愛しい人 7・8
2015-09-21
ジュンス(joon)とテスの恋の行方は・・・。
どこに到達点があるのか。
でも、ジュンスに惹き込まれていくテスの気持ちは、とても切なくて、
その想いも苦しさも・・・共感できる・・・と思います。
ではお楽しみください。
あなたに出会えたことが
私の人生を彩る
この恋は
私だけのもの
たとえ
あなたがどう思おうとも
私は
この恋に
生きる
だから
あなたを
絶対
手放さない
愛しい人!
あなたの
全ては
私のもの
ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しい人」7部
【第7章 恋の炎】
テスがスタジオに戻っても、シンジャはまだ戻ってきていなかった。
バッグを置いて、午後の撮影の準備をテキパキと始める。
テス、オレはまだ諦めてないよ。
おまえがいなくちゃ・・・。
ジュンスの言葉が蘇る。
ジュンスの言葉が何度も何度もテスの中でこだまする。
テスは胸が締め付けられて、涙がこみ上げる。
諦める覚悟をしたのに・・・。
テスは涙が次から次へあふれてきて、座り込んで泣いてしまう。
シンジャがスタジオに入ろうとすると、座り込み、声を潜めて肩を震わせ、泣いているテスがいた。
マ:ねえ、まだ終わらないの?
マリがスタジオの元テスの席に座って、イスを左右に揺らしながら、向かいのデスクで、電卓を叩いているジュンスに話しかける。
ジ:ちょっと静かにしろよ。今、計算してるんだよ。
マ:そう。(イスをぐるっと回して後ろを向く)そんなこと、得意じゃなかったのに・・・。最近、真面目ね。またパートさん、雇えばいいのに・・・。なんで急にオバサン、やめちゃったのかしら・・・。
ジ:おい、気が散って計算できないじゃないか・・・。(ジュンスがイライラする)
ジュンスはまた、最初から計算し直す。
もともと、ジュンスは経理が得意ではなかった。
テスが来る前は、少しいい加減でも、出張旅費の請求も遅れがちでも、気にしなかったが、テスがキチンとやってくれていたので、そのペースを崩したくない。
マ:いつまでかかるのかな・・・。(イスを元に戻してじっと見る)
ジ:あ~。(もうイヤになる)うまくいかないな・・・。
マ:ねえ、ジュンス!
マリは、立ち上がって、ジュンスを見て、自分のデスクに寝そべるようにして、ジュンスの方へ向かう。
マ:ねえ、今日はもういいじゃない!
ジュンスが顔をあげた。
少しマリを睨んでいたが、気持ちを切り替える。
ジ:うん・・・。じゃあ、食事に行くか!
マ:やった!(うれしそうに微笑む)
ジ:でも、そのあと戻ってきたら、これをやるから、おまえは帰れ。(イスを反らして座り、マリをじっと見る)
マ:え~え! つまんない!
ジ:じゃあ、もう帰れよ。ここのところ、忙しいんだ。(また仕事にとりかかろうとする)
マ:わかったわよ。食事をしてから、か・え・る! ジュンス、ホントに誰かに来てもらったほうがいいわ。前は一人でやってたのに・・・。なんで、できなくなっちゃったの?
ジュンスは立ち上がって、ジャケットを着ながら、「本当に、なんで、できなくなってしまったんだろう」と思う。
テスが来る前は、どうやって仕事をしてたのか・・・不思議だ。
確かに、テスが来てから出した写真集が当たって、仕事は増えた。だが、基本的には同じことをしているはずだ。
テスは一つ一つをキチンと仕分けして、やりやすいように決済箱を作ったり、システマチックに仕事をまとめてくれた。
しかし、それはテスと二人だったから、やりやすかっただけで、一人では却って煩わしい。
マ:ジュンス。ホントにパートさん、雇ったら?
ジ:(顔を見ないで)もう、誰も雇わないよ。
マ:なんで? オバサンで失敗したの? あの人、どうしちゃったの?
ジ:(マリの言葉が気持ちを逆撫でる)オバサンなんていうな。(財布をポケットに入れる)
マ:だって!
ジ:ヤンさんだよ。(マリをじっと見る)
マ:わかったわよ! ヤンさん。でも、どこ行っちゃったの、あの人。
ジ:自分の合った仕事を見つけたんだよ。
マ:そうなんだ・・・。じゃあ、しょうがないわね。(にこっとして)じゃあ、マリが手伝う?
ジ:おまえは絶対いらない!(ちょっと睨んでから笑う)じゃあ、行くか!
マ:うん!
夜中、一人、仕事を終えたジュンスは、デスクで大きく伸びをする。
シーンと静まり返ったスタジオを見回す。
座り手のいないデスクが自分の目の前にある。
テス、テス、ヤン・テス・・・。
テスの名前を口にしてみる。
携帯を取り出して、メールを打つ。
「元気にしてるか?
オレは寂しいよ」
じっと、携帯の場面を見て、ジュンスはポンとボタンを押す。
削除。
閉じる。
ああ・・・。
また、携帯の画面を開く。
「おまえがいないと
空っぽだ。テス、おまえは?」
じっと見て、削除する・・・。
「ヤン・テス」
名前修正。
「オレのテス」
修正。
「愛するテス」
修正。
「愛しいテス」
修正。
「愛しの羊」
登録。
あ~あ・・・。
ちょっとした心の隙間。
何もしていない時間・・・・テスを思い出して辛い。
今はね、仕事が助けてくれる。慰めてくれるわ。夢中になれるの。
テスはそう言った。
テスもオレと同じように、何もしない時間が空しいのか・・・辛いのか・・・。
ジュンスはフイルムを持って、地下の暗室へ下りていく。
暗室のライトをつけて、準備をする。
奥の壁に飾ってある写真を見る。
赤いライトの中で、テスが笑っている。
幸せそうに笑っている。
コッキリ! 私は・・・あなたがいるから生きられる! それだけ! どこにいてもね!
テスの声が聞こえる。
ジュンスは涙ぐむが、涙を拭って、自分の気持ちを振り切るように、仕事の準備を始めた。
あの日、ジュンスと会ってから、テスの気持ちは大きく揺れている。
ここまで我慢してきたものが・・・まるでマグマが噴出したように、ジュンスが恋しい。
蓋をしておいたものが、蓋さえ内側から押し流してあふれ出る。
ジンスが恋しい。
あの日を思い出して、テスは自分の腕を抱いた。
出版社に戻る途中、強くジュンスがテスの腕を引っ張った。
あの時、ジュンスが力強くテスの腕を握り締めた感覚が抜けない。忘れられない。
そして、それが恋しくて仕方がない。
ジュンスの力強く抱く腕を思い出す。
手を、
指を、
思い出す。
恋しい!
抱かれた時の胸の厚さを、
温もりを、
ニオイを。
懐かしい・・・恋しい・・・。
朝、ユニのグラスにオレンジジュースをついで、テスは、それをじっと見つめた。
初めてのロケの日に、ジュンスが「行っておいで」と言って、買ってきたプーさんのグラス。
ここには、テスだけではない、ユニへの愛までも詰まっているようで思えて、テスはジュンスが恋しい。
まるで、ユニまでジュンスの子供のように、三人は家族だったように、ジュンスが懐かしい夫であったかのように、ジュンスが恋しい。
何を見ても、感じても、ジュンスが恋しい。
恋しさが日ごと、テスの中で膨張し、テスを呼吸困難に陥れる。
一時、乗り切れると思った、あの感情が、今はもっと大きく、何倍にもなってあふれ出てくる。
頭だけでなく、
心だけでなく、
腕だけでなく、
目も、
耳も、
唇も、
首筋も、
うなじも、
胸も、
ウェストも、
腰も、
下腹部も、
股(もも)も、
足のつま先までも、
体全体が、
テスの中にある細胞の全てが、ジュンスを恋しがる。
テスは今、最大の窮地に陥った・・・。
夜のバーのカウンターで、ドンヒョンとシンジャが飲んでいる。
ド:どう、テスは、頑張ってる?(グラスを傾ける)
シ:うん。ものすごく一生懸命やってるわよ。あの子にはスタイリストが合ってるわ。それに事務もできるし、助かってるの。(微笑む)
ド:おい。なんでもかんでもやらせて、こき使うなよ。(タバコを吸う)
シ:わかってるわよ。ところで、あの子って、コッキリの彼女だったのね。(ジントニックを飲む)
ド:聞いたの? テスから?
シ:うううん。この前、A出版で撮影してたら、隣のスタジオで、コッキリが仕事してたのよ。あっちが終わって帰ろうとしたところで、コッキリがテスを見かけて。テスと話をさせてほしいって。
ド:そうか・・・。うん・・・。(タバコの灰を落とす)
シ:驚いちゃった。あなたとコッキリって、気マズイ仲じゃなかったの? どんな理由かわからないけど・・・。ずっと音信不通って感じじゃなかった?
ド:う~ん・・・。オレも、たまたま少し前にあそこへ行ってて、ジュンスとテスに偶然会って、少し話して・・・それから知ってるんだよ。(タバコを吸う)
シ:そうだったの。でも、なんで別れたのかしら? あの子、コッキリと会った後、一人で泣いてたからさ。痛々しくて、声もかけられなかったわ。(ジントニックを飲む)
ド:ふ~ん、そうか・・・。
シ:ねえ、あの二人って同い年? そのくらい?
ド:う~ん、そうか、そうだな。同い年だ。確かに。
シ:そう・・・。(懐かしそうな目をする)昔、同い年の恋人がいたわね、私たちも。
ド:そういえば、そんなのもいたなあ・・・。
シ:ひどい言い方ね、あなた。(横目で見て笑う)
ド:いやあ、あれは苦(にが)かったよ。(グラスを見て苦笑する)
シ:そうだったの?
ド:ああ、苦い思い出だ。「私は仕事のほうを選ぶわ」とか言っちゃって。うん・・・あれは、ビターテーストだった。(グラスを傾けて、見つめる)
シ:ビターテースト?(ドンヒョンのグラスを一緒に見る)
ド:そう、記憶しておいて。(笑ってシンジャを見る)あれはビターテーストだった。
シ:(目が合って顔を赤くさせながら)ふ~ん。髪の短い女はキライじゃなかったの?
ど:いや、あの経験が、キライにさせた。そういうもんさ。(笑う)
シ:そうだったの・・・。
ド:ま、おまえみたいな鈍感な女にはわからない話さ。
シ:・・・。
ド:傷ついた?
シ:・・・傷ついたわ。ひどい・・・。
ド:そう? でも、まだオレが傷つけたよりは軽いはずだよ。
シ:・・・。
ド:(バーテンに)あ、バーボン、お代わり。(タバコを吸う)
シ:タバコ、やめなさいよ。肺がんになるわよ。
ド:いいさ。別に見取ってくれる女もいないんだから。(吸う)
シ:仕返しするつもりね? 私に・・・。
ド:ああ、命を賭けてね。(シンジャを見つめる)
シ:・・・バカね!(笑う)
今日は、月に一度のマリの診察日だ。
二回目の自殺未遂から、マリは定期的に精神科の医者のもとを訪れている。
当時運ばれた大学病院の医師が自宅で開業しているクリニックだ。
そこは、普通の住宅地にあり、全くの普通の民家である。
玄関が通りから見えないような作りになっている以外は、全く変哲もない普通の一軒家である。
そこの家庭的なこじんまりとした部屋のカウチに寝転んで、月に一度、医者と話をする。
それが診療だ。
ジュンスやマリのように、生活時間が不規則の人間には、とてもありがたいクリニックだった。
たとえ夜でも、お互いの都合がつけば、診察してもらえる。
ジュンスはよくこの医者に夜電話して、マリの様子を伝えた。
今日は、ジュンスの中に芽生えている決意をこの医者にも聞いてほしい。
それが無謀なのか、あるいは実行可能なのか・・・。
この2年の付き合いで、医者は、マリのジュンスへあふれる思いは知っている。
しかし、実際のところ、ジュンスがどれほどの思いでいるかはわからない。
このクリニックへ通い出して、一年経った時、ジュンスは自分の中で決意した。
マリの面倒をずっと見ていくことを・・・。
自分がいなくては、心が不安定になってしまうマリを見捨てていくわけにはいかなかった。
でも、今は・・・マリは、以前より、ジュンスにとっては人生の重い足枷になっている。
本当に愛している女とは結ばれることができない。
そして、テスを愛したことにより、マリはより色褪せて、一生背負っていくにはあまりにも重い荷物になってしまった。
テスを知る前は、それでも・・・マリと一緒の人生もそれなりに悪くないと思っていた。
マリはジュンスを愛してやまなかったし、マリのかわいい面もジュンスには理解できた。
たぶん、人は、この程度、好きなら恋人であったり妻であったりするのかもしれないとも思った。
仕事で会う女たちも、マリと大して変わらないように思われた。
テスに会うまでは・・・。
ちょっとした気まぐれ・・・。
なぜか、彼女を採用してもいいとひらめいた瞬間。
自分は何を思ったかわからないが、今日という日を迎えるなんて、思ってもいなかった。
激しい恋の相手。
抑えようのない熱い感情が、ジュンスの中であふれている。
たぶん・・・マリの自分への感情、それはまさに、自分がテスを思う気持ちと同じなのだ。
そんなマリを・・・。
しかし、マリを背負うと決めた日の気持ちに比べて、今のジュンスには、もう苦痛しか残されていない・・・。
マリが来るまで、ジュンスはスタジオで仕事を片付け、最近の日課になったテスへのメールを打っている。
それは発信されることはない。
ただ、ジュンスが自分の気持ちを書き綴るだけだ。
そして、削除・・・。
2階の洗濯機が終わった音が聞こえる。
シャツだけは干して、あとは乾燥するか。
ジュンスが立ち上がって、2階へ上がっていく。
マリは、ジュンスとの約束の時間にスタジオへやってきた。
マ:ジュンス? ジュンス!
