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創作を書いたり読んだりと思い思いの時をネット内でゆったりと過ごしています。

 「恋の病2」3部

2015-09-22
これは全てフィクションです。
また私は水商売の経験がないので、記述におかしなところがあるかもしれません。
その点はお許しを。
ここでは、JJとユナの二人の恋の行方を中心にお読みください。
また、特に職業についての考えはありませんが、
年も違う、住む世界も違う二人が知り合って・・・と考えていただければうれしいです。





これより本編。
お楽しみください。






人は、
こんな私を見て、
なんと思うだろう

心に空いていた穴に
ぴったりと嵌ったような恋心


恋をすることも
すっかり忘れていたのに


でも・・・

この胸のざわめき

あの人を抱きしめたいと思う気持ち

あの人が触れる女の指を憎らしいと思うジェラシー


これは分析せずともわかる

恋だ


バカげた恋だといわれても

今の私を止めることはできない・・・








ペ・ヨンジュン主演
「恋の病2」3部









「どうしたの? 静かだね」

JJはそう言って、BGMをかけた。


「眠い?」
「うううん・・・」

「・・・」

「何を話したらいいのかなって思って・・・」

「う~ん、そうだねえ・・・」

JJは右折しながら、考えている。



「ホントに海へ行くの?」
「いいだろう? たまには、そういう所へ行きたいなと思って」
「うん・・・」

「水商売をやってるとね、たまに自然に触れたくなるんだよ」
「・・・」



私たちの車は高速に入った。

私は夜の高速から見える街の灯を眺めた。


「こんな夜中でも大きなビルは起きてるのね・・・」
「そうだね。実際に人はいなくてもね、ビルは起きてるように見えるね」

「海は好き?」

「うん。前は、サーフィンをやってたんだけど」
「けど? やめちゃったの?」

「うん、ちょっとね・・・」

「言えないこと?」

「って、わけじゃないけど。一緒にやってた仲間が事故で亡くなっちゃったから・・・」
「それで怖くなったの?」

「そうじゃないんだ・・・」
「・・・でも、やめたくなることがあったのね?」
「まあね・・・」

「ふ~ん・・・。海が好きなんだ」

「うん。ほら、すぐ行けるじゃない。山は、山登りの準備もいるし・・・別荘も持ってないしな」
「そう」


私はちょっと笑った。彼と会話を少しずつ繋いでいる。
彼をすごく感じているのに、お互いにまだ知り合ったばかりで話すことがない。

特に私は話が上手なわけでもないし、それに・・・男の人とこうして二人きりで話すのも何年ぶりかだ・・・。



「君は海と山とどっちが好き?」

「う~ん、どっちも。(笑) あなたみたいに自分から関わっていかないから、自然を見て楽しむ感じかな」

「そう・・・。仕事は何しているの?」
「私? 小さな生地問屋の経理・・・。3月、4月は決算期で忙しいの」
「そうなんだ。じゃあ、お金の計算は得意なんだ」
「というわけでもないけど」


私はJJの横顔を見た。鼻筋の通ったキレイな顔をして前を見つめている。

彼は年上のこんな私と一緒にいて、楽しいのだろうか・・・。



「バーを始めてどのくらいになるの?」
「今年の5月で、丸3年かな・・・。その前は、バーテン」
「そう」

「その前も聞きたい?」
「そんなにいろいろあるの?」

「まあね、水商売はいろいろあるさ。バーテンは、バーを始めたくて就いた仕事だから」
「そうなんだ」

「聞きたい?」

「そんなに聞くと、私のことも話さなくちゃならないでしょ?」
「話したくないんだ」
「うん・・・ちょっとね。別に変なことはないけど・・・思い出したくなくて」
「そ。まあ、いいよ」



「ここで、下りるかな・・・」
「高速、下りるの?」
「うん・・・後は下を走ろう」



私たちを乗せた車が高速を下りた。



私がJJについて知っていることは、あの日、彼が酔っ払いの男の子から私を助けてくれたこと。そして、バーのマスターであること。そして・・・笑顔が素敵なこと・・・そして、私の心を掻きむしるほど・・・感じさせること・・・。



