに。
ジ:・・・わからない。
テ:・・・。

ジ:テス、どうした?
テ:気になる?
ジ:ああ。
テ:どのくらい?
ジ:おまえが感じてるくらい・・・。
テ:そう? たったそれだけ?
ジ:・・・。


ジュンスがちょっと悲しい目をした。


ジ:キライになった?
テ:・・・。
ジ:もう愛せない?
テ:・・・。(胸が痛い)
ジ:もうオレはいらない?
テ:・・・。(泣きたい)
ジ:答えて・・・。

テ:(ちょっと鼻をすする)あなたは? 私のことをどう思ってるの?
ジ:・・・。
テ:もう好きじゃない?
ジ:・・・。
テ:もう飽きた? どう?


ジ:好きに決まってるじゃないか・・・。



テスがやるせない目をしてジュンスを見る。



ジ:どうした? 何が辛いんだ?
テ:・・・全部。
ジ:・・・。もう、オレには、くってかからないのか?
テ:・・・うん。
ジ:・・・。もうそんなに好きじゃないの?(不安になる)
テ:うううん・・・。もういいの・・・。

ジ:何が?
テ:もういいのよ。
ジ:何が?
テ:もう、どうでも・・・。
ジ:・・・・。
テ:どうでもいいの。
ジ:テス。・・・もう愛してくれないの?(唾を飲む)
テ:うううん・・・。(首を横に振る)
ジ:じゃあ、何がどうでもいいの?

テ:もう、あなたが誰のものでも、どうでもいいの・・・。
ジ:テス・・・。(答えを教えて)
テ:あなたを愛している自分の気持ちだけで、もうそれだけでいいの。(涙がこぼれる)
ジ:オレの愛もいらないの?(胸が痛い)
テ:うん。(声を出して泣きたい)


ジ:別れるということ?
テ:・・・うん・・・。
ジ:・・・。(胸がとても痛い)
テ:・・・。
ジ:そんなことを考えないで。
テ:・・・でもね、もうとっても苦しいの。
ジ:なんで・・・好きなら、別れるなんて言わないで。
テ:あなたを苦しめたくないのよ、これ以上。
ジ:・・・。


テ:あなたがとっても愛しいの。抱きしめてあげたいの。
ジ:テス・・・。
テ:でも、もうその気持ちは自分だけのものにしておくわ。
ジ:どうして?
テ:ジュンス・・・。マリさんと別れられないんでしょ?
ジ:・・・・。
テ:だから・・・私がラクにしてあげる・・・。


ジュンスは泣きたい気持ちになる。

今、自分の手から、テスが離れようとしている。


ジ:そんなことを言うなよ。(顔を覗き込む)
テ:私がいると、あなたが迷うから・・・。
ジ:テス。そんなことを言うな。(腕を掴む)

テ:ジュンス。私はあなたが好きで、自分の立場が二番手でもなんでもいいから、あなたといたいとも考えたわ。でも・・・でも、それはお互い不幸よね?
ジ:テス。
テ:だって、それはマリさんを裏切ることになるし。あなたを裏切り者にしたくないの。私もそんな人生を生きたくないのよ。
ジ:これからどうするんだ?

テ:わからない。でも、あなたのそばにいちゃだめよ。もう離れないと・・・。


ジュンスがテスを引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。


ジ:そんなことを言うなよ。そばにいろよ・・・。
テ:・・・。でも、きっと潮時ってあるのよ。あなたが結婚して・・・本当に幸せになるためには・・・私がいちゃだめよ。でも、もう少し近くにいさせてね。行き先が決まるまで。カッコよく別れたいけど、職がないんだもん。(泣き笑いの顔で、ジュンスを見つめる)
ジ:テス・・・。(涙が出てしまう)


テスがやさしくジュンスの涙を拭った。







しばらくしたある日。
ジュンスが暗室へ下りて、テスが一人、デスクで仕事をしていると、電話が鳴った。


テ:もしもし、スタジオ「コッキリ」です。
ド:今、コッキリはいないのか?
テ:・・・ドンヒョン?
ド:うん。この間、電話を切ったのはあいつだろ?
テ:どうしてそう思うの?