ジュンスはスタジオにはいなかった。
マリは、ブラブラとスタジオの中を歩きまわる。
ジュンスの携帯が開いたままだった。
今まで、ジュンスの携帯をチェックしたことはなかったが、開いて置かれたままの携帯が、マリを呼んでいるようにも思える。
マリが携帯を手に取る。
ドキドキしながら、中を見ようとすると、2階で音がした。
ジュンスが何かやっているようだ。
マリは焦燥感にかられながらも、携帯の画面を見る。
メールの途中で席を外したようだ。
読む。
「元気か。オレはいつものように寂しいよ。
でも、今日は一つの決意をした。
ずいぶん、悩んだが、おまえを諦めることができないから。
おまえを泣かせたまま、別れることなんてできないから。
おまえがいないと、オレは生きていけないから。
今日、オレは、」
マリはじっとその文面を見つめる。
自分の知らないジュンス。
自分の知らないジュンスの世界がそこにある。
女?
私以外の女?
こうやって、恋人として、認められている私以外の女?
そっちがいないと生きられないの?
私以外の人がいないと、ジュンス、あなたは生きられないの?
宛先・・・「愛しの羊」?
何これ?
冗談かしら・・・。
誰?
あっ!!
マ:ねえ、ジュンス! あなた、羊となら地下へいくのね!
ジ:羊じゃないよ、この人はカメラマンの卵だ。
あの羊・・・。
ジ:オバサンじゃないよ。
あの羊。
ヤン・テス!!
マリの中で何かが弾けた・・・。
2階の音が近づいてきた。
マリは慌てて、携帯をジュンスのデスクに置き、自分は反対側の席に座る。
ジュンスが下りてきた。
ジ:ああ、来てたのか。声をかけろよ。
マ:うん・・・。
ジ:どうした? 具合が悪いのか?(マリの顔をじっと見る)
マリは、ジュンスを見つめるが、胸が苦しくて、答えられない。
ジ:どうしたんだ。・・・大丈夫か!
ジュンスがマリの前に来て、顔をようく見る。
マリの目付きがおかしい・・・。
ジ:じゃあ、行くか。30分で着くから、そのくらいは大丈夫だな。
ジュンスは、力が抜けたように座り込み、じっとジュンスを見ているマリを支えるように抱き起こし、スタジオの玄関まで抱きかかえていく。
玄関まで来て、
ジ:あ、ちょっと待って。
急いで、自分のデスクまで行き、携帯を取る。
画面を開いて、削除する。
マリから見ると、ジュンスがメールを送信しているように、見える。
あの女に、メールを送ったの?
今日、あなたは何をするつもり?
もしかして・・・
私を捨てるの?
その話をしたいの?
あなたがいなくちゃ生きられないのに・・・。
あなたなしの人生なんて有り得ないのに。
あなたは簡単に私を捨てられるの?
できないでしょ?
できるはずがない・・・。
今までだって、別れられなかった。
絶対、そんなことできない。
そんなこと、させない!
ジュンスが戻ってきた。
ジ:じゃあ、行こう。大丈夫か?(やさしい目で見る)
マリは目を見張りながら、ジュンスを見つめるが、一言も発しない。
ジュンスはマリの変調に心を乱しながらも、ワゴン車にマリを乗せる。
少し、不安になりながらも、運転席に座ってもう一度マリを見る。
ジ:すぐ着くからな。・・・そうだ。寝てろ、な。寝てればいい。
ジュンスは車を出した。
ジュンスは心配しながら、ちらっちらっとマリを見るが、マリは押し黙って座っている。
あと5分くらいで、クリニックへ着く時だった。
マリが口を開いた。
マ:私を捨てる気?(焦点の定まらない目をしている)
ジ:え? (耳を疑う)
マ:あの女と一緒になんかさせない・・・。
ジ:マリ?
マ:あんな女になんか、絶対渡さないわ!(強い口調で言う)
ジ:マリ!
マ:ジュンスは私だけのもの。私だけのものよ! 私以外の人が触っちゃだめ。だめよ!
ジ:マリ、落ち着け!
マ:ヤンなんかにあげない。あげるはずがないじゃない! ジュンス、あなたは、あなたは、あなたは、あなたは・・・。
ジ:マリ! マリ!
ジュンスはマリをちらっと見ながら、車を止められる場所を探しながら、運転する。
急には止まれない。今、二車線の内側にいる。
ここでは止まれない。
車線を変更する。
右側に出られた。
どこかで駐車しなくては!
マ:ジュンス! あなたは一生、私だけのものよ! 誰にも渡さない! 私の命だもの!
マリがシートベルトを外し、ジュンスに覆いかぶさった。
そして、マリが大きくハンドルを切った。
車は、大きく右へ逸れて、歩道を越え、工事現場の中へと突っ込んでいった。
朝一番にテスの携帯がなった。
編集者のパク・スンジンだった。
テ:もしもし?
パ:いやあ、テスちゃん。
テ:どうしたの、こんな朝早くから?
パ:うん・・・。テスちゃん、ジュンちゃんとはケンカ別れしたわけじゃないよね?
テ:なんで?
パ:なんで辞めたの?
テ:・・・。私にはスタイリストのほうが合ってるんじゃないかって。発展的辞職よ。(笑)コッキリ先生も知ってる先生よ。
パ:シンジャ先生ね。
テ:そう。なんか、問題でもあった?
パ:いや・・・。
パク・スンジンは少し考えてから話し始めた。
パ:なら、言うけど、ジュンちゃん、昨日、交通事故に遭ってさ。
テ:え!(胸がズキンとする)
パ:でも、軽傷なんだ。だから大丈夫なんだけど。一応検査も兼ねて入院しているんだ。
テ:そう・・・・。
パ:それで、病院に運ばれた時、一時意識がなかったから、オレのところに連絡がきたんだよ。うちの企画書持ってたから。
テ:命に別状はないのね?
パ:ああ。
テ:そう・・・。車で?
パ:ああ。
テ:人を轢いたとかじゃないですよね?
パ:ああ。
テ:そう・・・安心しました・・・。
パ:それで、所持品の携帯で、君の名前を見て。
テ:別に私の名前を見たって・・・。
パ:それが・・・。「愛しの羊」っていうのがあって・・・。
テスは胸が詰まる。
パ:もしかして・・・テスちゃんかなと思って、番号見たら、オレの持ってるテスちゃんの番号と同じだったんだ。
テスは涙がこみ上げて言葉が出ない。
パ:テスちゃん?
テ:ごめん・・・ちょっと待って。
テスは涙を拭いて、気持ちを整える。
テ:ごめんなさい・・・。
パ:いいんだよ・・・。それで、知らせてあげたほうがいいなと思って・・・。
テ:・・・ありがとう。でも、私には何もできないでしょ?
パ:いや・・・。
テ:マリさんは? マリがいるでしょ? 先生についてるの?
パ:それが・・・。マリさんが、ジュンちゃんが運転している横からハンドルを切って、工事現場へ突っ込んだんだ。
テスは血の気が引いていく。
テ:・・・どうして? どうして!
パ:理由はわからないけど・・・マリさんがうわ言みたいに、「ジュンスを殺しちゃった」って言ってて。
テ:それで?!(胸が苦しい!)
パ:今は精神安定剤を飲んで寝てるけど・・・。「ジュンスが死んじゃった」って、何度も何度も言って、パニックだった。
そんなあ!!
テ:で、先生は! ジュンスは! ジュンスは本当に軽傷なの? ホント? ホントに大丈夫なのね? (泣く)
パ:テスちゃん!
テ:ジュンスは、ジュンスは、今どこに入院してるの? 行くわ。今すぐに行くわ!
パ:テスちゃん!
テ:どこ? どこよ? 教えて! そんな、そんな、ひどいわ! ひどすぎるわ!
テスは、急いで着替えると、バッグを掴み、マンションの部屋を出ていった。
第8部へ続く
熱い思い・・・。
それぞれの心を燃やす
熱い炎。
それは、自分を燃やし、
相手をも燃やし尽くす・・・。
ジュンスとマリは・・・。
そしてテスは!
あなたに出会えたことが
私の人生を彩る
この恋を
貫こう
たとえ
どんな障害が
あっても
私は
この恋に
生きる
だから
あなたも
助けて
愛しい人!
私と
一緒に
生きて
ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しい人」8部
【第8章 愛することの重さ】
テスが病院へやってくると、受付の前のベンチに編集者のパク・スンジンが座っていた。
テ:パクさん・・・。
パ:テスちゃん・・・。(立ち上がる)ジュンちゃん、今検査に行ってるよ。意識もしっかりしているし。大事をとって、検査を受けている。
テ:体のほうは、どこもケガはなかったのね?(顔を覗きこむ)
パ:足をね・・・骨折してるだけだよ。
テ:電話で、軽傷だって!
パ:一般的に、1ヶ月未満のケガは軽傷って言うんだよ。
テ:そんなあ。他は? 他は大丈夫なのね?
パ:たぶんね。検査の結果を見ないとわからないけど。
テ:パクさん、いい加減じゃない!
パ:仕方ないだろ? まだわからないんだから。とにかく、エアバックが作動して助かった。それに、突っ込む前にマリさんの様子が変な感じになってたんで、駐車できるところを探しながら走ってたから、そんなにスピードも出てなかったみたいだし。ビルの工事現場に突っ込んだんだけど、外側に張られていたテントが、スピードを減速してくれたみたい。でもね、それがフロントグラスを覆ったんで、前が見えないまま、掘ってあった地下室用の穴に落ちたんだから、たいへんなことだよ。
テ:深かったの?
パ:みたい。でも、ちょうど、地下に足場が組まれていて、それに引っかかりながら落ちていったから、よかったんだよ。でも、怖かっただろうなあ。
テ:そう・・・。(胸が痛い)
パ:ジュンちゃんは、運が強いよ。
テスはパク・スンジンの話を聞いていて、ジュンスを思うと苦しくなってくる。
軽傷といっても、自分が考えていた軽傷とはわけが違った。
テ:病室で待っていればいいのかしら?
パ:うん。そうして。テスちゃんがいる間、ちょっと社へ戻ってきていい?
テ:ええ。後で連絡する。
パ:サンキュ!
テ:ゆっくりでいいですよ。シンジャ先生にはさっき電話しながらきたから。今日は休めるし。
パ:そう。ジュンちゃんの力になってあげて。テスちゃん、気を確かにね。
テ:うん、ありがとう。
パクは、テスの肩を叩いて勇気付け、帰っていった。
テスは玄関に近いスペースで、シンジャに電話をする。
ジュンスの事故の様子を話し、とりあえず、一週間の休暇をもらった。
病室に入り、窓の外を見ながら、ジュンスが戻るのを待った。
しばらくして、ストレッチャーに乗ったジュンスが戻ってきた。
左足を包帯でグルグル巻きにして、足を吊っている。
二人とも目が合って、胸がいっぱいになったが、何気ないフリをして、ナース達に挨拶をし、一緒にベッドへ移す手伝いをした。
ナースを見送ると、テスはジュンスの横へ立った。
ジ:テス・・・。
テ:大丈夫?
ジ:来てくれたんだね。
テ:うん。パクさんがね、あなたの携帯を見て・・・。連絡してくれたの。
ジ:そうか。見たのか。聞いた?
テ:・・・うん。
ジ:愛しの羊。おまえにぴったりだろ?
テ:・・・ジュンス・・・。(涙が出てくる)
ジ:そんな顔するなよ。この間みたいに元気にしてろよ。
テ:うん。でも・・・。よかった。あなたが無事で・・・。
ジ:体中痛いけど、なんとか大丈夫。
テ:左足、骨折したの?
ジ:うん、足にはエア・バックは出てこないからね。つぶれなかっただけよかったよ。
テ:ジュンス。(そんなあ・・・)
ジ:昨日、手術をして、金具で骨を繋いでいるんだ。
テ:そう・・・。
ここまで言って、テスは黙って、ジュンスを見つめた。
ジ:驚いた?
テ:うん・・・。一瞬、心臓が止まるかと思った。
ジ:オレも驚いた・・・。
テ:何があったの? 事故の様子は聞いたけど。その前に何があったの?
ジ:・・・・。
テ:教えて・・・。
ジ:・・・。
テ:マリさんが、ジュンスが死んじゃったって、少しおかしかったみたい・・・。
ジ:そうか。
テ:彼女も無事よ。少し・・・気持ちが高ぶってるけど。
ジュンスとテスが見つめ合った。
ジ:パクさんは?
テ:会社へ行ったわ。その間、私が面倒見てあげる。いい?
ジ:(テスの言葉にジーンとする)ありがとう。だったら、もっと近くへ来て。パクさんはいつもオレの手を握ってくれたよ。
テ:やだ。(笑って、イスを近づけて座る)これで、いい?
ジ:もっとちゃんと握ってくれたよ。
テ:パクさんてそういう人なの?
ジ:そう。知らなかった?(笑う)もっとギュッと握って。力を入れて。
テスがギュッと握って顔を見る。
ジ:顔を撫でてくれたよ。(当たり前のように言う)
テスは立ち上がって、顔を見下ろし、頬を撫でる。顔中に細かい傷があり、ところどころに絆創膏が貼ってある。
テ:顔もずいぶんケガしちゃったのね・・・。(見つめる)
ジ:うん・・・。マリが覆いかぶさった時に、マリの洋服のカフスとかピアスとかなんだかいろいろ当たったんだ。
テ:そう・・・。(やさしく顔を撫でる)
ジ:それから、パクさんは・・・。
テ:もう、それ以上はしなかったはずよ。
ジ:牽制したな。
テ:・・・。(やさしく微笑む)これは私から・・・。
テスがジュンスにやさしくキスをする。
ジ:・・・。パクさんのより、いいよ。
テ:うん・・・。(微笑む)
テスはまたイスを引いて、ジュンスの近くに座った。
ジ:何もしなくていいから、ここにいて。
テ:いるわ・・・。だから、眠って。
ジ:もったいないな・・・。(テスを見る)
テ:手を握っているから・・・。
ジ:途中でパクさんの手と変えないでよ。
テ:うん・・・。寝て。
ジュンスが目を閉じた。
別れの日、二人で時を過ごして、テスは今と同じように、夜が明けていくしじまの中で、ジュンスの寝顔をじっと見つめていた。
これで世界が終わってしまえばいいと思ったあの瞬間。
ジュンスは美しい寝顔で寝ていた。
そして、テスは少しずつ、体を離し、ベッドから降りて、寝ているジュンスを残し、部屋を後にした。
今、ジュンスが目の前で寝ている。
静かに寝息を立てて・・・。
でも、今のジュンスはあの時と違って、少し痩せて、傷ついて、包帯に巻かれ、ひっそりと眠っている。
苦しいほどに、恋しかった人。
ジュンスを思うと、胸が痛くて、切なくて切なくて・・・会いたくて会いたくて。
そんなにまで恋しかったジュンス・・・。
こんなに傷ついて・・・。
テスはもう一度立ち上がって、片手で、顔を撫で、髪を撫で付ける。
こんな姿になってしまったジュンス。
愛しい、愛しいジュンス。
テスは涙がとめどなく流れてくる。鼻をすすりながら、ジュンスを眺める。
ジ:泣かないで。
ジュンスが目を瞑ったまま、言った。
テ:ジュンス。こんなことになるなんて・・・。あなたがかわいそうすぎるわ。
ジュンスが目を開けた。
ジ:テス。泣かないで。昨日の、マリの状態をよく把握していなかったのは、オレだから・・・。マリは・・・少し、心を病んでいる。オレに出会ったせいで・・・。あいつが新人の頃、よく一緒に仕事をした。でも、オレには、マリに特別惹かれるところはなかった。確かに、可愛かったけど・・・。でも、それだけだった。オレが恋に落ちるには子供過ぎて・・・。あいつはいつもとても元気で明るいから、交際を申し込まれても、軽くかわしたんだ。それがある日、仕事から、帰ったら、スタジオの前に座り込んでいた・・・。声をかけたけど、返事がなくて。最初、暗がりで状況がよくわからなかった。よく見ると、スカートがびしょ濡れだった。それで、顔を起こしてみると・・・手首を切っていたんだよ。それが始まりだった。それから、少し元気になってきたところで、オレはあいつから離れようとしたんだ。そうしたら、電話がかかってきて、これから、ガス栓を捻るって。オレは慌てて、あいつの部屋へ行って・・・・。ガスが充満している部屋の中へ入って、ガスの元栓を止めて、窓を開けた。そして、あいつを引き摺り出して、救急車を呼んだんだ。
テ:なんてことなの!