「よし。この道をまっすぐ行こう」
「うん・・・」

「眠かったら、寝てていいよ」
「でも、それじゃあ、あなたが寂しいでしょ?」
「まあね」


信号で止まると、彼が私の顔を見て笑った。


「なんか、緊張してる?」
「う~ん・・・初めての人と、初めての遠出で、ちょっと緊張してる・・・」

「そう? でも、独り者なんでしょ?」

「・・え、そうだけど・・・」

「彼氏はいるの?」

「いないわ」

「ならいいじゃない。誰にも気兼ねはいらない・・・」
「まあね・・・」

「オレも一人だし」

「そう・・・恋人は?」

「う~ん・・・今は、それらしき人はいない・・・」

「じゃあ、そうじゃない人はいるの・・・?」
「そうじゃない人? 難しい定義だね、それ」


JJは信号が青になり、また車を走らせる。


「そう? 私なんか、恋人じゃなかったら、友達? それ以外は考えられないけど」
「そうか・・・」


私は、ここで、少し胸がざわざわとざわめいた。

私の頭の中が、自分で作ったシチュエーションに、ちょっと嫉妬している。
私が一人だということを確認していたのは、自分も一人で、これから恋が始まるという意味だと思っていたから・・・。


そこに、他の女もいるわけ?


彼は別段、何とも答えていないのに・・・私の妄想が、他の女の影を感じて、胸がキュ~ンと痛くなった。


そうじゃない人の定義は何か・・・?



「いろいろな女の人を誘っているの?」
「え? まさか! こうやって、女の人と二人で出かけるのは久しぶりだよ」


遠出をしないで、ホテルに行くのは、久しぶりではないのか・・・?



「なんで私を誘いたくなっちゃったの?」
「う~ん・・・君の目が誘ってるからかな」
「え・・・?」

「冗談だよ。姉さんが言ってたでしょ? オレの好みだって」

そういって、JJは笑った。

次の信号で、JJが楽しそうに私を見た。


「好きなんだよ、君みたいな人」
「・・・」

「あんまり、年とか気にしないほうがいいよ。関係ないから」


遊ぶには関係ない?
そういうことね?


「オレには年なんてあまり関係ないんだ・・・」
「・・・」

「いいなと思えばそれでいい・・・」

「遊びだから?」
「そう見える?」
「わからない・・・」


JJは笑った。


「君の目は素敵だね・・・。かわいいよ」


私は、ため息をついた。彼の目があまりにも・・・素敵だったから・・・。


「自分で、気がつかない? 目がかわいいよ。口元も・・・」
「・・・ありがとう」

そう答えるのがやっとだった。
呼吸が苦しくなって、どう答えたらいいか、わからなくなった。


「オレは親もいないから、別に人の目なんて気にしないんだ。自分がいいなと思えばそれでいい」
「そう」

「君は気にするの? 男は年上じゃなきゃ駄目だとか。頼れる感じがいいの?」
「うううん・・・そんなことないけど・・・」
「だったら、いいじゃない」
「うん・・・」

「まあ、オレが二十歳だったら、気になるかな・・・というより、話が合わないよね?」
「そうね」

私はちょっとほっとして、笑った。


「3時か・・・ホント、寝てていいよ。オレに気を使わなくて」
「うん」

「日の出を拝まないで寝ちゃったら、悲しいからさ」
「じゃあ・・・少し寝るね・・・」
「いいよ」

私は、JJの横で、眠りについた。彼は年下だけれど、頼れる。そんな気がした。






それから、しばらくして、私はJJに起こされた。
海に着いたのだ。


「ユナ。着いたよ」
「え? ああ」

私は目を覚ましてぼんやり周りを見回した。


「まだ外は真っ暗だけど・・・もう少ししたら夜明けだ」
「うん・・・」

JJがコーヒーと買い物袋を取り出した。

「さっき、コンビニがあったから買ったんだ。コーヒー、まだあったかいよ」
「ありがとう。あなたって気がつくのね」
「自分が飲みたかっただけだけど」

JJはそういって笑った。

「それから、歯ブラシと・・・君、化粧品持ってきた? 持ってるポーチが小さいから・・・。 これ、肌に合うかどうかわからないけど、コンビニでトラベルセットが売ってたから。顔洗った後、つけたいだろ?」

