「恋の病2」6部
2015-09-22
人は、
こんな私を見て、
なんと思うだろう
心に空いていた穴に
ぴったりと嵌ったような恋心
恋をすることも
すっかり忘れていたのに
でも・・・
この胸のざわめき
あの人を抱きしめたいと思う気持ち
あの人が触れる女の指を憎らしいと思うジェラシー
これは分析せずともわかる
恋だ
バカげた恋だといわれても
今の私を止めることはできない・・・
ペ・ヨンジュン主演
「恋の病2」6部
「JJ・・・?」
「う~ん・・・」
「JJ・・・」
翌朝は、私は久しぶりに朝食を作った。
食べてくれる人のいる幸せに胸が弾んだ。
昨日のウンスの襲撃で、店のドアは壊され、JJの二の腕は20針も縫う大ケガをした。JJにとっては、最悪の日になったはずだった・・・。でも、私とJJの間には、新しい絆ができた日でもあった。
昨夜もJJとともに眠り、私は充足感で満ちあふれていた。
「おはよう」
「今日は早いねえ・・・」
JJがベッドの中から眠そうな目をして、私を見上げた。
「今朝はね、朝ごはんを作ったの。あなたに食べさせたくて・・・」
「うん・・・」
彼はやさしい目をして私を見て、頷いた。
「でも、ゆっくり寝ていていいのよ。JJはケガしてるんだもん。あなたが起きられる時間でいいの・・・後で一緒に食べよう」
「うん・・・。なんか、すごく体が重いんだ・・・。ちょっと貧血ぎみだからかな」
「そうね・・・。薬も飲まなくちゃね」
「ふん・・・。それなのに。 夕べ、頑張ってしまった僕がいけないんです・・・」
そういって、JJが笑った。
私は、恥ずかしそうに彼を見た。今も甘えたい気分でいっぱいだ・・・。
「うん・・・。・・・。後で、朝ご飯をベッドに持ってきてあげる」
「ありがとう・・・。ユナも、少し隣で寝て」
「・・・いいわよ」
私は笑いながら、JJの横に寝そべった。
「ジーンズぐらい脱げよ」
「・・・うん・・・」
二人はベッドの中で足を絡ませた。
「こうしてるだけで、なんか幸せだよなあ・・・」
「うん・・・」
「もう少しだけ寝かせて・・・」
「いいわよ。仕事も休みなんだし、ゆっくり寝て・・・」
「でも、今日はいっぱいやることがあるんだ・・・もう少しだけ・・・まどろみたい」
私はJJの頭の下に腕を入れて、腕枕をした。
二人はじっと見つめ合った。
「ユナは・・・ずっとここに住んでくれるのかな・・・」
「・・・」
「だといいねえ・・・」
「・・・」
「少し寝るよ・・・」
「お休み・・・」
JJが目を瞑った。
私はあなたのところにずっといるわ・・・。
本当はすぐに、そういいたかったけど・・・。
それは、あなたにとって重荷かもしれないから・・・口には出せなかった。
元気になっても、あなたがそう思ってくれるように・・・私は祈っている。
午後になってからのJJは忙しかった。
酒屋に電話を入れて、今週は休業するので、配達は休んでほしいと伝えた。理由は、JJが説明する前から相手はわかっていた。
そして、知り合いの大工に電話を入れた。ドリアンの内装を手がけた人だ。玄関のドアが壊されたので、至急直してもらいたいと伝え、前のものより頑丈なものにしてがほしいとJJが付け足した。大工は、夕方には、ドリアンへ顔を出せるという話だった。
「ケガをしたっていうのに、いろいろやることがあるのね」
「そうだね・・・あと、医者だ。消毒にいかなくちゃな」
JJは着替えをしながら、クローゼットの中を何かごそごそとやっている。
私はJJがクローゼットにこもる度に、動悸が激しくなる。
彼が私に昔の恋人の写真を突きつけそうな気がするのだ・・・。
「JJ?」
「少し待ってね」
「なんか・・・手伝おうか?」
「いや・・・自分でできる・・・」
「うん・・・」
しばらくして、JJが出てきた。
「ユナの引き出し、作ったからね。ここにしまうといいよ。ジャケット類はこっちのハンガーにかけて」
JJが私のために、引き出しを開けてくれた。
私はうれしかった。
「ありがとう・・・」
私はボストンバッグの中身をJJの引き出しの中にしまった。
あの子の写真を見られないように、一人で片付けたんだ・・・。
でも・・・これで、JJが私にあの写真を見せるなんてことは考えなくてよくなった・・・彼は、そんなことはしない・・・。
「それから、ユナ。これ、着てごらん」
「何?」
「バーテン用のベスト」
「え~え!」
私はちょっと気恥ずかしかったが、幸せな気分になった。
「JJのでしょ? 大きくない?」
「まずは着てみて」
「うん」
その黒のベストは、シックで、脇がサテン地に切り替わっており、なかなか、おしゃれな作りになっていた。
私が着てみると、少し長めで、脇が緩々だった。
「そうかあ・・・。でも、似合うよ。少しつめれば、着られそうだな・・・」
「つめて着るの?」
「そう」
「でも、私、そんなに縫い物が上手じゃないの」
「大丈夫。いい人がいるんだ。OK。これを直して着る。元々はこれを作った人だから。直してもらうよ」
「これって、オーダーメイドなの?」
「そうだよ」
「そんな・・・直すなんて、勿体ない・・・」
「いいんだよ。買うより安く作ってくれるんだ。これ、生地がいいだろ? あ、ユナは生地屋さんじゃない」
「うん・・・生地はいいよ、これ。どっしりしてるもん・・・高かったでしょ?」
「それを安く作ってもらうんだ」
「へえ・・・」
