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創作を書いたり読んだりと思い思いの時をネット内でゆったりと過ごしています。

 「恋がいた部屋」5部

2015-09-22
恋を失うというのは
どんな状態だろう


あなたが
心の中から消えてしまうことか

それとも
現実的に
別れた状態を言うのか



あなたのいない世界を
考える

あなたと
交わした言葉を
忘れる・・・


そんなことは
私にはできない



そんなことを
してしまったら

私が
私でなくなってしまうから



あなたなしには・・・
私は
存在しないから









「こんにちは」
「いらっしゃい」

ヘスがミンスの新しいマンションへ遊びにやって来た。



ミ:どんどん中へ入って。
へ:うん。はい、これ。ケーキ。
ミ:ありがとう。


へスは部屋の中へ通されて、リビングの窓から外の景色を眺めた。





主演:ぺ・ヨンジュン
    チョン・ジヒョン
    キム・へス

【恋がいた部屋】5部-1







へ:ここ、見晴らしがいいわねえ。
ミ:でしょ? ねえ、紅茶にする? ローズヒップティもあるけど・・・。
へ:それがいい。そっちにして。
ミ:わかった・・・。

へ:ずいぶん広いのねえ・・・。(今度は部屋の中を見る) ここって・・・ワンルームだったの?
ミ:そうよ。だけど、私には使いにくいから、カーテンで部屋を仕切っているの。あっちはベッドだけ。
へ:そうお・・・。


ヘスは部屋の中の家具を眺め、大きく息をついてから、ソファの背を手でなぞりながら、ダイニングテーブルのほうへ戻ってくる。


ミ:お姉ちゃん・・・。ここの家具は全部私のよ・・・。(姉を見つめる)
へ:わかってるわよ・・・。でも、ヒョンジュンのもあなたが選んであげたんでしょ?
ミ:・・・。


姉妹はちょっと見つめあった。



その通り・・・。

ヒョンジュンが新しいマンションに移る時、家具は全てミンスが選んだ。



「おまえの好きなのでいいよ」
「でも・・・」
「そのほうが一緒になってからでも使えるじゃない」
「やだあ」(うれしそうな顔をする)
「そうだろ? そうして」
「うん!」


ヒョンジュンとミンスはまるで新婚のように、二人で、家具やカーテンを見て回った。



だから・・・ここにある家具も同じテースト・・・。
カーテンもそう・・・ベッドも同じ・・・。
お姉ちゃんにはわかるのね・・・。




ミ:おねえちゃん・・・モンブラン・・・。
へ:そうよ。(席に着きながら)あいつの好きだったやつ・・・。なんでこんなマズイの好きだったのかしらね。(笑う)
ミ:私も好きよ。
へ:実は私も。(笑う)


ミ:好きなお店のだわ・・・。
へ:うん・・・。

ミ:お茶が入ったわ。食べよう。
へ:うん・・・。

へ:あいつって、子供の頃から、栗とかお芋が好きだった。(思い出し笑いをする)
ミ:そう?
へ:うん・・・。だから、しょっちゅう、プープーしてたわよ。
ミ:やあだあ・・・。(笑う)

へ:ジェンスとヒョンジュンと三人で、よく遊んだ・・・。
ミ:お兄ちゃんのこと、よく覚えてないの。
へ:そっか、うん・・・。あの子が死んだのって、12の時だもん・・・。あなたはまだ5つで・・・。覚えてるわけないよね・・・。

ミ:ヒョンジュンとは、どこで再会したの?(ケーキを食べる)

へ:ソウルの本屋さんで・・・。デートの前にね、時間潰してたら、あいつが声をかけてきたの。「ヘス姉さん?」って。その時、私って、ちっとも顔が変わってないって言われちゃった。ちゃんとお化粧してキレイになってたはずなのに・・・。(笑う)あいつは・・・カッコよくなってたけどさ・・・。(ケーキを食べる)

ミ:それで・・・恋に落ちたの?