ド:ちょっとね。あいつには恨まれているから。
テ:恨まれること、したのね?
ド:う~ん。

テ:何の用ですか?(強い口調で言う)
ド:おいおい。君も恐くなったな。まるで、コッキリみたいだよ。
テ:ご用は?
ド:・・・飯でも食いに行かないか?
テ:また、そんなこと言って・・・。
ド:どう?

テ:ねえ、うちの先生に何したの? なんで恨まれてるの?
ド:勝手に恨んでるだけさ。(笑う)この間、出版社の前で声をかけた時も、まだあいつの中にわだかまりがあったみたいだし、あいつもしつこいなあ・・・。
テ:だったら、声なんかかけなければいいじゃない。
ド:まあな・・・。
テ:コッキリに許してほしいのね? あなたのことを。・・・あなたは彼を好きなんだ。
ド:ま、どうかな! ねえ、どう? コッキリのアシスタントさんとは食事がしたいな。

テ:どうして私を誘うの? 女なんていくらでもいるじゃない?
ド:う~ん、気になるんだよ、君が。
テ:コッキリといたから?
ド:・・・そうかもしれない・・・。

テ:人の女が好きなの?
ド:そんなわけじゃないよ。(笑う)君とコッキリは・・・そうなの?
テ:違うわよ・・・。言ってみただけ。あなたを試しただけよ。
ド:・・・どう? 会わない?
テ:ドンヒョン、私・・・・。(少し考える)いいわ。会いましょう。
ド:え、ホント? 今日はついてるなあ。(喜ぶ)どこで会おうか・・・・。
テ:ねえ、ちゃんとお話ができるところがいいわ。少し、あなたとお話したいの。
ド:わかった・・・。じゃあ、ソウルホテルの地下のバーはどう? あそこのカウンター。
テ:いいわ。

ド:明日の晩は空いてる?
テ:ええ。
ド:じゃあ、う~ん。8時にどう?
テ:ええ。行くわ。
ド:楽しみにしてるよ。(囁くように言う)
テ:こちらこそ。(気を引くように言う)


テスは受話器をおいて、じっと電話を見て考えている。




ジュンスが階段を上がってきた。


ジ:おい、昼飯でも食べにいくか?
テ:(ジュンスのほうを振り返る)そうね。暑いから、さっぱりしたものがいいわ。
ジ:そうだな。(ジュンスがデスクの上に写真をおいた)


二人は、スタジオの玄関のドアの前へ来る。


先にドアを開けようとしたテスの髪を、ジュンスが後ろからやさしく撫でた。
テスが振り返ると、ジュンスが切ない目をして、テスを見つめている。

だが、テスはにこやかに笑った。


テ:さあ、行きましょう!
ジ:うん・・・。


テスがサッとドアを開けると、ギラギラとした昼の日差しが二人を吸い込んだ。

車のクラクションが聞こえる。

まだ日差しの強い8月の終わり。二人は並んで、街へ出かけた。





6部へ続く。




確かに思う人はいる。
そこに、確かな愛がある。

愛しい人!

でも、そこに留まることはできない・・・。






あなたに出会えたことが
私の人生を彩る


この恋は
私だけのもの


たとえ
あなたを失ったとしても



私は
この恋に

生きる




そう決めたの


だから


もう
さようなら



愛しい人!




あなたを

もう
苦しめない





ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しい人」6部




【第6章分かれ道】


翌日の午後8時。ソウルホテルの地下のバーを覗くと、カウンターにドンヒョンが座っていた。
テスが近づく。久しぶりに、スカートをはいている。


今日は珍しく早めにスタジオを出た。
ジュンスは「何か用事があるのか?」と聞いたが、テスが「ちょっとね」というと、それ以上は聞いてこなかった。
テスには今、ジュンスしかいないことは、よくわかっていたが、自分のことが原因で別れていこうとするテスに、「どこへ行くんだ」などと、ジュンスには問い詰めることができなくなっていた。



マンションに戻ったテスは、シャワーを浴び、久しぶりにフェミニンな装いをして出かけた。


足も素足にサンダルで、引き締まったキレイな足を見せている。


テ:ドンヒョン。


ドンヒョンが振り返った。


ド:おい、今日は実にセクシーだな。
テ:そう? 普通よ。スカートはいてるだけ。
ド:そうか? 女盛りという感じだな。
テ:そう?(微笑む)
ド:座れよ。
テ:ええ。
ド:何飲む・・・。
テ:何がいいかしら・・・。
ド:おまえは酒飲みだったよな。(思い出したように笑う)