「あとで、行こう。これに、白のYシャツを着て、黒のパンツをはいて、蝶ネクタイ。かっこいいなあ」
「またまた、煽てて」
「ホントに似合うよ」
「うん・・・」
「後は、カクテルだね」
「そうだった・・・」
「ドリアンからシェーカーを持ち帰って練習しよう」
「うん」
「うまくできるかな・・・」
「大丈夫だよ。カクテルの中身の配合が覚えられなくても、オレが言った通りに作ればいいから。おまえがやらなくちゃいけないのは、シェイクだ」
JJが右手を振ってみせた。
「メニューを覚えるのはたいへんだからさ。まずは、これね」
「シェイクね」
「そう。シェーカーの中に入れた氷が解けないように、すばやくシェイク!」
「そうなの? あれって氷が入ってるの?」
「そうだよ。飲むと冷たいだろ? でも、水っぽくないだろ? 氷を解かさないで、カクテルだけ冷やして仕上げるんだ」
「そうなんだあ・・・。勉強になるね」
「だろ?」
「うん・・・そうなのかあ・・・花嫁修業になるな・・・」
私がそういいながら、ベストを脱いでリビングに向かうと、JJがその後ろ姿をじっと見つめていた。
「なあに?」
私は振り向いて、JJに聞いた。
「ううん・・・別に」
「そうお?」
私は、ベストをたたみながら、ふと、あの人のことを思った。
彼女もそう言ったのだろうか・・・。
でも、その時は、亡くなっていたはず・・・。
それとも・・・私の姿に、あの人を思い出したのだろうか・・・。
少し・・・幸せな気分が後退した。
「ええと、そのベストを持って、それから、病院だろ。大工だろ。カクテル。あと、レジはどうなってるんだ・・・。おじさんに聞かなくちゃ・・・」
JJがおじさんに電話をしている。
私は、JJの姿を見た。
全て、JJのせいじゃない・・・。
私がかってに、あの人のことを思い出したのだ・・・。
幸せを感じるのも、幸せを壊すのも、全て、私の気持ちにかかっている・・・。
JJは今、私に幸せをくれている・・・。
愛してくれている・・・そう、彼は、ユナを愛しているはずだから・・・。
電話が終わって、JJが私を見た。
「レジはそのままだって・・・。お金が入ったままだ」
「・・・大丈夫かしら・・・」
「まあ、行ってみよう」
「うん」
玄関まで来て、私はJJに聞いた。
「車のカギ、持ってる?」
「ああ、家のカギとセットだからね」
「そうか・・・。私、練習してみる。車の運転」
「・・・」
「5年前までは乗ってたんだもん。軽自動車だけど。通勤に使ってたんけど、引っ越してから電車になっちゃったから」
「通勤に乗ってたんだったら、すぐ運転できるよ」
「そうかなあ・・・。まずは、やってみる。あとで、練習するね」
「うん・・・。でも、他の車にぶつけないようにね。また、お金がかかっちゃうから・・・」
そう言って、JJは笑った。
「もう!」
私はJJの肩を叩いた。
私は今まで臆病だった。転ぶ前に、転ぶ心配ばかり・・・。
試しもしないで、駄目出しばかりしていた。
最初の結婚が失敗だったから・・・?
でも、今回は成り行きとはいえ、もうJJとの生活は始まっている。
私は恋の真っ只中にいるはずだ・・・。
こんなに好きな人の前で、臆病になっていたのでは、チャンスを逃してしまう・・・。
チャンス・・・好きな人と幸せになることだ・・・。
JJは私に幸せをくれる。守ってくれる・・・。それに、甘んじていては駄目よ・・・。
私が彼にできることはいっぱいあるはずだもん・・・。
「車はドリアンの裏の駐車場だから、あとで練習しようか」
「うん」
私たちは連れ立って出かけた。
まずは、JJがドリアンの様子を見にいった。玄関のドアが打ち付けてあったので、ケガをした今の彼には自力で入れないことがわかって、早速、大工にその状況を電話した。後で、大工に開けてもらい、中の様子を見ることにした。
次に、ドリアンの近くの細い道をくねくねと歩いて、小さな民家の前に立った。
「ここは?」
「ここはね・・・」
JJが戸を開けた。
「おばさ~ん、いる?」
「は~い、ちょっと待ってて・・・」
ちょっとしゃがれた声がして、中から、60過ぎの太った女性が出てきた。
「ああ、JJ。久しぶり。どうしたの?」
「ちょっと直してほしいものがあるんだ」
「どれ、見せてごらん。お連れもいるの?」
「うん」
JJと中の女性が私を見た。私は軽く会釈をして、JJの後をついていった。
ここは仕立て屋で、中の工房は、たぶんだが・・・オカマのための衣装がたくさんかかっていて、どうも彼女がそれらを作っているようだ。
「どれだい?」
「このベスト」
「ああ、懐かしいねえ。JJがバーテンで勤めに出た時に作ったやつだね」
「うん。これをさ、彼女が着られるように直してほしいんだ」
「ふ~ん。ああ、そういえば、そのケガ。聞いたよお。たいへんだったねえ・・・」
「まあね・・・」
「それで、女のバーテンさんを雇ったのかい」
「うん・・・まあ」
「ちょっと姉さん、おいで。これ着てごらん」
「あ、はい・・・」
「ずいぶん、細いねえ・・・」
おばさんは、私の体のサイズを測り、ピンで、ベストを補正していく・・・。
「かわいい人が来てくれてよかったじゃないか」
「ええ・・・」
「こんな感じかな。丈も7cm切るかね・・・」
おばさんは手際よく、チャコで印をつけてピンを打っていく。
JJの携帯が鳴って、JJが部屋の外へ出た。