JJは、自分の分の歯ブラシを取り出すと、私に袋を渡した。

中に基礎化粧品の小瓶の入ったトラベルセットが入っていた・・・。

私は、彼の顔を見た。


この気の利き方って・・・?


私はお礼を言って受け取った。







空が少し明けてきた。


「外で見ようか」
「うん」

「待てよ。その格好じゃ寒いから。ちょっと待って」

JJは車を降りて、車のトランクから毛布とシートを出してきた。


「行こうか」
「うん」


私はまだ薄暗い砂浜をJJについて歩いた。

JJがシートを敷いて、座った。


「こっちへ来てごらん」


彼が膝を開いて、抱くような格好で待っている。私はちょっと躊躇した。


「なんだよ。寒いから、早く」
「・・・うん」



私はJJに後ろから抱かれるように座った。
私が座ると、JJが毛布を開き、二人を包み込むように毛布で体を包んだ。


「どう? あったかい?」
「・・・うん」
「そう」


JJの顔が、私の顔のすぐ右上にあったので、彼の声が耳元で響いた。彼の呼吸も私の耳にかかった。


「ふ~ん、もう少しだね」
「うん・・・」

「ふん。(笑う)また、無口になったね」


そう言って、私に圧し掛かるように、私をギュッと抱きしめて、私の顔を覗き込んだ。私は微笑むことしかできなかった。





空を見上げると、水平線から薄っすらと夜が明けてくるのがわかる。

ゆっくりゆっくり上がっていった太陽が、海を振り切るように、ポンと昇って、海と別れた。
空がオレンジ色に染まった。


「キレイ・・・」
「うん」

「ほら、あそこの雲見て。すごいオレンジ・・・」
「ホントだ」

彼がまたギュッと抱きしめた。



顔に当たる風は冷たかったが、体はJJの温もりを感じて温かい。

こんな心の温かくなる朝焼けを見たのは、何年ぶりだろう・・・いや、初めてかもしれない・・・。


JJの体の感触が直に私の肌に伝わる。重なり合った私の背中は、彼の胸の厚さを感じている。
抱かれた腕は、私を抱いているJJの腕の力強さを感じている。私を挟んでいる足は筋肉がしっかりついていて、硬い・・・。

頑丈な鎧のようなJJに抱かれて、私の胸はまたキュンとした。




「空全体がオレンジに染まったね」
「うん・・・」


私の目はオレンジの空を見上げていたが、私の意識は右頬に当たるJJの頬に集中していた。

私は・・・吐息をもらしたかった・・・。横を向いてあなたの顔を見つめたかった。
でも、私は我慢した。我慢して、何事もないように、彼に抱かれていた・・・。




「ねえ、ここへ来てよかった?」

そういって、彼が右手で私の顎を掴んで、自分の顔のほうへ向けた。私は恥ずかしそうに目を伏せ、彼にもたれた。

あごを掴んだ彼の大きな手は、その親指だけを動かして、私の唇を撫でた。
そして、そのまま、私の顔を引き寄せてキスをした。
私は彼にされるがままになっている。キスされた瞬間、彼のジャケットの肘をギュッと掴んだ。