もう二人の間柄は、昔に戻っていると、テスは思った。
彼はその親しさで話しかけてくる。



ド:仕事はどう?
テ:う~ん、順調かしら。(カクテルを飲む)
ド:コッキリはどう?
テ:いい人よ・・・。
ド:だろうな。あいつはそうだ・・・。(タバコを取り出す)一服するよ。
テ:どうぞ。

ド:今日はどうして会う気になった?(タバコに火をつける)
テ:う~ん。たまにはデートもいいかなと思って・・・。(つまみのキス・チョコを口に入れる)
ド:結婚したよね、一回?(じっと見る)
テ:ええ。(じっと見る)
ド:オレと別れてすぐに・・・。どうした?
テ:どうしたって?
ド:こうしているということは一人だろ?
テ:じゃ、そういうことよ。(見つめる)
ド:子供はいなかったの? 



ドンヒョンはタバコを置いて、バーボンを飲む。
テスはその言葉に、ユニではなく、ジュンスを思い出した。


ジ:(テスを後ろから抱きしめる)ねえ、またほしい? 赤ちゃん。


テスの顔が赤くなった。



ド:ごめん、いけないこと、聞いた?
テ:うううん・・・。亡くなったの。幼稚園の送迎バスを待ってる列にね、自動車がスリップして・・・。雪の多い日だった。ちゃんと除雪もできていなかったのに・・・。(目を落とす)あの日、休ませるべきだったわ。うちで一緒に雪だるまを作ればよかった・・・。なのに、私ったら、幼稚園の庭で、皆で雪投げしたほうが楽しいと思って・・・。ちょっと間だった。ほんのちょっとの間。テーブルの上に置き忘れたお便り帳をマンションの部屋へ取りにいったの・・・。その間の出来事・・・。マンションの入り口にバスが迎えにくるのよ。だから、ほんのちょっと、他のお母さんにユニを頼んでいって・・・。一緒にいれば、私が代わりになれたかもしれない。・・・あの子と一緒にしねたかもしれないのに・・・。(涙ぐむ)
ド:そうだったのか。辛かったな。
テ:うん。そして、今は一人よ。(カクテルを飲む)


ド:(顔を覗き込んで考える)で、もうその傷は・・・かなり癒えたんだ。
テ:(顔を向けて)どうしてそう思うの? ユニのことはいつも心にあるわ。
ド:でも・・・輝いてるからさ。(じっと見る)
テ:そうかしら・・・・。


ド:今、気がついたよ。おまえ・・・・。(言いかけてやめる)
テ:なあに?
ド:まあ、いい。(バーボンを飲む)
テ:・・・・。(何?)
ド:話って何?
テ:う~ん。(ちょっと下唇を噛む)
ド:部屋で聞ける? ゆっくり。(じっと見る)



テスはそこまで考えてこなかったので、少し驚いて、ドンヒョンを見た。



ド:(バーテンに)チェックして。ご馳走様。(テスを見て)そこまでは考えてこなかったんだ。
テ:ええ・・・。(驚いた顔をする)
ド:(伝票にサインする)じゃあ、考えて。行こう。(立ち上がる)
テ:ドンヒョン!待って。



ドンヒョンはさっさと、会計を済ませて、外へ出ていった。
テスは困ってしまうが、ついていく。


ガラス張りのエレベーターの中で、二人は両端に立って見つめ合う。



ドンヒョンの目は狩人だ。
テスは息苦しくなって、早くこの場から去りたい。

エレベーターを降りた途端、ドンヒョンが手を握った。
テスは驚いてその手を見る。


ド:おいで。



部屋に入り、ドアを閉める。部屋の入り口のダウンライトが、テスを照らしている。
ドンヒョンがぐっと抱きしめてキスをした。


そして、じっとテスの顔を覗きこんでいる。


ド:やっぱり・・・。
テ:何が?
ド:どうしたいんだ。オレに抱かれるのか?
テ:(苦しい)・・・・。(ドンヒョンの顔を見つめる)
ド:どうする気で来たんだ?
テ:(息が苦しい)・・・どうするって?
ド:何がしたくて来た。男を忘れたくて?
テ:・・・なあに、それ?(震える声で聞く)

ド:さっき、気がついたよ。
テ:何を?
ド:そして、今のキスで。
テ:何が?

