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 「愛しい人2部」第1部 2008.6

2015-09-24


「愛しい人」がまだの方はそちらからどうぞ^^






ジ:長い間、お疲れ様でした。これは退職金です。どうぞ、元気な赤ちゃんを産んでくださいね。
テ:ありがとうございます。


テスはジュンスから恭しく退職金の入った袋を受け取った。
中を覗き込む。


テ:あれ、先生。これ、私が計上した金額と違いますよ。こんなにいっぱいいらないわ。
ジ:そのくらい、必要だろ?


ジュンスは自分のデスクに戻り、テスの顔を見つめている。



テ:だってえ・・・。
ジ:おまえさ、なんか画策してない?
テ:何を?


テスは驚いてジュンスを見た。
ジュンスが自分の席から、テスを睨んでいる。


ジ:今朝、産婦人科の先生のとこ、電話で確認したの。
テ:何を?
ジ:最近、一緒にいってなかったから・・・。そうしたら、案の定・・・。
テ:何よ?!
ジ:「先生、私、どうしても自然分娩で産みたいんです!」って言ったんだってね。(少し怒った目をしている)
テ:・・・そうよ・・だから? それの何がいけないのよ!


ジ:おい。オレがいつ、おまえに命がけで子供を産んでくれなんて頼んだよ?
テ:・・・だけど、前回の帝王切開からもう8年も経っているのよ。先生が大丈夫だって。
ジ:・・・。なんかあったら、どうするの?
テ:・・・大丈夫よ。(笑う)その時は、帝王切開に切り替えてもらうから。

ジ:・・・。なんでそんなことに拘るの? 安全に産めよ。(眉間にシワを寄せる)
テ:だって・・・自然分娩で産めたら、もっと赤ちゃん産めるでしょう?(笑顔で答える)
ジ:・・・別に、オレは家族でバスケットやりたいとか、ベビールームを開きたくて、子供がほしいって言ったわけじゃないよ。
テ:それはわかってるけど・・・。


ジ:とにかく、危険は冒さない。それが第一条件! これからは一緒に医者へ行くからな。
テ:ええ~・・・来るの? (ちょっと嫌な顔をする)
ジ:なんでいやなの? (驚く)
テ:だってえ・・・変なことばかり聞くから・・・。


ジ:何が?
テ:「いつまでしていいんでしょうか」とか・・・。
ジ:だって、そういうことって大事だろ?
テ:普通、先生から言うのよ・・・「今の時期はしないで」とか・・・「してもいいですよ」とか・・・。
ジ:そうなの?(赤くなる)だって・・・先にそういってくれないから・・・聞いちゃったんじゃない・・・。
テ:・・・普通そんなこと、言い出すなんて思わないじゃない!
ジ:そうなの? 普通の人は聞きたくないの?(もっと赤い顔になる)・・・前のダンナは聞かなかったんだ・・・。
テ:(困って)・・・あの人は、病院にも来もしなかったけど・・・。(ニコッとして)その点、ジュンスはいいパパよね! でもね・・・。
ジ:でも、なあに?
テ:あれから、毎回言われちゃうの・・・。「いいですねえ! 情熱的なご主人で!」って・・・。


ジ:(困る)そ、そんな事、今さら言うなよ・・・。と、とにかく! とにかく、これからは一緒に行く!
テ:え~え!
ジ:おまえ一人に任せておくと、危なくて仕方がないからさ!
テ:そんなあ、何よ、その言い方!
ジ:・・・。とにかく、まだ顔も見てない子供のために、おまえが命を落とすようなことだけは許さないから。
テ:・・・。(ブスったれた顔でジュンスを見る)
ジ:・・・返事は?
テ:・・・。


テスは、ジュンスを睨みつけて、「フン!」という顔をしたまま、黙って、階段のほうへいく。


ジ:おい! 返事は!