へ:というかね・・・。その時、時間があったから、一緒にお茶を飲んだのよ。そしたら・・・ジェンスを思い出しちゃったの・・・。あいつと、すごくよく似てるんだ・・・。表情とか癖が・・・。それで・・・別れた後、また会いたくなっちゃって・・・。

ミ:ふ~ん・・・。お姉ちゃん、別れたあと、「考えてみたら、ヒョンジュンは弟みたいなものだった」って言ってたよね・・・。
へ:そうだっけ? 忘れちゃった・・・。そんなこと、言ったんだ・・・。ミンスは、どうやって知り合ったの?

ミ:画廊に食器を納めに行って・・・。そこに彼がいたの。画廊のチェスクさんて、お姉ちゃんも挨拶したことあるでしょ? あの人が紹介してくれた・・・。私の名前を聞いて、あのミンス?って、彼が驚いて・・・それから・・・。

へ:そうかあ・・・。全部、ジェンスが引き会わせてくれたんだね・・・。
ミ:うん・・・。


へ:ねえ、それにしても、ここって、一人で住むには高くない? 大丈夫? 赤字でしょう?
ミ:まあね・・・。でも、お金がなくなったら、それでおしまい・・・。


へ:金の切れ目が縁の切れ目?
ミ:・・・たぶん・・・。
ヘ:・・・そう・・・。

ミ:それまではいるわ。(微笑む)
へ:なんで、結婚しちゃったんだろうね・・・。考えてもみなかったなあ・・・こんな結末。
ミ:・・・。



ミンスが両手でマグカップを包み込むように持った。



へ:ずいぶん、金色が濃いのね、その指輪。
ミ:そうお? 24金だからかな。
へ:へえ、そんなのつけてるんだ。すごくおしゃれね。太くって。ミンスに似合ってるわよ。でも、あなた、そんなところにしてたら、モテないわよ。中指にしたら?


ミンスは、左薬指にはまっている指輪を見た。


ミ:でも、これ、サイズが小さいの。中指だとはまらなくて・・・。今は、どこの指にはめてもいい時代よ。お姉ちゃん、古いわね。
へ:そうかな・・・。(指輪を見ている)少し伸ばしてもらったら?
ミ:いいのよ・・・ここで。


ミンスは右手で指輪を触った。


へ:ねえ、あなたに聞くのもおかしいけど・・・なんで、ヒョンジュンが結婚したか、知ってる?

ミ:・・・うん・・・。それはね。

へ:どうして? あなたとうまくいってたじゃない。
ミ:・・・あっちに赤ちゃんができちゃったの・・・それで・・・。父なし子にはできないからって・・・。ましてや、中絶なんて駄目だって言って・・・。

ヘ:・・・浮気してたの? (驚く)
ミ:・・・うん・・・。
へ:そうなんだ・・・。ショック・・・。あなただけを愛してると思ってたのに。

ミ:それが・・・ちょっとした心のスキだったと思う・・・。本人はその時だけって言ってたけど・・・。それでも・・・。(辛くなる)
へ:それにしても、どんな女?


ミンスは、ヒョンジュンが結婚したソルミの話をかい摘んで話した。
ヘスもやるせない顔になった。


二人はしばらく黙ってお茶を飲んだ。


へ:辛かったね・・・。
ミ:・・・。
へ:そんなことがあったんだ・・・。愛だけじゃ超えられないこともあるのね・・・。
ミ:・・・。


ヘスは、ミンスをじっと見つめた。


へ:ミンスは・・・本当に知らないんだ・・・。
ミ:何が?
へ:私たちが別れた理由・・・。
ミ:うん・・・。

へ:もう終わったことだから・・・話しておくね。
ミ:秘密にしておきたかったら、言わなくてもいいよ。もうヒョンジュンはいないんだし・・・。
へ:うううん・・・こういう時こそ、妹のためにならなくちゃ・・・。あなたに教えてあげたいの、なんで・・・ヒョンジュンが結婚しちゃったかもわかるかもしれないから・・・。


