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創作を書いたり読んだりと思い思いの時をネット内でゆったりと過ごしています。

 「恋の病2」5部

2015-09-22
人は、
こんな私を見て、
なんと思うだろう



心に空いていた穴に
ぴったりと嵌ったような恋心


恋をすることも
すっかり忘れていたのに


でも・・・

この胸のざわめき


あの人を抱きしめたいと思う気持ち

あの人が触れる女の指を憎らしいと思うジェラシー


これは分析せずともわかる

恋だ


バカげた恋だといわれても

今の私を止めることはできない・・・







ペ・ヨンジュン主演
「恋の病2」5部








ドリアンのドアが激しくノックされている。

私とナジャは息を殺して、外の様子を伺った。

後で聞いた話だが、その時、JJは、カウンターの下にある「防犯ブザー」を押していた。
これは、警察につながっていて、酒場で事件が起きたときにすぐに対応できるようになっていた。



「おじさん、まだかしら・・・」

ナジャが呟いた。
私は彼女の口をふさぎ、首を横に振った。



ドアのカギを外からウンスがいじっている・・・。


「兄さんよう~。いるんだろう! おい! おまえら、いるんだろう!」


ドアが何度も何度も引っ張られ、とうとう木製のドアは、外枠の建具から引きちぎられるように、開いた。




ウンスが中へ入ってくると、JJはカウンターの中にいた。


「なんだ。おまえは」
「やっぱり、いるんじゃねえか!」

「まだ、開店前だぞ」
「でも、あいつはいるだろうが!」

「誰だ?」

「ナジャだよ・・・」
「ナジャ? 来てないよ。まだ開店してないんだ。ドアにカギがかかってただろ?」

「ふざけんじゃねえよ。てねえが匿ってるのはわかってるんだ・・・」
「いったい、何があったんだ。ここは、おまえの店じゃないぞ。ここで騒ぎを起こされるのは困る」

「兄さん・・・。あんた、ナジャに手え、出したのか?」

「まさか・・・。オレは、そんなことはしないよ。おまえだって、わかるだろ? ケンカでもしたのか?」

「あんた・・・。ナジャに何したんだ?」

「・・・。少し落ち着けよ。コーヒーでも入れようか。おまえとナジャに何があったか知らないが、急に入ってきて、何事だよ」

「知らばっくれやがって・・・」
「・・・ウンス」

JJがウンスを睨んだ。

「ふん・・・」

ウンスがカウンターに座った。
JJは、ウンスの顔を睨みつけて、コーヒーのサイフォンをセットする。


もうすぐ、おじさんが来るはずだ・・・。


ウンスはいらいらしてカウンターを手で叩きながら、窓のほうを見た。窓際のイスに、女物のバッグと、カーディガンを見つけた。


「やっぱり、来てんじゃあねえか!」


JJも私の荷物に気がついた・・・。


ウンスが立ち上がって、私の荷物を取りにいく。

「これ、女もんだろ!」
「よく見ろ。ナジャのものじゃないだろ?」


私のカーディガンは、ハイゲージで編まれた薄手のもので地味なグレーだった。派手なナジャがとても着そうにない。

ウンスがバッグを手に取った。
会社用の大きめなトートバッグだった。中には弁当箱も入っていたので、重かった。


「違うだろ?」

「誰のだよ・・・誰か、ここに来てるのか?」

「今、用に出かけてる」

「バッグも持たずに?」
「ああ。そのバッグじゃ重いからな。小さなポーチで出かけた」

「誰だ」

「おまえに関係あるのか?」
「・・・」
「オレの客だ」

「あやしいなあ・・・あんたの言うことは、皆おかしいぜ・・・」

ウンスがJJを睨みつけた。


JJは黙って、コーヒーを入れた。


「ホントにおかしいぜ。ドアを壊されたのに、何でそんな顔でいられるんだ・・・。客が出かけているのに、何でカギをかけてんだ・・・」

「・・・」

「あんたは、全くおかしいぜ・・・」

JJは黙って、コーヒーを出した。


「・・・ふざけんじゃねえよ・・・。どこへ隠した・・・あんたの客と、ナジャを・・・」
「・・・」

「トイレか・・・」