「あんた、JJのこれ?」
おばさんが小指を出した。私は顔を赤くした。
「そうなんだ。ふ~ん。彼を助けて、バーテンをするのかい?」
「・・・はい・・・」
「そりゃあ、いい心がけだ・・・」
「あのう、ここはあ・・・?」
「ここは、見ての通りのオカマの衣装屋さ。あの人たち、ちょっと派手な衣装でショーをやったりするだろ? それに、皆、ほしい服があってもなかなかサイズが合わなかったりするからさ。ほら、元が男だから、細いって言っても、肩なんかぜんぜん違うんだよ。それで、ここで直したり、安く作ってやるんだよ」
「へえ・・・なんで、JJが・・・」
「姉さんの紹介。オカマの姉さん、知ってるかい?」
「ええ。私もよくしてもらっています」
「そうかい。姉さんがね、ここなら、安く作れるからって、JJを連れてきたのさ。ホストは、ちょっと変わったもん着てると、客の視線を引くからさ」
「へえ・・・。どんな? 今の彼しか知らないから」
「う~ん・・・。シャツなんかよく作ったよ。ほら、オパール加工した生地とか、わかるかい。柄が透けてるやつ」
「ええ」
「そういうのや、レース風の生地でシャツを作るんだよ。それをあの子が着ると、すごくセクシーなんだ」
おばさんが笑った。
JJはそんなものを着ていた。
「ふ~ん・・・。一点物っていうわけですね?」
「そうそう、つまり、安いってことよ。そういうもので、ブランドものは高いから」
「ふ~ん・・・」
「あの子、高いもん買わないでうまくやってたよ」
「そうですか・・・」
JJは無駄を省いて、できるだけ安く仕上げていたんだ・・・。
私が感心していると、JJが入ってきた。
「大工さんだった。夕方、5時過ぎるって。それでどう?いつ頃までにできる?」
「早くしろってか?」
「まあねえ・・・」
JJが笑った。
「仕方ないねえ。あんたの店がかかってるんだ。明後日でいいかい?」
「ああ。ありがとう」
「加工料はたんまりいただくよ」
「OK。じゃあ、明後日取りにきます」
「ああ、お姉さんに一枚、プレゼントしてやるよ」
「何を?」
「パンツ。黒でサイドにサテンのラインが入ってるんだ。待ってて」
おばさんが棚を探す。
「ああ、これ。若い子に頼まれたけど、結局取りに来なかった。やめちまったのかな。あんたにやるよ。このベストにぴったりだから」
「いいんですか?」
「ああ、その代わり、ちゃんとJJを助けるんだよ」
「はい」
「おばさん。ありがとう」
そう言って、JJがおばさんの頬にキスをした。
JJの何気ないその仕草に、私は驚き、ちょっと胸がざわめいた。
おばさんの工房を出ると、JJが「ユナ」と呼んで、軽くキスをした。
私は店の外だったので、「いやん・・・」と小さく言って、俯いた。
JJは笑って、「ユナの顔がおばさんにちょっとヤキモチ妬いてたよ」と言った。
JJには、私の気持ちが全部見えていた・・・うん・・・女の気持ちがわかるのよね・・・。
私は気恥ずかしくて、JJのシャツの下のほうを掴んで、俯いて歩いた。
ここ数日で、JJを通して知り合った人たちは、皆親切で心の温かい人たちばかりだった。
ウンスのような男もいるが、オカマの姉さんも仕立て屋のおばさんもあったかくて、人に思いやりがある。
私が今まで知らなかった世界に、こんな人たちが住んでいた・・・。
私の知っていた世界は小さい。会社と叔母と、元夫・・・。
JJが住んでいる世界は特殊かもしれないが、私にはJJのそばにいるほうが心が和む・・・。
私は少し心が温かく豊かになった。幸せな気分で病院まで行ったが、JJの傷口の消毒をしているナースの目は、まるで奇異なものを見るようで、ふと、叔母のことも思い出し、少し切なくなった。
JJは医師に、「忙しいので、消毒だけなら自宅でしたい」と言って、一週間分の薬の処方箋を書いてもらった。
JJにはこの人たちの目がわかっていたのだ・・・。
それから3日後、私はJJを車に乗せ、ドリアンへ出勤した。
ドリアンの裏の駐車場に車を止めると、JJが「ふ~」とため息をついた。
「なあに?」
「ああ! 命拾いした・・・」
「やだあ・・・」
「でも、なんとかここまで来たよな」
「ひどい! ぜんぜん平気だったじゃない」
「まあね」
「でしょ?」
「うん。よかったよ。ユナがまともに運転できて」
JJが笑った。
「もう、やだあ」
私も笑いながら、車から降りた。
今日から初出勤だ。
私もなんとかバーテンの仲間入り・・・。見かけだけだが・・・。
昨日、ドリアンのドアが直されて、前より厚く、カギも強化された。
閉めきっていた窓を大きく開けて、JJと私は、血が茶色に変色したままの床を何度も何度も拭いた・・・。
新鮮な花を少し多めに買ってきて、今までドライフラワーがかかっていたところに、かけ直す。
空気が一転して爽やかになった。
「また、やり直しだな・・・」
JJがぽつりと漏らした・・・。
ドリアンの掃除を済ませ、私は奥で着替えをした。
しばらくはJJの体調も考えて、バーだけを開店することにした。
裏で着替えをして出てくると、JJがにっこり笑った。
「どうお?」
「いいねえ」
「そう? ちょっとメイクを直してくれるね」
私は化粧室で、アイラインを引いてマスカラを丁寧につけた。化粧がくどくなるといけないので、口紅はピンクがかったベージュを塗り、抑え目にした。
鏡に向かって髪を直しながら、もう少し栗色に髪を染めようかなと思っている自分に、私は驚いた。