ジ:それからは怖くて、あいつを一人にできない。ガスの自殺未遂があってから、ずっと一緒に精神科に通っているんだ。そんなことを続けて、一年して、オレはあいつを一生面倒見る覚悟をした。それが去年。去年から恋人同士になったんだよ。あいつは喜んだ。オレももしかしたら、このままうまくやっていけるかもしれないと思ったんだ。
テ:・・・。
ジ:おまえに出会ってなかったら、今でもずっとそのまま、同じ暮らしをしてたよ。
テ:ジュンス・・・。
ジ:でも、出会っちゃったんだ。おまえに。こんなに好きになってしまうおまえに。不思議だね、人の出会いって。
テ:ジュンス。
ジ:昨日は事故の少し前に、急に、マリが、「おまえにはオレを渡さない」って言い出して・・・。どうしてそう思ったのかな・・・。
テ:ジュンス。
ジ:確かにオレの中では決意してたんだ。テス、オレは、おまえと一緒になりたいって。愛しているおまえを不幸にして、自分もおまえが恋しくて・・・そんなのってやっぱり変だって。でも、なんで急に、マリが言い出しかがわからないんだ。
テ:ジュンス・・・。私、今度のことでは、マリさんが許せないの。
ジ:テス。
テ:あの人、自分のことしか考えてないわ・・・。自分のしたことの重大さがわからないのかしら?
あなたのこと、あなたの命をどう思っているのかしら・・・。それに、私・・・。
ジ:ユニちゃんのこと?
テ:ええ。わかった? 私がそのことを思い出すって。あなたの車が歩道に乗り上げて、工事現場に突っ込んだって聞いて、あなたが他の人を巻き添えにしていたらどうしようって、とても苦しくなったの。怖かったけどパクさんに聞いたら、それはなかったって。安心した・・・。でも、もしかしたらって考えたら、ぞっとして苦しくなったの。そんなことをあなたにさせる人。あなたを人殺しにする人って、いったい・・・。
ジ:テス。あいつには、周りが見えないんだ・・・。もしかすると、自分のことも。オレのことも。見えてないのかもしれない・・・。たまに思うんだ。マリは本当にオレを愛しているのだろうかって。ホントにオレが見えているんだろうかって。
テ:ジュンス。
ジ:あいつの心が歪んでしまったのはオレのせいだけど、その先に、ちゃんと本当のオレがいるのかって。ホントのオレが好きなのかって。恋に恋しているだけなんじゃないかって。
テ:ジュンス。・・・これから、解決していきましょう。私、もう、あなたを諦めない!
ジ:テス!(テスの決意に驚く)
テ:もう隠れない。もう心も隠さない。あなたを愛していること、隠さない。
ジ:テス!
テ:・・・辛かった。あなたと別れて辛かった。身も心も、あなたがいなくちゃ寂しくて・・・。一人でなんか生きられないわ。辛くって。
ジ:テス。
テ:それでもなんとか頑張ったの。ホントに頑張ったのよ。でも、この間、あなたに会ったら・・・。我慢できなくなっちゃったの。もう気持ちを抑えることができなくなっちゃったの。
ジ:テス! オレもおまえがいないと、心が空っぽになってしまうんだ。おまえと一緒にいたいんだ。
テ:私、一緒にマリさんのことも考えるわ。あなたと一緒にいたいの。あなたのそばにいたいの。そばにいてもいいわよね?
ジ:テス! いて。ずっとそばにいて。
テ:ジュンス、あなたが好き。きっとずっと好きよ。ずっとずっと愛せるわ。
テスはジュンスのベッドに腰掛け、ジュンスの顔を両手で包む。
ジュンスもテスの顔を撫でて、テスが顔を近づけ、二人は久しぶりに長いキスをした。
次の日、編集者のパク・スンジンにジュンスを預けて、テスはシンジャの元を訪ねた。
シ:そうか・・・。たいへんだったね。で、どうする?
テ:先生には悪いんですけど、急にこんなことになっちゃって・・・。私、仕事を辞めます。ジュンスに付き添いたいんです。
シ:うん。そっか。残念だけど、仕方ないね。わかった。・・・無期限休暇をあげるわ。
テ:え?
シ:だって、仕事失くしちゃったら、あなただって困るでしょ? それに私はあなたが好きだし。コッキリは大切な後輩だし。ポ~ンとあなたを放り出せないのよ。
テ:先生!
シ:この責任は、ドンヒョンに取ってもらうわ。
テ:ドンヒョン先生にですか?
シ:うん! 新しいアシスタント、よこせって電話する。だから、テスは心配しなくていいよ。こっちはなんとかするから。
テ:(胸がいっぱいになる)すみません。
シ:テス! それだけ思う人なら、捕まえなくちゃ。ね! 手を放しちゃだめよ!
テ:はい・・・。
シ:一度擦れ違うと、元には戻れないから・・・。
テ:先生・・・。
シ:こういう時こそ、全身全霊尽くさなくちゃ。
テ:はい!
テスはジュンスの看護に専念することにした。
ジュンスは動けないものの、顔や体の傷は順調に治ってきている。
食欲も出てきた。
テスがジュンスの体を拭く。
すべての世話をテスは進んで自らの手で行った。
ジュンスの検査結果も特に異常は見られず、外傷を負っているところだけが傷ついていることがわかって一安心した。
あとの心配はマリだった。
入院して10日ほど経ったある日、ジュンスの弟のテジョンがやってきた。
イラストレーターのテジョンは、ここのところ、インド、東南アジアと回って、一昨日帰国したところだった。帰国してみると、兄の担当編集者のパクからの留守番電話が入っており、慌てて仕事を片付け、病院へやってきた。
テジ:アニキ!
息を弾ませて、テジョンが病室へ入ってきた。
ジ:おい! おまえ、生きてたのか!
テジ:それはこっちの台詞だよ! 大丈夫なの? お袋に電話した?
ジ:いいよ。オレのことで心配させるなよ。
テジ:でもさあ、一人じゃたいへんだろ?
ジ:う~ん・・・。
部屋付きのトイレが流れる音がして、しばらくすると、テスが尿瓶を持って出てきた。
テスとテジョンの目が合った。
テジョンがテスの手にしているものを見る。
テ:あ、こんにちは。
テスも今さら、手にしているものを隠せない。
テジ:こんにちは・・・。こちらで、面倒見て下さってるんですか?
テ:・・・ええ・・・。(困った顔になる)
ジ:こっちへ来て座れよ。
テジ:え、ああ。(テジョンがジュンスの横へ行く)
ジ:心配かけたな。
テジ:うん・・・。パクさんに聞いたけど、たいへんなことになっちゃったね。
後ろから、テスが声をかける。
テ:私、ちょっと購買に行ってくるわ。テジョンさん、ゆっくりしていって。後でお話ししましょう。
テジ:そうですね・・・。(少し頭を下げる)
テスが部屋を出ていった。
テジ:(ジュンスの顔を見る)そういう関係・・・。
ジ:(ちょっと赤い顔をして)うん。
テジ:好きなの?
ジ:・・・結婚したいんだ。
テジ:そうなの? そんなに好きなんだ。
ジ:うん・・・。(恥ずかしそうに目を伏せる)
テジ:へえ・・・そうなんだ。本気なんだね。(ちょっと笑う)アニキがそんな顔するなんて・・・ホントに惚れてるんだ・・・。
ジ:うん。(笑)
テジ:そうかあ・・・。それはたいへんな事態だな。マリさんは気づいてたの?
ジ:わからない・・・。事故のほんの少し前に、急にテスには渡さないって言い出して・・・。
テジ:そうか・・・気持ちが弱いから・・・辛かったんだろうなあ・・・。
ジ:うん・・・。
テジ:今、彼女、どうしてるの?
ジ:隣の病棟にいるよ。気持ちが不安定だから・・・。右手を骨折したらしいけど、それ以外はなんとか回復したみたい。
テジ:会ったの?
ジ:いいや・・・。
テジ:なぜ?
ジ:なんていったらいいか、わからなくて・・・。テスが様子を覗きに行ってるんだ。定期的に。見えないようにね。
テジ:誰かついてるの?
ジ:マネージャーのホンさん。
テジ:そう・・・オレ、帰りに寄ってみるよ。
ジ:そうか?
テジ:うん。友人として見過ごせないからね。それは、こんなことになっちゃったのは、彼女が悪いけど。心の弱い人だから・・・。普通じゃないでしょ? ガラスみたいな人だから・・・。ちょっとかわいそうだよ。
ジ:うん。悪いな。仕事、忙しいの?
テジ:まあね。今回のイラスト旅行記、出すからさ。それだけだから・・・ちょくちょく顔を出すよ。ホントにお袋に言わなくていい?(心配そうに見る)
ジ:言うなよ。ホントに心配するから・・・。
テジ:でも、この足だろ?(ギブスで固まっている足を見る)
ジ:会わなきゃ、足を引き摺って歩いていてもわからないさ。(じっと見つめる)
テジ:アニキ・・・。
テスが戻ってきた。
テ:ねえ、もうすぐお昼よ。
ジ:テジョン、テスと一緒に食堂で食べてこいよ。
テジ:うん。
ジ:たまには・・・テスも誰かと一緒に食事したいんだよ。
テ:そんなあ・・・。(胸がいっぱいになる)
テジ:じゃあ、ご一緒しましょう。(テスを見て笑う)
テ:・・・ありがとう。まずはジュンスね。王様が食べてから、僕同士で食べましょう。
テジ:ああ、わがまま言ってるんだ。(ジュンスの顔を見る)
ジ:少しね・・・ほんの少し。(笑う)
テスが笑った。
ジュンスの昼食を済ませ、二人は病院の近くの食堂で、昼食をとり、今、病院のベンチに座って話をしている。
テジ:そうだったんだ。別れてたんだ・・・。それなのに、どうして、捨てられると思ったのかな?
テ:なぞね・・・。
テジ:それにしても、なんか、人生ってわからないね。オレの書いた求人広告で来て、アニキが採用して・・・。
テ:ホント。不思議ね。
テジ:もしかしたら、あの求人広告には、魔法がかかっていたのかもしれない。見えない字で、「本当の恋人求む」って。テスさんだけ、見えたんだね。
テ:・・・。(にこやかにテジョンを見る)
テジ:そうか・・・。アニキにも見えたんだよ。だから、採用したんだ。この魔法を解ける人が来たってわかったんだ。
テ:・・・。(見つめる)テジョンさんて、素敵。きっといいご本ができるわ。そう思う。
テジ:ありがとう。ときどき・・・マリさんに会いに来るよ。友人として。
テ:そうお? ありがとう。
テジ:あの人は、気持ちが弱いから・・・アニキも頑張って世話したのに・・・。残念な結果だね・・・。
テ:・・・。(俯く)
テジ:かわいそうでもあり、ちょっと叱りたい気分でもありかな・・・。
テ:うん・・・。でも、生きててよかった・・・。(下を向いたまま言う)
テジ:そうだね。・・・とにかく、あなたもアニキも、彼女のところへはいけないだろうから、会ってくるよ。少しずつ気持ちを聞くよ。
テ:うん。そうしてくれるとうれしい。変な言い方だけど、彼女を放っておけないのよ。
テジ:(じっとテスを見る)わかった。じゃあ、また来るよ。わがままなアニキをよろしくお願いします。
テ:ええ。
テジ:これからもたいへんかもしれないけど・・・。(真剣な目をする)
テ:テジョンさん。私、ジュンスと一緒にいられて、とても幸せなの。だから、大丈夫!(じっと見つめる)
テジ:うん!(笑う)
テジョンは小さなブーケを買って、マリの病室を訪ねた。
ノックする。
マ:はい。
テジ:お邪魔しま~す。
マ:テジョン!(懐かしさに目が潤む)
テジョンがマリの顔を見る。すっかり痩せ細り、真っ白な顔をしている。
テジ:どうだい。具合は?
マ:うん。今、薬を飲んでるから、少しだるいけど、元気よ。
テジ:腕をケガしたの?
マ:うん。骨折・・・。
テジ:そう・・・。
マリがテジョンを見る。
マ:怒んないの? お兄さんを殺そうとした女よ。
テジ:うん・・・。ゆっくり話を聞くよ。慌てなくていいよ。
マ:(溜息をつく)皆、そういうの。やさしく・・・。私がひどいことをしたのに。皆、そう言うわ・・・。
テジ:とにかく、まずは体が元気になることだよ。
マ:うん。・・テジョン・・・。彼に会った?