ジュンスがデスクのほうから大声でテスに声をかけるが、テスは無視して階段を上がっていってしまった。







テスは2階へ上がって、少し怒った顔のまま、ダイニングテーブルに着いた。そして、ちょっと涙ぐむ。




確かにジュンスが心配する気持ちもわかるけど・・・。





ジュンスは、テスとの結婚のために、スタジオをリフォームして迎え入れてくれた。

一度、結婚に失敗しているテスをとても愛してくれている。
その彼の気持ちに報いたい。彼の望む通りの家庭を築きたい。

結婚前、ジュンスは子供をたくさんほしいと言った。



テスには、前夫との間に女の子がいた。
3年前に5歳で交通事故にあって、夭折してしまったユニ。
そのユニを産むために、テスは帝王切開をした。


一度帝王切開で出産したテスには、産めて3人が限度だ。
もう一人めの子はこの世にはいない・・・。


テスは32週に入ったお腹を抱えて、子供に話しかける。


テ:パパのために言っているのにね。あなたもママに協力してくれるでしょ? いい子で生まれるのよ。二人でパパの鼻を明かしてあげましょう。あなたのパパは頑固だから・・・。それに、ママに意地悪・・・。
あなたもそう思ったでしょ? さっき。意地悪だって。ね?
ジ:思わないよ。
テ:え! ・・・ジュンス・・・。


テスが驚いて、後ろを振り返ると、ジュンスがいた。
ジュンスは前に回って、テスの前に跪いて、テスのお腹を撫でた。


ジ:お前のママは頑固で困るよね・・・。パパの愛情がわからないんだよねえ・・・。


ジュンスはそういって、お腹を撫でる。
テスがちょっと笑った。


テ:この子、きっとすごく頑固になるわよ。
ジ:そうだな。ママの子だから・・・。
テ:パパに似た頑固な子になるのよ。
ジ:ふん、おまえも不幸だな!(お腹に向かって言う)


ジュンスがテスのお腹に耳を当てて、テスのお腹を抱きしめた。


テ:ジュンス・・・。


テスがジュンスの頭を抱いた。


ジ:やっぱり、パパの言う通りだって、言ってるよ。
テ:・・・。


テスは、ジュンスの言う通りにはしたくないので、ジュンスの髪をいじって、キューピーのように引っ張って尖らせたりしている。


ジ:ママはどうしてもやなんだ・・・。いいよ。今度、ちゃんと先生と話をしよう。でも、危険は冒すなよ。それは約束だから。
テ:・・・・。(まだ、ジュンスの髪をいじっていて、返事をしない)
ジ:おまえのママはしぶといね・・・。

テ・ジ:あ!(二人で驚く)


ジ:・・・・こいつ! (ジュンスが顔を上げてお腹を見た)オレの顔を蹴ったよ!(テスを見る)
テ:(笑う)やっぱり、ママの味方ね!












ペ・ヨンジュン
キム・へス   主演


「愛しい人2部」第1部









二人が
愛し合うのは
当たり前


私たちは
家族に
なる


家族


それは複雑で


それは

温かい・・・











【第1章 二人の門出】


テスは今日から産休に入った。
事務ならまだまだ手伝えるのに、ジュンスはもう一切スタジオを手伝わなくていいと言う。


テスは現在、妊娠32週でまだまだフットワークは軽い。
あと1ヶ月近くはと思っていたのに、先だって、ちょっと残業をして、経費をまとめていたら、お腹が硬く張ってしまった。
いつもなら、その場で少し横になると、治るのに、硬くなったお腹がなかなか治らなくて、ジュンスに抱きかかえられてベッドまで行った。

このことで、最近、テスの監視に厳しいジュンスから、退職勧告が出されてしまったのだ。








ジュンスの交通事故から3ヵ月して、彼は銀行からお金を少し借り、スタジオの建物の中をリフォームした。
足を悪くしたジュンスのために、暗室を地下からスタジオ奥の給湯室へ移し、改造した。