うっとりと閉じていた瞳を開けて、彼を見た。彼はにこやかに私を見つめていた。そして、風になびく私の髪を撫でた。


「う~ん」

彼は笑顔でもう一度キスをした。


彼の肩にもたれていた私に、彼が聞いた。


「どうしようか。少し仮眠していこうか」
「え?」

私が顔を上げると、彼は笑った。


「この近くに行きつけの民宿があるから。聞いてみようか。よくサーフィンしに来て、休ませてもらってたから」
「うん・・・」


本当の仮眠だった。

私は少しホッとした。




海岸からほんの2分ほど歩いて、小さな民宿の前に立った。


「早すぎない?」
「サーフィンなんて早朝からだから、大丈夫。それに漁師は朝が早いから」


JJが民宿の玄関に回った。



「おはようございます。すみませ~ん」
「はあ~い」


中から老人が出てきた。



「おはようございます」
「あれ、久しぶりだねえ」

「ちょっと休ませてもらえますか? 久しぶりに日の出を見にきたんです」
「そうかい。いいよ。いつものところ、空いてるよ。車はどうした? どこに止めた」


老人が顔を出して、私の後ろのセダンを見た。



「あれ・・・。ワゴン車はやめたの?」

「ええ。もうサーフィンはやらないから・・・」

「そうかあ・・・。でも、また、気が変わったらやったらいい。あまり過去に囚われるにはよくないよ」
「ええ・・・」

「お連れもいるのかい?」
「ええ」
「じゃあ、もう一部屋用意するか?」
「でも、ちょっと寝たらすぐ帰りますからいいです」

「そうか。朝ご飯でも出そうか?」
「いいですか?」
「ああ。じゃあ、10時ごろにするか?」
「すみません」

私も後ろで頭を下げた。





部屋は4畳半ほどの部屋だった。
何もない簡素な部屋だ。


「じゃあ、ちょっと寝て、ご飯を食べさせてもらって、またドライブしながら、帰ろうか」
「ええ」

JJは、布団を一つだけ敷いた。


「一緒に寝ようか」
「・・・」


私はちょっと呼吸が苦しくなった。


「別に変なことはしないさ。君とくっ付いて寝たいだけだよ。いいだろ?」
「・・・」

「海岸と同じ・・・。いいだろ?」
「うん」


上着を脱いで彼が寝転んだ。
私はカーディガンをゆっくり脱いで、JJを見た。



「おいで」


JJが笑顔で自分の横を叩いたので、そこに寝そべった。
JJが腕を伸ばし、腕枕をした。


「これでいいね。お休み」
「お休みなさい・・・」


「うん、お休みのキスを忘れたね」


そういって、私に軽くキスをした。

そして、そのまま私は、彼に抱かれて眠った。彼の胸に顔をつけて・・・まるで子供のように、厚い胸に抱かれて眠った。






海の帰りは、少し寄り道をしながら、私たちは二人の時間を楽しんだ。


私は叔母に電話を入れて、「急な用事を思い出したので家へ帰ってしまってごめんなさい」とだけ、伝えた。

バッグはまた後日とりにいくからと。

叔母は少し納得のいかない様子だったが、「じゃあ、またとりにいらっしゃい」ということで、電話を切った。




JJは、ホントに気が利いてやさしくて・・・私は彼に甘えているだけでよかった・・・。
彼とは、そんなに言葉を交わさなくても、居心地がよかったし、二人でいることが楽しかった。

でも、なぜ、JJが私を誘ったのか。 なぜ、私がいいのか。 それは、全くわからなかった・・・。

彼はどう見ても、マザコンではなかった・・・。
それに・・・こんなキレイでやさしい人なら、いくらでも若くてキレイな女の子との出会いがあるはずだと思った。

なぞはなぞのまま、日が暮れた。







JJの車が私のアパートの近くの通りに止まった。


「今日はありがとう。すごく楽しかったわ」
「うん。ここでいいよね?」
「ええ。ここから歩いて1分くらいだもん」

「・・・ユナ。また、店のほうへ来てくれるよね?」
「うん・・・」

「今度、いつ来られる?」
「・・・」

「わかった・・・。気が向いたら、おいで。待ってるから」
「・・・うん・・・」

「じゃあ」


私は約束できなかった・・・。

JJは、素敵だった。私をドキドキさせて・・・恋をさせてくれた・・・。

でも。

なぜ、私でいいのか、最後までわからなかった。

恋とは、そういうものなのか・・・。

私は、最近、恋などしていないので、よくわからなかった。私は彼を好きになった・・・。
でも、それで、JJによいのか、わからなかった・・・。
そして、私のような平凡な女が、バーのマスターをしている若い彼を持つという現象にも、自分自身が納得いかなかった・・・。