ミ:・・・。
へ:さっき、本屋でデートの前に時間を潰しているところで、ヒョンジュンと会ったって言ったでしょ? 私、その頃、会社の人と・・・不倫してたの・・・。それが・・・ヒョンジュンと付き合い始めても別れられなくて・・・。

ミ:・・・お姉ちゃん・・・。(内心驚く)

へ:両親や周りの反対だけで、駆け落ちしたんじゃないの・・・。ソウルにいると、私がズルズルしちゃうからって・・・ヒョンジュンが二人でどっか違う所へ行こうって言って・・・。それで、駆け落ちしたの・・・。
ミ:・・・。
へ:ヒョンジュンは若かったけど、男らしかった・・・。オレがおまえを食べさせてやるからとか、言っちゃって・・・。なのに・・・。
ミ:なのに?

へ:駆け落ちした先でわかったことは、私が妊娠してたこと・・・その人の子をね。
ミ:・・・。
へ:それで・・・。



ヘスは言葉につまって、上を向いた。

姉の目が涙でキラキラと光っているのを見て、ミンスは確信した。姉は当時のことを後悔している。いや、今でもヒョンジュンのことが好きなのだと。


へ:それでね・・・。その田舎町の設備もよくない病院で中絶することにしたの・・・。
ミ:・・・。
へ:ヒョンジュンは止めたわ。ソウルに戻ってちゃんとした病院へ行けって。こんなところでするのはやめろって。あまりに怒ったように言うから、あの時の私は、意地になっちゃって・・・結局、ヒョンジュンを付き合わせちゃった・・・。それで・・・自分から別れを言ったの・・・。

ミ:・・・。愛してたんでしょ? ヒョンジュンを?
へ:まあねえ・・・。でも、私がひどいことしちゃったのよ。だから、仕方ないの。それに・・・その時、感じたの・・・。ヒョンジュンは、私を肉親の姉のように思っていて、私のバカみたいな不倫をやめさせるために、私を田舎町まで引っ張っていったんじゃないかって。・・・なんだか、私の中で、彼を愛していることや、彼が私を愛してくれる理由がわからなくなっちゃったの・・・。それで、自分から別れを言ったの。

ミ:今はどう思ってるの?
へ:ヒョンジュンにとっての私は・・・半分、アネキだったと思う・・・。懐かしかったアネキ。その懐かしさと恋が、彼の中でごっちゃになってたんじゃないかって思う・・・。彼が気がつかなくてもね。
ミ:どうしてわかるの?
へ:あなたといるのを見て、確信したの。彼は私を姉として、守ったって・・・。あなたには・・・ホントの心を見せていた気がするもん・・・。全部預けてる気がしたもん・・・。


ミンスが一瞬泣きそうになった。そんな風な間柄だって・・・壊れてしまう恋もある。


ミ:お姉ちゃんは・・・ヒョンジュンをどう思ってるの? 本当は・・・?

へ:え?(困って口ごもる)そんなの、どうでもいいじゃない・・・もう、終わったことよ。それより、ミンス。あなたに言いたいのは・・・あの時のことを、ヒョンジュンがとても気にしているんじゃないかってことなの・・・。今、私に子供がいないでしょ? だから・・・あれでできなくなったと思っているかもしれないわ・・・。でも、本当のことはわからない
の・・・。うちのが駄目なのか、私が駄目なのか、検査もしていないし・・・わからないの・・・。ただの相性かもしれないし・・・。

ミ:・・・そうだったの・・・。知らなかった・・・。
へ:ヒョンジュンに重い足枷をしちゃったね・・・。いけないのは・・・私ね・・・。


ミ:・・・。
へ:でもね、ミンス。こうなってしまったからには、仕方ないじゃない・・・。あいつを忘れるか・・・。忘れられなくても次に進まないと・・・。

ミ:・・・。(涙ぐむ)
へ:・・・残念だったね・・・。


二人はまたしばらく黙り込んだ・・・。


ミ:あ。コーヒーでも入れようか。



ミンスが立ち上がった。

ヘスは、ミンスを不憫に思いながらも、自分のことを思った。もう12年も前のことなのに、今だに、あの恋を引きずっている自分。ヒョンジュンの気持ちに気づいて別れたけれど、別れた後で、自分自身は彼を誰よりも愛していたことに気づき、それをずっと後悔した自分・・・。それを思うと、3年という月日を彼とともに過ごし、結婚直前までいったミンスが、簡単に彼を諦めて、すぐに出直すなんてことは、無理なことだろう。