ウンスがトイレの中を覗きにいく。

その隙に、JJは、携帯をおじさんの携帯につないだ。



ウンスがトイレから出てきた。


「他にどこがあるんだ・・・」
「・・・」
「こういう店は、どこで着替えてるんだよ・・・」


周りを見渡す。

ウンスはポケットからナイフを取り出して、手の中で遊び始めた。

「兄さんよお・・・。正直なのが一番だぜ・・・」

「ウンス・・・」

「兄さんほどの人が、たかが女のことで、ケガしたいなんてさあ・・・」


ウンスがJJの顔を睨みつけた時、JJの後ろの鏡に切れ目があることに、気がついた。

回り込んで、JJの後ろを見ると、そこがドアだった・・・。

「てめえ・・・」


ウンスの目が光り、カウンターを乗り越えようとした。と同時に、JJもそれに気がついて、逆にカウンターを飛び越えた。

次の瞬間、JJの足がウンスの胸に当たり、ウンスを蹴り倒した形になった・・・。


「てめえ!」


転んだウンスは右手で遊んでいたナイフを開いて立ち上がり、JJ目掛けて、ナイフを刺した。

JJは咄嗟に避けたが、そのナイフはJJの左肩のすぐ下の二の腕を長く切った。

裂けたシャツの間から、ドラゴンのタトゥが見えて、ウンスは驚いて後ずさりした。
そして、ドラゴンから血が滲め出て、真っ赤に染まっていく・・・。


「ウンス・・・。ナイフを捨てろ」

ウンスは、呆然とJJの肩を見つめた。血が噴出した。


階段を駆け上がってくる複数の靴音がして、ウンスは、ドアのほうを見た。

おじさん始め、刑事が入ってきた。


ウンスは少し暴れたが、刑事に現行犯でその場で捕らえられた。
おじさんは、早速、JJの腕に店のタオルを巻きつけ、救急車を呼んだ。

「大丈夫か?」

「・・・遅いよ、おじさん・・・」
「悪かった・・・」

「奥にナジャがいる・・・」
「うん・・・」

おじさんは若い刑事に奥の部屋を見に行くように指示した。





私は、若い刑事の声にドアのカギを開けた。
出て、カウンター越しにJJを見ると、JJが血だらけになっていた。

「死んじゃう・・・」
「大丈夫だよ・・・」

床に座り込んだJJが私を見て呟いた。



グラスを拭く長い手ぬぐいとマドラーを掴んで、私はカウンターから出て、JJの二の腕に巻きつけ、マドラーを挟み、きつく締めた。

「こんなに、こんなに・・・血が・・・」
「大丈夫・・・」

JJのシャツも、ジーンズも床も血だらけだった・・・。そして、私のスカートも・・・。



ナジャは蒼白になったまま、若い刑事に抱かれてJJの前を通った。そして、血だらけのJJを見て、泣き崩れた。


外から救急車のサイレンが聞こえた。



「救急車が着いたな・・・この人は知り合い?」
「ええ・・・」

「あんたも一緒に行くかい?」
「はい!」

私はおじさんを見つめた。



「ユナ、君のバッグとカーディガン・・・」


私はJJに言われて、気がついた・・・。もしかして、これがあったから、ウンスは逆上してしまったのか。



「動けるか? JJ。 狭い階段をタンカで運べないから・・・」
「歩けますよ、おじさん」

JJは私とおじさんに抱きかかえられて立ち上がった。
そして、おじさんに捕まって階段を一歩ずつゆっくり下りていった。


「ここは・・・」


私はドリアンが心配になった。
若い刑事が私を見た。


「大丈夫。現場検証して、ドアは打ち付けていくから」
「・・・お願いします」

私は頭を下げて、救急車に向かった。








警察病院についたJJは、早速、腕の傷の縫合のために手術室へ入った。
手術室の前のベンチに、私とおじさんは並んで座り、手術が終わるのを待った。


「あんた、JJの・・・」
「私たち・・・付き合ってるんです・・・」

「そうか・・・。今日は、どんな様子だったの?」
「私がドリアンの掃除を手伝っていました。そこへ、あの・・・ナジャさん? あの人が入ってきて、JJに匿ってほしいと言ったんです。付き合ってる人と別れ話をしていたら、急に人が変わって、水をかけてきて、殺してやるって脅したって・・・。それで、JJが『ウンスか』と尋ねて・・・私たちを奥の間に匿ったんです・・・」