今やスタジオの象徴でもあった階段を緩やかな絨毯敷きの階段に変えた。
絨毯は、汚れがつきやすいが、滑りにくいという利点があるので、家族が転びにくいこと、転んでもあまり痛くないことを優先した。


テスは知らなかったが、あの黒い鉄の階段は、ジュンスの大学時代の友人である彫刻家の第一作目だったそうで、多少使いにくくても、ジュンスは友情を大切にして、スタジオの象徴として、建物の真ん中に階段をおいていた。

この階段を取り除くと決めた時、その友人のところへ、丁寧なお詫びの電話を入れたジュンスだったが、それが講じて、友人が他へ売却してくれ、その分で、階段部分のリフォーム代を賄うことができた。


そして、2階には、今までワンルームだった一部に、自分たちの寝室と子供部屋を作った。






ジュンスの足はレントゲンでは完全に骨はついているという話だったが、まだ少し足を引き摺っていたし、あれだけの事故なら、多少の後遺症は間逃れないだろうと、ジュンスもテスも考えていた。

命が残ったことを感謝しなくてはいけない・・・。




たまに、真夜中、ジュンスは一人すくっと起き上がり、テスに気づかれないように、キッチンへ行って、水を飲み、しばらく立ち尽くしていることがある。


テスも気がついて、遠くからその様子を覗くが、たぶん、あの時の状況がフラッシュバックしてくるのだ。

ジュンスはそのことを言わない。


でも、わかる。



事故のあとで、警察と一緒に事故現場を訪れたテスと弟のテジョンの見た工事現場の穴は途方もなく深かった。


地下2階まで掘られたその大きな穴に組まれた木材の足場は、無残に折られていた。

ジュンスの車が停車するところを探して減速していたにしろ、急激にハンドルを切り、ジュンスの前にマリが覆いかぶさった状態でその穴の中へ落ちていったのだ。

穴の中を落ちていく途中で、車はその足場を壊しながらも、そこに引っかかって、その足場に助けられて、宙吊りになり、下まで落ちることはなかった。

車のフロントグラスには、工事現場の入り口のテントが覆い、前が見えなかったにしろ、それはジェットコースターなんてものではない・・・。命をかけたダイブだ。



テスとテジョンは、言葉もなくその大きな穴を見つめ、その場に立ち尽くした。


あのときのマリの精神状態が普通ではなかったことで、ジュンスの免許取り消しは間逃れた。

そして、車が入っていた保険のおかげで、工事現場の賠償金も支払うことができた。
もちろん、ジュンスの怪我の治療費も。





ジュンスはしばらくの間、車の運転することができなかった。

もちろん、ジュンスが足を骨折したこともある。
しかし、ハンドルを握って運転していると、急に汗が噴出してきて、運転を続けることができない。
そんなジュンスになり代わり、テスが車を運転して、ジュンスを撮影現場へ送っていった。