かつて恋人が暮らしていた部屋を借りて住んでいる妹・・・。


きっと、家具なども同じようなものに違いない。

妹が手の中に包み込むように持っているマグカップは、もしかしたら、ヒョンジュンの使っていたものかもしれない・・・。妹の手がそう言っている・・・これは、ヒョンジュンのよって・・・。彼が好きそうなデザインだ・・・。


へ:ミンス・・・今着ているカットソーって・・・H・joon(アッシュ・ジュン)の?


ミンスはその言葉にドキッとして、姉を見た。


ミ:そうよ・・・。
へ:ピッタリね。まるであつらえたみたい。

ミ:コーヒーが入ったわ。

へ:あなたがこんなに似合う服を作るヒョンジュンて・・・。人の心の中ってわからないものね。

ミ:お姉ちゃん・・・H(アッシュ)、覗いたの?
へ:うん・・・。


ヘスは恥ずかしそうに俯いた。


へ:私もヒョンジュンのものがほしかったから・・・。でも、細いのよ。(笑う)今度、ミッシー用に作ってもらわなくちゃ・・・。(顔を上げる) あなたはよく似合ってるわ。
ミ:・・・・。




ヒョンジュンは、半年前に、キム・ソルミと結婚した。

そして、今では絵を捨て、ソルミの父親のアパレル・グループのデザイナーズ・ブランドのデザイナーとして成功している。作る作品の美しいフォルムや着やすさもさることながら、彼という人の美しさも、20代、30代の顧客の心を掴んでいる。

ミンスは彼がデビューしてから、ほとんどの洋服をH・joonの製品に変えた。
どれを組み合わせても、ミンスの体にぴったりだった。人より背が高く、細身で、腕の長いミンスが着ても、それはピッタリとフィットした。


姉もあのブランドを訪ねたんだ・・・。


ミンスは、自分たち二人にとっての、ヒョンジュンを思った。
とても近くにいたのに、手に入れることができなかった男・・・。




へ:たまには、うちへも遊びにいらっしゃいよ。

ヘスが玄関で、ミンスの腕を掴んで笑んだ。

ミ:うん・・・今度ね・・・。
へ:じゃあ・・・。


姉は笑顔を残して帰っていった。

ミンスは部屋に戻り、部屋の中を見回す。
そして、部屋を仕切っていたカーテンをザッと開き、部屋を広くした。





今日は、画廊の本店で、チェスクとの打ち合わせがあるので、ミンスは表通りのソン画廊へと急いでいた。
ヒョンジュンと別れてから、ミンスのことを不憫に思うチェスクは、知り合いがレストランなどを開店する時には、必ずミンスを紹介する。ミンスもそれに答えるべく、最善を尽くした。センスがよくて真摯な態度のミンスは顧客の信頼を得た。もともと大きなソン・グループという後ろ盾にあるので、紹介される相手も大きな仕事を手がけるところが多く、ミンスの仕事も順調に・・・というより、以前よりも飛躍的にその仕事の幅を広げた。


午後1時半の約束に、ミンスは、ソン画廊のあるビルの中へ入っていった。
画廊の前まで来ると、中から、細身のスーツに身を包んだヒョンジュンが出てきた。

二人は、半年ぶりに向き合った。
ミンスはあまりの懐かしさで、心臓が止まるかと思った。


ミ:こんにちは・・・。(苦しさを抑えて言う)