それから、しばらくした木曜日。


「あら、キレイなお姉さん」
「え?」

会社の近くのスーパーで、生鮮食料品を見ていると、後ろから声をかけられた。


「あのう・・・」
「私よ、こ・ん・ば・ん・は! わからない?」
「姉さん?」
「そう!」


ほっそりとした顔の、やなぎ腰の男が私を見下ろしていた。
長い髪を後ろで束ね、化粧もしていなかったので、すぐには「姉さん」だとは気がつかなかった。
でも、服装は同じスーツ姿でも男のスタイルとは違っていた。彼女は、白のテロンとした「パンタロン」をはいていた。



「ここの駅、使ってんの?」
「ええ、会社がこの近くにあって・・・」

「そう。今日は私、ママの代わりに請求書持って、会社を回ってたの。ねえ、何買ってんの?」
「え? 今晩のおかず・・・魚にしようかなと思って・・・」

「あら? JJの所へは行かないの?」
「え? まあ、そんなにしょっちゅう行ったら、おかしいでしょ?」
「ちっともおかしくないわよ。行きなさいよ」
「でも・・・」


それは毎日会いたい・・・。


彼と別れた日には、次の約束ができなかった。
あの日のことがそれほど心に残るとは思わなかったから・・・。

でも、あれから、時間が経つにつれ、彼が私の中で大きく広がって、気がつけば、彼のことばかり考えている・・・。
二人で過ごした時間が愛しくて、また、彼に会いたくなる。

なのに・・・。

本当に私でいいのか・・・。単なる遊びなのか・・・。



「・・・あんまり、押しかけて彼に迷惑かけたくないんです・・・」
「迷惑かしら? だって、あの子があんたを気に入ってるんじゃないの?」
「・・・」

「どう見ても、あんたから積極的にいってるようには見えないんだけど。こんな真面目さんの服装して・・・」
「・・・」

「でも、本当はあんたも好きね? そうでしょ?」
「・・・」

「好きじゃないの?」
「いえ・・・好き・・です」

「よね? 目がそういってる。好きだって。恋してるって」
「・・・」


「なら、同伴出勤しよう!」
「え? 姉さんの所へですか? 私、あんまり、お金ないんです・・・」

「バカね。JJの所よ。うちは、男の客ばっかりだから。あと、ババアね。オカマ好きの。皆、ブスばっかり。気はいいんだけど、ブスばっかり」


私は姉さんの話し方がおかしくて笑った。


「あんた、笑うとすごくかわいい。本気なら、通い詰めなくちゃ。あの子、もてるでしょ? 狙ってるのが多いんだから」
「そうなんですか?」

「見てわかるでしょ? あの美貌よ。元の客が今だに通ってくるもん」

「元の客って・・・?」
「ほら、ホスト時代の。忘れられないのよ! あいつが」



私は、急に呼吸が苦しくなった。
JJは元ホストだった・・・。

たくさんの女を相手にしてきた男・・・。


「そうですか・・・」
「どうした? 怖気づいたの?」
「・・・いえ」

「行くわよ! その魚、置いて。お店になんか持っていけないでしょ?」
「ええ・・・まあ・・・」

姉さんは、私が手にしていた魚の切り身のパックを戻して、私の腕を引っ張り、JJの店へ連れていった。



「もう、あんた。ぐずぐずしてたら駄目よ。男と女の世界はね、先手必勝なんだから」
「・・・そうなんですか?」
「そうよ! まあ、私はあいつに振られちゃったけどね。男には、興味ないって」
「はあ・・・」

