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 「恋がいた部屋」11部

2015-09-22
この恋は
どこまで

すれ違っていくのか



心は君のものだ

愛しているんだ


そう叫びながらも

君を

傷つけて
しまったことを

許してほしい



君を
疑ったことを

許してほしい



本当に
君に
許しを請いたい



どうか

許して
ください







ヒョンジュンがパリから帰国し、自宅へ戻ると、シンジャが出迎えに出てきた。


「お帰りなさいませ」
「ソルミは?」
「それが・・・」
「何?」
「旦那様を待つように言ったのですが、日本へ旅立たれました」





主演:ぺ・ヨンジュン
   チョン・ジヒョン
   
【恋がいた部屋】11部




ヒ:どうして?
シ:なんですか、お友達にご招待されたとかおっしゃって・・・。
ヒ:そう・・・。


玄関でスリッパに履き替え、ヒョンジュンは重い足取りで、リビングへ向かった。

ソルミは逃げた。
ヒョンジュンの切り出した離婚を拒むように。



シ:ホントにお嬢様ったら・・・。
ヒ:まあ、一生帰ってこないわけにはいかないでしょう。

シ:え? (返事に驚く)
ヒ:何日間くらいとも言わなかったんですね?
シ:ええ。すみません・・・。少なくとも、一週間は行かれるのかと。
ヒ:なぜそう思うの?
シ:お嬢様があちらでお約束されていたパーティが一週間後でしたので。
ヒ:そう・・・。僕も疲れているから、ちょうどよかったかもしれません。自分の部屋で広々とベッドで寝られるよ。
シ:・・・。
ヒ:あ、お土産。(バッグから出す)
シ:ありがとうございます。
ヒ:ソルミと重なると悪いけど・・・。
シ:いえ、ありがとうございます・・・。


シンジャは、ヒョンジュンが渡した包みを見る。ソルミは何にも土産など買ってこなかった。
それはいつものことだったが・・・。






ヒョンジュンは久しぶりに自分のベッドでゆったりと寝そべった。

まあ、一週間ぐらいの猶予なら、自分も考えを整理してゆっくりしたほうがいいだろう。


寝室に一人で大の字になって寝転ぶと、ヒョンジュンは、今までになく、ゆったりとした気分になる。いつも、隣のベッドに酔ったソルミが寝ていて、ヒョンジュンを追い詰めた。しばらくはここで、心安らかに眠れるだろう。



目を瞑ると、最後の日のミンスが目に浮かんだ。


ヒョンジュンを下から見つめ、やさしく笑った。

ミンスはいつもそうだった。
ヒョンジュンがほしいといえば、初めは5分の1よと言いながら、それが半分になり、最後には全てをくれた・・・。ヒョンジュンが嫉妬のあまり、悪酔いをして、ミンスを責め立てたのに、結局は、ベッドで抱きしめてくれた。そして、最後には、ヒョンジュンに全てをくれた・・・それも、やさしい笑顔で・・・。

いつも、ヒョンジュンの我儘や欲望に付き合ってきて、ミンスは本当に幸せだったのだろうか。

そう思うと、心が痛くなる。

年下のミンスとは、いつもじゃれて過ごしてきたので、ミンスの大きさにも気づかなかった。
あんな大きな心で愛してくれていたのに・・・。

過ちを犯したのは自分。
ただ苦しめただけ? それでも、おまえを失ったら、何が残る・・・。

こんなに愛していると、心が言っているのに、ミンスを幸せにするすべを、今の自分は、何も持っていないのだ。まだ、はっきり一人になれるかどうか、わからない自分が、ミンスを引き止めて手元に置くことはできない。

ミンスはいつも正直だった。だから、彼女が一人になると言ったからには、本気だ。
本当に、今の男と別れられるのだろうか。
その男が手放すだろうか。
自分がいつまでも、ミンスを思い続けているように、そいつもミンスを思い続けるのではないか。

でも、この旅で確信したことは、自分にはミンスがいなくては駄目だということだ。ミンスがいなくては、自分の幸せは完成しない。ミンスは全てを持っている人などいないと言った。皆、何かを諦め、生きているのだと。だから、全てを求めてはいけないと・・・。