「そうか・・・。あいつはホストなんだけどね、たちが悪くて。前に何回か別れ話で、相手をケガさせてるんだ」

「それなのに、まだ平気で仕事を続けているんですか?!」

「うん。皆現行犯じゃなかったしね・・・。相手が訴えないんだ、家庭を持ってる人だったりしたんでね。自分優先で」
「そうでしたか・・・でも、怖くないのかしら・・・そんな人が普通にしてるって・・・」

「うん・・・。やられた本人が訴えないから、ただの噂になっちまう。店はクビになっても、ほら、見た目がいいから、次の店へ流れる・・・。雇うほうもわかっていても、噂ということで、蓋をしちまうんだ・・・」

「そうですか・・・」

「でも、今度はJJを刺しちまったからね・・・。これは事件だ。あいつは引き下がらない。それに現行犯だしな」

「・・・。おじさん? おじさんでいいんですか?」
「ああ、ユンです」
「ユン刑事さん・・・。JJと、ウンス?は、一緒に働いてたんですか?」
「いや。JJは5年前にホストから足を洗ってるからね。その頃はウンスはまだガキさ」
「・・・」

「ウンスは、JJの店を待ち合わせに使っていただけだろ。もっとも、JJは伝説のホストだから」

「伝説?」

「ああ、他とはちょっと違ってた。あいつは、汚れないんだ・・・。穢れないというか・・・。他のやつらと違って・・・いつ見てもキレイなままだった」

「・・・心が?そういう意味ですか?」
「そういうことかな・・・。だから、女はそういう男を追いかける。下卑たやつらはすぐ飽きる・・・」

「仕事の目的が違ったから?」
「・・・あんたは知ってたの?」

「ええ・・・少し本人から聞きました・・・」
「そう・・・」

「ユン刑事はご存知だったんですか? あのう・・・婚約者の人・・・」
「うん・・・。実はね、オレは交通課じゃないんだが、あの事故のこと、JJから頼まれてさ・・・。この界隈の水商売のやつらをよく知ってるから。JJは、ただの顔見知りだったけど・・・あれはたいへんな事故だったから・・・」

「そうでしたか・・・」
「うん・・・」

「じゃあ、私を見て、何か感じますか?」
「あんた?」

「そうです・・・何か感じますか?」

「う~ん・・・。あんたが気にしてるのは、年齢かい? やつには合ってるんじゃないの? あれで苦労してるから。あんまり若いだけの子よりいいかもしれない。それに、堅気の、ちゃらちゃらしてない子のほうが、やつには合ってる気がするよ」


この人は、あの子を知らないんだ・・・。
生きていた時を知らないんだものね・・・。



「ユン刑事さん・・・」

「まだ、なんか質問があるの?」


「あのう・・・。聞きづらいんですけど・・・あの彫り物のこと、ご存知ですか?」
「・・・」

「彼には、そぐわないような・・・。別に拘ってるわけじゃないんです・・・。ただなぜって。なんか理由があるのかなと思って・・・」

「それはねえ・・・。う~ん・・・」
「・・・」

「あの事故の後、ホストを辞めて、普通の仕事に就こうとしたけど、就けなかったんだよ。履歴がね・・・。大学も出てないし、前の仕事がホストだろ・・・。それでね、あいつに残ったのは、弟の手術のために貯めた金だけだった・・・。それで、やけになって、やったんだよ・・・。「オレは、ホントに、はみ出し者だ」って言ってね・・・。一番辛かったんじゃないかな。その時が。親も兄弟もなくて、二人が死んじゃったから・・・。でも、残った金を生かした生き方があるはずだって、いろいろ話し合って、それでバーテンになったんだよ・・・自分の店を持ちたいってね」