ド:おまえの相手が誰か・・・。
テ:・・・・。(じっとドンヒョンを見つめる)


ド:ジュンスだ。
テ:・・・・。




ドンヒョンはテスを放し、部屋の中へ進む。



ド:どうして忘れたいんだ? あいつも一人じゃないか。
テ:・・・。なぜ、コッキリだと思うの?
ド:あいつといた時のおまえは輝いていた。さっきも、あんな悲しい娘の話をしながらも、おまえは輝いていた・・・。ふと、恋をしていると思った。そしたら、ジュンスが頭に浮かんできたんだよ。おまえにかかってきたオレの電話を切るジュンスが。普通はあんなことはしないさ。おまえに関心がなければね。
テ:そんな風に思うの?
ド:それにおまえの目付きは、ジュンスにそっくりだ。自分で気がつかなかった?
テ:・・・。(知らなかった)

ド:なぜ、あいつと別れるんだ。
テ:あの人を苦しめたくないから・・・。あの人には・・・他に捨てられない恋人がいるのよ・・・。
ド:それで、おまえが引き下がるのか・・・。
テ:・・・そう・・・。
ド:それでいいの?
テ:たぶん。(つぶやくように言う)


ドンヒョンがテスの手を引っ張って、ベッドに押し倒した。


ド:それで、おまえは満足なのか?(テスの上に圧し掛かって言う)自分が犠牲になれば満足なのか?
テ:それしか手立てがないのよ。


テスが燃えるような目をして、訴えるように、ドンヒョンを見つめた。
ドンヒョンはじっとテスを見つめてから、立ち上がる。


ド:それ以上、不幸になるな。


ベッドに寝ているテスを見る。


ド:成り行きに任せるな。そんな簡単に成り行きに身を任せるなよ。
テ:・・・・。(目を瞑る)
ド:座ろう。ゆっくり話を聞くよ。


テスは起き上がって、ドンヒョンを見た。


テ:あなたって、ジュンスと似ているわ・・・。
ド:ふん、あいつが弟子だよ。
テ:そうね・・・。二人とも、そんなにやさしい言葉を女にかけられるのに、なぜ、女を泣かせるのかしら・・・。
ド:そうだな・・・。(少し微笑む)なぜだろうな。・・・まあいい。おまえの話を聞こう。
テ:・・・・。


ド:どうした?
テ:話しにくくなっちゃったわ。
ド:でも、頼みがあってきたんだろ? ホントは会いたくなかったオレに、会いにきたんだから。
テ:・・・本当は・・・ジュンスのもとを去るのに、あなたに仕事を世話してほしかったの。せっかく覚えた仕事だもの・・・それにすごくおもしろいし。続けたいなと思って。
ド:そうか・・・。
テ:頼ってもいい?
ド:オレでいいの?
テ:ええ。来る前はちょっと迷いがあったけど。あなたに頼むことがいいのか・・・。今はなんか、あなたを信用できるの。・・・助けて。
ド:・・・オレを許してくれるの?
テ:許すって・・・。
ド:10年前におまえを泣かせたこと。
テ:もう忘れた・・・。もういいの。今思うと、私もあなたには合わなかった・・・。長く付き合える相手じゃなかったわ。

ド:ジュンスを愛してるんだ。
テ:・・・。
ド:ジュンスを愛してるんだろ?
テ:ええ、そう。ジュンス以外はもう愛せないの。
ド:そうか。
テ:こんな言い方して怒った?
ド:いや・・・。おまえの目がそういってるから。(笑う)それでも、別れるんだ。
テ:ええ。
ド:ふ~ん。(俯く)なぜだ?もう少し頑張ったらどうだ。


テ:あの人が恋人を捨てられないから・・・。彼を愛しすぎて、自虐的になってしまう人なの。それで、ジュンスは彼女を受け入れたの・・・。もう別れることができないの。
ド:それで、幸せなのか? ジュンスもおまえも。
テ:・・・わからない・・・。でも、彼は捨てられないの。私も、命掛けの人と別れてって言えなくなってしまって・・・。
ド:ふ~ん。辛いな。