スタジオのリフォームの間、二人はテスの部屋で過ごした。

スタジオの2階は将来の二人の夢を実現すべく、夫婦の寝室と子供部屋を作っていた。




一人住まいだったテスの部屋は決して広くはなかったが、二人で暮らしてみると、もうそれだけで全ての用を足してしまう気さえした。


ダイニングとシングルベッド。

二人の世界ならそれだけで十分だ。


それにソファが一つ。

もうこれで完璧である。


二人に他に行くところはない。
ダイニング、ソファ、ベッド・・・。それだけで十分だ。






ジ:なんか、家ってそんなに広くいらないんだね。
テ:今はね。二人きりだもの。
ジ:このくらいのほうが暮らしやすかったりして。
テ:でも、ベッドは、ダブルにしたいわね・・・。
ジ:だめ? こんなに密着してちゃ?(テスをもっと抱き寄せる)
テ:ええ~?
ジ:いいじゃない・・・。二人ぴったり一緒で・・・。
テ:ずっとこれ?
ジ:そう、ずっとこれ・・・。これ、持っていこうか。スタジオのは大きすぎるよな。
テ:あれは、ダブルだもん・・・ねえ、なんで一人暮らしだったのに、ダブルなの?
ジ:? そのほうが結婚しても買い換える必要がないだろ?
テ:うん、そうね。(微笑む)
ジ:でも、今度からはこれに変えよう・・・。こっちのほうがいいじゃない・・・。(テスをもっと抱きしめる)
テ:・・・そう・・? ジュンス・・・ホントにそうする?(笑う)
ジ:(笑う)もちろん、そうするよ。
テ:バカね・・・。
ジ:楽しいじゃない。
テ:ケンカしたらたいへんね・・・。どっちかが怒ったら、蹴り落とすわね。
ジ:そんなあ。
テ:こうやって・・・。


テスはふざけて、ジュンスの足を蹴った。


ジ:痛い!
テ:ごめん!


テスが起き上がって、ジュンスの足を見る。


テ:骨折してたほう?
ジ:そうだよ・・・。
テ:ごめん・・・。
ジ:もういいよ。やっぱり、これは危険だな・・・。
テ:もう・・・あなたの急所が増えちゃって困るわ。
ジ:急所ね。(笑う)
テ:やだ・・・。へんな意味じゃないわよ。
ジ:へんな意味だよ。
テ:違うわよ!


ジ:じゃあ、オレを大切にして・・・。オレはどこもかしこもだめだから・・・。
テ:・・・。(ちょっと睨む)
ジ:もうあっちこっち、急所だらけだから・・・やさしくして・・・。


ジュンスがテスに甘えた顔をして、テスの体を引き寄せた。


テ:もう・・・あなたって・・・ホントに・・・。
ジ:なんだよ・・・。
テ:・・・(笑う)甘えん坊!
ジ:なんだよ!




狭いシングルベッド。

今の二人には、最高の空間である。








3ヵ月かけて、リフォームは完成し、テスとジュンスは、スタジオの2階へ引っ越した。

引越しにあたって、テスはほとんどのものを手放した。


もちろん、ジュンスの愛したシングルベッドも!


前の結婚のときの嫁入り道具でもあった洋服ダンスやテーブルをジュンスのもとへもって行きたくなかったし、それに、ジュンスのところには、すでにある程度の家財道具は揃っていたから。


テスに本当に必要なものといえば、ユニの写真とプーさんのグラスくらいだった。








引越しが終わってからも、二人は慌しく二人三脚で仕事をこなしていった。


ジュンスの代わりにテスが車を運転して、現場へ行き、アシスタントをして、また帰る。
二人はいつも一緒だった。






ある日夜遅く、ロケ先から戻った二人は、いつものように、車をスタジオ前に止め、ジュンスが重いバッグを担いで、スタジオへ入っていった。


テスは車のキーをかけ、あともう一歩でスタジオへ入ろうという時に、急に下っ腹に差し込むような激痛が走って、その場に蹲った。

得たいの知れない痛み・・・そして、股の間を伝わってくるものがある。



あ!


テスは本能的に、自分になにが起こったか、わかった。



テスがなかなか、スタジオへ入ってこないので、ジュンスが様子を見に出てきた。
そこに蹲ったテスがいた。


ジ:テス! どうしたんだよ!


テスがジュンスの顔を見て、このとき、脳裏によぎったもの・・・「マズイ」

ジュンスに対して、「マズイ」それが一番最初に感じたこと・・・。



ジ:どうしたんだ?(座ってテスの様子を見る)
テ:う~ん・・・痛くて動けないの・・・。


顔を見ると、脂汗が出ている。


ジ:動けない? ぜんぜん?
テ:うん・・・。(苦しそうに息をする)
ジ:医者を呼ぶか?
テ:(悔しいけど)救急車・・・呼んで・・・。(痛みを逃すように、苦しそうに息を吐き出す)
ジ:え!