ミンスは胸をざわめかせながら、ヒョンジュンを見つめた。
ヒョンジュンはにっこりと、ミンスに笑いかけた。


ヒ:元気だった?
ミ:・・・ええ・・・。

ヒ:そう・・・。

ミ:あなたは・・・元気そうね。活躍してるの、知ってるわ・・・。
ヒ:うん。君も・・・頑張ってるって、チェスクさんから聞いたよ。
ミ:・・・。


ヒョンジュンは、ミンスの知っていた時代よりもほっそりとして、黒のスーツがよく似合っていた。それまでよりも顔つきが大人になって、その佇まいには落ち着いた男の力強さと色気があった。


ヒ:ねえ、ちょっと見せて。
ミ:何?
ヒ:君が着ているところをちゃんと見たいんだ。よく見せて。


ヒョンジュンは、ミンスが胸の前で荷物を抱きかかえていた手をちょっと払って、ミンスの全身を上から下までゆっくりと眺めた。


ヒ:やっぱり、似合うね。(笑顔でミンスを見つめる)
ミ:・・・。


一瞬、ミンスの目が曇って、俯いた。


ミ:ごめんなさい。チェスクさんと約束しているから・・・。行かなくちゃ。


ミンスはそれ以上、言葉にできなかった・・・。
ヒョンジュンの顔をまともに見られず、さっさと彼の前を通り過ぎて画廊の中へ入った。



あの人は言った・・・。

「やっぱり、似合うね」って・・・。
やっぱりって・・・?


ミンスは涙がこみ上げてきて、我慢ができなかった。
やっぱりって・・・ヒョンジュンは今でも自分のことを思っているのだろうか。

それと同時に、ヒョンジュンの落ち着き払った態度にも胸が締め付けられた。男は結婚してしまうと、あんなに落ち着いてしまうのだろうか・・・。昔の恋にゆとりを持って接することができるのだろうか・・・。

画廊の受付を通ったところで、壁のほうを向き、涙を拭った。


チ:ミンスさん?

中からチェスクが出てきた。


ミ:あ、すみません・・・。ちょっとすみません・・・。(ハンカチで鼻を押さえる)
チ:彼に会った?
ミ:ええ・・・。

チ:ヒョンジュンさんとは、午前中に会う約束だったんだけど、彼も忙しいみたいで、遅くいらしたから・・・。ちょっと辛かったわね。
ミ:・・・もう大丈夫です。
チ:そう? 電話でお話したレストランのことだけど・・・。
ミ:はい。
チ:お茶でもいただきながら、話しましょう。



二人は奥の事務室へ向かった。


ミ:ありがとうございます。やらせていただきます。
チ:よろしくね。ところで、今日・・・ヒョンジュンさんが来たのはね・・・。あの絵のためなの。
ミ:あの絵って?
チ:ソルミさんが買ったあなたがモデルの20号。
ミ:あれがどうしたんですか?
チ:うん・・・。あれを美術館に寄付するっていう話なの。
ミ:なんで・・・。


チ:彼も結婚してから、デザイナーとして今や売れっ子でしょ? それで画家時代の絵が見直されて、ほしいって言う人が出てきたのよ。彼の絵がある意味で、ちょっとしたブームなの。服より本人の描いた絵がほしいって。画家をやめて・・・今、認められてるのよ。世の中って不思議よね・・・あるいは皮肉・・・。死んでから認められたり、廃業してから認められたり・・・。それでね、今、うちの画廊で彼の作品集を作っていて・・・。この間、彼にも見てもらったの。

ミ:そうですか・・・。
チ:その時、美術館でもほしがってるって言ったら、ヒョンジュンさんがうちにある絵を寄付しますって言うのよ。それで、取りにいったら、あの20号だったの。
ミ:・・・そうですか・・・。(少し気持ちが暗くなる)

チ:ミンスさん、あなたを手放したんじゃないと思うの・・・。ある意味、ソルミさんから守ったんだと思うわ。あなたを素敵に描いた作品だから、嫉妬されるといけないものね。
ミ:・・・。

チ:それに・・・彼はこう言ったのよ。これは、自分が一番いい時期に描いたものだから、もっと多くの人に見てほしいって・・・。情熱がいっぱいあった時代の絵だからって・・・。