「そうでしたか・・・」



あのタトゥは、ホスト時代のものではなかった・・・。
彼女も知らない「秘密」なんだ・・・。









中から、ナースが出てきた。

「ハン・ジョンジェさんのご家族の方ですか?」

私は一瞬意味がわからなかった。



「ハン・ジョンジェさんのご家族の方ですか?」

困って、おじさんを見ると、おじさんが頷いて私を見た。


「そうです」
「では、先生のほうからお話があるのでどうぞ」



私は、おじさんに付き添われて中へ入った。

さっき、おじさんはきっと、「家族の方」という言葉に私が戸惑って、おじさんに助けを求めたと思っていただろう・・・。

私は・・・JJの名前を知らなかった・・・。タトゥは知っていても、名前を知らなかった。

だから、それがJJなのか、確認したかっただけだった。





「手術は無事終わりました。20針ほど縫合しました。今日は出血が多かったので、このまま一泊して様子を見ていただいて、明日の午後一番に退院という形になります」

「わかりました。事情聴取はできますか?」
「ええ、ご本人は意識がありますから」
「わかりました」

「ご家族のかたは、着替えを取ってきていただけますか?」
「ああ、そうですね・・・ありがとうございました」



私とおじさんは主治医にお礼を言って、JJの病室へ向かった。

事件の後だったので、JJは個室に寝かされていた。








「JJ、大丈夫?」

「大丈夫だよ。・・・おじさん、ご心配をおかけしました」
「無事でよかった」
「あんまり無事じゃないですよ。ドアとオレの腕、ケガしましたよ」

JJはやさしい笑顔で笑った。



「ドアぐらいなんだ」
「あれ、高かったからなあ・・・。でも、簡単に壊れた」
「ホントだ」

おじさんもホッとして笑った。



「ユナにも迷惑かけたね」
「彼女にも事情を聞いたよ」

「そうですか・・・。おじさん、彼女は普通の人ですから、あまり事件には巻き込まないでくださいね」
「わかってるよ」

「JJ。明日、着て帰る着替えが必要なの」
「そうか・・・血だらけだもんな・・・」
「あれは、全て証拠として、警察行きだよ」
「そうなんですか・・・」


「よかったら、私が取ってくるけど・・・それでもいい?」


JJはにこっと私を見たが、その後、少し顔が曇った。
でも、またやさしい笑顔になって、私を見つめた。


「頼んでもいい?」
「うん。うまく組み合わせできないかもしれないけど、いいよね?」
「いいよ。ユナがコーディネイトしてくれたら、何でも着るよ」
「・・・うん」

私は、そんなJJの言葉もうれしくて、胸がドキドキした。



「寝室の奥に格子の引き戸があっただろ。あそこがクローゼットだから。中に棚と引き出しがあるから、下着と着替えやすいような大きめのTシャツと上着と・・・それからジーンズがいいかな」

「うん・・・わかった」

「ユナは車乗れる?」
「運転? もう4、5年運転してないから・・・」
「ならいいよ」
「ごめんね」
「いいんだよ。運転できたら、おまえが動きやすいだろうと思って」

「じゃあ・・・取りに行ってくる」
「うん。気をつけて。あ、クローゼットにボストンバッグもあるから。すぐ、わかると思うから」
「わかった」

「じゃあ、ユナさんが着替えを取りにいってる間に事情聴取するか」
「いいですよ」
「そうしよう」

「じゃあ、JJ。ユン刑事さん。私はこれで。行ってきます」

「気をつけてね」

JJがベッドからにこやかに笑った。








私は、早速、JJのマンションへ着替えを取りにいくことにした。


病院内では電源を消していた携帯のスイッチを入れると、お姉さんから何度か電話が入っていた。


「もしもし、ユナ」
「ユナ、あなた、何しているの?」
「何か用?」

「今日ね、夕飯の買い物に駅のほうへ出たら、近くのバーで事件があって・・・覗いたら、あなたがいて・・・」
「・・・それで?」
「最初、事件に巻き込まれたのかと思って声をかけようとしたら、あなた・・・刺された男に付き添ってたわね」
「それで・・・」
「それでって? あの人は何?」

「・・・恋人です・・・」

「恋人って・・・随分若いし・・・それに、シャツの裂け目から、肩の彫り物がわかったわよ。あんな危険な人と付き合って・・・」
「お姉さん! 彼は刺されただけよ。刺したんじゃないのよ! お客さんが追われてきたのを助けただけ。彼はぜんぜん危険でもなんでもないわ!」

「あなた・・・騙されているわ・・・」
「切るね! 心配しないで。彼はまっとうです! お姉さんが思ってるようなこと、何にもないから! 今、忙しいの!」


私は、電話を切った。

あそこにお姉さんがいたなんて・・・。



私は少し苛立たしい気分になって、病院の前からタクシーに乗り、JJの部屋へ急いだ。








私はお姉さんとの電話で、心が少し軋んでいた。
慌しく、JJの部屋に入り、寝室の奥のあるクローゼットの戸を開いた。
そこには、スーツやジャケット、柔らかい生地のシャツ、パンツ類がかかっているパイプがあって、反対側は引き戸になっていた。
JJのスーツが気になって、一枚ずつ、引き出してみた。ホスト時代のものはなかった・・・。
たぶん。 まったく普通のスーツしかなかったから・・・。