ほんの少し前まで髪を染めるのも億劫がっていたから・・・。
メイクを仕上げて、鏡に映る全身をチェックすると、意外と様になっていた。白シャツに、黒のベストとパンツ。
それに、ダークグリーンの蝶ネクタイ。普段の私より、アグレッシブで生き生きとしている・・・。
「JJ、見て!」
JJがカウンターの中から仕上がった私を見た。
ちょっとぼうっとした顔をして、やさしく微笑んだ。
「ホントによく似合うねえ。ユナは何をやっても上品な感じなんだなあ・・・」
私も微笑んだ。
この言葉は私への賛辞だ・・・きっと。
品良く、上品にまとまっているのは・・・私だ。
・・・それとも。もし、彼女が私の年齢になれば、こんな感じに収まるのか・・・。
「こっちへおいで。手順を確認しよう」
「うん・・・」
カウンターの中へ入ると、JJが私の髪を撫でて、にっこり笑った。 そして、顔を寄せて、私にキスしようとした。
「待って」
私は口紅を軽く拭った。
JJの顔が近づいて、私にキスをした。私はJJに捕まって、長いキスをした。
「この格好、気に入った?」
「うん・・・。キレイだ・・・」
JJは、私を見つめて満足そうな顔をした。
私はJJに教わった通りの手順でおさらいする。カウンターにおしぼりとコースターを出し、注文を聞く。
水割りの酒と水の割合を確認して、カクテルの酒の確認をする。
いずれにせよ、ずっとJJがカウンターの中に座っていてくれるので、私はそれほどナーバスにはならなかった。
つまみの野菜スティックも作り、冷蔵庫にしまう。基本的に、JJのバーは飲むのが主体なので、料理は作らない。
出すものといえば、キスチョコやナッツ、野菜スティックに生ハム、フルーツ程度だった。
時間が来て、私は一階に看板を出し、明かりのスイッチを入れた。
そして、JJとともに、カウンターの中で、客が来るのを待った。午後6時過ぎ、ドアが開いた。
姉さんだった。
「開店おめでとう!」
「ああ」
「あら、キレイなお姉さんも一緒? ユナ、バーテンになっちゃったの?」
「・・・ええ」
「そうかあ・・・じゃあ、難しいの、頼んじゃお」
「困ったわ」
「テストよ。じゃあ、マルゲリータ」
「かしこまりました」
私がシェーカーに氷を入れて逆さにして水を切ると、JJが横から酒を量って入れる。
私はシェイクをして、グラスに注ぎ、お姉さんの前に出した。
「なあんだ。ずるい。二人で作るんだ。・・・う~ん、でも、おいしい」
「そう? 成功?」
「うん、愛がい~っぱい入ってて、ご馳走様」
「姉さんたら!」
JJが睨んで笑った。
「ふん。うまくできてるわよ。ホントにおいしい・・・。そうか、しばらくは二人でやるのね・・・それがいいわ・・・。ユナ、あんた、エライわ・・・。その格好、かっこいいよ!」
「ありがとう・・・」
「あんたはそんな格好をしても濃い化粧でも、清楚なんだ・・・不思議。いいわ、清潔な感じで。バーテンはきりっとしてるのが一番だもん」
「・・・」
「JJ、それにしても大変だったね」
「まあね・・・」
「とりあえず、よかったわ。ユナがいて、ちょっとしゃくだけど。(笑う)ああ、手伝いたかった!」
「そんなあ。 よその店の看板娘を借りてきたら、あとが大変だよ」
「まあ、そうね。私がそこに立ったら、オカマバーになっちゃうもんね」
姉さんはそう言って笑った。
ひとしきり、姉さんは話してから、出勤していった。
姉さんが席を立ったあと、スカーフが落ちていたので、私は拾って、姉さんを追いかけた。
「姉さ~ん!」
「・・・?」
「スカーフ!」
私は走って、姉さんの元へ歩み寄った。
「あ、ありがとう。スルスルしているから、落ちちゃうのね・・・ピンで留めるか・・・」
「姉さん・・・」
「なあに?」
「・・・」
「何?」
「姉さんはJJの彼女、ご存知でしたよね?」
「・・・」
「仕立て屋のおばさん紹介したり、JJに協力してるもん・・・」
「仕立て屋のババアが言ったの? やだ・・・。私が惚れてるだけよお」
「でも、私が似てるって最初からわかってたんでしょ?」
「それで何を聞きたいの?」
「今の私をどう思いますか? JJにとって彼女の身代わりですか?」
「・・・。だったらどうすんの?」
「・・・」
「そんなこと、考えたって仕方がないわ。今のあんたは輝いてる。それでいいじゃない・・・。今、JJのそばにいんのは、ユナ、あんたよ。あの子はもう、この世にはいないんだから」
「・・・」
「JJにそんなこと、聞きなさんなよ。あの子だって答えられないから・・・。あんたを好きな理由を探させたら、堂々巡りになっていくわ・・・。あんたがJJを好きじゃないなら聞く。好きなら・・・あんただけを好きになる時間を作ってあげたらいいじゃない・・・」
「・・・」
私は、姉さんの言葉に涙がこみ上げた。
「化粧が崩れるよ。ユナ! あんた、安心しちゃ駄目よ!」
私は顔を上げた。
「JJだって、この5年間、無傷なわけないんだから。自分が好きなら、頑張らないと。他へ行っちゃうわよ! あんたが大切なものは何?」
「・・・」
「頑張んな!」
最後に、姉さんはやさしい声で私を励まして、笑顔で去っていった。
姉さんのやさしさが心に沁みた。
初めて結ばれた日から、私はずっとJJと一緒にいる・・・。
これも運命よね?
ただの成り行きじゃなくて、そこに愛があるからよね?