テスはなぜか、ドンヒョンに自分の気持ちを全て告白した。
ドンヒョンが、まるで保護者のように、テスの気持ちに寄り添った。






テスがスタジオ「コッキリ」を最後にする日がきた。

机を整理して、決済箱を机の上にわかりやすいように置く。

テスがジュンスの仕事のために作り出したシステムだ。



ジ:ホントに行くのか?(テスの横に立って聞く)
テ:うん。
ジ:仕事の目星はついてるの?
テ:なんとか。大丈夫よ。今までもやってきたんだから。心配しないで。
ジ:・・・・。(心配になる)
テ:ジュンス・・・。今日は最後だもの。一緒に過ごしましょう。いい?
ジ:・・・おまえはそれでいいの?
テ:ええ。一緒に2階でご飯を食べて・・・一緒に過ごしましょう。


ジュンスは黙って、じっとテスを見つめた。







テスが、スタジオの2階のベッド脇で、窓の外を見ている。


テ:今日は月も明るいわね。
ジ:・・・・。



ジュンスが服を脱ぎながら、テスを見ている。

テスはカーテンを開け放ち、レースのカーテンだけにする。



テ:このほうがいいわ。スタンドの明かりより。



そして、ベッドサイドのスタンドの明かりを消した。



ジ:これでも、十分明るいね。
テ:うん。



テスがベッドに腰かけ、服を脱ぐ。

ジュンスは、その姿をじっとやるせない気持ちで見つめた。












窓のカーテンを開け放ち、真夜中のベッドの上で、二人は見つめ合っている。

仰向けに寝たジュンスの上に、テスが跨って、じっとジュンスを見下ろしている。

ジュンスもテスの瞳をじっと見つめる。


テスがやるせない顔をして、ジュンスの頬を撫でる。
そして、胸を撫でる。

「ああ・・・」テスが溜息を洩らし、ジュンスを見つめる。

そして、ジュンスに顔を近づけて、顔全体を見回した。



テ:日が変わったわね。あなたの誕生日・・・。
ジ:そうか。ちっともおめでたくないね。(苦しそうに笑う)
テ:うううん。おめでとう。ここで一緒に祝えてうれしいわ・・・。



二人で見つめ合っている。



ジ:もう本当に決めちゃったの?
テ:うん・・・。
ジ:こんなに愛していても・・・。
テ:うん・・・。
ジ:おまえは強情だね・・・。
テ:うん・・・。


ジュンスの頬にテスの涙が落ちた。


ジ:こんなに泣いてるくせに・・・。別れるなんて・・・。
テ:・・・・。
ジ:こんなに苦しいのに・・・別れるなんて・・・。
テ:・・・・。
ジ:こんなに求めているのに・・・別れるなんて。
テ:・・・。
ジ:・・・こんなに愛してるのに。



また、ポタッと涙が落ちた。

ジュンスがテスの頬を撫で、涙を拭う。



テ:・・・ごめんね。(少し声が震えている)
ジ:・・・生きていけるの、一人で?
テ:・・・。わからない・・・。
ジ:テス。
テ:でも、やってみるわ・・・。
ジ:・・・オレは、生きていけないかもしれない・・・。(見つめる)
テ:・・・。(やさしく見つめる)
ジ:・・・。
テ:大丈夫よ・・・思い出があるから・・・。




テスの胸を触っていたジュンスの手は、みぞおちを通って、まっすぐ下りて、テスの帝王切開の線をなぞる。



ジ:オレの子は産んでくれないんだ・・・。(傷をなぞりながら言う)
テ:・・・。・・・。うん。
ジ:もう一緒にいてくれないんだ・・・。
テ:(悲しい顔をする)もう!


テスの目から涙が零れ落ちてくる。


ジュンスがテスの顔を見上げて、テスを切ない目で見つめる。
ジュンスは少し起き上がり、テスを引き寄せるようにして、抱きしめる。


ジ:ごめんよ! ごめん! オレのせいだよな。おまえがこんなに不幸なのは! ごめんよ! オレが好きになって、おまえを苦しめるだけだったね。ごめんよ!(涙が出る)
テ:ジュンス! ジュンス、あなたが好きなだけなの。それだけ! ジュンス、ジュンス!