「ねえ、どうしたの? 行くでしょ?」
「ええ・・・」


「実は私、あんたがここのスーパーに入るの、見つけてついてきちゃったの・・・。JJにはさ、あんたみたいなまともな女と付き合ってほしいからさ」
「・・・」

「ここの世界はさ、すれっからしばっかりでしょ? あの子にはそういうの、似合わないからさ。おいで!」

JJはホストだった。

やっぱり、JJは、私とは、まるで違う世界に住んでいた。



ホストなんて・・・私の大嫌いな人種・・・。

今、バーのマスターになって、私と近くなったのだろうか・・・。

こんなにも私の心を波立たせる彼・・・。



この間は、彼の腕の中で眠って、私は安らぎを感じた。

あの安らぎは多くの女が感じたことなのだろうか・・・。







少し躊躇する私を引っ張って、姉さんは、ドリアンのドアを開けた。


「いらっしゃい」


6時を少し回ったばかりのせいか、店にはまだ客が入っていなかった。


「おはよう! 今日は同伴出勤しちゃった」

「どうしたの? 姉さんのバーに行くの?」
「違うわよ。あんたの所へ届けにきたのよ。この子がスーパーで夕飯のおかずなんか買ってたから」


私とJJは見つめ合った。

JJはじっと私を見据えた。

彼が今度いつ来られるって聞いたのに、私は答えられなかった。


彼は怒っているだろうか?




「お二人さん、こちらへどうぞ」
「並んじゃおうね」

姉さんがにこやかに私を見て、エスコートしてくれた。


私は、JJの顔を見た瞬間から、もうドキドキしていて、歩くのもやっとだ。
JJはポーカーフェイスで私を見て、コースターとお手拭きを置いた。



「ねえ、JJ。私はこれから仕事だから・・・。コーヒー、まだ残ってる?」
「いいよ。ユナは?」
「私は・・・」

「この子、まだ食事してないのよ。会社の帰りがけだもんね」

「そうか・・・。サラダと・・・トーストでも食べるか・・・。ここはバーだから、もうこの時間は火を使った料理は出せないから。店が臭うだろ?」

「よかったじゃない。JJが作ってくれるサラダなら、いいわよね」
「・・・ありがとう」


JJは食パンをトースターに入れると、冷蔵庫からレタスと生ハムをとり出す。


「そうだ、温泉卵もあるから・・・これも添えてやるよ」


食パンが焼きあがったところで、8等分に切って、軽くバターを塗った。
皿にパンを並べ、その上にレタスと生ハムをあしらい、真ん中に温泉卵を解すように置き、ワインビネガーとオイルで味付けをして、私の前に出した。