くるっと方向を変えて、ドリアンに戻りながら、私はふと、ドリアンの窓を見上げた。
JJが複雑な顔で、私をじっと見つめていた・・・。
じいっと・・・。
きっと私の心の葛藤を知っている・・・。
私もJJを見つめて・・・JJに微笑みかけた。
JJは、それを見てやさしく笑った。
7部に続く
こんな私を見て、
なんと思うだろう
心に空いていた穴に
ぴったりと嵌ったような恋心
恋をすることも
すっかり忘れていたのに
でも・・・
この胸のざわめき
あの人を抱きしめたいと思う気持ち
あの人が触れる女の指を憎らしいと思うジェラシー
これは分析せずともわかる
恋だ
バカげた恋だといわれても
今の私を止めることはできない・・・
ペ・ヨンジュン主演
「恋の病2」6部
「JJ・・・?」
「う~ん・・・」
「JJ・・・」
翌朝は、私は久しぶりに朝食を作った。
食べてくれる人のいる幸せに胸が弾んだ。
昨日のウンスの襲撃で、店のドアは壊され、JJの二の腕は20針も縫う大ケガをした。JJにとっては、最悪の日になったはずだった・・・。でも、私とJJの間には、新しい絆ができた日でもあった。
昨夜もJJとともに眠り、私は充足感で満ちあふれていた。
「おはよう」
「今日は早いねえ・・・」
JJがベッドの中から眠そうな目をして、私を見上げた。
「今朝はね、朝ごはんを作ったの。あなたに食べさせたくて・・・」
「うん・・・」
彼はやさしい目をして私を見て、頷いた。
「でも、ゆっくり寝ていていいのよ。JJはケガしてるんだもん。あなたが起きられる時間でいいの・・・後で一緒に食べよう」
「うん・・・。なんか、すごく体が重いんだ・・・。ちょっと貧血ぎみだからかな」
「そうね・・・。薬も飲まなくちゃね」
「ふん・・・。それなのに。 夕べ、頑張ってしまった僕がいけないんです・・・」
そういって、JJが笑った。
私は、恥ずかしそうに彼を見た。今も甘えたい気分でいっぱいだ・・・。
「うん・・・。・・・。後で、朝ご飯をベッドに持ってきてあげる」
「ありがとう・・・。ユナも、少し隣で寝て」
「・・・いいわよ」
私は笑いながら、JJの横に寝そべった。
「ジーンズぐらい脱げよ」
「・・・うん・・・」
二人はベッドの中で足を絡ませた。
「こうしてるだけで、なんか幸せだよなあ・・・」
「うん・・・」
「もう少しだけ寝かせて・・・」
「いいわよ。仕事も休みなんだし、ゆっくり寝て・・・」
「でも、今日はいっぱいやることがあるんだ・・・もう少しだけ・・・まどろみたい」
私はJJの頭の下に腕を入れて、腕枕をした。
二人はじっと見つめ合った。
「ユナは・・・ずっとここに住んでくれるのかな・・・」
「・・・」
「だといいねえ・・・」
「・・・」
「少し寝るよ・・・」
「お休み・・・」
JJが目を瞑った。
私はあなたのところにずっといるわ・・・。
本当はすぐに、そういいたかったけど・・・。
それは、あなたにとって重荷かもしれないから・・・口には出せなかった。
元気になっても、あなたがそう思ってくれるように・・・私は祈っている。
午後になってからのJJは忙しかった。
酒屋に電話を入れて、今週は休業するので、配達は休んでほしいと伝えた。理由は、JJが説明する前から相手はわかっていた。
そして、知り合いの大工に電話を入れた。ドリアンの内装を手がけた人だ。玄関のドアが壊されたので、至急直してもらいたいと伝え、前のものより頑丈なものにしてがほしいとJJが付け足した。大工は、夕方には、ドリアンへ顔を出せるという話だった。
「ケガをしたっていうのに、いろいろやることがあるのね」
「そうだね・・・あと、医者だ。消毒にいかなくちゃな」
JJは着替えをしながら、クローゼットの中を何かごそごそとやっている。
私はJJがクローゼットにこもる度に、動悸が激しくなる。
彼が私に昔の恋人の写真を突きつけそうな気がするのだ・・・。
「JJ?」
「少し待ってね」
「なんか・・・手伝おうか?」
「いや・・・自分でできる・・・」
「うん・・・」
しばらくして、JJが出てきた。
「ユナの引き出し、作ったからね。ここにしまうといいよ。ジャケット類はこっちのハンガーにかけて」
JJが私のために、引き出しを開けてくれた。
私はうれしかった。
「ありがとう・・・」
私はボストンバッグの中身をJJの引き出しの中にしまった。
あの子の写真を見られないように、一人で片付けたんだ・・・。
でも・・・これで、JJが私にあの写真を見せるなんてことは考えなくてよくなった・・・彼は、そんなことはしない・・・。
「それから、ユナ。これ、着てごらん」
「何?」
「バーテン用のベスト」
「え~え!」
私はちょっと気恥ずかしかったが、幸せな気分になった。
「JJのでしょ? 大きくない?」
「まずは着てみて」
「うん」
その黒のベストは、シックで、脇がサテン地に切り替わっており、なかなか、おしゃれな作りになっていた。
私が着てみると、少し長めで、脇が緩々だった。
「そうかあ・・・。でも、似合うよ。少しつめれば、着られそうだな・・・」
「つめて着るの?」
「そう」
「でも、私、そんなに縫い物が上手じゃないの」
「大丈夫。いい人がいるんだ。OK。これを直して着る。元々はこれを作った人だから。直してもらうよ」
「これって、オーダーメイドなの?」
「そうだよ」
「そんな・・・直すなんて、勿体ない・・・」
「いいんだよ。買うより安く作ってくれるんだ。これ、生地がいいだろ? あ、ユナは生地屋さんじゃない」