最後の夜を、二人は眠ることなく、切ない思いで過ごした。








9月になって、テスは、指定された時間にドンヒョンのスタジオへ行くと、中からドンヒョンが出てきた。
事務の女の子に、

ド:ちょっと出てくるから。なんかあったら携帯入れて。
事:わかりました。



テ:おはようございます!(元気に言う)
ド:・・・来たな!(しっかり見つめる)
テ:はい!
ド:じゃ行くか。
テ:どこへですか?(慌てる)

ド:一緒においで。君に紹介したい人がいるんだ。別にオレのところじゃなくてもいいだろう?
テ:・・・ええ。
ド:歩きながら話そう。
テ:はい。



テスはドンヒョンについて、一緒に歩く。ドンヒョンは早足で、スタスタと歩く。

自分のスタジオの入っているビルを出た。
テスは一生懸命歩き、ドンヒョンに並ぶ。



ド:女性カメラマンで、アシスタント、探してるのがいるんだよ。(ドンドン歩きながら話す)
テ:・・・。
ド:人物じゃなくてもいいだろ? 商品だって、静物だって。こっちのほうが確実だ。
テ:そうですか?
ド:うん。グラビアに載る写真じゃなくても、小さなものをコツコツと積み上げていけば、食っていけるよ。
テ:はい。
ド:生活ができるようになったら、本当に自分の撮りたいものを考えればいい。
テ:・・・。(頷く)
ド:テス。仕事というものは厳しいものさ。そんな簡単には評価されない。おまえは、オレやコッキリを見ているから、簡単に考えているけど。
テ:そんなことはないですけど・・・。
ド:オレもあいつも才能があるんだ・・・。それはわかるだろう?(笑ってやさしく見つめる)
テ:そうですね・・・。(笑顔で頷く)
ド:だから、おまえを活かせるところを考えた。



ドンヒョンが立ち止まった。
テスも止まって、ドンヒョンを見る。



ド:おまえはいい女になったな。強くなったし・・・その目がいいよ。(見つめる)
テ:・・・。(見つめ返す)
ド:おまえならできる。それだけ意志を強く持っていれば、やっていけるさ。全てを賭けてみろ。おまえの全ての時間を新しい生活に。
テ:・・・。(真剣にドンヒョンを見つめる)
ド:コッキリのところでやっていけたんだったら、やっていけるさ。
テ:先生・・・。
ド:先生か、いい響きだ。・・・オレについたら、コッキリが哀しむよ。


テスが俯いた。


ド:おまえのためもあるけど、コッキリのためにもおまえを独り立ちさせたいんだ。


テスがドンヒョンの顔を見た。



ド:おまえは知らないと思うけど、オレがあいつから奪った女の・・・子供の後始末をしたのが、コッキリなんだ。
テ:え?(驚く)


ドンヒョンがゆっくり歩き出す。


ド:子供がお腹にいたのを知らなかった・・・。コッキリが付き添って、医者に行ったのさ。(少し俯く)
テ:・・・。
ド:コッキリはそこまでしか、知らないだろうけど・・・その女が後で慰謝料を請求してきて、わかったんだ。オレはコッキリに借りがある。テス、あいつはいいやつだった・・・。才能もあって、一生懸命で、でも・・・それを裏切ったのは、オレさ。
テ:ドンヒョン・・・。
ド:まあ、しっかりやれよ。いいカメラマンだから。広告を多く手がけているんだ。アパレルメーカーやブティックなんかでも、彼女の写真で商品カタログを作りたがっているところが多いんだ。そういう写真の取れる、ちょっとセンスのあるね、そういうスタッフを探していたから、君に向いていると思う。まあ、経験のなさは、オレの話術でカバーしよう。
テ:ドンヒョン・・・。
ド:気風のいい女だし。オレの大学時代の同級生なんだ。コッキリの名づけ親なんだよ。あいつについていけば大丈夫だ。あいつについて、大きな仕事を見ながら、君は小さな仕事を積み上げろ。いいな。
テ:はい!