でも、自分の一番ほしいものは何だ。


今、ソルミとソルミの父親から与えられた富と名声か・・・そんなもので、自分は幸せになったのだろうか。こんなに苦しく、こんなに恋しく一人の女のことを思っているではないか・・・。
それがなくては、生きていても無駄のように・・・。


ミンスは全てをゼロにしてやり直したいと言った。
自分も全てをゼロにして、ミンスを迎えにいこう。



あの晩、ミンスはヒョンジュンに安らぎをくれた。やさしく抱きしめ、ヒョンジュンを見つめた。


ミ:私にとっては、あなたが全てよ・・・。でもね、だからといって、あなたと続けていくことはできないの・・・。わかってくれるわね・・・。
ヒ:ミンス・・・オレにとっても君が全てだというのに・・・。
ミ:・・・。うん・・・ありがとう・・・。


あんなに酔って、彼女を責めたのに、彼女はやさしく笑顔で見つめてくれた・・・。

あんなにやさしいミンス・・・・。

ヒョンジュンは、頬を伝わってくる涙を拭った。







翌朝、いつになく、熟睡したヒョンジュンは機嫌よく2階から降りてきた。

ダイニングテーブルには、ソルミの父親である会長が座って、新聞を読んでいた。

父:おはよう。
ヒ:おはようございます。(席に着く)
父:疲れは取れたか。
ヒ:はい。お蔭様で、昨日はぐっすり眠れました。
父:そうか。

シ:おはようございます。アメリカンでよろしいですね?
ヒ:あ、お願いします。

父:パリは大盛況だったそうじゃないか。
ヒ:はい。なかなかの入りでした。
父:うん・・・。どうだ。一つ、パリに支店を出してみんか? それから・・・販促のパク君からなんだが、もう一世代上の服を出してみないか。
ヒ:上の世代?
父:うん。おまえのデザインは気に入ったが、サイズが合わんという声がある。ちょうど金を持っている4、50代はもう少し、アームを広げて、ウエストのラインを変えるなどして・・・。
ヒ:・・・それでは、H・joonではなくなります。
父:まあ、ネームがあれば、女は着るものだ。ソルミだって、エルメスと書いてあれば買うように。

ヒ:・・・会長。デザインの方向性をガラッと変えるんですか? H・joonは、縦長でアバンギャルドなところがいいんです。
父:うむ・・・。まあ、経営的な面からのデザインというのも覚えたほうがいい・・・。
ヒ:・・・それは、僕でなくてもできる仕事です。そっちのほうは、デザインチームでお願いします。
父:おまえが目を通さんでいいのか。
ヒ:・・・。最終チェックはしますが・・・皆さんのほうがそういうのは、お得意でしょうから。

父:うむ・・・。パリのほうはどうする?
ヒ:支店ができたからといって、僕が常駐するわけでもないですから、お好きなように・・・。

父:おまえ、どうした・・・? (不思議そうに見る)
ヒ:・・・。(パンにジャムを塗る)
父:まあ、疲れているか。よくあとで考えなさい。



会長はそういって、立ち上がった。

シンジャがサラダを持ってきて、ヒョンジュンの顔を覗き込む。



シ:どうか、なさったんですか?(サラダを置く)
ヒ:何が? (サラダに手をつける)
シ:いえ・・・。本日は、15日でございますが、どうなさいます?
ヒ:いつものように、送ってください。毎月15日は・・・。
シ:でも、お嬢様不在で・・・。

ヒ:関係ないでしょう? 彼女は何にも知らないんだから。いてもいなくても同じです。15日には、スタッフ向けに、差し入れをする・・・決めたことは実行してください。
シ:はい・・・。

ヒ:もちろん、ソルミの名でね。(無愛想に言う)


シンジャは、じっとヒョンジュンを見た。ヒョンジュンの言葉は、ヒョンジュンのものだったが、その表情はなぜかヒョンジュンではなかった。






パリから戻ってからのヒョンジュンは、オフィスのデスクに座って、目の前のトルソーをじっと見つめ、多くのため息をついた。彼はほとんど気の抜けた炭酸水のようだ。もう、ため息もほとんど残っていない。