「うん・・・生地はいいよ、これ。どっしりしてるもん・・・高かったでしょ?」
「それを安く作ってもらうんだ」
「へえ・・・」
「あとで、行こう。これに、白のYシャツを着て、黒のパンツをはいて、蝶ネクタイ。かっこいいなあ」
「またまた、煽てて」
「ホントに似合うよ」
「うん・・・」
「後は、カクテルだね」
「そうだった・・・」
「ドリアンからシェーカーを持ち帰って練習しよう」
「うん」
「うまくできるかな・・・」
「大丈夫だよ。カクテルの中身の配合が覚えられなくても、オレが言った通りに作ればいいから。おまえがやらなくちゃいけないのは、シェイクだ」
JJが右手を振ってみせた。
「メニューを覚えるのはたいへんだからさ。まずは、これね」
「シェイクね」
「そう。シェーカーの中に入れた氷が解けないように、すばやくシェイク!」
「そうなの? あれって氷が入ってるの?」
「そうだよ。飲むと冷たいだろ? でも、水っぽくないだろ? 氷を解かさないで、カクテルだけ冷やして仕上げるんだ」
「そうなんだあ・・・。勉強になるね」
「だろ?」
「うん・・・そうなのかあ・・・花嫁修業になるな・・・」
私がそういいながら、ベストを脱いでリビングに向かうと、JJがその後ろ姿をじっと見つめていた。
「なあに?」
私は振り向いて、JJに聞いた。
「ううん・・・別に」
「そうお?」
私は、ベストをたたみながら、ふと、あの人のことを思った。
彼女もそう言ったのだろうか・・・。
でも、その時は、亡くなっていたはず・・・。
それとも・・・私の姿に、あの人を思い出したのだろうか・・・。
少し・・・幸せな気分が後退した。
「ええと、そのベストを持って、それから、病院だろ。大工だろ。カクテル。あと、レジはどうなってるんだ・・・。おじさんに聞かなくちゃ・・・」
JJがおじさんに電話をしている。
私は、JJの姿を見た。
全て、JJのせいじゃない・・・。
私がかってに、あの人のことを思い出したのだ・・・。
幸せを感じるのも、幸せを壊すのも、全て、私の気持ちにかかっている・・・。
JJは今、私に幸せをくれている・・・。
愛してくれている・・・そう、彼は、ユナを愛しているはずだから・・・。
電話が終わって、JJが私を見た。
「レジはそのままだって・・・。お金が入ったままだ」
「・・・大丈夫かしら・・・」
「まあ、行ってみよう」
「うん」
玄関まで来て、私はJJに聞いた。
「車のカギ、持ってる?」
「ああ、家のカギとセットだからね」
「そうか・・・。私、練習してみる。車の運転」
「・・・」
「5年前までは乗ってたんだもん。軽自動車だけど。通勤に使ってたんけど、引っ越してから電車になっちゃったから」
「通勤に乗ってたんだったら、すぐ運転できるよ」
「そうかなあ・・・。まずは、やってみる。あとで、練習するね」
「うん・・・。でも、他の車にぶつけないようにね。また、お金がかかっちゃうから・・・」
そう言って、JJは笑った。
「もう!」
私はJJの肩を叩いた。
私は今まで臆病だった。転ぶ前に、転ぶ心配ばかり・・・。
試しもしないで、駄目出しばかりしていた。
最初の結婚が失敗だったから・・・?
でも、今回は成り行きとはいえ、もうJJとの生活は始まっている。
私は恋の真っ只中にいるはずだ・・・。
こんなに好きな人の前で、臆病になっていたのでは、チャンスを逃してしまう・・・。
チャンス・・・好きな人と幸せになることだ・・・。
JJは私に幸せをくれる。守ってくれる・・・。それに、甘んじていては駄目よ・・・。
私が彼にできることはいっぱいあるはずだもん・・・。
「車はドリアンの裏の駐車場だから、あとで練習しようか」
「うん」
私たちは連れ立って出かけた。
まずは、JJがドリアンの様子を見にいった。玄関のドアが打ち付けてあったので、ケガをした今の彼には自力で入れないことがわかって、早速、大工にその状況を電話した。後で、大工に開けてもらい、中の様子を見ることにした。
次に、ドリアンの近くの細い道をくねくねと歩いて、小さな民家の前に立った。
「ここは?」
「ここはね・・・」
JJが戸を開けた。
「おばさ~ん、いる?」
「は~い、ちょっと待ってて・・・」
ちょっとしゃがれた声がして、中から、60過ぎの太った女性が出てきた。
「ああ、JJ。久しぶり。どうしたの?」
「ちょっと直してほしいものがあるんだ」
「どれ、見せてごらん。お連れもいるの?」
「うん」
JJと中の女性が私を見た。私は軽く会釈をして、JJの後をついていった。
ここは仕立て屋で、中の工房は、たぶんだが・・・オカマのための衣装がたくさんかかっていて、どうも彼女がそれらを作っているようだ。
「どれだい?」
「このベスト」
「ああ、懐かしいねえ。JJがバーテンで勤めに出た時に作ったやつだね」
「うん。これをさ、彼女が着られるように直してほしいんだ」
「ふ~ん。ああ、そういえば、そのケガ。聞いたよお。たいへんだったねえ・・・」
「まあね・・・」
「それで、女のバーテンさんを雇ったのかい」
「うん・・・まあ」
「ちょっと姉さん、おいで。これ着てごらん」
「あ、はい・・・」
「ずいぶん、細いねえ・・・」
おばさんは、私の体のサイズを測り、ピンで、ベストを補正していく・・・。
「かわいい人が来てくれてよかったじゃないか」
「ええ・・・」
「こんな感じかな。丈も7cm切るかね・・・」
おばさんは手際よく、チャコで印をつけてピンを打っていく。
JJの携帯が鳴って、JJが部屋の外へ出た。
「あんた、JJのこれ?」