ドンヒョンとテスは、女性カメラマンの待つ、近くのカフェへと入っていった。









夜。ジュンスが一人ベッドに寝転んで天井を見ている。


オレの子は産んでくれないんだ・・・。
・・・。・・・。うん。
もう一緒にいてくれないんだ・・・。


テスの静かに泣く声が聞こえる。


一人で寝られる?
わからない・・・。


もう顔も見せてくれないの?
・・・うん。


もう触れられないの?
・・・うん。



ジュンスがテスを抱く。



もうだめ・・・。明日になったら、触っちゃだめ・・・。もうおしまい・・・。



ジュンスがゆっくり、テスの体をなぞる。
テスがゆっくり、ジュンスを撫でる。



忘れない・・・。
・・・。
おまえもオレを忘れないで。忘れないって言って。



ジュンスがテスをもっと抱く。



うん・・・忘れない・・・。絶対に忘れないわ・・・。




天井が曇り、ジュンスが涙を拭った。








10月も半ばを過ぎて、出版社の地下で撮影していたジュンスは、仕事を終えてスタジオを出た。
すると、隣の小さなスタジオへテスが入っていく。

ジュンスは驚いて目を見張る。
中から女が出てきた。



シ:テス! 先に行って、席取っておくね~。
テ:わかりました~。



女はジュンスに気がついた。


シ:コッキリ!(にこやかに微笑む)
ジ:シンジャ先輩。そこで仕事してたの?
シ:そうよ。ねえ、元気なの?  ・・・少し痩せた? 仕事のしすぎじゃないの?


ジ:まあね。(ちょっと微笑む)ねえ、今のアシスタント?
シ:そうよ。
ジ:・・・ヤン・テス?
シ:そうよ。あなた、知ってるの?
ジ:ああ。・・・誰かの紹介?
シ:あいつの。ドンヒョンの。(ちょっと鼻にシワを寄せる)
ジ:ドンヒョンの?
シ:うん。彼の関係の子かしらね・・・。よくわからないけど。でも、感じもいいし、仕事もできるからいいんだけど。


ジ:先輩。彼女と話がしたいんだ。時間くれる?
シ:(顔を見つめて)・・・。もしかして、あなたの彼女なの?



ジュンスが寂しそうに微笑んだ。



ジ:久しぶりなんだ。
シ:話したいの?
ジ:うん・・・。
シ:あの子もいいのかしら?(ちょっと困る)
ジ:うん、大丈夫。彼女だって、オレに会いたいさ・・・。

シ:そう・・・理由がありそうね。じゃあ、テスには、私一人で食事に行ったって言っておいて。4~50分でいい?
ジ:ありがとう。恩に着るよ。


シンジャがジュンスの肩を叩く。


シ:いいのよ。かわいい後輩だもん。いいの! じゃあね。






シンジャはドンヒョンとは大学時代の同級生で、ジュンスも駆け出しの頃は彼女によくかわいがってもらった。


ジュンスはスタジオの入り口に立って、中のテスの様子を見ている。

ジュンスのところにいた時と変わらない働きぶりで、片付けをしている。
ボードを手に取って、これから撮影する洋服や小物をチェックしている。

「OK!」と独り言を言って、バッグを取り、ドアのほうへ向く。



ジュンスが立っていた。


テ:ジュンス・・・。
ジ:久しぶりだね。


テスが知っているジュンスより少し痩せた彼がいた。


テ:痩せた? 忙しいの?(顔をよく見る)
ジ:うん、そうだね。
テ:私、行かなくちゃ。先生が待ってるの。
ジ:シンジャ先輩には話した。4~50分、時間をくれるって。
テ:そう。先生と話したのね。

ジ:一緒に飯でも食うか。
テ:(ジュンスを見て)喉を通るかしら・・・。
ジ:おまえは泣きながらでも、食べるじゃないか。大丈夫だよ。
テ:バカ・・・。(微笑む)








出版社へ来た時によく二人で行った、行きつけの小さな食堂へ行く。

ジ:仕事は楽しい?
テ:ええ。静物写真やカタログが多いでしょ? その時に使うクロスとか周りのものをコーディネイトするのが楽しいの。
ジ:スタイリスト?
テ:うん。先生が、私はそっちの道のほうが合ってるんじゃないかって。それで、今は先生と組んで、私はスタイリストをやってるの。
ジ:そうか。やっと自分らしい仕事を見つけたんだ。(やさしい目で見つめる)
テ:うん。
ジ:よかったな。
テ:うん・・・・。