JJのために、そこにかかっているジーンズを一本取って、私は気がついた。
私自身のスカートも血だらけだったことを・・・。

もう一本、細いシルエットのものを探して、私はそれに履き替えた。


次に引き戸を引いてみた。

その中は、上段が、YシャツやTシャツ、セーターなどを入れる棚になっていて、下段が下着などをしまう引き出しになっていた。
まずは、上段から、脱ぎやすそうな半そでのTシャツと、カーディガンを選んだ。

そして下着を探すべく、下段の引き出しを開けてみた。トランクスや靴下がきれいに整頓されてしまわれていた。

私は、JJの引き出しに興味があったので、その下の引き出しも順に開けていった・・・。

たたんだパンツの入っている引き出し。
トレーニングウエアの入っている引き出し。
ベルトだけ入っている引き出しなどがあった・・・。

ベルトの引き出しの中に、四角いものが入っていたので、私はそれを引っ張り出した。


それは、2枚の写真立てとビデオだった。
一枚は、20代の女性の胸までの正面写真だった・・・。


これがあの人かもしれない。

そうだ。大きさからいって、葬儀のときに使ったものかもしれない。


笑っていない彼女は、ちっとも私に似ていなかった。
たぶん、かわいい・・・。
でも、若い分、あまりその人となりがわかるような表情や深みが感じられなかった。

もう一枚の写真を見た。

それは、海辺で、JJと彼女と弟らしき人の三人が笑って写っている写真だった。

水着のJJの肩にはタトゥなどなかった・・・。

今の彼よりずっと若く、髪が茶髪で、濡れてクリクリしている髪がかわいらしい。彼は屈託なく笑っている。
弟は10代後半だろうか、静かに笑っていた・・・。

そして、彼女は、JJを盗み見するように少し横を向いて、微笑んでいた。
私にそっくりだった・・・。

その顔の表情が。
その仕草が・・・。

俯き加減に横目で見ている目と微笑んだ口元、そして、手や肩の表情が私によく似ていた・・・。

これがあの人なんだ・・・。



私はビデオを手に取った。
そこには、「ヘジン 衣装合わせ」と書かれていた。


私は写真を見たせいか、胸がざわざわとざわめいた。

揺れる思いで、リビングのビデオデッキに差し込み、それをテレビに映し出した。






それは途中から始まっていて、彼女がウエディングドレスを選んでいるところからだった。



JJの声が聞こえた。

「新婦のへジンさんがウエディングドレスを選んでいます・・・」


「う~ん・・・どれがいいかなあ・・・。JJ、これ、どう思う?」

「派手」

「そうかな・・・? ねえ、これ、キレイ! 見て!」


彼女は、フリルがいっぱいついているウエディングドレスをとり出して、体に当てた。


「それ? ふりっこじゃない」
「う~ん・・・」

彼女の俯き加減の顔の表情が、私によく似ていて、私は胸が痛くなった。
そして、体に合わせて、動かす手の動きも・・・どことなく似ていた。


「でも、いいよう、これ。良家のお嬢さんって感じでしょ?」


そう言って、彼女がカメラに向かって笑った。

この笑顔・・・。
この笑顔こそ、私だった・・・。


「やめろよ。そんなの・・・」
「そうお? なんかさあ、上品に見える感じのがほしいんだよねえ」

彼女はそういった。


「もっとさ、シンプルなほうが上品だよ」
「そうかなあ・・・。とりあえず、これ、着てみるね。JJ !  ビデオはいいから、自分の選びなさいよ。ここはいいからさ」

「オレはどれでもいいよ。主役はおまえだろ?」

「そんなこと言っちゃって。もうちょっと気合入れてやってよね。大事な結婚式なんだから!」
「わかったよ」

彼女は少し脅すような目をして笑った。 若さと幸せにあふれていた。


JJと幼馴染で年の近かった彼女は、ため口でシャキシャキと話している。

性格は私とはまるで違った・・・。
年上だというのに、いつもJJに引っ張ってもらっている私とはまるで違った。


「ジョンジェ! ねえ、もういいから、タキシード探しなさいよ!」


最後に、彼女はそう言った。

当たり前だが・・・彼女は、彼を名前で呼んだ。







ビデオはここで終わった。


20代の彼女は、これを着て彼の隣に並ぶことはなかった・・・。
あれば、きっと、ここに、二人の、あるいは、ウエディングドレスの彼女の写真があるはずである。