アシスタントの女性が心配して、お茶を入れる。


ア:先生、どうしたんですか? ここのところ、お疲れですね?
ヒ:う~ん。疲れたねえ。(鉛筆をもって所在なさそう)
ア:これ、飲んで元気出してください。
ヒ:ありがとう。


ヒョンジュンは、出されたお茶をふ~ふ~と冷まして飲む。そして、また、ため息をついた。


アシスタントは、ヒョンジュンの部屋から出て、自分の席に着く。


デ1:どうだった?

デザイナーの女性がアシスタントのところへ行く。


ア:ため息ついてた。
デ1:ふ~ん。あの女の人のことが奥方にバレたのかな・・・。
ア:そんなにマリエのモデルに似てたんですか?
デ1:そっくりよ! でもね、その人のほうがモデルより先生の服、似合ってた・・・。あの人のために作ってきたんだな、きっと。

ア:でも、そしたら結婚してすぐからじゃないですか・・・。
デ1:ホント。
ア:じゃあ、なんで結婚しちゃったの?
デ1:さあ? (首をかしげる)なんでだろうね。
ア:なんか大きな理由があったのかしら・・・。別に画家でもよかったんでしょ?
デ1:うん、ちょっと注目されてきてたからね。

ア:なんか、裏がありそう・・・。でも、今まで仕事一途だったですよね。なんでやる気がなくなっちゃったんだろう。
デ1:なんか、チーフが言うには、路線を変更しろって言われたみたい・・・。ミッシー用に。もっとアームをとって、ウエストの絞りも緩くして、丈も詰めて・・・。もっと買わせろって・・・。
ア:じゃあ・・・普通の服にしろってことですか?
デ1:だよね・・・。私たちもつまらなくなっちゃったけど。なんか、角のない服になっちゃって・・・。

ア:それはちょっと・・・。せっかく成功しているのに・・・。
デ1:それで、パリへ出店しろでしょ? 訳わかんないのよ。

ア:それって・・・奥様が絡んでいるんでしょうか? 他の女にためじゃなくて、私のためにとか言っちゃって・・・。会長に頼んだのかな・・・。
デ1:さあね・・・。そうなのかな。奥方が好きな路線に変えろってこと? あの人、エルメスとか着てるわよね・・・。でも、できた奥方じゃない? いつも差し入れとか、バースデイカードとかくれて。
ア:ですよね・・・。
デ1:先生もどうするのかしら・・・。






ヒョンジュンは、デスクにうつ伏せて、目を瞑っている。


肝心のソルミは、あれから逃げたままだ。

会長や販促からは、売れるための服を作れと催促が来る。もっと売って、H・joonをグループの看板会社まで育てろという。おまえの顔でもっと営業しろという。でも、デザインの方針を変えてしまうのなら、それは自分である必要性は、もうどこにもない。


今が潮時なのかもしれない・・・。最初はおもしろかったり斬新だったりしたブランドがだんだんにどこも似たり寄ったりの類型化されてしまうのは、そういうことか・・・。
やっぱり、自分は素人だった・・・。つまり、最初の掴みを斬新にすれば、あとはブランドの名前でなんとかやっていけるわけだ。失敗がなければいい・・・。特に、スパイスの効いたものを発表し続けなくてもいいわけだ。


ということは、オレは十分役割を果たしたということだろうか?
会長への「恩」は果たした・・・そう理解していいのだろうか。


顔を上げて、ヒョンジュンはトルソーを見上げた。
トルソーにはもうミンスはいなかった。それはただのトルソーでしかなかった。



電話のスピーカーが鳴った。



ヒ:はい。
ア:会長がお見えです。
ヒ:あ、そう。お通しして。



ドアが開き、会長が入ってきた。


父:どうだ。この間のパリ出店の話は考えたか?
ヒ:ええ・・・。



アシスタントの女性が会長のためにコーヒーを入れていると、ヒョンジュンの部屋の声が聞こえてきた。
ヒョンジュンがスピーカーを切り忘れたようだ。


父:パリでもなんとか商売になりそうな報告を販促から受けとっているぞ。
ヒ:そうですか・・・。それは販促と話し合って決めてください。僕にはわかりませんから。
父:消極的だな。
ヒ:デザインの変更のことは販促の重役からも聞きました・・・。そこで、考えたのですが・・・。
父:何を? 
ヒ:このH・joonはもう僕から離れてもいいんじゃないかと。