テジ:うん、会ってきたよ。左足を骨折しているから、動けないんだよ。
マ:そうなの。一人だった? 誰かいるの?
テジ:(首を傾げてマリを見る)さあ、付き添いさんがいるのかな。オレが行った時は一人で寝てたよ。
マ:そう・・・。
テジ:会いたいの?
マ:・・・わからない・・・。もう会ってもらえそうにない気がする・・・。(涙が出る)
テジ:どうかな・・・。(顔をよく見る)
マ:私なんか死んじゃえばいいと思ってるよね。
テジ:そんなことはないだろ。
マ:そうお?
テジ:そういう人じゃないだろ?
マ:たぶん・・・。
マリがぼうっと窓の外へ目をやる。
マ:なんだか疲れちゃった・・・。いろんなことが。(額に手をかざす)薬のせいかな・・・ちゃんと考えられないの。ぼうっとしちゃって。もっとジュンスのこと、いっぱい考えたいのに。疲れちゃって・・・。
テジ:寝てろよ。休んだほうがいい。それで元気になってから、いっぱい考えたらいいよ。
マ:うん。(ベッドに横たわる)
テジ:焦らなくてもゆっくりでいいんだよ。(布団をかける)
マ:うん・・・。また来てくれる? 来てくれるとうれしいんだけど・・・。
テジ:来るよ。
マ:来てね・・・。ジュンスの様子も聞かせてね。会いにいけないから。
テジ:わかった。じゃあね。
テジョンの会ったマリはひっそりとしていた。
薬が効いているのか、テジョンの知っているマリではなかった。
テジョンの知っているマリ。
いつも元気で明るくて・・・それでいて、ある日突然、激昂してしまう。自殺未遂を繰り返す。
時にあふれすぎる感情が収まらず、どうしようもなく塞ぎ込んだり、一人大泣きをしていたマリ。
今のマリはのっぺらぼうのようだ。
テジョンには、今のマリが不憫で、お説教もできなかった。
マリは朝の回診のあと、朝食を食べている。
マネージャーのホンさんが、薬と水を用意する。
ホ:今日は顔色がいいね。このまま、元気になるといいね。(顔を覗く)
マ:うん。
ホ:ちょっと会計に行ってきていい?
マ:いいよ。
ホ:じゃあね。すぐ戻るから。
ホンが部屋を出ていった。マリは朝食を食べ終わって、薬の前に水を飲む。
薬を口に入れようとして考える。
ここのところ、いろいろ考えたいのに、考えをまとめることができない。
ジュンスのことも。
あの事故のことも。
あのメールのことも。
これからのジュンスとのことも。
じっと薬を見て、手に取り、化粧ポーチのポケットにしまう。
これを飲んでいてはだめ。
何も考えられなくなる。
マリは水だけ飲んで朝食のトレイをベッドサイドに置いた。
夜のジュンスの病室。テスが動き回っている。
ジ:テス。寝付くまで、隣に寝て。
ジュンスが、洗濯物をたたんでいるテスに言う。
テ:もう、甘えんぼさん。(笑う)
ジ:いいじゃないか。こんな時くらい。
テ:なんか、甘えるくせがついてるわよお。リハビリが始まったらビシビシやるから、覚えておいて!
ジ:いいよ。そのほうが早く治るから。(笑う)
テスがジュンスの横に添い寝する。
テスがやさしく、ジュンスを腕枕して、抱く。
ジ:もっと顔を近づけて・・・。
ジュンスが目を閉じたままに言う。
テ:この間、テジョンさんに本当のことを言えばよかった・・・。ホントに人使いが荒いって。それに甘えんぼだって。
ジ:言わなくてもわかってるよ。(目を瞑ったまま言う)
テ:そうお・・・。なんか、眠くなっちゃった・・・・。
ジ:・・・寝ちゃえよ。朝まで誰も来ないよ。
テ:そうね・・・ああ・・・眠い・・・。ホントに、もうだめ・・・。
疲れきっているテスは、すやすやと眠りに落ちる。
ジュンスもその横で気持ちよさそうに眠りについた。
マリはここ2日ほど、密かに薬をやめている。
ここのところで、やっといろいろなことを集中して考えられるようになった。
あんなことをしてしまった自分を、ジュンスは許してはくれないだろう。
もう二度とジュンスには会えないかもしれない。
私の全てだったジュンス・・・。
それを失ってしまうなんて・・・。
でも、どうしてこうなったの・・・。
そうあの女よ。後から来て、ジュンスを取っていった。
ジュンスの心を奪っていったのよ・・・。
あの女さえ、いなかったら、ジュンスと私は今でも幸せなカップルだったのに・・・。
未来の全てを書き換えたのは、あの女よ。
それにしても、もうあんなことをしてしまったんだもの。
ジュンスは怒っているにちがいない・・・。
薬を飲まないと、叱るジュンス。
ちゃんと、話し合いをしないで、あんなことをしたから、きっとものすごく怒ってるにちがいない。
これから、どうしたらいいの・・・。
ジュンスを取り戻せるかしら・・・。
ムリかしら・・・。
でも、やっぱり、ジュンスにそばにいてほしい・・・。
マリはフラフラと病室を出た。
今日はマネジャーのホンさんは午後から会社に呼ばれていた。
マリの今度の対策を練るため、今、会社でミーティングに出ている。
マリは、フラフラと廊下を歩いて、階段を上っていく。
テスは、毎日、午後4時過ぎにマリの様子を見に来る。
それは、マリが知らないだけで、ナースたちは、遠くからマリの様子を見るテスを毎日見かけている。
マネジャーのホンさんに連れられて、娯楽室でTVを見たりお茶を飲んだりする時間だ。
ホンさんはテスを知っていて、マリの様子がわかるように、毎日、娯楽室へ連れていく。
今日もテスがやってきた。
娯楽室を覗いてもマリはいなかった。
周りを見回しながら歩く。
マリの病室の前を通ると、ドアが開いたままだ。
ちょっと覗いてみるが、いない。
今までに、開けっ放しで出歩いたことがあったかしら。
少し待ってみるが、マリは戻ってこない。
何かの検査かもしれない。諦めて帰りながら、ナース・ステーションの前を通る。
ちょっと聞いてみようかな・・・。
テ:すみません。303号室のチャン・マリさんは今、検査か何かですか?
ナ:ああ、マリさん。いいえ。今日は付き添いの方がいらっしゃらないから、お部屋にいるんだと思いますよ。
テ:それが、病室の戸が開いていて、中にいないんです。
ナ:ええ!(驚く)
ナースが出てきて、マリの部屋を見る。
ナ:どうしたのかしら。一人じゃあマズイわ。あの人・・・。
テ:そんな・・・。
テスも心配になって辺りを見回す。
廊下を進んでいくと、階段がある。
上? 下?
上は屋上・・・下は・・・・。
屋上・・・。屋上!
テスは階段を駆け上がって、屋上へ出る。
マリがいた。
マリは、フェンスの前に座り込んでじっと考えている。
静かにテスが近づいた。
テ:マリさん・・・。(やさしく声をかける)
マリが振り返って、テスを見た。
マ:あなた! なんでここにいるの!(驚く)
テ:・・・。
マ:ジュンスといるの?
テ:あなたのお見舞いに来たの・・・。
マ:うそばっかり!
テ:うそじゃないわ・・・。
マ:あなたでしょ? ジュンスをたぶらかしたのは! あなたのせいで・・・あなたのせいで、もうジュンスのもとへ戻れないじゃない!
テ:マリさん・・・。
マ:ジュンスにあんなことしちゃって。(涙が出る)ジュンスにもう許してもらえない・・・。もう私をキライになっちゃう・・・。
テ:マリさん。落ち着いて・・・。(やさしく言う)
テスはマリの様子をじっと見ている。
テ:マリさん?
マ:皆、皆、あなたのせいよ。何でコッキリなんかに来たのよ! あんたみたいなオバサンが来る所じゃなかったのに! 何で、あんたが好きなの? 私よりずっとオバサンなのに! 私のこと、見たくて仕方がない人がいっぱいいるのに・・・。こんな私が恋人なのに、何で、あんたなんかのほうがいいのかしら? 私のほうがぜんぜんいいのに・・・。ジュンスはおかしいわよ! ジュンスに何をしたのよ! なんでジュンスがおかしくなっちゃったの?
テ:マリさん・・・。
マ:ああ、もう! 何であなたなの! 何であなたなのよお! 何であなたに負けちゃうのよお!(激しく泣く)バカみたい! バカみたいじゃない! 負ける相手が違うわ!(泣きじゃくる)私が一番のはずなのに・・・・。
テ:・・・マリさん。
マリは泣くのをやめて、一瞬間、静かになった。そして、顔を上げる。
マ:ああ、死んじゃえばよかった!(急に気持ちが変わる) 二人で死んじゃえばよかったのに! 全部、あなたのせいよ! ジュンスがいなかったら、生きられないのに。こんなに愛してるのに! もう、ジュンスは私を許してくれない・・・。私のしたことを許してくれない・・・。あんたのせいよ!
テ:マリさん・・・。落ち着いて。ジュンスはきっと・・・。
マ:もう死んでやるわ!(フェンスを跨ぐ)
マ:ジュンスに愛されないなら、死んでやる! もう死んでやるわ!
テ:マリさん!
マリがテスを睨みつけている。テスもじっとマリを見つめる。
テ:そうね。死にたければ、私、あなたを止めないわ。
マリがその言葉に驚いて、テスを見る。
マ:やっぱり、本性を出したわね! あなたっていう人の本性はそれね!
テ:マリさん! 私、今回のことで、あなたのこと、ものすごく怒ってるの。あなた、わかる? もしかしたら、ジュンスは、人殺しになっていたかもしれないのよ!
マ:私が死んだら?
テ:あなたじゃないわ・・・。もし、誰かが歩道を歩いていたら・・・。ジュンスは人殺しになっていたのよ。
マ:・・・。
テ:私には娘がいたの。5歳の。でもね、大雪が降った次の日、幼稚園バスを待つ列に車がスリップしてきて・・・轢かれて亡くなったの。
マ:子供がいたの・・・。(驚く)
テ:もう、2年以上前の話・・・。私は辛かった・・・。娘を殺した人を、憎んで憎んで、ずっと恨み通したかった・・・。でもね、もしかしたら、自分もそうやって人を轢いていたかもしれないのよ。その人だって、わざとじゃないの。前の日の雪がキレイに除雪されてなくて、凍っていて、そこでスリップしちゃったの。私は苦しかった・・・恨みたい相手は、恨めない人だったのよ。それでも、たった一人の娘を奪われて、苦しくて辛くて、死にそうだった・・・。マリさん、あなたはそれを故意にやったのよ。もしそこに小さな子供の列が歩いていたら? あなたは自分のことしか考えていない・・・。ジュンスの気持ちも、ジュンスの命も、他の人を巻き込んでしまうかもしれない危険も、何も考えていなかったのよ・・・・。
マリは呆然として、テスを見る。
マ:・・・あの日。ジュンスから、なんてメールをもらったの?
テ:メール?
マ:ジュンスがあなた宛に書いた携帯のメールよ。私が見た時、最後の文の途中だった・・・。彼、なんて送ったの? 最後になんて書いてあったの?
テ:メールなんてもらってないわ。私がスタジオを離れてから、一回もメールも電話ももらってないわ。(きっぱりと言う)
マ:うそ! うそつき!
テ:だったら、今、見たら。私、ここに携帯持ってるから。
テスがポケットから携帯を出す。
テ:見て!
マ:そんなあ・・・。じゃあ、どうして・・・。
テ:たとえ、彼が打っているところを見たとしても、私は受け取ってないわ・・・。送信してないんじゃないの?
マ:ジュンスが私と別れるような文面だった・・・。あなたがいないと寂しいって。あなたを不幸にしたままにできないって。ジュンスもあなたがいなくちゃ生きられないって・・・。だから・・・だから、決意したって・・・。
テ:(涙が出てしまう)それで、彼にあんなことをしたの?
マ:私から離れようとしたから・・・。あなたなんかに渡したくなかった!(涙があふれる)
テ:あなたは・・・。・・・・どうしてそうやって、命を粗末にするの?
マ:・・・・。
テ:そんなに簡単に捨てられる命なら、自分ひとりで、未練なんか残さないで死んじゃえばいいのよ。
マ:・・・ひどい・・・。
テ:だって、あなたにとっての命って軽いんでしょ?
マ:・・・・。
テ:私が娘を失って嘆いた日々なんて想像できないでしょ? あなたを助けたジュンスの気持ちも想像できないでしょ?
マ:ジュンスは・・・。私を・・・。
テ:二度もジュンスを巻き添えにして・・・。ガスが充満している部屋へあなたを助けにいったジュンスの気持ちなんて、わからないでしょ?
マ:・・・。
テ:彼だって命がけだったのよ!もしかしたら、あなたが助かって、彼が死んだかもしれないのに・・・。なぜ、ジュンスの命を弄ぶの? あんなに一生懸命守ってくれた人なのに・・・。
マ:彼が愛してくれなかったからよ! 私を置き去りにしようとしたからよ!
テ:あなたの愛が彼を生かそうとしなかったからよ。いつも、ジュンスを恐怖の淵において、好きな人をいつも苦しめて・・・。もっとやさしく愛してあげればよかったのに・・・。脅しなんか使わなくても、彼は愛してくれたのに・・・。ジュンスはあなたを一生背負っていこうとしてたのに。かわいそうだわ・・・。かわいそうすぎるわ・・・。
マ:・・・。
マリはテスをじっと見つめて苦しそうな顔をした。
そして、決意したように、くるっと向きを変えて、5階建ての病院の下を恐々、覗きこんだ。
テスは走って飛び込み、マリに抱きついて、マリを引き倒した。
今、マリは静かにベッドで眠っている。
ドアにカギをかけられて・・・。
一人、寂しくベッドで眠っている。
テスが助けたところへ、ナースたちがやってきた。
マリの心は今、均衡を失っている。
でも、マリは助かった瞬間、テスを大きな目で見つめて、テスに抱きついて泣いた。
第9部(最終回)へ続く
人を愛することは素敵だ
なのに、なぜこんなに
苦しいのか
私の愛し方が間違っているのか・・・。
マリの心はどこへ行くのでしょうか。
ジュンスは。
テスは・・・。
どこに到達点があるのか。
でも、ジュンスに惹き込まれていくテスの気持ちは、とても切なくて、
その想いも苦しさも・・・共感できる・・・と思います。
ではお楽しみください。
あなたに出会えたことが
私の人生を彩る
この恋は
私だけのもの
たとえ
あなたがどう思おうとも
私は
この恋に
生きる
だから
あなたを
絶対
手放さない
愛しい人!