これしか、ビデオも写真も残っていないのだろうか。


私は少しぼうっとして、その画面を眺めていた。これから、何日かして、この子は死んでしまったのだ・・・。

自分より若い彼女を見て、私は涙が出た。

夢の前に倒れてしまった彼女・・・。ライバル心より、私は愛しさがこみ上げてきた。

20代の彼女はまだウエディングドレスさえ、ちゃんと選べない・・・。
彼との恋と、弟の世話で毎日を過ごし・・・そう・・・青春だ。

きっと、声だけのJJだってそうだったはずだ・・・。


今のJJにはどこか年より大人びたところがある・・・。
老成しているというか、彼は彼女と一緒に青春を葬ってしまったのか・・・。


ビデオを見終わって、JJにより愛しさが募った。

私はまた元のところまでビデオを巻きなおし、引き出しに戻した。


涙を拭いて、この部屋の中を見ると、より寂しさがこみ上げた。




たぶん・・・この時だ。
この時、私の中に強い意志が生まれたように思う・・・。

私がJJを支えてあげようと。

そんな、とても強い思いが浮かんで私を捉えた。私の全てで、彼を支えたいと・・・。

もう私は会社へは行かない・・・。
彼のそばで、彼に尽くしたいと・・・私はその時、心からそう思った。







私は彼の着替えを用意して、クローゼットの横にあったボストンバッグに詰め込み、部屋を後にした。







病院へ戻ると、JJがベッドの上に座っていた。


「お待たせ。ユン刑事は帰ったの?」
「うん。ごめんな。おまえを巻き込んで」
「いいの」
「・・・」

「これでいいかしら。よくわからないけど、一応選んできた」

私は彼のベッドの足元に、ボストンバッグから着替えを取り出してみせた。

「いいよ。ありがとう」

「・・・JJ」
「何?」

「私、明日から会社、休む。あなたの世話をするわ。いいでしょ?」
「そんな・・・。オレのことで、仕事を休むなよ。クビになるぞ」
「いいの。でもね。有給がたくさん残っているから、まずはそれを使うわ。今までそれを使う、大切なことなんて何もなかった・・・。でも、今はJJのために、使いたいの・・・一番、大切なことに使いたいの」

「・・・。おいで、もっとこっちへ・・・近くに来て」
「うん・・・」


私は、JJの近くに座った。

JJは使える右手で、私の頭を撫でて、襟足を掴んだ。


「ありがとう。ユナには、迷惑かけちゃうね・・・。でも、うれしいよ・・・ホントに。 すごく、うれしいよ」

そう言って、彼は私をじっと見つめた。

彼の仕草は、まるで父親のようだった。年の近い彼女にもこうしたのだろうか。
私と話している彼は、ビデオを撮っていた彼や写真の彼より、ずっと大人になっていた。

この彼は、私のものだ・・・。

私はJJの言葉がうれしくて、恥ずかしそうに笑った。すると、JJはもっとやさしく父親のように笑った。








JJは一晩病院に泊まって、明日退院ということだったので、私は、いったん家へ戻り、自分の着替えをパッキングして、またJJの家へ行った。そして、JJの家で暮らせるように、自分の湯のみや歯ブラシをJJのものの横に並べた。


そして、一人、JJの部屋に泊まった。
一度しか泊まっていないのに、その風呂場もベッドも懐かしかった。

そして、隣にJJがいないのが寂しかった。


早くJJと寝たい・・・そんなことを考えた・・・。









翌朝、私はJJのバーに寄ってみた。 
ドアには板が貼られていて、立ち入り禁止と書かれていた。

病院へ行って、JJの最後の検査が終わるまで時間があったので、私は会社に電話を入れて、有給休暇を申し出た。


「パクさん、そんな急に、20日間なんて・・・」
「でも、それだけ残っているわけですから」
「困るなあ。ジウォン君だけでは仕事にならないしな・・・」

課長がそう言った時、病院内のアナウンスが流れた。

「あれ、パクさん・・・どこにいるの?」
「今、病院です。・・・ジウォンさんが言っていたように、実は、すごい更年期なんです・・・。とても仕事ができる状態じゃないんです・・・」

「そうなの? そうは見えなかったけど・・・。う~ん、じゃあ、なんとかするけど、具合がよくなり次第出てきてくださいよ」
「はい、わかりました・・・。お薬をいただいたんで、なんとか回復するとは思いますけど・・・」