それを聞いていたアシスタントとデザイナーが驚く。



父:なんでだ。おまえの顔がないと、売れないだろう。それにまだ始まったばかりじゃないか。
ヒ:顔はつけといて下さっていいですよ。でも、もう僕の仕事ではありません。僕のコンセプトを離れた商品はもう僕のものじゃない。
父:しかし、おまえ。これは仕事だ。デザイナーは商売をするんだ。夢だけを売っているわけじゃないぞ。

ヒ:わかっています。消費者が買いたいもの、使いたいもの、使いやすいもの・・・それをデザインすることが一番でしょう。でも、ここの商品は、いわば僕のメッセージでもあった。そのメッセージ性を失ったら、それは僕にとってなんの価値もない・・・。

父:青臭いことをいうな。これから、事業を継いでいくのに、そんな青臭いことでは駄目だぞ。


ヒ:会長・・・。いや、お父さん。ここまでお世話になっていて・・・あなたには、大変申し訳ないんですが・・・。
父:・・・何だ。
ヒ:実は、僕は・・・ソルミと離婚したいと思っています。



ア・デ1:え~。(スピーカーを見つめる)



父:急にどういうことだ。
ヒ:最初から無理だったんです・・・。妊娠していないとわかった時点で別れるべきだった・・・。それを今日まで引き伸ばしてきてしまった・・・。僕たちの間には、何も生まれなかった。このまま、一緒にいても不毛です・・・。

父:・・・。仕事はどうする・・・。おまえたち二人でよくやってきたじゃないか。あいつも一生懸命やってるぞ。
ヒ:・・・何を?
父:社内でも、評判がいいぞ。初めはバカ娘だと思っていたが、おまえを助けて内助の功を立てている。


ヒョンジュンは下を向いて、苦々しい顔をして、笑った。


ヒ:お父さん。あれは・・・。(ニヒルに笑う)僕がシンジャさんにお願いしているだけですよ。ソルミは何にも知りません。差し入れの日と、スタッフの誕生日の表を渡して、シンジャさんがそれに従って、順番にやっているだけですよ・・・。僕のあとの、次の男が来ても、シンジャさんに頼んでおけば、やってくれますよ。
父:・・・。

ヒ:お父さん。お父さんには、本当にお世話になりました。でも、もう行かせてください。ここには優秀なデザイナーがたくさんいるし、最初のコンセプトはできてるわけですから、それをアレンジしていけばそれでなんとかなりますよ。

父:・・・。ソルミはなんて言ってるんだ。

ヒ:彼女は逃げているだけです・・・。当分、韓国には戻らないでしょう・・・。赤ん坊がうそだったって知った時に、去ればよかった・・・。そうすれば、ソルミも苦しまなくてよかったでしょう。あいつも苦しいんです。愛がない関係は苦しいだけです・・・。僕は、その分、仕事に専念したけど・・・彼女は毎晩酔って時を過ごしてきた・・・。全く不毛だ・・・。

父:なんてことだ・・・。

ヒ:いずれにせよ・・・僕は辞めます。
父:・・・。

ヒ:ちょうど、潮時でした・・・。



スピーカーの前で、アシスタントとデザイナーがやるせない顔をした。


ソルミの父は、ヒョンジュンの言葉に返事をしなかった。ただ、机をコンコンと叩いて苦しそうな顔をして出ていった。



ヒョンジュンにとっても、それは思いもよらぬ展開だった。
ソルミと離婚したいと思っていたこと、もうここを去りたいと思っていたことは確かだったが、こんなにハッキリ、すんなり、自分が言葉にできるとは思ってもいなかった。