あなたの
全ては
私のもの
ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しい人」7部
【第7章 恋の炎】
テスがスタジオに戻っても、シンジャはまだ戻ってきていなかった。
バッグを置いて、午後の撮影の準備をテキパキと始める。
テス、オレはまだ諦めてないよ。
おまえがいなくちゃ・・・。
ジュンスの言葉が蘇る。
ジュンスの言葉が何度も何度もテスの中でこだまする。
テスは胸が締め付けられて、涙がこみ上げる。
諦める覚悟をしたのに・・・。
テスは涙が次から次へあふれてきて、座り込んで泣いてしまう。
シンジャがスタジオに入ろうとすると、座り込み、声を潜めて肩を震わせ、泣いているテスがいた。
マ:ねえ、まだ終わらないの?
マリがスタジオの元テスの席に座って、イスを左右に揺らしながら、向かいのデスクで、電卓を叩いているジュンスに話しかける。
ジ:ちょっと静かにしろよ。今、計算してるんだよ。
マ:そう。(イスをぐるっと回して後ろを向く)そんなこと、得意じゃなかったのに・・・。最近、真面目ね。またパートさん、雇えばいいのに・・・。なんで急にオバサン、やめちゃったのかしら・・・。
ジ:おい、気が散って計算できないじゃないか・・・。(ジュンスがイライラする)
ジュンスはまた、最初から計算し直す。
もともと、ジュンスは経理が得意ではなかった。
テスが来る前は、少しいい加減でも、出張旅費の請求も遅れがちでも、気にしなかったが、テスがキチンとやってくれていたので、そのペースを崩したくない。
マ:いつまでかかるのかな・・・。(イスを元に戻してじっと見る)
ジ:あ~。(もうイヤになる)うまくいかないな・・・。
マ:ねえ、ジュンス!
マリは、立ち上がって、ジュンスを見て、自分のデスクに寝そべるようにして、ジュンスの方へ向かう。
マ:ねえ、今日はもういいじゃない!
ジュンスが顔をあげた。
少しマリを睨んでいたが、気持ちを切り替える。
ジ:うん・・・。じゃあ、食事に行くか!
マ:やった!(うれしそうに微笑む)
ジ:でも、そのあと戻ってきたら、これをやるから、おまえは帰れ。(イスを反らして座り、マリをじっと見る)
マ:え~え! つまんない!
ジ:じゃあ、もう帰れよ。ここのところ、忙しいんだ。(また仕事にとりかかろうとする)
マ:わかったわよ。食事をしてから、か・え・る! ジュンス、ホントに誰かに来てもらったほうがいいわ。前は一人でやってたのに・・・。なんで、できなくなっちゃったの?
ジュンスは立ち上がって、ジャケットを着ながら、「本当に、なんで、できなくなってしまったんだろう」と思う。
テスが来る前は、どうやって仕事をしてたのか・・・不思議だ。
確かに、テスが来てから出した写真集が当たって、仕事は増えた。だが、基本的には同じことをしているはずだ。
テスは一つ一つをキチンと仕分けして、やりやすいように決済箱を作ったり、システマチックに仕事をまとめてくれた。
しかし、それはテスと二人だったから、やりやすかっただけで、一人では却って煩わしい。
マ:ジュンス。ホントにパートさん、雇ったら?
ジ:(顔を見ないで)もう、誰も雇わないよ。
マ:なんで? オバサンで失敗したの? あの人、どうしちゃったの?
ジ:(マリの言葉が気持ちを逆撫でる)オバサンなんていうな。(財布をポケットに入れる)
マ:だって!
ジ:ヤンさんだよ。(マリをじっと見る)
マ:わかったわよ! ヤンさん。でも、どこ行っちゃったの、あの人。
ジ:自分の合った仕事を見つけたんだよ。
マ:そうなんだ・・・。じゃあ、しょうがないわね。(にこっとして)じゃあ、マリが手伝う?
ジ:おまえは絶対いらない!(ちょっと睨んでから笑う)じゃあ、行くか!
マ:うん!
夜中、一人、仕事を終えたジュンスは、デスクで大きく伸びをする。
シーンと静まり返ったスタジオを見回す。
座り手のいないデスクが自分の目の前にある。
テス、テス、ヤン・テス・・・。
テスの名前を口にしてみる。
携帯を取り出して、メールを打つ。
「元気にしてるか?
オレは寂しいよ」
じっと、携帯の場面を見て、ジュンスはポンとボタンを押す。
削除。
閉じる。
ああ・・・。
また、携帯の画面を開く。
「おまえがいないと
空っぽだ。テス、おまえは?」
じっと見て、削除する・・・。
「ヤン・テス」
名前修正。
「オレのテス」
修正。
「愛するテス」
修正。
「愛しいテス」
修正。
「愛しの羊」
登録。
あ~あ・・・。
ちょっとした心の隙間。
何もしていない時間・・・・テスを思い出して辛い。
今はね、仕事が助けてくれる。慰めてくれるわ。夢中になれるの。
テスはそう言った。
テスもオレと同じように、何もしない時間が空しいのか・・・辛いのか・・・。
ジュンスはフイルムを持って、地下の暗室へ下りていく。
暗室のライトをつけて、準備をする。
奥の壁に飾ってある写真を見る。
赤いライトの中で、テスが笑っている。
幸せそうに笑っている。
コッキリ! 私は・・・あなたがいるから生きられる! それだけ! どこにいてもね!
テスの声が聞こえる。
ジュンスは涙ぐむが、涙を拭って、自分の気持ちを振り切るように、仕事の準備を始めた。
あの日、ジュンスと会ってから、テスの気持ちは大きく揺れている。
ここまで我慢してきたものが・・・まるでマグマが噴出したように、ジュンスが恋しい。
蓋をしておいたものが、蓋さえ内側から押し流してあふれ出る。
ジンスが恋しい。
あの日を思い出して、テスは自分の腕を抱いた。
出版社に戻る途中、強くジュンスがテスの腕を引っ張った。
あの時、ジュンスが力強くテスの腕を握り締めた感覚が抜けない。忘れられない。
そして、それが恋しくて仕方がない。
ジュンスの力強く抱く腕を思い出す。
手を、
指を、
思い出す。
恋しい!
抱かれた時の胸の厚さを、
温もりを、
ニオイを。
懐かしい・・・恋しい・・・。
朝、ユニのグラスにオレンジジュースをついで、テスは、それをじっと見つめた。
初めてのロケの日に、ジュンスが「行っておいで」と言って、買ってきたプーさんのグラス。
ここには、テスだけではない、ユニへの愛までも詰まっているようで思えて、テスはジュンスが恋しい。
まるで、ユニまでジュンスの子供のように、三人は家族だったように、ジュンスが懐かしい夫であったかのように、ジュンスが恋しい。
何を見ても、感じても、ジュンスが恋しい。
恋しさが日ごと、テスの中で膨張し、テスを呼吸困難に陥れる。
一時、乗り切れると思った、あの感情が、今はもっと大きく、何倍にもなってあふれ出てくる。
頭だけでなく、
心だけでなく、
腕だけでなく、
目も、
耳も、
唇も、
首筋も、
うなじも、
胸も、
ウェストも、
腰も、
下腹部も、
股(もも)も、
足のつま先までも、
体全体が、
テスの中にある細胞の全てが、ジュンスを恋しがる。
テスは今、最大の窮地に陥った・・・。
夜のバーのカウンターで、ドンヒョンとシンジャが飲んでいる。
ド:どう、テスは、頑張ってる?(グラスを傾ける)
シ:うん。ものすごく一生懸命やってるわよ。あの子にはスタイリストが合ってるわ。それに事務もできるし、助かってるの。(微笑む)
ド:おい。なんでもかんでもやらせて、こき使うなよ。(タバコを吸う)
シ:わかってるわよ。ところで、あの子って、コッキリの彼女だったのね。(ジントニックを飲む)
ド:聞いたの? テスから?
シ:うううん。この前、A出版で撮影してたら、隣のスタジオで、コッキリが仕事してたのよ。あっちが終わって帰ろうとしたところで、コッキリがテスを見かけて。テスと話をさせてほしいって。
ド:そうか・・・。うん・・・。(タバコの灰を落とす)
シ:驚いちゃった。あなたとコッキリって、気マズイ仲じゃなかったの? どんな理由かわからないけど・・・。ずっと音信不通って感じじゃなかった?
ド:う~ん・・・。オレも、たまたま少し前にあそこへ行ってて、ジュンスとテスに偶然会って、少し話して・・・それから知ってるんだよ。(タバコを吸う)
シ:そうだったの。でも、なんで別れたのかしら? あの子、コッキリと会った後、一人で泣いてたからさ。痛々しくて、声もかけられなかったわ。(ジントニックを飲む)
ド:ふ~ん、そうか・・・。
シ:ねえ、あの二人って同い年? そのくらい?
ド:う~ん、そうか、そうだな。同い年だ。確かに。
シ:そう・・・。(懐かしそうな目をする)昔、同い年の恋人がいたわね、私たちも。
ド:そういえば、そんなのもいたなあ・・・。
シ:ひどい言い方ね、あなた。(横目で見て笑う)
ド:いやあ、あれは苦(にが)かったよ。(グラスを見て苦笑する)
シ:そうだったの?
ド:ああ、苦い思い出だ。「私は仕事のほうを選ぶわ」とか言っちゃって。うん・・・あれは、ビターテーストだった。(グラスを傾けて、見つめる)
シ:ビターテースト?(ドンヒョンのグラスを一緒に見る)
ド:そう、記憶しておいて。(笑ってシンジャを見る)あれはビターテーストだった。
シ:(目が合って顔を赤くさせながら)ふ~ん。髪の短い女はキライじゃなかったの?
ど:いや、あの経験が、キライにさせた。そういうもんさ。(笑う)
シ:そうだったの・・・。
ド:ま、おまえみたいな鈍感な女にはわからない話さ。
シ:・・・。
ド:傷ついた?
シ:・・・傷ついたわ。ひどい・・・。
ド:そう? でも、まだオレが傷つけたよりは軽いはずだよ。
シ:・・・。
ド:(バーテンに)あ、バーボン、お代わり。(タバコを吸う)
シ:タバコ、やめなさいよ。肺がんになるわよ。
ド:いいさ。別に見取ってくれる女もいないんだから。(吸う)
シ:仕返しするつもりね? 私に・・・。
ド:ああ、命を賭けてね。(シンジャを見つめる)
シ:・・・バカね!(笑う)
今日は、月に一度のマリの診察日だ。
二回目の自殺未遂から、マリは定期的に精神科の医者のもとを訪れている。
当時運ばれた大学病院の医師が自宅で開業しているクリニックだ。
そこは、普通の住宅地にあり、全くの普通の民家である。
玄関が通りから見えないような作りになっている以外は、全く変哲もない普通の一軒家である。
そこの家庭的なこじんまりとした部屋のカウチに寝転んで、月に一度、医者と話をする。
それが診療だ。
ジュンスやマリのように、生活時間が不規則の人間には、とてもありがたいクリニックだった。
たとえ夜でも、お互いの都合がつけば、診察してもらえる。
ジュンスはよくこの医者に夜電話して、マリの様子を伝えた。
今日は、ジュンスの中に芽生えている決意をこの医者にも聞いてほしい。
それが無謀なのか、あるいは実行可能なのか・・・。
この2年の付き合いで、医者は、マリのジュンスへあふれる思いは知っている。
しかし、実際のところ、ジュンスがどれほどの思いでいるかはわからない。
このクリニックへ通い出して、一年経った時、ジュンスは自分の中で決意した。
マリの面倒をずっと見ていくことを・・・。
自分がいなくては、心が不安定になってしまうマリを見捨てていくわけにはいかなかった。
でも、今は・・・マリは、以前より、ジュンスにとっては人生の重い足枷になっている。
本当に愛している女とは結ばれることができない。
そして、テスを愛したことにより、マリはより色褪せて、一生背負っていくにはあまりにも重い荷物になってしまった。
テスを知る前は、それでも・・・マリと一緒の人生もそれなりに悪くないと思っていた。
マリはジュンスを愛してやまなかったし、マリのかわいい面もジュンスには理解できた。
たぶん、人は、この程度、好きなら恋人であったり妻であったりするのかもしれないとも思った。
仕事で会う女たちも、マリと大して変わらないように思われた。
テスに会うまでは・・・。
ちょっとした気まぐれ・・・。
なぜか、彼女を採用してもいいとひらめいた瞬間。
自分は何を思ったかわからないが、今日という日を迎えるなんて、思ってもいなかった。
激しい恋の相手。
抑えようのない熱い感情が、ジュンスの中であふれている。
たぶん・・・マリの自分への感情、それはまさに、自分がテスを思う気持ちと同じなのだ。
そんなマリを・・・。
しかし、マリを背負うと決めた日の気持ちに比べて、今のジュンスには、もう苦痛しか残されていない・・・。
マリが来るまで、ジュンスはスタジオで仕事を片付け、最近の日課になったテスへのメールを打っている。
それは発信されることはない。
ただ、ジュンスが自分の気持ちを書き綴るだけだ。
そして、削除・・・。
2階の洗濯機が終わった音が聞こえる。
シャツだけは干して、あとは乾燥するか。
ジュンスが立ち上がって、2階へ上がっていく。
マリは、ジュンスとの約束の時間にスタジオへやってきた。
マ:ジュンス? ジュンス!
ジュンスはスタジオにはいなかった。
マリは、ブラブラとスタジオの中を歩きまわる。
ジュンスの携帯が開いたままだった。
今まで、ジュンスの携帯をチェックしたことはなかったが、開いて置かれたままの携帯が、マリを呼んでいるようにも思える。
マリが携帯を手に取る。
ドキドキしながら、中を見ようとすると、2階で音がした。
ジュンスが何かやっているようだ。
マリは焦燥感にかられながらも、携帯の画面を見る。
メールの途中で席を外したようだ。
読む。
「元気か。オレはいつものように寂しいよ。
でも、今日は一つの決意をした。
ずいぶん、悩んだが、おまえを諦めることができないから。
おまえを泣かせたまま、別れることなんてできないから。
おまえがいないと、オレは生きていけないから。
今日、オレは、」
マリはじっとその文面を見つめる。
自分の知らないジュンス。
自分の知らないジュンスの世界がそこにある。
女?