ジュンスが驚いて、テスの様態を見る。テスのジーンズが濡れていた・・・。





それから、1時間後、ジュンスは総合病院の救急医と話をしていた。



ジ:どうですか?
医:残念でしたね。流産でした・・・。
ジ:え? (驚く)
医:まだ、9週でした。
ジ:9週・・・・。


ジュンスはよくわからないまま、医師の言葉を復唱した。


医:ええ。ご本人も自覚がなかったようですね。普段、生理不順だと言っていましたから。今日は産科の医師がいないので、明日、もう一度産科専門の診断を受けてください。キレイに掻爬したほうがいいでしょう。いい加減にしておくと、不妊にも繋がりますからね。
ジ:・・・はい・・・。(頭がぼうっとしている)
医:今日はこのまま、入院してください。
ジ:はい・・・。



ジュンスには、今、医師から告げられたことはまったく思いもよらないことだった。



病室のドアを開けて、テスを見た。
テスが困った顔でジュンスを見つめていた。



ジ:気がついてたの?
テ:うううん・・・・。ぜんぜん、気がついてなくて・・・。ちょっと疲れるな程度で・・・。
ジ:・・・。(じっとテスを見つめている)
テ:ジュンス・・・。ごめん。よく生理が遅れるから、気にも留めてなくて・・・。
ジ:・・・。(黙って見つめている)
テ:ごめん・・・。


テスはジュンスが子供をほしがっていたことを知っていたので、まずは自分の体よりジュンスに対するすまなさが出てしまう。


ジ:・・・・。もっと自分の体を大切にしろよ。



ジュンスが責めるような目をした。


テ:ごめんなさい・・・・。
ジ:もう痛くないの?
テ:うん。終わっちゃったから・・・。応急処置をしてもらって、抗生物質も飲んだし、この点滴で痛みが収まってるみたい・・・。
ジ:そうか・・・。(見つめる)
テ:明日、手術するって聞いた?
ジ:うん・・・。


ジュンスがイスを近くへ持ってきて、テスの横へ座った。そして、手を握り、テスの手の甲を唇に当てた。



テ:ホントにごめんね、ジュンス。
ジ:もういいよ。寝ろよ。
テ:うん・・・・。
ジ:寝たら、おまえの着替えを取りに帰るから。
テ:うん・・・。ジュンス、ごめんね・・・。(涙が出てくる)
ジ:泣くなよ・・・。


ジュンスも、テスを見ながら目が潤んだ。



それが、二人にとっての初めての妊娠だった。








この事がきっかけで、気づいたことがあった。



二人はまだ正式には結婚していなかった。
毎日の忙しさに追われて、その大切な一歩を踏み出していなかった。


ジュンスは、医師に「ご主人様ですか?」と聞かれて、一瞬戸惑い、言葉が出なかった。

あんなに家庭を作りたいとか、二人の子供がほしいとかいいながら、まだ結婚すらしていなかった。

自分の一番愛するテスを今だ不安定な状態にしていたことに気がついた。




新しいことを始まる。
それはやはり、ある手順を踏んでから始まる。


ジュンスとテスは、そんなことに気がついて、二人は正式な夫婦となった。



小さなレストランで行われた結婚式には、ジュンスの義母であるテジョンの母とテジョン、そして、テスの叔母夫婦が駆けつけた。

二人には、もう本当の両親はいなかった。

それだけに、テジョンの母は、ジュンスにとっても、テスにとっても大きな存在となった。

気のいいテジョンとよく似た母は、ジュンスの晴れの姿を何度も涙を拭いながら、うれしそうに見つめた。
やさしくて大らかな人、それが義母だった。





結婚式の夜、二人は、いつものように、自分たちのベッドの中にいた。





テ:なあに? ジュンス? そんな顔して?