たぶん、ソルミがここ韓国にいないこと、そして、最後の晩のミンスが自分に力をくれたに違いない。




ヒョンジュンはデスクの上の書類に目を通した。
全てヒョンジュンがいなくても、もっとプロの人たちがやっていくだろう。
オフィスの中を見回す。もうここは、ヒョンジュンにとっては意味のない世界になった。


なんて簡単なことだったんだ・・・。

あんなに抜け出すことが不可能かと思っていたのに・・・。

確かに、会長は返事をしなかった。ソルミもいない。
でも、もう飛び出してしまえば、それは自然に解決していくだろう。あの会長が会社に穴を開けるはずがない。莫大な財産が絡んだ結婚をそんな簡単に見逃すはずがない。しかるべき跡取りを探しに走るに違いない・・・。

もうオレの役割は終わった。





そうはいっても、ソルミが戻らないまま、別れることもできず、仕事のほうも、急にメインのデザイナーを挿げ替えるというわけにはいかなかった。H・joonの顔はやはりヒョンジュンであり、この優しげでハンサムな伊達男のデザインを消費者は買っていたからだ。
今のところ、二シーズン先までの主力商品はデザインされていたので、H・joonの屋台骨が急に揺らぐということはない。

こうしてみると、ブランドの顔というのは、なんと儚いものであろう・・・。確かに、現在ではヨーロッパのブランドであっても、それは同じで、優秀なデザイナーがこっちのブランド、あっちのブランドと渡り歩いているのが現状だ。


会長からの申し渡しはなかったが、H・joonのメンバーたちにはもう事情がわかっていた。

とりあえず、ヒョンジュンは出勤してきて席に座り、いつものように振舞っていたが、彼のクビが会長の娘の帰国によって決まることは明白だった。

ただそれを知らないシンジャだけが、バースデイのスタッフに花とカードを送り続けた・・・。




もう背負うものがなくなったヒョンジュンは、自宅へ帰る道すがら、ブラブラと夜の公園を歩いていて、季節より早咲きの桜を見つけた。
まだ、今日もコートを着ているというのに、それは街灯に照らされてはかない風情で咲いていた。ピンクというより白みがかったその花びらに、ミンスを思った。


こんな花もあるんだ・・・。まだ咲く季節でもないのに・・・。
どこで道を間違えたやら・・・。


ヒョンジュンはミンスに電話をかけたくなった。

携帯の電話をかけてみる・・・。もうミンスの番号は使われていなかった。


ヒョンジュンは今来た道を引き返し、ミンスのアパートへ向かった。しばらく、通りの反対側で待ってみたが、帰ってきたのは、大学生らしい男の子だった。

もうミンスは知らない世界へ行ってしまった。



ヒョンジュンもそろそろ、自分の住まいを物色しなければならないと考え始めていた。いつまでもソルミの家にいるわけにもいかないだろう。

元の不動産屋に電話をかけてみたが、以前住んでいたマンションはもう他の人が住んでいて今は入居できないと言う。しかし、来月になれば、そこも空くので、そこでよければ、もう少し待ってほしいということだった。


その頃には、ソルミも帰ってくるかもしれない・・・。ソルミは今、日本国内を友達と旅している。
一時、帰国する様子を見せたが、また、雲隠れしてしまった。

あいつも、揺れる思いをどうすることもできずにもがいているんだ。


ヒョンジュンはしばらく待って、元の住まいに戻ることにした・・・。







ミンスは、帰国後、思いがけないことに巻き込まれた。

ジフンに土産を届け、別れるはずが土産を手渡したところで、ジフンの体調が悪くなり、緊急入院することになってしまったのだ。
ジフンは、虫垂炎を起こしていたが、受け持ちの子供たちのことを考えると、自分のオペどころではなかった。しかし、この日、薬で散らしていたものがとうとう爆発し、緊急オペとなった。

ミンスは、ジフンに別れを言うタイミングを逃した。

腹膜炎を併発したジフンだが、来月になれば、退院できるだろう。
しばらくは、別れることはジフンには言い出さず、看護の手伝いをすることにした。特に看護といっても、手をかけることはないが、母親一人ではたいへんなので、身の回りの世話に、ミンスは一日に一度は顔を出すことにした。