私以外の女?
こうやって、恋人として、認められている私以外の女?
そっちがいないと生きられないの?
私以外の人がいないと、ジュンス、あなたは生きられないの?
宛先・・・「愛しの羊」?
何これ?
冗談かしら・・・。
誰?
あっ!!
マ:ねえ、ジュンス! あなた、羊となら地下へいくのね!
ジ:羊じゃないよ、この人はカメラマンの卵だ。
あの羊・・・。
ジ:オバサンじゃないよ。
あの羊。
ヤン・テス!!
マリの中で何かが弾けた・・・。
2階の音が近づいてきた。
マリは慌てて、携帯をジュンスのデスクに置き、自分は反対側の席に座る。
ジュンスが下りてきた。
ジ:ああ、来てたのか。声をかけろよ。
マ:うん・・・。
ジ:どうした? 具合が悪いのか?(マリの顔をじっと見る)
マリは、ジュンスを見つめるが、胸が苦しくて、答えられない。
ジ:どうしたんだ。・・・大丈夫か!
ジュンスがマリの前に来て、顔をようく見る。
マリの目付きがおかしい・・・。
ジ:じゃあ、行くか。30分で着くから、そのくらいは大丈夫だな。
ジュンスは、力が抜けたように座り込み、じっとジュンスを見ているマリを支えるように抱き起こし、スタジオの玄関まで抱きかかえていく。
玄関まで来て、
ジ:あ、ちょっと待って。
急いで、自分のデスクまで行き、携帯を取る。
画面を開いて、削除する。
マリから見ると、ジュンスがメールを送信しているように、見える。
あの女に、メールを送ったの?
今日、あなたは何をするつもり?
もしかして・・・
私を捨てるの?
その話をしたいの?
あなたがいなくちゃ生きられないのに・・・。
あなたなしの人生なんて有り得ないのに。
あなたは簡単に私を捨てられるの?
できないでしょ?
できるはずがない・・・。
今までだって、別れられなかった。
絶対、そんなことできない。
そんなこと、させない!
ジュンスが戻ってきた。
ジ:じゃあ、行こう。大丈夫か?(やさしい目で見る)
マリは目を見張りながら、ジュンスを見つめるが、一言も発しない。
ジュンスはマリの変調に心を乱しながらも、ワゴン車にマリを乗せる。
少し、不安になりながらも、運転席に座ってもう一度マリを見る。
ジ:すぐ着くからな。・・・そうだ。寝てろ、な。寝てればいい。
ジュンスは車を出した。
ジュンスは心配しながら、ちらっちらっとマリを見るが、マリは押し黙って座っている。
あと5分くらいで、クリニックへ着く時だった。
マリが口を開いた。
マ:私を捨てる気?(焦点の定まらない目をしている)
ジ:え? (耳を疑う)
マ:あの女と一緒になんかさせない・・・。
ジ:マリ?
マ:あんな女になんか、絶対渡さないわ!(強い口調で言う)
ジ:マリ!
マ:ジュンスは私だけのもの。私だけのものよ! 私以外の人が触っちゃだめ。だめよ!
ジ:マリ、落ち着け!
マ:ヤンなんかにあげない。あげるはずがないじゃない! ジュンス、あなたは、あなたは、あなたは、あなたは・・・。
ジ:マリ! マリ!
ジュンスはマリをちらっと見ながら、車を止められる場所を探しながら、運転する。
急には止まれない。今、二車線の内側にいる。
ここでは止まれない。
車線を変更する。
右側に出られた。
どこかで駐車しなくては!
マ:ジュンス! あなたは一生、私だけのものよ! 誰にも渡さない! 私の命だもの!
マリがシートベルトを外し、ジュンスに覆いかぶさった。
そして、マリが大きくハンドルを切った。
車は、大きく右へ逸れて、歩道を越え、工事現場の中へと突っ込んでいった。
朝一番にテスの携帯がなった。
編集者のパク・スンジンだった。
テ:もしもし?
パ:いやあ、テスちゃん。
テ:どうしたの、こんな朝早くから?
パ:うん・・・。テスちゃん、ジュンちゃんとはケンカ別れしたわけじゃないよね?
テ:なんで?
パ:なんで辞めたの?
テ:・・・。私にはスタイリストのほうが合ってるんじゃないかって。発展的辞職よ。(笑)コッキリ先生も知ってる先生よ。
パ:シンジャ先生ね。
テ:そう。なんか、問題でもあった?
パ:いや・・・。
パク・スンジンは少し考えてから話し始めた。
パ:なら、言うけど、ジュンちゃん、昨日、交通事故に遭ってさ。
テ:え!(胸がズキンとする)
パ:でも、軽傷なんだ。だから大丈夫なんだけど。一応検査も兼ねて入院しているんだ。
テ:そう・・・・。
パ:それで、病院に運ばれた時、一時意識がなかったから、オレのところに連絡がきたんだよ。うちの企画書持ってたから。
テ:命に別状はないのね?
パ:ああ。
テ:そう・・・。車で?
パ:ああ。
テ:人を轢いたとかじゃないですよね?
パ:ああ。
テ:そう・・・安心しました・・・。
パ:それで、所持品の携帯で、君の名前を見て。
テ:別に私の名前を見たって・・・。
パ:それが・・・。「愛しの羊」っていうのがあって・・・。
テスは胸が詰まる。
パ:もしかして・・・テスちゃんかなと思って、番号見たら、オレの持ってるテスちゃんの番号と同じだったんだ。
テスは涙がこみ上げて言葉が出ない。
パ:テスちゃん?
テ:ごめん・・・ちょっと待って。
テスは涙を拭いて、気持ちを整える。
テ:ごめんなさい・・・。
パ:いいんだよ・・・。それで、知らせてあげたほうがいいなと思って・・・。
テ:・・・ありがとう。でも、私には何もできないでしょ?
パ:いや・・・。
テ:マリさんは? マリがいるでしょ? 先生についてるの?
パ:それが・・・。マリさんが、ジュンちゃんが運転している横からハンドルを切って、工事現場へ突っ込んだんだ。
テスは血の気が引いていく。
テ:・・・どうして? どうして!
パ:理由はわからないけど・・・マリさんがうわ言みたいに、「ジュンスを殺しちゃった」って言ってて。
テ:それで?!(胸が苦しい!)
パ:今は精神安定剤を飲んで寝てるけど・・・。「ジュンスが死んじゃった」って、何度も何度も言って、パニックだった。
そんなあ!!
テ:で、先生は! ジュンスは! ジュンスは本当に軽傷なの? ホント? ホントに大丈夫なのね? (泣く)
パ:テスちゃん!
テ:ジュンスは、ジュンスは、今どこに入院してるの? 行くわ。今すぐに行くわ!
パ:テスちゃん!
テ:どこ? どこよ? 教えて! そんな、そんな、ひどいわ! ひどすぎるわ!
テスは、急いで着替えると、バッグを掴み、マンションの部屋を出ていった。
第8部へ続く
熱い思い・・・。
それぞれの心を燃やす
熱い炎。
それは、自分を燃やし、
相手をも燃やし尽くす・・・。
ジュンスとマリは・・・。
そしてテスは!
あなたに出会えたことが
私の人生を彩る
この恋を
貫こう
たとえ
どんな障害が
あっても
私は
この恋に
生きる
だから
あなたも
助けて
愛しい人!
私と
一緒に
生きて
ぺ・ヨンジュン 主演
キム・へス
「愛しい人」8部
【第8章 愛することの重さ】
テスが病院へやってくると、受付の前のベンチに編集者のパク・スンジンが座っていた。
テ:パクさん・・・。
パ:テスちゃん・・・。(立ち上がる)ジュンちゃん、今検査に行ってるよ。意識もしっかりしているし。大事をとって、検査を受けている。
テ:体のほうは、どこもケガはなかったのね?(顔を覗きこむ)
パ:足をね・・・骨折してるだけだよ。
テ:電話で、軽傷だって!
パ:一般的に、1ヶ月未満のケガは軽傷って言うんだよ。
テ:そんなあ。他は? 他は大丈夫なのね?
パ:たぶんね。検査の結果を見ないとわからないけど。
テ:パクさん、いい加減じゃない!
パ:仕方ないだろ? まだわからないんだから。とにかく、エアバックが作動して助かった。それに、突っ込む前にマリさんの様子が変な感じになってたんで、駐車できるところを探しながら走ってたから、そんなにスピードも出てなかったみたいだし。ビルの工事現場に突っ込んだんだけど、外側に張られていたテントが、スピードを減速してくれたみたい。でもね、それがフロントグラスを覆ったんで、前が見えないまま、掘ってあった地下室用の穴に落ちたんだから、たいへんなことだよ。
テ:深かったの?
パ:みたい。でも、ちょうど、地下に足場が組まれていて、それに引っかかりながら落ちていったから、よかったんだよ。でも、怖かっただろうなあ。
テ:そう・・・。(胸が痛い)
パ:ジュンちゃんは、運が強いよ。
テスはパク・スンジンの話を聞いていて、ジュンスを思うと苦しくなってくる。
軽傷といっても、自分が考えていた軽傷とはわけが違った。
テ:病室で待っていればいいのかしら?
パ:うん。そうして。テスちゃんがいる間、ちょっと社へ戻ってきていい?
テ:ええ。後で連絡する。
パ:サンキュ!
テ:ゆっくりでいいですよ。シンジャ先生にはさっき電話しながらきたから。今日は休めるし。
パ:そう。ジュンちゃんの力になってあげて。テスちゃん、気を確かにね。
テ:うん、ありがとう。
パクは、テスの肩を叩いて勇気付け、帰っていった。
テスは玄関に近いスペースで、シンジャに電話をする。
ジュンスの事故の様子を話し、とりあえず、一週間の休暇をもらった。
病室に入り、窓の外を見ながら、ジュンスが戻るのを待った。
しばらくして、ストレッチャーに乗ったジュンスが戻ってきた。
左足を包帯でグルグル巻きにして、足を吊っている。
二人とも目が合って、胸がいっぱいになったが、何気ないフリをして、ナース達に挨拶をし、一緒にベッドへ移す手伝いをした。
ナースを見送ると、テスはジュンスの横へ立った。
ジ:テス・・・。
テ:大丈夫?
ジ:来てくれたんだね。
テ:うん。パクさんがね、あなたの携帯を見て・・・。連絡してくれたの。
ジ:そうか。見たのか。聞いた?
テ:・・・うん。
ジ:愛しの羊。おまえにぴったりだろ?
テ:・・・ジュンス・・・。(涙が出てくる)
ジ:そんな顔するなよ。この間みたいに元気にしてろよ。
テ:うん。でも・・・。よかった。あなたが無事で・・・。
ジ:体中痛いけど、なんとか大丈夫。
テ:左足、骨折したの?
ジ:うん、足にはエア・バックは出てこないからね。つぶれなかっただけよかったよ。
テ:ジュンス。(そんなあ・・・)
ジ:昨日、手術をして、金具で骨を繋いでいるんだ。
テ:そう・・・。
ここまで言って、テスは黙って、ジュンスを見つめた。
ジ:驚いた?
テ:うん・・・。一瞬、心臓が止まるかと思った。
ジ:オレも驚いた・・・。
テ:何があったの? 事故の様子は聞いたけど。その前に何があったの?
ジ:・・・・。
テ:教えて・・・。
ジ:・・・。
テ:マリさんが、ジュンスが死んじゃったって、少しおかしかったみたい・・・。
ジ:そうか。
テ:彼女も無事よ。少し・・・気持ちが高ぶってるけど。
ジュンスとテスが見つめ合った。
ジ:パクさんは?
テ:会社へ行ったわ。その間、私が面倒見てあげる。いい?
ジ:(テスの言葉にジーンとする)ありがとう。だったら、もっと近くへ来て。パクさんはいつもオレの手を握ってくれたよ。
テ:やだ。(笑って、イスを近づけて座る)これで、いい?
ジ:もっとちゃんと握ってくれたよ。
テ:パクさんてそういう人なの?
ジ:そう。知らなかった?(笑う)もっとギュッと握って。力を入れて。
テスがギュッと握って顔を見る。
ジ:顔を撫でてくれたよ。(当たり前のように言う)
テスは立ち上がって、顔を見下ろし、頬を撫でる。顔中に細かい傷があり、ところどころに絆創膏が貼ってある。
テ:顔もずいぶんケガしちゃったのね・・・。(見つめる)
ジ:うん・・・。マリが覆いかぶさった時に、マリの洋服のカフスとかピアスとかなんだかいろいろ当たったんだ。
テ:そう・・・。(やさしく顔を撫でる)
ジ:それから、パクさんは・・・。
テ:もう、それ以上はしなかったはずよ。
ジ:牽制したな。
テ:・・・。(やさしく微笑む)これは私から・・・。
テスがジュンスにやさしくキスをする。
ジ:・・・。パクさんのより、いいよ。
テ:うん・・・。(微笑む)
テスはまたイスを引いて、ジュンスの近くに座った。
ジ:何もしなくていいから、ここにいて。
テ:いるわ・・・。だから、眠って。
ジ:もったいないな・・・。(テスを見る)
テ:手を握っているから・・・。
ジ:途中でパクさんの手と変えないでよ。
テ:うん・・・。寝て。
ジュンスが目を閉じた。
別れの日、二人で時を過ごして、テスは今と同じように、夜が明けていくしじまの中で、ジュンスの寝顔をじっと見つめていた。
これで世界が終わってしまえばいいと思ったあの瞬間。
ジュンスは美しい寝顔で寝ていた。
そして、テスは少しずつ、体を離し、ベッドから降りて、寝ているジュンスを残し、部屋を後にした。
今、ジュンスが目の前で寝ている。
静かに寝息を立てて・・・。
でも、今のジュンスはあの時と違って、少し痩せて、傷ついて、包帯に巻かれ、ひっそりと眠っている。
苦しいほどに、恋しかった人。
ジュンスを思うと、胸が痛くて、切なくて切なくて・・・会いたくて会いたくて。
そんなにまで恋しかったジュンス・・・。
こんなに傷ついて・・・。
テスはもう一度立ち上がって、片手で、顔を撫で、髪を撫で付ける。
こんな姿になってしまったジュンス。
愛しい、愛しいジュンス。
テスは涙がとめどなく流れてくる。鼻をすすりながら、ジュンスを眺める。
ジ:泣かないで。
ジュンスが目を瞑ったまま、言った。
テ:ジュンス。こんなことになるなんて・・・。あなたがかわいそうすぎるわ。
ジュンスが目を開けた。
ジ:テス。泣かないで。昨日の、マリの状態をよく把握していなかったのは、オレだから・・・。マリは・・・少し、心を病んでいる。オレに出会ったせいで・・・。あいつが新人の頃、よく一緒に仕事をした。でも、オレには、マリに特別惹かれるところはなかった。確かに、可愛かったけど・・・。でも、それだけだった。オレが恋に落ちるには子供過ぎて・・・。あいつはいつもとても元気で明るいから、交際を申し込まれても、軽くかわしたんだ。それがある日、仕事から、帰ったら、スタジオの前に座り込んでいた・・・。声をかけたけど、返事がなくて。最初、暗がりで状況がよくわからなかった。よく見ると、スカートがびしょ濡れだった。それで、顔を起こしてみると・・・手首を切っていたんだよ。それが始まりだった。それから、少し元気になってきたところで、オレはあいつから離れようとしたんだ。そうしたら、電話がかかってきて、これから、ガス栓を捻るって。オレは慌てて、あいつの部屋へ行って・・・・。ガスが充満している部屋の中へ入って、ガスの元栓を止めて、窓を開けた。そして、あいつを引き摺り出して、救急車を呼んだんだ。
テ:なんてことなの!