ミ:・・・。(涙ぐむ)

チ:今の仕事も自分に合ってるって言ってたけど・・・やっぱり・・・絵を描いていた時代が、彼としては、情熱があふれていた頃みたいね。
ミ:・・・。(唇を噛み締める)


チ:それからね・・・。作品集の年表を作るなら、自分にとって、とても大切な絵があるっていうのよ。
ミ:・・・。
チ:それ、あなたが持っているんですって?
ミ:・・・。

チ:あの20号の片割れって言ってたけど・・・。
ミ:・・・ええ・・・。最後の日にもらったんです・・・。これは君が持っていてって・・・。

チ:見せてくれるかしら・・・。今、どこに保管しているの?
ミ:私の部屋に・・・。
チ:あなたの部屋? だって、大きいんでしょ?
ミ:ええ・・・。

チ:写真、撮っていい?

ミ:・・・。彼はなんて言ったんですか?
チ:あなたに任せるって・・・。あなたが了解するならどうぞって。ただ、その絵は自分の画家としての飛躍をもたらした作品で、そこを境に画家としての自分のスタイルが確立できたっていうの・・・。

ミ:あれは・・・。困ったわ・・・。私たちの恋そのものなんです・・・。それを公開していいのかどうか、わからないわ・・・。(迷う)

チ:一度見せて。私も一緒に考えるわ。
ミ:・・・ええ・・・。



二人で初めて遠出をした時の絵。

初めて結ばれた次の日に描いたミンスの裸婦像。
森の中の生き物のように、激しさと愛にあふれたミンスの姿・・・。
それはヒョンジュンの思いでもあった・・・。
そこには愛があった・・・。



ミンスはその絵をあのマンションの自分のベッドの横に飾っている。
あの絵を見ていると、今でも二人の恋に終わりがあるなんて、ミンスにはとても考えられない・・・。
離れてしまっても・・・終わることのない何かがそこには存在していて・・・ミンスの心に話しかけてくる。
絵の中のミンスの目は・・・ヒョンジュンの目だ・・・。ヒョンジュンが絵の中からミンスに話しかけてくる。

この間、会った現実のヒョンジュンがたとえ人のものであろうと、絵の中にいるヒョンジュンの心は、今だにミンスの心に寄り添っているように思う。

そして、ミンスは今、彼の部屋で、その絵と暮らしている。






ヒョンジュンが自分のオフィスで、お気に入りのトルソーを前にして、新作のデザインをしている。


女:先生。奥様からお電話です。
ヒ:回して。
女:はい。

ヒ:もしもし?
ソ:あ、ヒョンジュン? 今、ゴルフ場。ねえ、今夜のパーティ来られるでしょ?
ヒ:無理だな。新作の発表が近いから。
ソ:全く。付き合いが悪いわね。抜け出していらっしゃいよ。
ヒ:簡単に言うね、君は。仕事が押しているから、駄目だよ。

ソ:つまらないわ・・・。
ヒ:無理を言わないで。君だって、僕にいい仕事をしてほしいだろ?

ソ:仕方ないわね・・・。でも、あなたが仕事熱心だと、お父様も喜ぶから、いいかも・・・。いいわ。一人で行くわ。

ヒ:サンキュ。会長によろしく。
ソ:じゃあ、お友達が待っているから。
ヒ:ああ・・・。


ヒョンジュンは電話を切った。ドアがノックされ、女子社員がコーヒーを持って入ってくる。


ヒ:ありがとう。


女性社員がコーヒーをデスクに置いた。


女:先生って、仕事中毒ですね。(笑う) このトルソーが恋人みたい。(笑う)
ヒ:そうお?