ジュンスがテスをなんともいえない顔をして見下ろしている。


ジ:・・・。(テスの顔を覗き込む)
テ:ジュンス・・・。あなたって、いつも大切な時に何も言わないのね・・・。
ジ:・・・。(テスの髪を撫でる)
テ:ジュンス・・・。何か言って・・・。私、あなたの正式な妻になったのよ・・・。ジュンス・・・。


テスも上からテスを見下ろすジュンスの髪を撫でた。



ジ:・・・。ふん、(ため息をついて)結婚しちゃったね・・・。
テ:うん・・・。ため息なんてついて・・・。(笑う)いいんでしょう?
ジ:うん・・・。
テ:ジュンス。何か言ってよ・・・いいんでしょう?


ジ:もう、おまえはオレのものだよ・・・。
テ:うん・・・。
ジ:ずっと、一緒。
テ:うん・・・。
ジ:死ぬまで一緒。
テ:うん・・・。
ジ:いいよね? (確認する)
テ:うん・・・いいわ。ずっと一緒にいる。・・・あなたとずっと一緒にいるわ・・・。


ジ:テス・・・。



ジュンスは、愛しているとも好きだよとも言わなかった。

ただテスを力いっぱい抱きしめて、それから、テスの胸に顔を埋めた。




いいの・・・。何も言わなくても。

あなたが私を愛していることはよくわかっているから。

私が愛していることも、よくわかっているでしょ?


ずっと一緒にいるわ。

それが私の望みだもの。

二人で仲良くやっていきましょう・・・ね・・・。












あの流産があってから、ジュンスは車も買い換えた。


今まで運転の好きだった彼は、マニュアルの車を好んだ。
彼は、自分で加速するのが好きだった。

しかし、あの事故以来、彼の代わりに、テスが彼のワゴン車を運転していた。

テスは運転が下手なわけではなかったが、交通事故で娘を失って以来、人一倍安全運転を心がけていた。

それを思うと、乗りなれないマニュアル車の運転が、彼女にどれだけの精神的な疲労をもたらしてきたかと思うと、ジュンスは胸が痛くなった。




テ:ジュンス。何も買い換えなくてもいいのに。


ソファで車のカタログを見ているジュンスのところへお茶を出して、テスは隣に座った。


ジ:うん・・・。おまえが運転しづらかったのを、早く気がつけばよかったよ。
テ:そんなに気にしないで。ジュンス、赤ちゃんにも育ちやすい子と弱い子がいるのよ。だから、ジュンス、あなたのせいじゃないわ。
ジ:それに、これからはオレが運転するのにも、オートマのほうがいいんだよ。左足がときどき痛むだろ。クラッチがないほうがいいんだ。(カタログで、車を選んでいる)
テ:・・・そうお?(ジュンスの横顔を見る) なら、うれしいけど。どれがいいの?(一緒にカタログを覗き込む)
ジ:うん。家族が乗れて・・・機材も積めるとなると・・・・。
テ:うん・・・。これ?
ジ:うん・・・。





そして、新たにオートマのワゴン車に買い替えた。

実際、テスが運転しやすくなったことは言うまでもない。










気持ちを新たに新生活を始めて、4ヵ月を過ぎた頃。

いつものように、ジュンスとテスは、二人連れ立って、ロケ地の海岸へ、冬服のアイドルの撮影に出かけていった。



10月初旬の海岸は、涼やかで気持ちのよい風が通る。

空は高く、晴れ晴れとした気分にさせてくれる。


いつものように、ポットのコーヒーを飲みながら、二人で、パラソルの下でくつろいでいると、テスがとても肌寒いと言う。



テ:ねえ、寒くないの? なんかスースーしちゃう。
ジ:そうか? 気持ちがいいけどな・・・。あ~あ!


ジュンスは暢気に寝転んで、大きく伸びをした。



テ:やっぱり、寒い!
ジ:これも着るか?