ジ:それからは怖くて、あいつを一人にできない。ガスの自殺未遂があってから、ずっと一緒に精神科に通っているんだ。そんなことを続けて、一年して、オレはあいつを一生面倒見る覚悟をした。それが去年。去年から恋人同士になったんだよ。あいつは喜んだ。オレももしかしたら、このままうまくやっていけるかもしれないと思ったんだ。
テ:・・・。
ジ:おまえに出会ってなかったら、今でもずっとそのまま、同じ暮らしをしてたよ。
テ:ジュンス・・・。
ジ:でも、出会っちゃったんだ。おまえに。こんなに好きになってしまうおまえに。不思議だね、人の出会いって。
テ:ジュンス。
ジ:昨日は事故の少し前に、急に、マリが、「おまえにはオレを渡さない」って言い出して・・・。どうしてそう思ったのかな・・・。
テ:ジュンス。
ジ:確かにオレの中では決意してたんだ。テス、オレは、おまえと一緒になりたいって。愛しているおまえを不幸にして、自分もおまえが恋しくて・・・そんなのってやっぱり変だって。でも、なんで急に、マリが言い出しかがわからないんだ。
テ:ジュンス・・・。私、今度のことでは、マリさんが許せないの。
ジ:テス。
テ:あの人、自分のことしか考えてないわ・・・。自分のしたことの重大さがわからないのかしら?
あなたのこと、あなたの命をどう思っているのかしら・・・。それに、私・・・。
ジ:ユニちゃんのこと?
テ:ええ。わかった? 私がそのことを思い出すって。あなたの車が歩道に乗り上げて、工事現場に突っ込んだって聞いて、あなたが他の人を巻き添えにしていたらどうしようって、とても苦しくなったの。怖かったけどパクさんに聞いたら、それはなかったって。安心した・・・。でも、もしかしたらって考えたら、ぞっとして苦しくなったの。そんなことをあなたにさせる人。あなたを人殺しにする人って、いったい・・・。
ジ:テス。あいつには、周りが見えないんだ・・・。もしかすると、自分のことも。オレのことも。見えてないのかもしれない・・・。たまに思うんだ。マリは本当にオレを愛しているのだろうかって。ホントにオレが見えているんだろうかって。
テ:ジュンス。
ジ:あいつの心が歪んでしまったのはオレのせいだけど、その先に、ちゃんと本当のオレがいるのかって。ホントのオレが好きなのかって。恋に恋しているだけなんじゃないかって。
テ:ジュンス。・・・これから、解決していきましょう。私、もう、あなたを諦めない!
ジ:テス!(テスの決意に驚く)
テ:もう隠れない。もう心も隠さない。あなたを愛していること、隠さない。
ジ:テス!
テ:・・・辛かった。あなたと別れて辛かった。身も心も、あなたがいなくちゃ寂しくて・・・。一人でなんか生きられないわ。辛くって。
ジ:テス。
テ:それでもなんとか頑張ったの。ホントに頑張ったのよ。でも、この間、あなたに会ったら・・・。我慢できなくなっちゃったの。もう気持ちを抑えることができなくなっちゃったの。
ジ:テス! オレもおまえがいないと、心が空っぽになってしまうんだ。おまえと一緒にいたいんだ。
テ:私、一緒にマリさんのことも考えるわ。あなたと一緒にいたいの。あなたのそばにいたいの。そばにいてもいいわよね?
ジ:テス! いて。ずっとそばにいて。
テ:ジュンス、あなたが好き。きっとずっと好きよ。ずっとずっと愛せるわ。
テスはジュンスのベッドに腰掛け、ジュンスの顔を両手で包む。
ジュンスもテスの顔を撫でて、テスが顔を近づけ、二人は久しぶりに長いキスをした。
次の日、編集者のパク・スンジンにジュンスを預けて、テスはシンジャの元を訪ねた。
シ:そうか・・・。たいへんだったね。で、どうする?
テ:先生には悪いんですけど、急にこんなことになっちゃって・・・。私、仕事を辞めます。ジュンスに付き添いたいんです。
シ:うん。そっか。残念だけど、仕方ないね。わかった。・・・無期限休暇をあげるわ。
テ:え?
シ:だって、仕事失くしちゃったら、あなただって困るでしょ? それに私はあなたが好きだし。コッキリは大切な後輩だし。ポ~ンとあなたを放り出せないのよ。
テ:先生!
シ:この責任は、ドンヒョンに取ってもらうわ。
テ:ドンヒョン先生にですか?
シ:うん! 新しいアシスタント、よこせって電話する。だから、テスは心配しなくていいよ。こっちはなんとかするから。
テ:(胸がいっぱいになる)すみません。
シ:テス! それだけ思う人なら、捕まえなくちゃ。ね! 手を放しちゃだめよ!
テ:はい・・・。
シ:一度擦れ違うと、元には戻れないから・・・。
テ:先生・・・。
シ:こういう時こそ、全身全霊尽くさなくちゃ。
テ:はい!
テスはジュンスの看護に専念することにした。
ジュンスは動けないものの、顔や体の傷は順調に治ってきている。
食欲も出てきた。
テスがジュンスの体を拭く。
すべての世話をテスは進んで自らの手で行った。
ジュンスの検査結果も特に異常は見られず、外傷を負っているところだけが傷ついていることがわかって一安心した。
あとの心配はマリだった。
入院して10日ほど経ったある日、ジュンスの弟のテジョンがやってきた。
イラストレーターのテジョンは、ここのところ、インド、東南アジアと回って、一昨日帰国したところだった。帰国してみると、兄の担当編集者のパクからの留守番電話が入っており、慌てて仕事を片付け、病院へやってきた。
テジ:アニキ!
息を弾ませて、テジョンが病室へ入ってきた。
ジ:おい! おまえ、生きてたのか!
テジ:それはこっちの台詞だよ! 大丈夫なの? お袋に電話した?
ジ:いいよ。オレのことで心配させるなよ。
テジ:でもさあ、一人じゃたいへんだろ?
ジ:う~ん・・・。
部屋付きのトイレが流れる音がして、しばらくすると、テスが尿瓶を持って出てきた。
テスとテジョンの目が合った。
テジョンがテスの手にしているものを見る。
テ:あ、こんにちは。
テスも今さら、手にしているものを隠せない。
テジ:こんにちは・・・。こちらで、面倒見て下さってるんですか?
テ:・・・ええ・・・。(困った顔になる)
ジ:こっちへ来て座れよ。
テジ:え、ああ。(テジョンがジュンスの横へ行く)
ジ:心配かけたな。
テジ:うん・・・。パクさんに聞いたけど、たいへんなことになっちゃったね。
後ろから、テスが声をかける。
テ:私、ちょっと購買に行ってくるわ。テジョンさん、ゆっくりしていって。後でお話ししましょう。
テジ:そうですね・・・。(少し頭を下げる)
テスが部屋を出ていった。
テジ:(ジュンスの顔を見る)そういう関係・・・。
ジ:(ちょっと赤い顔をして)うん。
テジ:好きなの?
ジ:・・・結婚したいんだ。
テジ:そうなの? そんなに好きなんだ。
ジ:うん・・・。(恥ずかしそうに目を伏せる)
テジ:へえ・・・そうなんだ。本気なんだね。(ちょっと笑う)アニキがそんな顔するなんて・・・ホントに惚れてるんだ・・・。
ジ:うん。(笑)
テジ:そうかあ・・・。それはたいへんな事態だな。マリさんは気づいてたの?
ジ:わからない・・・。事故のほんの少し前に、急にテスには渡さないって言い出して・・・。
テジ:そうか・・・気持ちが弱いから・・・辛かったんだろうなあ・・・。
ジ:うん・・・。
テジ:今、彼女、どうしてるの?
ジ:隣の病棟にいるよ。気持ちが不安定だから・・・。右手を骨折したらしいけど、それ以外はなんとか回復したみたい。
テジ:会ったの?
ジ:いいや・・・。
テジ:なぜ?
ジ:なんていったらいいか、わからなくて・・・。テスが様子を覗きに行ってるんだ。定期的に。見えないようにね。
テジ:誰かついてるの?
ジ:マネージャーのホンさん。
テジ:そう・・・オレ、帰りに寄ってみるよ。
ジ:そうか?
テジ:うん。友人として見過ごせないからね。それは、こんなことになっちゃったのは、彼女が悪いけど。心の弱い人だから・・・。普通じゃないでしょ? ガラスみたいな人だから・・・。ちょっとかわいそうだよ。
ジ:うん。悪いな。仕事、忙しいの?
テジ:まあね。今回のイラスト旅行記、出すからさ。それだけだから・・・ちょくちょく顔を出すよ。ホントにお袋に言わなくていい?(心配そうに見る)
ジ:言うなよ。ホントに心配するから・・・。
テジ:でも、この足だろ?(ギブスで固まっている足を見る)
ジ:会わなきゃ、足を引き摺って歩いていてもわからないさ。(じっと見つめる)
テジ:アニキ・・・。
テスが戻ってきた。
テ:ねえ、もうすぐお昼よ。
ジ:テジョン、テスと一緒に食堂で食べてこいよ。
テジ:うん。
ジ:たまには・・・テスも誰かと一緒に食事したいんだよ。
テ:そんなあ・・・。(胸がいっぱいになる)
テジ:じゃあ、ご一緒しましょう。(テスを見て笑う)
テ:・・・ありがとう。まずはジュンスね。王様が食べてから、僕同士で食べましょう。
テジ:ああ、わがまま言ってるんだ。(ジュンスの顔を見る)
ジ:少しね・・・ほんの少し。(笑う)
テスが笑った。
ジュンスの昼食を済ませ、二人は病院の近くの食堂で、昼食をとり、今、病院のベンチに座って話をしている。
テジ:そうだったんだ。別れてたんだ・・・。それなのに、どうして、捨てられると思ったのかな?
テ:なぞね・・・。
テジ:それにしても、なんか、人生ってわからないね。オレの書いた求人広告で来て、アニキが採用して・・・。
テ:ホント。不思議ね。
テジ:もしかしたら、あの求人広告には、魔法がかかっていたのかもしれない。見えない字で、「本当の恋人求む」って。テスさんだけ、見えたんだね。
テ:・・・。(にこやかにテジョンを見る)
テジ:そうか・・・。アニキにも見えたんだよ。だから、採用したんだ。この魔法を解ける人が来たってわかったんだ。
テ:・・・。(見つめる)テジョンさんて、素敵。きっといいご本ができるわ。そう思う。
テジ:ありがとう。ときどき・・・マリさんに会いに来るよ。友人として。
テ:そうお? ありがとう。
テジ:あの人は、気持ちが弱いから・・・アニキも頑張って世話したのに・・・。残念な結果だね・・・。
テ:・・・。(俯く)
テジ:かわいそうでもあり、ちょっと叱りたい気分でもありかな・・・。
テ:うん・・・。でも、生きててよかった・・・。(下を向いたまま言う)
テジ:そうだね。・・・とにかく、あなたもアニキも、彼女のところへはいけないだろうから、会ってくるよ。少しずつ気持ちを聞くよ。
テ:うん。そうしてくれるとうれしい。変な言い方だけど、彼女を放っておけないのよ。
テジ:(じっとテスを見る)わかった。じゃあ、また来るよ。わがままなアニキをよろしくお願いします。
テ:ええ。
テジ:これからもたいへんかもしれないけど・・・。(真剣な目をする)
テ:テジョンさん。私、ジュンスと一緒にいられて、とても幸せなの。だから、大丈夫!(じっと見つめる)
テジ:うん!(笑う)
テジョンは小さなブーケを買って、マリの病室を訪ねた。
ノックする。
マ:はい。
テジ:お邪魔しま~す。
マ:テジョン!(懐かしさに目が潤む)
テジョンがマリの顔を見る。すっかり痩せ細り、真っ白な顔をしている。
テジ:どうだい。具合は?
マ:うん。今、薬を飲んでるから、少しだるいけど、元気よ。
テジ:腕をケガしたの?
マ:うん。骨折・・・。
テジ:そう・・・。
マリがテジョンを見る。
マ:怒んないの? お兄さんを殺そうとした女よ。
テジ:うん・・・。ゆっくり話を聞くよ。慌てなくていいよ。
マ:(溜息をつく)皆、そういうの。やさしく・・・。私がひどいことをしたのに。皆、そう言うわ・・・。
テジ:とにかく、まずは体が元気になることだよ。
マ:うん。・・テジョン・・・。彼に会った?