「お大事にね・・・」
「ありがとうございました・・・」

私は電話を切った。


すごいうそをついた・・・。
でも、いいの・・・。今はJJが大切。 大切なものを選択したんだもん・・・。








午後になって、JJが退院した。
私はJJの荷物を持って、並んで歩いた。
知らない人が見たら、私たちは長く付き合っているか、あるいは家族だろう。


まだ、何回も会っていないのに・・・。

それがこんな距離で接している。

JJはどう思っているのだろう・・・。
好きだと言っても、こんな年上の私と二人で歩くことを・・・。









JJの部屋へ戻ると、JJがベッドに寝転んだ。

「ああ、やっと帰ってきたなあ・・・。たった一日なのにね。ああいう状態で入院すると、なんか気持ちが疲れるね」

「お茶でも入れてあげようか?」

「ユナも疲れてるだろう?」
「いいの。入れてあげる」

「ふん」

JJはうれしそうな顔をして、笑った。




「何があるかなあ・・・」

私はお湯を沸かして、キッチンの棚を見た。

「コーヒーだろ、紅茶だろ、柚子茶だろ・・・オレが入れてやるよ」


JJが起き上がってきた。


「いいわよ。ケガしてるんだもん・・・」

JJは紅茶を入れようとしたが、うまくできなかった。

「ホントだ。うまくいかないね」
「でしょ? 私に任せなさい・・・。紅茶入れるね」
「うん」


私がカップを用意して紅茶を入れていると、JJがダイニングテーブルに着いて、呟いた。

「何日ぐらい、休むのかなあ・・・。二週間はキツイよなあ・・・。事件が起こった店は、客足も遠のくしね」
「JJのせいじゃないのにね」


その時、私はちょっと閃いた。



「ねえ、私が手伝えない?」
「ユナが?」
「うん・・・」

「そうだなあ・・・」
「掃除でもなんでもやるわ。JJの手の代わり」

「でもねえ・・・バーだからね。カクテルとか作れないと」
「教えてくれる? そうしたらやるわ」

「・・・」

「駄目?」

「ありがとう・・・」
「・・・」
「ユナはいつも一生懸命なんだね・・・」
「そうでもないわよ・・・」

「でも、いつもオレに合わせてくれるし・・・オレを大事にしてくれる・・・」
「・・・駄目?」
「・・・」
「あなたのためにしたいの」
「・・・」
「駄目?」
「・・・」
「・・・私のためにしたいのよ・・・」

「いいの?」
「うん・・・」

「酔っ払いの相手だよ」
「でも・・・私はバーテンだもん・・・」

「そうだね。おまえはホステスじゃない。うん・・・オレが隣に立って、見張ってるから大丈夫か」
「うん。JJがいるから、大丈夫」






JJが何か思い立って、クローゼットのほうへ向かった。

私は一瞬、あのビデオや写真でも取りにいったのかと思い、胸がキュンと痛くなった。


でも、違った。

JJが手にしていたのは、蝶ネクタイだった。


「これ、ユナに似合いそうだよ」
「蝶ネクタイ?」

「そう・・・オレがバーテンをしてた時につけていたやつ。自分の店を持ってからは、ノータイだけど、ユナにはこれが似合いそうだ」

JJが私の首にタイを当てた。


「かわいい・・・かっこいい・・・」


そういって、笑った。


「ホント?」
「うん。これ、つけてたら、それっぽいよ。いいよ」
「え~え!」


私も笑った。



そうだ。
このタイは、前の彼女は知らないんだ・・・。

これも、私とJJのもの・・・。



「じゃあ、カッコだけでもバーテンらしくするわ」

「もちろん、ちょっと特訓してね」
「ええ?!」

「当たり前だろ」
「JJは仕事に厳しいよね」
「当たり前」


そう言って、JJは私を見つめて、右手で私の顎を掴んだ。そして、キスをして、私の目をじっと覗き込んだ。




「なんか、ユナを抱きたくなっちゃったな・・・」
「・・・JJ・・・」
「こんなにかわいいおまえをほっとけないよ・・・」
「う~ん。ケガが治ったらね・・・」

「・・・駄目?」
「・・・」


私は困った。



「ユナが助けてくれれば・・・大丈夫だよ・・・」


そう言って、JJが私の肩を撫でた。


私は、その言葉だけで体が熱くなった・・・。







6部へ続く