おばさんが小指を出した。私は顔を赤くした。
「そうなんだ。ふ~ん。彼を助けて、バーテンをするのかい?」
「・・・はい・・・」
「そりゃあ、いい心がけだ・・・」
「あのう、ここはあ・・・?」
「ここは、見ての通りのオカマの衣装屋さ。あの人たち、ちょっと派手な衣装でショーをやったりするだろ? それに、皆、ほしい服があってもなかなかサイズが合わなかったりするからさ。ほら、元が男だから、細いって言っても、肩なんかぜんぜん違うんだよ。それで、ここで直したり、安く作ってやるんだよ」
「へえ・・・なんで、JJが・・・」
「姉さんの紹介。オカマの姉さん、知ってるかい?」
「ええ。私もよくしてもらっています」
「そうかい。姉さんがね、ここなら、安く作れるからって、JJを連れてきたのさ。ホストは、ちょっと変わったもん着てると、客の視線を引くからさ」
「へえ・・・。どんな? 今の彼しか知らないから」
「う~ん・・・。シャツなんかよく作ったよ。ほら、オパール加工した生地とか、わかるかい。柄が透けてるやつ」
「ええ」
「そういうのや、レース風の生地でシャツを作るんだよ。それをあの子が着ると、すごくセクシーなんだ」
おばさんが笑った。
JJはそんなものを着ていた。
「ふ~ん・・・。一点物っていうわけですね?」
「そうそう、つまり、安いってことよ。そういうもので、ブランドものは高いから」
「ふ~ん・・・」
「あの子、高いもん買わないでうまくやってたよ」
「そうですか・・・」
JJは無駄を省いて、できるだけ安く仕上げていたんだ・・・。
私が感心していると、JJが入ってきた。
「大工さんだった。夕方、5時過ぎるって。それでどう?いつ頃までにできる?」
「早くしろってか?」
「まあねえ・・・」
JJが笑った。
「仕方ないねえ。あんたの店がかかってるんだ。明後日でいいかい?」
「ああ。ありがとう」
「加工料はたんまりいただくよ」
「OK。じゃあ、明後日取りにきます」
「ああ、お姉さんに一枚、プレゼントしてやるよ」
「何を?」
「パンツ。黒でサイドにサテンのラインが入ってるんだ。待ってて」
おばさんが棚を探す。
「ああ、これ。若い子に頼まれたけど、結局取りに来なかった。やめちまったのかな。あんたにやるよ。このベストにぴったりだから」
「いいんですか?」
「ああ、その代わり、ちゃんとJJを助けるんだよ」
「はい」
「おばさん。ありがとう」
そう言って、JJがおばさんの頬にキスをした。
JJの何気ないその仕草に、私は驚き、ちょっと胸がざわめいた。
おばさんの工房を出ると、JJが「ユナ」と呼んで、軽くキスをした。
私は店の外だったので、「いやん・・・」と小さく言って、俯いた。
JJは笑って、「ユナの顔がおばさんにちょっとヤキモチ妬いてたよ」と言った。
JJには、私の気持ちが全部見えていた・・・うん・・・女の気持ちがわかるのよね・・・。
私は気恥ずかしくて、JJのシャツの下のほうを掴んで、俯いて歩いた。
ここ数日で、JJを通して知り合った人たちは、皆親切で心の温かい人たちばかりだった。
ウンスのような男もいるが、オカマの姉さんも仕立て屋のおばさんもあったかくて、人に思いやりがある。
私が今まで知らなかった世界に、こんな人たちが住んでいた・・・。
私の知っていた世界は小さい。会社と叔母と、元夫・・・。
JJが住んでいる世界は特殊かもしれないが、私にはJJのそばにいるほうが心が和む・・・。
私は少し心が温かく豊かになった。幸せな気分で病院まで行ったが、JJの傷口の消毒をしているナースの目は、まるで奇異なものを見るようで、ふと、叔母のことも思い出し、少し切なくなった。
JJは医師に、「忙しいので、消毒だけなら自宅でしたい」と言って、一週間分の薬の処方箋を書いてもらった。
JJにはこの人たちの目がわかっていたのだ・・・。
それから3日後、私はJJを車に乗せ、ドリアンへ出勤した。
ドリアンの裏の駐車場に車を止めると、JJが「ふ~」とため息をついた。
「なあに?」
「ああ! 命拾いした・・・」
「やだあ・・・」
「でも、なんとかここまで来たよな」
「ひどい! ぜんぜん平気だったじゃない」
「まあね」
「でしょ?」
「うん。よかったよ。ユナがまともに運転できて」
JJが笑った。
「もう、やだあ」
私も笑いながら、車から降りた。
今日から初出勤だ。
私もなんとかバーテンの仲間入り・・・。見かけだけだが・・・。
昨日、ドリアンのドアが直されて、前より厚く、カギも強化された。
閉めきっていた窓を大きく開けて、JJと私は、血が茶色に変色したままの床を何度も何度も拭いた・・・。
新鮮な花を少し多めに買ってきて、今までドライフラワーがかかっていたところに、かけ直す。
空気が一転して爽やかになった。
「また、やり直しだな・・・」
JJがぽつりと漏らした・・・。
ドリアンの掃除を済ませ、私は奥で着替えをした。
しばらくはJJの体調も考えて、バーだけを開店することにした。
裏で着替えをして出てくると、JJがにっこり笑った。
「どうお?」
「いいねえ」
「そう? ちょっとメイクを直してくれるね」
私は化粧室で、アイラインを引いてマスカラを丁寧につけた。化粧がくどくなるといけないので、口紅はピンクがかったベージュを塗り、抑え目にした。
鏡に向かって髪を直しながら、もう少し栗色に髪を染めようかなと思っている自分に、私は驚いた。
ほんの少し前まで髪を染めるのも億劫がっていたから・・・。
メイクを仕上げて、鏡に映る全身をチェックすると、意外と様になっていた。白シャツに、黒のベストとパンツ。