テジ:うん、会ってきたよ。左足を骨折しているから、動けないんだよ。
マ:そうなの。一人だった? 誰かいるの?
テジ:(首を傾げてマリを見る)さあ、付き添いさんがいるのかな。オレが行った時は一人で寝てたよ。
マ:そう・・・。
テジ:会いたいの?
マ:・・・わからない・・・。もう会ってもらえそうにない気がする・・・。(涙が出る)
テジ:どうかな・・・。(顔をよく見る)
マ:私なんか死んじゃえばいいと思ってるよね。
テジ:そんなことはないだろ。
マ:そうお?
テジ:そういう人じゃないだろ?
マ:たぶん・・・。
マリがぼうっと窓の外へ目をやる。
マ:なんだか疲れちゃった・・・。いろんなことが。(額に手をかざす)薬のせいかな・・・ちゃんと考えられないの。ぼうっとしちゃって。もっとジュンスのこと、いっぱい考えたいのに。疲れちゃって・・・。
テジ:寝てろよ。休んだほうがいい。それで元気になってから、いっぱい考えたらいいよ。
マ:うん。(ベッドに横たわる)
テジ:焦らなくてもゆっくりでいいんだよ。(布団をかける)
マ:うん・・・。また来てくれる? 来てくれるとうれしいんだけど・・・。
テジ:来るよ。
マ:来てね・・・。ジュンスの様子も聞かせてね。会いにいけないから。
テジ:わかった。じゃあね。
テジョンの会ったマリはひっそりとしていた。
薬が効いているのか、テジョンの知っているマリではなかった。
テジョンの知っているマリ。
いつも元気で明るくて・・・それでいて、ある日突然、激昂してしまう。自殺未遂を繰り返す。
時にあふれすぎる感情が収まらず、どうしようもなく塞ぎ込んだり、一人大泣きをしていたマリ。
今のマリはのっぺらぼうのようだ。
テジョンには、今のマリが不憫で、お説教もできなかった。
マリは朝の回診のあと、朝食を食べている。
マネージャーのホンさんが、薬と水を用意する。
ホ:今日は顔色がいいね。このまま、元気になるといいね。(顔を覗く)
マ:うん。
ホ:ちょっと会計に行ってきていい?
マ:いいよ。
ホ:じゃあね。すぐ戻るから。
ホンが部屋を出ていった。マリは朝食を食べ終わって、薬の前に水を飲む。
薬を口に入れようとして考える。
ここのところ、いろいろ考えたいのに、考えをまとめることができない。
ジュンスのことも。
あの事故のことも。
あのメールのことも。
これからのジュンスとのことも。
じっと薬を見て、手に取り、化粧ポーチのポケットにしまう。
これを飲んでいてはだめ。
何も考えられなくなる。
マリは水だけ飲んで朝食のトレイをベッドサイドに置いた。
夜のジュンスの病室。テスが動き回っている。
ジ:テス。寝付くまで、隣に寝て。
ジュンスが、洗濯物をたたんでいるテスに言う。
テ:もう、甘えんぼさん。(笑う)
ジ:いいじゃないか。こんな時くらい。
テ:なんか、甘えるくせがついてるわよお。リハビリが始まったらビシビシやるから、覚えておいて!
ジ:いいよ。そのほうが早く治るから。(笑う)
テスがジュンスの横に添い寝する。
テスがやさしく、ジュンスを腕枕して、抱く。
ジ:もっと顔を近づけて・・・。
ジュンスが目を閉じたままに言う。
テ:この間、テジョンさんに本当のことを言えばよかった・・・。ホントに人使いが荒いって。それに甘えんぼだって。
ジ:言わなくてもわかってるよ。(目を瞑ったまま言う)
テ:そうお・・・。なんか、眠くなっちゃった・・・・。
ジ:・・・寝ちゃえよ。朝まで誰も来ないよ。
テ:そうね・・・ああ・・・眠い・・・。ホントに、もうだめ・・・。
疲れきっているテスは、すやすやと眠りに落ちる。
ジュンスもその横で気持ちよさそうに眠りについた。
マリはここ2日ほど、密かに薬をやめている。
ここのところで、やっといろいろなことを集中して考えられるようになった。
あんなことをしてしまった自分を、ジュンスは許してはくれないだろう。
もう二度とジュンスには会えないかもしれない。
私の全てだったジュンス・・・。
それを失ってしまうなんて・・・。
でも、どうしてこうなったの・・・。
そうあの女よ。後から来て、ジュンスを取っていった。
ジュンスの心を奪っていったのよ・・・。
あの女さえ、いなかったら、ジュンスと私は今でも幸せなカップルだったのに・・・。
未来の全てを書き換えたのは、あの女よ。
それにしても、もうあんなことをしてしまったんだもの。
ジュンスは怒っているにちがいない・・・。
薬を飲まないと、叱るジュンス。
ちゃんと、話し合いをしないで、あんなことをしたから、きっとものすごく怒ってるにちがいない。
これから、どうしたらいいの・・・。
ジュンスを取り戻せるかしら・・・。
ムリかしら・・・。
でも、やっぱり、ジュンスにそばにいてほしい・・・。
マリはフラフラと病室を出た。
今日はマネジャーのホンさんは午後から会社に呼ばれていた。
マリの今度の対策を練るため、今、会社でミーティングに出ている。
マリは、フラフラと廊下を歩いて、階段を上っていく。
テスは、毎日、午後4時過ぎにマリの様子を見に来る。
それは、マリが知らないだけで、ナースたちは、遠くからマリの様子を見るテスを毎日見かけている。
マネジャーのホンさんに連れられて、娯楽室でTVを見たりお茶を飲んだりする時間だ。
ホンさんはテスを知っていて、マリの様子がわかるように、毎日、娯楽室へ連れていく。
今日もテスがやってきた。
娯楽室を覗いてもマリはいなかった。
周りを見回しながら歩く。
マリの病室の前を通ると、ドアが開いたままだ。
ちょっと覗いてみるが、いない。
今までに、開けっ放しで出歩いたことがあったかしら。
少し待ってみるが、マリは戻ってこない。
何かの検査かもしれない。諦めて帰りながら、ナース・ステーションの前を通る。
ちょっと聞いてみようかな・・・。
テ:すみません。303号室のチャン・マリさんは今、検査か何かですか?
ナ:ああ、マリさん。いいえ。今日は付き添いの方がいらっしゃらないから、お部屋にいるんだと思いますよ。
テ:それが、病室の戸が開いていて、中にいないんです。
ナ:ええ!(驚く)
ナースが出てきて、マリの部屋を見る。
ナ:どうしたのかしら。一人じゃあマズイわ。あの人・・・。
テ:そんな・・・。
テスも心配になって辺りを見回す。
廊下を進んでいくと、階段がある。
上? 下?
上は屋上・・・下は・・・・。
屋上・・・。屋上!
テスは階段を駆け上がって、屋上へ出る。
マリがいた。
マリは、フェンスの前に座り込んでじっと考えている。
静かにテスが近づいた。
テ:マリさん・・・。(やさしく声をかける)
マリが振り返って、テスを見た。
マ:あなた! なんでここにいるの!(驚く)
テ:・・・。
マ:ジュンスといるの?
テ:あなたのお見舞いに来たの・・・。
マ:うそばっかり!
テ:うそじゃないわ・・・。
マ:あなたでしょ? ジュンスをたぶらかしたのは! あなたのせいで・・・あなたのせいで、もうジュンスのもとへ戻れないじゃない!
テ:マリさん・・・。
マ:ジュンスにあんなことしちゃって。(涙が出る)ジュンスにもう許してもらえない・・・。もう私をキライになっちゃう・・・。
テ:マリさん。落ち着いて・・・。(やさしく言う)
テスはマリの様子をじっと見ている。
テ:マリさん?
マ:皆、皆、あなたのせいよ。何でコッキリなんかに来たのよ! あんたみたいなオバサンが来る所じゃなかったのに! 何で、あんたが好きなの? 私よりずっとオバサンなのに! 私のこと、見たくて仕方がない人がいっぱいいるのに・・・。こんな私が恋人なのに、何で、あんたなんかのほうがいいのかしら? 私のほうがぜんぜんいいのに・・・。ジュンスはおかしいわよ! ジュンスに何をしたのよ! なんでジュンスがおかしくなっちゃったの?
テ:マリさん・・・。
マ:ああ、もう! 何であなたなの! 何であなたなのよお! 何であなたに負けちゃうのよお!(激しく泣く)バカみたい! バカみたいじゃない! 負ける相手が違うわ!(泣きじゃくる)私が一番のはずなのに・・・・。
テ:・・・マリさん。
マリは泣くのをやめて、一瞬間、静かになった。そして、顔を上げる。
マ:ああ、死んじゃえばよかった!(急に気持ちが変わる) 二人で死んじゃえばよかったのに! 全部、あなたのせいよ! ジュンスがいなかったら、生きられないのに。こんなに愛してるのに! もう、ジュンスは私を許してくれない・・・。私のしたことを許してくれない・・・。あんたのせいよ!
テ:マリさん・・・。落ち着いて。ジュンスはきっと・・・。
マ:もう死んでやるわ!(フェンスを跨ぐ)
マ:ジュンスに愛されないなら、死んでやる! もう死んでやるわ!
テ:マリさん!
マリがテスを睨みつけている。テスもじっとマリを見つめる。
テ:そうね。死にたければ、私、あなたを止めないわ。
マリがその言葉に驚いて、テスを見る。
マ:やっぱり、本性を出したわね! あなたっていう人の本性はそれね!
テ:マリさん! 私、今回のことで、あなたのこと、ものすごく怒ってるの。あなた、わかる? もしかしたら、ジュンスは、人殺しになっていたかもしれないのよ!
マ:私が死んだら?
テ:あなたじゃないわ・・・。もし、誰かが歩道を歩いていたら・・・。ジュンスは人殺しになっていたのよ。
マ:・・・。
テ:私には娘がいたの。5歳の。でもね、大雪が降った次の日、幼稚園バスを待つ列に車がスリップしてきて・・・轢かれて亡くなったの。
マ:子供がいたの・・・。(驚く)
テ:もう、2年以上前の話・・・。私は辛かった・・・。娘を殺した人を、憎んで憎んで、ずっと恨み通したかった・・・。でもね、もしかしたら、自分もそうやって人を轢いていたかもしれないのよ。その人だって、わざとじゃないの。前の日の雪がキレイに除雪されてなくて、凍っていて、そこでスリップしちゃったの。私は苦しかった・・・恨みたい相手は、恨めない人だったのよ。それでも、たった一人の娘を奪われて、苦しくて辛くて、死にそうだった・・・。マリさん、あなたはそれを故意にやったのよ。もしそこに小さな子供の列が歩いていたら? あなたは自分のことしか考えていない・・・。ジュンスの気持ちも、ジュンスの命も、他の人を巻き込んでしまうかもしれない危険も、何も考えていなかったのよ・・・・。
マリは呆然として、テスを見る。
マ:・・・あの日。ジュンスから、なんてメールをもらったの?
テ:メール?
マ:ジュンスがあなた宛に書いた携帯のメールよ。私が見た時、最後の文の途中だった・・・。彼、なんて送ったの? 最後になんて書いてあったの?
テ:メールなんてもらってないわ。私がスタジオを離れてから、一回もメールも電話ももらってないわ。(きっぱりと言う)
マ:うそ! うそつき!
テ:だったら、今、見たら。私、ここに携帯持ってるから。
テスがポケットから携帯を出す。
テ:見て!
マ:そんなあ・・・。じゃあ、どうして・・・。
テ:たとえ、彼が打っているところを見たとしても、私は受け取ってないわ・・・。送信してないんじゃないの?
マ:ジュンスが私と別れるような文面だった・・・。あなたがいないと寂しいって。あなたを不幸にしたままにできないって。ジュンスもあなたがいなくちゃ生きられないって・・・。だから・・・だから、決意したって・・・。
テ:(涙が出てしまう)それで、彼にあんなことをしたの?
マ:私から離れようとしたから・・・。あなたなんかに渡したくなかった!(涙があふれる)
テ:あなたは・・・。・・・・どうしてそうやって、命を粗末にするの?
マ:・・・・。
テ:そんなに簡単に捨てられる命なら、自分ひとりで、未練なんか残さないで死んじゃえばいいのよ。
マ:・・・ひどい・・・。
テ:だって、あなたにとっての命って軽いんでしょ?
マ:・・・・。
テ:私が娘を失って嘆いた日々なんて想像できないでしょ? あなたを助けたジュンスの気持ちも想像できないでしょ?
マ:ジュンスは・・・。私を・・・。
テ:二度もジュンスを巻き添えにして・・・。ガスが充満している部屋へあなたを助けにいったジュンスの気持ちなんて、わからないでしょ?
マ:・・・。
テ:彼だって命がけだったのよ!もしかしたら、あなたが助かって、彼が死んだかもしれないのに・・・。なぜ、ジュンスの命を弄ぶの? あんなに一生懸命守ってくれた人なのに・・・。
マ:彼が愛してくれなかったからよ! 私を置き去りにしようとしたからよ!
テ:あなたの愛が彼を生かそうとしなかったからよ。いつも、ジュンスを恐怖の淵において、好きな人をいつも苦しめて・・・。もっとやさしく愛してあげればよかったのに・・・。脅しなんか使わなくても、彼は愛してくれたのに・・・。ジュンスはあなたを一生背負っていこうとしてたのに。かわいそうだわ・・・。かわいそうすぎるわ・・・。
マ:・・・。
マリはテスをじっと見つめて苦しそうな顔をした。
そして、決意したように、くるっと向きを変えて、5階建ての病院の下を恐々、覗きこんだ。
テスは走って飛び込み、マリに抱きついて、マリを引き倒した。
今、マリは静かにベッドで眠っている。
ドアにカギをかけられて・・・。
一人、寂しくベッドで眠っている。
テスが助けたところへ、ナースたちがやってきた。
マリの心は今、均衡を失っている。
でも、マリは助かった瞬間、テスを大きな目で見つめて、テスに抱きついて泣いた。
第9部(最終回)へ続く
人を愛することは素敵だ
なのに、なぜこんなに
苦しいのか
私の愛し方が間違っているのか・・・。
マリの心はどこへ行くのでしょうか。
ジュンスは。
テスは・・・。