女:だって・・・ずっと見てるでしょ?新婚なのに、トルソーばっかり相手にして。このトルソーがインスピレーションをくれるんですか?
ヒ:そう。(笑う) そうだな、まさに恋人だね。いいこと言うね。

女:先生っておもしろい。頑張ってください・・・。あ、夕食はいつものお弁当でいいですか?
ヒ:頼んでくれる?
女:はい。

ヒ:君は適当なところで帰っていいからね。
女:ありがとうございます。(笑う)


女子社員は出ていった。


ヒョンジュンは、イスを左右にゆらゆら揺らしながら、窓際に置かれたトルソーをじっと見つめている。
左手の小指にはめた濃い金色の太いピンキーリングを右手でグルグルと回しながら、懐かしそうな目をして、そのトルソーを眺めた。


やっと本物のおまえに会えたね。
やっぱり、おまえにピッタリだった・・・。

着てくれてたんだね・・・。

久しぶりに顔が見られて、とてもうれしかったよ。

全ておまえのために作っているんだ・・・。
他の人のためになんか作れない・・・。
おまえだけに・・・おまえだけのために、作る・・・。

だって、おまえがオレにインスピレーションをくれるから・・・。
今でもオレはおまえを・・・。


ヒョンジュンはじっとトルソーを見つめて、トルソーに向けてちょっと悲しげな笑顔で笑った。 
そして、何か頭に浮かんだのか、デザイン画を描き始めた。





ヘスは、ゴルフ好きの友人たちと週1回、メンバーであるゴルフ場でグリーンに出てゴルフを楽しんでいる。
いつものように、友人たちとクラブハウスで昼食を取ろうと入っていくと、華やかな
女性たちの笑い声がした。


「やだわあ・・・そんなことなんてなくてよ」


一人の女性が、グループの女たちから、からかわれ、うれしそうに切り替えしている。


通りかかったヘスは、何気なく、その声の主を見た。
短めのスカートから見える、スラッとした長い足を組んで、一際美しいその女は、華やかな笑顔で、幸せそうに笑っている。


連れ1:だって、ソルミさん。あんなハンサムで才能のあるダンナ様なんて、そうそういなくてよ。デザイナーになって、すぐにあんなに頭角を現すなんて、普通の人じゃないわよ。
連れ2:そうよ。私もそう思うわ。ああ、ご主人様の描いた絵がほしいわ・・・。だって、ソルミさんを描いた絵、すごく素敵なんですもの・・・。

ソ:そうお? ありがとう。(ちょっと上目遣いで微笑む)
連れ1:愛されているのね。わかるわあ・・・。
ソ:やだわ・・・もう・・・。(笑う)

連れ1:でもね、「H・joon(アッシュ・ジュン)」のお洋服って細身だから、私には着こなせなくって。ソルミさんを思い浮かべてデザインされているのね、うらやましい・・・。(笑う)
連れ2:それはそうよ。大恋愛ですもの! 画家とお嬢様なんて、まるでドラマだわ。でも、なぜ、着ないの? ご主人様だって、愛する奥様に着てほしいでしょ?

ソ:あら、私が着たら広告塔になってしまうでしょ。(笑う)そうしたら、皆さんに押し付けているようで。(笑う)それで、あえて、私はエルメスを着ているのよ。(笑う)

連れ1・2:まあ、ご馳走様!(笑う)


ヘスは行き過ぎて、「H・joon」というブランド名を耳にして、振り返った。

ヒョンジュンの妻と思われる女・・・。
エルメスのゴルフウエアをスッキリと着こなしている。


ミンスから聞いたヒョンジュンの結婚話とは違う・・・。

ミンスは寂しそうにこう呟いた。
もうじきヒョンジュンは父親となり、私の恋も完全に終わるのだと。


どこが妊娠しているの?


ヘスは立ち止まって、女のほうをじっと見つめている。


友1:ヘスさん、どうしたの?
友2:ヘス、どうしたのよ?


ヘスはつかれたように、まっすぐその女のもとへ歩いていった。そして、女の目の前で立ち止まり、座っている女をじっと見下ろした。



ソ:何か、何かご用?(驚いたようにヘスを見る)

へ:私・・・。ハン・ヒョンジュンの、生き別れの姉です・・・。
ソ:え・・・?



二人は見つめあった。








6部へ続く