ミンスが部屋を引っ越したいということは、ジフンにも伝えてあったので、その日は病院には顔を出さず、ミンスは引っ越し業者とともに、あのマンションを引き払った。



そして、ミンスは今、姉のヘスの家に厄介になっている。



へ:それでどうするの?
ミ:うん・・・もう少しして、ジフンが元気になったら、言うつもり・・・。
へ:いいの?
ミ:うん・・・。

へ:それで、あっちのほうは?
ミ:うん。チェスクさんに頼んで、手続きしてもらってる。
へ:本当に行っちゃうの?

ミ:うん・・・韓国にいると、またどこで会うかわからないもん・・・。
へ:でも、あっちだって、ミンスのことを好きなんでしょう?

ミ:でも、お姉ちゃん。今は一人になりたいの。これから、仕事をいっぱいして忘れる。うううん、忘れることは諦めた。もういいのよ。
ヘ:・・・。


ミンスは、ヒョンジュンが「今でもおまえが全てだ」と言った言葉にうそはないと思っている。
だから、その言葉を、その思いを、抱きしめて生きていこうと思う。

自分から何か望めば、彼の生活は均衡を失うから・・・。今のミンスにはそんなことはできなかった。


ニューヨークへの留学については、手続きが終わったところで、ジフンに言おう。
それで、ジフンとも終わりにする・・・。そして、向こうで一から出直す・・・。







ヒョンジュンは、ソルミの帰りを待たずに、家を出た。
会長はそれを黙認した。別れようと思っている妻の家に、いつまでもいるのはおかしなことだから。
仕事のほうは、ソルミが帰ってから、辞任するように会長からの申し出があった。まだ、ヒョンジュンはH・joonの顔として使える男だったから・・・。





元のマンションに引っ越してから、10日目。
仕事帰りのヒョンジュンは、1階のメールボックスで郵便の束を掴んで、部屋に戻り、郵便の仕分けをしていた。

中にあったダイレクトメールの何通かは、前の住人のものらしい・・・。


キムさん・・・キム・ミンス?


ヒョンジュンは、その名前を見て驚いた。

キム・ミンス・・・。


鳥肌が立つ思いとはこのことか・・・。

ヒョンジュンは、部屋の中を見た。


ミンスはあの絵を自分の部屋に置いていたと言った。
ミンスは、ここで、あの絵と暮らしていた。


パリで、彼女は言った。


ミ:あの絵の中には、あなたの魂がいて・・・私とずっと添い遂げると思っていたから・・・。でもね、そのあと、わかったの・・・。あなたが、ソルミさんの妊娠がうそだったってわかっても、私のもとへ戻る気がなかったことが。・・・それがショックだった・・・。あなたは、ホントによその人のものになってしまったのよ・・・。


ミンスはここで、自分と、自分の分身と暮らしていたのだ・・・。


ルーブルの窓の外を眺めながら、彼女はこう言った。


ミ:外に見える景色を見るのが好き・・・。空があって、世界が開けていく感じが好きなの・・・。時々・・・部屋の中は変わっても、窓から見ている景色がいつもと同じだと、自分の周りがすっかり変わっていることに気づかない時があるわ・・・。いつもの景色を見て、振り返ったら、何もなかったってね・・・。エンプティ。空っぽ・・・。



ミンスが見ていたのは、この景色だ・・・。

二人で見たこの景色。

大きなイスにヒョンジュンが座り、その上にミンスを抱いて、愛を交わしながら見た景色・・・。



ヒョンジュンは胸がいっぱいになった。


ここで、ミンスは一人どんな思いで過ごしていたのだろう。

思い出だらけのこの部屋で・・・。


それなのに、一人で生きていくと言った彼女。



ヒョンジュンは苦しくなって、涙がこみ上げた。



一人にしてごめんよ・・・。

なんてひどいことをしてしまったんだ。
おまえもこんなに愛してくれていたのに・・・。


ヒョンジュンは、この部屋の全てが、自分に向かって、愛を放ってくるのを感じずにはいられなかった。






12部へ続く