それに、ダークグリーンの蝶ネクタイ。普段の私より、アグレッシブで生き生きとしている・・・。
「JJ、見て!」
JJがカウンターの中から仕上がった私を見た。
ちょっとぼうっとした顔をして、やさしく微笑んだ。
「ホントによく似合うねえ。ユナは何をやっても上品な感じなんだなあ・・・」
私も微笑んだ。
この言葉は私への賛辞だ・・・きっと。
品良く、上品にまとまっているのは・・・私だ。
・・・それとも。もし、彼女が私の年齢になれば、こんな感じに収まるのか・・・。
「こっちへおいで。手順を確認しよう」
「うん・・・」
カウンターの中へ入ると、JJが私の髪を撫でて、にっこり笑った。 そして、顔を寄せて、私にキスしようとした。
「待って」
私は口紅を軽く拭った。
JJの顔が近づいて、私にキスをした。私はJJに捕まって、長いキスをした。
「この格好、気に入った?」
「うん・・・。キレイだ・・・」
JJは、私を見つめて満足そうな顔をした。
私はJJに教わった通りの手順でおさらいする。カウンターにおしぼりとコースターを出し、注文を聞く。
水割りの酒と水の割合を確認して、カクテルの酒の確認をする。
いずれにせよ、ずっとJJがカウンターの中に座っていてくれるので、私はそれほどナーバスにはならなかった。
つまみの野菜スティックも作り、冷蔵庫にしまう。基本的に、JJのバーは飲むのが主体なので、料理は作らない。
出すものといえば、キスチョコやナッツ、野菜スティックに生ハム、フルーツ程度だった。
時間が来て、私は一階に看板を出し、明かりのスイッチを入れた。
そして、JJとともに、カウンターの中で、客が来るのを待った。午後6時過ぎ、ドアが開いた。
姉さんだった。
「開店おめでとう!」
「ああ」
「あら、キレイなお姉さんも一緒? ユナ、バーテンになっちゃったの?」
「・・・ええ」
「そうかあ・・・じゃあ、難しいの、頼んじゃお」
「困ったわ」
「テストよ。じゃあ、マルゲリータ」
「かしこまりました」
私がシェーカーに氷を入れて逆さにして水を切ると、JJが横から酒を量って入れる。
私はシェイクをして、グラスに注ぎ、お姉さんの前に出した。
「なあんだ。ずるい。二人で作るんだ。・・・う~ん、でも、おいしい」
「そう? 成功?」
「うん、愛がい~っぱい入ってて、ご馳走様」
「姉さんたら!」
JJが睨んで笑った。
「ふん。うまくできてるわよ。ホントにおいしい・・・。そうか、しばらくは二人でやるのね・・・それがいいわ・・・。ユナ、あんた、エライわ・・・。その格好、かっこいいよ!」
「ありがとう・・・」
「あんたはそんな格好をしても濃い化粧でも、清楚なんだ・・・不思議。いいわ、清潔な感じで。バーテンはきりっとしてるのが一番だもん」
「・・・」
「JJ、それにしても大変だったね」
「まあね・・・」
「とりあえず、よかったわ。ユナがいて、ちょっとしゃくだけど。(笑う)ああ、手伝いたかった!」
「そんなあ。 よその店の看板娘を借りてきたら、あとが大変だよ」
「まあ、そうね。私がそこに立ったら、オカマバーになっちゃうもんね」
姉さんはそう言って笑った。
ひとしきり、姉さんは話してから、出勤していった。
姉さんが席を立ったあと、スカーフが落ちていたので、私は拾って、姉さんを追いかけた。
「姉さ~ん!」
「・・・?」
「スカーフ!」
私は走って、姉さんの元へ歩み寄った。
「あ、ありがとう。スルスルしているから、落ちちゃうのね・・・ピンで留めるか・・・」
「姉さん・・・」
「なあに?」
「・・・」
「何?」
「姉さんはJJの彼女、ご存知でしたよね?」
「・・・」
「仕立て屋のおばさん紹介したり、JJに協力してるもん・・・」
「仕立て屋のババアが言ったの? やだ・・・。私が惚れてるだけよお」
「でも、私が似てるって最初からわかってたんでしょ?」
「それで何を聞きたいの?」
「今の私をどう思いますか? JJにとって彼女の身代わりですか?」
「・・・。だったらどうすんの?」
「・・・」
「そんなこと、考えたって仕方がないわ。今のあんたは輝いてる。それでいいじゃない・・・。今、JJのそばにいんのは、ユナ、あんたよ。あの子はもう、この世にはいないんだから」
「・・・」
「JJにそんなこと、聞きなさんなよ。あの子だって答えられないから・・・。あんたを好きな理由を探させたら、堂々巡りになっていくわ・・・。あんたがJJを好きじゃないなら聞く。好きなら・・・あんただけを好きになる時間を作ってあげたらいいじゃない・・・」
「・・・」
私は、姉さんの言葉に涙がこみ上げた。
「化粧が崩れるよ。ユナ! あんた、安心しちゃ駄目よ!」
私は顔を上げた。
「JJだって、この5年間、無傷なわけないんだから。自分が好きなら、頑張らないと。他へ行っちゃうわよ! あんたが大切なものは何?」
「・・・」
「頑張んな!」
最後に、姉さんはやさしい声で私を励まして、笑顔で去っていった。
姉さんのやさしさが心に沁みた。
初めて結ばれた日から、私はずっとJJと一緒にいる・・・。
これも運命よね?
ただの成り行きじゃなくて、そこに愛があるからよね?
くるっと方向を変えて、ドリアンに戻りながら、私はふと、ドリアンの窓を見上げた。
JJが複雑な顔で、私をじっと見つめていた・・・。
じいっと・・・。
きっと私の心の葛藤を知っている・・・。
私もJJを見つめて・・・JJに微笑みかけた。
JJは、それを見てやさしく笑った。
7部に続く