ジュンスが自分のジャケットを差し出す。


テ:うん。サンキュ!
ジ:風邪でも引いたんじゃないの?
テ:かもね・・・。とにかく、なんとなく肌寒いわ。
ジ:じゃあ、帰りはあったかいものを食べようか。
テ:うん。


編集者が呼ぶ。


編:ジュンちゃん、始めていい?
ジ:OK! おまえ、大丈夫?
テ:大丈夫! これだけ着込んだし、帰りはなんかあったかいものを食べることにしたから。頑張るわ。
ジ:じゃあ、行こう!


二人は立ち上がり、また撮影に入った。







帰りに入った店で、体が温まるように、サムゲタンを頼んだテスだったが、目の前に出された途端、その湯気で気持ちが悪くなった。


テ:ごめん!


テスは席を立って、トイレのほうへ駆け込んでいく。
ジュンスは心配そうな顔をして、テスを見送ったが、テスはなかなか出てこなかった。



テ:ごめんね・・・。(戻って座る)
ジ:大丈夫?
テ:ジュンス、これ食べてくれる? 今、こういうの食べたくないの。
ジ:・・・いいけど・・・どうしたの?
テ:うん・・・ちょっとね。

ジ:じゃあ、オレの食べる?(自分の料理を差し出す)
テ:うううん。ええと・・・冷たいのがいい・・・。あ、冷麺にする!(にこやかに言う)
ジ:・・・。(驚く)
テ:今、そんな気分なの。お酢をいっぱい入れて、冷たいの、食べたい気分なの!
ジ:・・・そう・・・。ずいぶん、気分が変わったんだね。
テ:そうなの!(にこやかに笑う)
ジ:・・・ずいぶん・・・元気になったね。
テ:うん、なんか、いい気分になったの。
ジ:だって、さっき・・・吐きそうだったよ。(怪訝そうな顔をする)
テ:そう! (胸をさすりながら)だから、この辺はちょっと気持ちが悪いんだけど、気分は最高なの。ねえ、このサムゲタン、食べて・・・。もうこのニオイが今いやなの。



テスは自分の前の器をジュンスの前に押し出した。


ジ:まあ、いいけど・・・。






追加注文した冷麺に、お酢をたっぷりかけて、幸せそうな顔で、テスが冷麺を啜っている。


ジ:おまえ・・・大丈夫?
テ:ぜんぜん大丈夫! (食べながら、ジュンスを見る)
ジ:気持ち悪くない? すごい量の酢を入れたよ。(心配そうな顔をする)
テ:だから、大丈夫よ。(笑う)おいしい!
ジ:(いやな顔をする)どう見ても、マズそうだよ。変だよな。



そう言って、ジュンスは自分の料理を食べながら、呆れていたが・・・しばらく、考えるような顔をして、テスを見つめた。



ジ:そうなの?
テ:何が?
ジ:ちゃんと言えよ。
テ:何よ?
ジ:なんで言わないの?
テ:何を?
ジ:なんで・・・隠してるの?
テ:・・・何を?
ジ:気がついてるんだろ?
テ:ええ?
ジ:おまえ、しらばっくれるなよ。
テ:別にそういうわけじゃないけど・・・。


ジ:やっぱり!
テ:何よ!(笑う)
ジ:わかったよ。
テ:言ってごらんなさい!
ジ:何だよ! その言い方!(少し怒る)
テ:だって、気がついたんでしょ?

ジ:おまえ、何で隠してるの? (睨む)
テ:別にわざとじゃないわよ! (怒る)
ジ:じゃあ、なんでだよ!
テ:確証がなかったのよ。
ジ:でも、ちゃんと言えよ。

テ:だって、違ってたら、マズイでしょ?
ジ:でも、ちょっとぐらい話してくれたっていいじゃない!
テ:だから、あなたを失望させたくないから!
ジ:な、何言ってるんだよ!
テ:なんでそんなふうな言い方するかなあ!
ジ:普通は話すだろ!
テ:普通は様子を見るわよ!
ジ:早く言えよ!



店:お客様・・・。もう少し穏やかにお願いいたします。


ジ・テ:え?