テ:ジュンスは、仕事は順調?
ジ:うん、そっちはね・・・。
テ:何か問題があるの?
ジ:それは大有りだよ。(テスをじっと見る)おまえは、問題はないの?(じっと見つめる)
テ:・・・。
ジ:もう酒は飲んでない? 
テ:うん、今はね、仕事が助けてくれる。慰めてくれるわ。夢中になれるの。
ジ:そうか。
テ:・・・別れた直後は辛かったけど・・・飲まなかった・・・。
ジ:・・・我慢したの?(やさしく見る)



テスは、ジュンスの言葉に急に涙がこみ上げてくる。



テ:ジュンスのことをお酒で誤魔化したくなかったの。辛い気持ちもちゃんと受け止めたくて。全部、受け止めたくて・・・。(涙で目が潤んでしまう)
ジ:うん・・・・。
テ:・・・ジュンスは?

ジ:うん・・・。オレはまだ・・・。(テスをじっと見つめていたが、ちょっと俯いて)まだ、ジタバタしているよ・・・・おまえが忘れられなくて。
テ:・・・。
ジ:おまえは?
テ:・・・。
ジ:忘れたの?


テ:・・・。(俯く)
ジ:先輩が、おまえはドンヒョンの紹介だって。あいつと関係があるの?
テ:どういう意味?(顔を上げる)
ジ:つまり・・・。(じっと見る)
テ:私を信じられない?
ジ:いや・・・。
テ:そんな簡単に気持ちは変わらないわ・・・。
ジ:わかってる・・・。ごめん。


テ:仕事を頼んだのよ。彼に。
ジ:おまえのためにそこまでするんだ・・・。(驚いて顔を見入る)
テ:・・・。違う・・・コッキリのためよ。
ジ:オレのため?
テ:そう、コッキリのため。
ジ:なんで? (眉間にシワを寄せる)
テ:怒らないで聞いて。ドンヒョンが言ってた。あなたが好きだったって。でも、裏切ったのはオレだって。その借りがあるって。
ジ:それで?
テ:それで・・・私をちゃんと独立させることがあなたへのお返しになるって・・・。
ジ:(驚く)あいつに言ったの、オレたちのこと。なんで?
テ:あの人・・・あなたに似てたわ・・・。
ジ:・・・。
テ:ちゃんと話を聞いてくれた。・・・だから、怒らないで。
ジ:・・・。(辛そうに見つめる)
テ:許せないかもしれないけど、ちゃんと私たちの力になってくれたわ。ジュンス、ごめんなさい・・・。でも、ドンヒョンはちゃんと助けてくれたわ。
ジ:・・・。(辛そうにテスを見つめる)








食堂から出て、出版社へ戻る道を歩いている。

急に、ジュンスがテスを大通りに出る手前の木陰へ引き込む。

ジュンスがテスの腕を掴んでいる。


テ:ジュンス!
ジ:ホントに、ドンヒョンとはなんでもない?(睨むように見る)
テ:ジュンス・・・。(見つめ返す)
ジ:・・・。
テ:何でもないわ。わかるでしょ? 確認しなくたって。


ジュンスがテスをもっと自分のほうへ引き寄せる。


テ:ジュンス!
ジ:テス、オレはまだ諦めてないよ。(睨んでいる)
テ:・・・。
ジ:おまえがいなくちゃ・・・。
テ:(辛い)・・・・。もう行きましょう。
ジ:おまえの気持ちを聞かせろよ。

テ:わかってるくせに。それに、前にも言ったでしょ。私の気持ちは私だけのものにしておくって。
ジ:・・・。もう一度聞かせて。
テ:・・・疑うの?
ジ:うううん。疑ったりはしないよ。でも・・・。
テ:行きましょう。仕事しなくちゃ! 先生を待たせてるわ。
ジ:(やるせない顔をして)・・・おまえは元気でいいよ。(手を放す)
テ:(思いを振り切って)先に行くわ!




テスが少し走っていく。

そして、立ち止まり、ジュンスのほうを振り返る。



テ:コッキリ! 私は・・・あなたがいるから生きられる! それだけ! どこにいてもね!




そういうと、テスは走っていった。


ジュンスは、昼間から道の真ん中で泣きそうになった。







第7部へ続く






ジュンスと別れ、自分の道を歩み始めたテス。

諦めることのできないジュンス。

これからいったい、ジュンスは・・・。