「自分であえて食べてごらん」
「うん・・・」

「やだ、おいしそう」
「少しあげるわ」

「ホント? ユナちゃんと間接キッス。いいわよね、JJ?」

JJがふんと笑って、私と姉さんにコーヒーと水を出した。



「おいしい」
「そう?」
「うん」

「私もおいしい」
「ありがと」

「今度は私のために作ってね」
「バカ・・・」


姉さんはコーヒーを飲みながら、私とJJを見ている。



「いい感じなのになあ・・・まだ、あっちのほうには発展してないのね? ユナちゃん」
「え?」
「なんか、まだよそよそしい」


私はトーストが喉に詰まった。


「姉さん、下らないこと言ってないで、出勤したほうがいいよ。もう6時半過ぎてるよ」

「あら? もうこんな時間。でも、今日は出勤前にお仕事してきたから、少し遅れても大丈夫。ユナ、今度は本当に同伴出勤してね」

「・・・」

「じゃあ、JJ、ご馳走様」

姉さんがテーブルに代金を置いた。



「いいよ」
「そういうわけにはいかないわよ」

「ユナを連れてきてくれたからさ。おごり」
「サンキュ。やっぱり、連れてきてよかったのね。じゃあ。ユナ、頑張りなさいよ」


姉さんは、私とJJを残して、帰っていった。

二人だけになった。



「一人じゃ・・・来られないの?」
「・・・」

「どうして?」


JJが私を見据えて、カウンターごしに手を伸ばしてきた。

そして、この間のように、私の顎を掴んだ手で、親指だけ動かして、私の唇を撫で、私の口の中にそっと指を入れた。

私は彼にされるがままに、目を瞑った。






「お兄さん、こんばんはあ」


店のドアが開いて、客が入ってきた。

JJは手を引っ込め、私の皿を片付けた。

これから出勤らしきホステスが客との待ち合わせをしているらしい。
ホストらしき男も入ってきて、同伴する客を待っている。
普通の男女も、男同士も、今の時間は、ここで飲むというより、待ち合わせのようだ。






私だけ、バーの雰囲気とは少し違っているような気がして、どうしていいのかわからなくて、カウンターの隅で静かに座っていた。

しかし、さっきのJJの仕草で、私の内側は、熱く燃えていた。



「もう一杯、コーヒーでも飲むか?」
「どうしよう・・・」

「ここが混むのはこれからだから。皆、食事をしてからここへ来るから、飲む客が入るのは8時過ぎかな・・・。今の時間は待ち合わせの人ばかりだよ」

「そうなの・・・」

「今日はこのままいられるの?」


JJが小皿に、キスチョコを乗せて、私の前に置いた。



「・・・」

「コーヒーを出そう」



JJが私に2杯目のコーヒーを入れると、ドアが開いて、女が入ってきた。





「こんばんは」

「いらっしゃい」

「いつもの・・・」

「OK」


「JJ、今晩、空いてる?」

「いや」

「そう、そっか。つまんないな」

「どうした?」


「これから、あいつのとこ、行くんだけどさ・・・。 最近、なんかつまんなくって。JJじゃないと、すぐ飽きちゃう」
「なら、家でテレビでも見てたほうがいいんじゃないの」

「やだ。その方がもっとつまんない・・・。ねえ、手え、貸して・・・」



女がJJの手を握った。そして、手相を見て話している・・・。

あの女も、ホスト時代の客なのか・・・。

JJの女を見る視線がやさしかった・・・。私の胸はキュンとなって、そして軋んだ。


女はJJの手をずっと握っていた。 

他の客に呼ばれて、JJが手を外すのに、女の手を両手でぎゅっと握って、少しお茶目に笑った。

私は、彼が両手で握ってあげた女の手を食い入るように見つめた。




突如、私の中で湧き上がった女へのジェラシー。それは渦を巻いて、グルグルと私の全身を縛り上げる・・・。

そして、暗く重い雨雲を私の心の中へ運んできた・・・。


こんなに、あの女が憎らしく見えるなんて・・・。




私は静かに座りながらも、JJを執拗に目で追っている。

どうか、もうあの女のところへは行かないで・・・。





7時半を境に客層が変わってきた。

待ち合わせや同伴出勤の客が帰って、少し酒の入ったサラリーマンたちがやってきた。

あの女も、きっと行き着けの男のところへ行くのだろう。

飽きたと言いながらも、つまらないと言いながらも、男なしではいられないのだ・・・。


私には、やっとホッとする「普通の客」ばかりになってきたが、店がだんだん混んできたので、今日はこれで帰ろうかなと思った。


JJの手が空いて、彼が私のところへやってきた。



「何か飲むかい?」

「JJ、混んできたから、もうそろそろ、私・・・」


そこまで言って、JJの目を見ると、彼の目が「帰るな」と言っているように見える。



「何飲む?」

「・・・」


私が答えないと、JJは勝手にカクテルを作って、私の前に置いた。



「これ飲んで、待ってて・・・」


彼が睨むように、じっと私を見た。


私は呼吸が苦しくなった。



もう、私は勝手には帰れない・・・。
彼が許してくれるまで。


彼が帰っていいよと言うまでは・・・。









4部へ続く