二人が見回すと、周りの客が一斉に二人を驚いた顔で見ている。



ジ:あ、どうも、すみません・・・でした・・・。(周りに頭を下げる)
テ:ごめん・・・な・さい・・・。(一緒に頭を下げる)





店を出たところで、ジュンスが幸せそうな顔でテスを見た。


ジ:やっぱり、そうなんだ・・・。
テ:まだ、はっきりわからないけど。
ジ:明日、医者へ行くだろ?
テ:うん。



テスの顔を見ていて、愛しさが増したジュンスは、軽くテスの唇にキスをした。

すると、テスがジュンスを押し返して、口を押さえて、また、店のトイレへ駆け込んでいった。



車の中で、テスを待っていると、少し笑いながら、テスが車に乗り込んできた。


ジ:大丈夫?
テ:大丈夫。ああ、ジュンスのキスがイヤで吐いたんじゃないわよ。



ジュンスがエンジンをかける。



ジ:ホントにそうだったら、最悪だね。(ちょっと笑って顔を見る)



テスが笑った。


テ:でも、ホントはそうだったりして。
ジ:最悪! これって、厄介だね。
テ:でも、ちょっとうれしいでしょ?(顔を覗く)
ジ:・・・。(テスを見る)すごくうれしいよ・・・。


二人は見詰め合って笑った。













今日は、ジュンスの弟のテジョンが、二人に出産祝いを買ってくれるということで、スタジオへやってきた。


テ:やあ! あれ? テスさんは? (スタジオの中を見回す)
ジ:2階にいるよ。(2階に向かって)テス! テス! テジョンが来たよ。
テ:はあい。今、行くわ~。


テジョンがジュンスの顔を見た。


テジ:ふん。(笑う)幸せそうじゃない?
ジ:え? ああ・・・。(ちょっと赤くなる)
テジ:ふん!(笑う)



テスが妊娠8ヶ月のお腹を抱えて、階段を降りてきた。


テ:お待たせ! テジョンさん、こんにちは! わざわざありがとう。
テジ:うん。好きなの、選んでよ。子供用のタンスなんて、ぜんぜんわからないからさ。
テ:ええ。ありがとう。

ジ:子供が生まれてから、性別に合わせて注文してくれるんだろ?
テジ:ああ、一応ね。今日、2種類、借り押さえしておくよ。それで、男の子か女の子か決まったら、あったものを送ってもらうよ。
ジ:うん。そうして。
テジ:なんか、おかしいな。(笑う)アニキがそんなことに一生懸命になるのって。
ジ:別に一生懸命なんてさ・・・。
テジ:幸せって顔しているよ。ホントに。
ジ:・・・おまえねえ・・・。
テジ:いいことだよ。
ジ:ふん。(笑う)


テ:じゃあ、行きます?
テジ:ええ。じゃあ、アニキ。最愛のテスさんをいただくよ。
ジ:何言ってるんだよ。

テジ:ちょっとデート気分で家具を選びましょうね。
テ:テジョンさんたら! じゃあ、行ってきま~す。
テジ:じゃあねえ、パパ! お留守番、よろしくね!(手を振る)
ジ:早く行けよ!


ジュンスが嫌がって、テジョンを追い出すように大きく手を振った。




弟には、ちょっと嫌そうな顔はしたものの、内心はものすごく幸せだ。

今、ジュンスの中には、温かいものがみなぎっている。



ジ:あ~あ~。


ジュンスは大きく伸びをした。



幸せというのは、こんな暢気な気分なんだ・・・。








しばらくして、スタジオの電話が鳴った。



ジ:はい、もしもし、スタジオ「コッキリ」です。
女:あのう・・・。
ジ:はい・・・。
女:ジュンス?


ジ:あなたは・・・どちら様ですか?
女:・・・私よ、ジュンス・・・。



ジュンスの顔が、一瞬硬くなり、凍ったように、受話器の向こうの声に耳を傾けた。






第2部へ続く・・・。