PBPK-One Step Forward and Two Steps Backwards?
2025-09-30
Tiryannik, I., Heikkinen, A. T., Gardner, I., Onasanwo, A., Jamei, M., Polasek, T. M., & Rostami-Hodjegan, A. (2025). Static Versus Dynamic Model Predictions of Competitive Inhibitory Metabolic Drug–Drug Interactions via Cytochromes P450: One Step Forward and Two Steps Backwards. Clinical Pharmacokinetics, 64(1), 155-170.
今回、上記の論文の「背景」について考えてみたいと思います。
上記の論文は、ICH M12薬物相互作用(DDI)に記載されているMechanistic static model(MSM)とdynamic PBPK model (dPBPK)についての位置づけに対する反論になっています(なお、広義にはMSMもPBPKに入りますので、ここではdPBPK(Whole body)としています。)。ICH M12においては、DDI予測における数理モデルの使用について、MSMがdPBPKよりも優先順位が高く記載されています。このことを上記の論文では“Two Steps Backwards”としているのかな?と思います。
この論文の著者らは、dPBPKの市販ソフトメーカーの社員です。当然ICH M12には落胆し、この反論を書いたのではないかと思います。この論文は、「MSMは臨床における個体間差/個体内差を説明/予測できない」という誤った前提に基づいた論理展開でMSMを批判しています。実際には、MSMでも個体間差/個体内差を考慮に入れた説明/予測を行うことができます(上記にも書きましたが、広義にはMSMもPBPKに入ります。)。このことを念頭にこの論文を読めば、本論文の論理展開は前提から崩壊していることがわかると思います。
このブログでは、この論文の詳細な中身ではなく、この論文が立脚している科学的立場について、より広い視点から議論したと思います。この論文の冒頭部分に、以下の文章が引用されています。
“Every complex problem has a solution which is simple, direct, plausible—and wrong.” (H. L. Mencken 1880–1956).
「どんな複雑な問題にも、単純で、直接的で、もっともらしい、そして間違った解決策がある。」(H. L. メンケン 1880–1956)
Google人工知能による解説では
「どのような複雑な問題に対しても、一見すると適切に思えるが実際には誤った、安易で魅力的な解決策が常に存在する、ということを表しています。これは、私たちが問題に直面した際に、複雑な分析を避けて単純な答えに飛びついてしまう傾向があることを指摘しています。」(まあ、AIは、人類を、このように馬鹿にするでしょうね? (笑))
これが彼らを貫いている概念(哲学)なのだと思います。
なお、メンケン氏はどのような方かというと
Henry Louis Mencken (September 12, 1880 – January 29, 1956) was an American journalist, essayist, satirist, cultural critic, and scholar of American English.
だそうです。社会学や文化などにおいては、このような考えが正しいのかもしれません。人工知能についてマスメディア(ほぼ文系)が熱狂的報道を繰り返すのに対し、現場の研究者が覚めているのも、この辺に理由があるのかな?
閑話休題
さて、科学者は何と言っているでしょうか?科学者の代表として、アルバート アインシュタインに登場してもらいましょう。
Everything should be made as simple as possible, but not simpler.
アルバート アインシュタイン
同様のことを多数の科学者が表明しています。これは、元を辿ると「オッカムの剃刀」という考えになります。
必要が無いなら多くのものを定立してはならない。少数の論理でよい場合は多数の論理を定立してはならない。 — オッカム Wikiより
これは、16世紀の科学革命以来、科学を導いてきた指導原理です。赤字で示した部分を見ればわかるように、これは単に”simple is best”と言っているのではありません。
もちろん、科学者は自然が複雑なことは十分知っています。しかし近代科学は、複雑な問題に対して
(1)シンプルな問題に分け(還元し)
(2)シンプルな理論(モデル)を構築し
(3)必要に応じて、拡張し、あるいは、それらを組み合わせて、より複雑にしていく
という戦略を取りました。(要素還元主義)
この戦略が大成功してきたことは、2025年現在の科学をみれば明らかでしょう。
この「オッカムの剃刀」は先輩科学者たちからのアドバイスなのです。
もちろん、このアドバイスに従うかどうかは、各研究者の自由です。でも歴史的に見れば、明らかに、このアドバイスが現在の科学を築き上げてきたことは間違いありません。
さて、PBPKに話を戻すと、PBPKは、その誕生からすでに複雑なモデルでした。生体が複雑であることは解剖学からわかっていました。その解剖学の知見を基にして提案された薬物動態を表す数理モデルがdPBPKモデルです。将来的には、完成度の高い「予測性」に優れたdPBPKモデルができると思います。それは、現在のMSMよりもはるかに複雑になるでしょう。それならはじめから複雑なモデルで。。。と急ぎたくもなりますよね。最近は、Model-informed drug developmentやDX、AIなど、政治的な圧力も高いですし。。。ほとんどの「科学者」は冷静に判断していると思いますが。。。
数理モデルをパラメータフィッティングすれば、過去のデータには完璧な一致を示します。この結果から、dPBPKモデルは素晴らしい!と感激した研究者も多いことでしょう。しかし、すこしでも算数を勉強すれば、これが幻想であることはわかります。科学の歴史を振り返れば、複雑なデータに対する複雑なモデルのフィッティングが、誤ったモデルに導いた事例は山ほどあります。そもそも、天動説がそうなのでした。この誤りに気付いたところから現在「サイエンス」と呼ばれているものが始まりました(それ以前は自然哲学と呼ばれていた)。
このような広い視点から、MSMとdPBPKを見直してみると、今回のICH M12はTwo Steps Backwardsではなく、「MSMからdPBPKに至るone step forward」なのではないでしょうか?
今回、上記の論文の「背景」について考えてみたいと思います。
上記の論文は、ICH M12薬物相互作用(DDI)に記載されているMechanistic static model(MSM)とdynamic PBPK model (dPBPK)についての位置づけに対する反論になっています(なお、広義にはMSMもPBPKに入りますので、ここではdPBPK(Whole body)としています。)。ICH M12においては、DDI予測における数理モデルの使用について、MSMがdPBPKよりも優先順位が高く記載されています。このことを上記の論文では“Two Steps Backwards”としているのかな?と思います。
この論文の著者らは、dPBPKの市販ソフトメーカーの社員です。当然ICH M12には落胆し、この反論を書いたのではないかと思います。この論文は、「MSMは臨床における個体間差/個体内差を説明/予測できない」という誤った前提に基づいた論理展開でMSMを批判しています。実際には、MSMでも個体間差/個体内差を考慮に入れた説明/予測を行うことができます(上記にも書きましたが、広義にはMSMもPBPKに入ります。)。このことを念頭にこの論文を読めば、本論文の論理展開は前提から崩壊していることがわかると思います。
このブログでは、この論文の詳細な中身ではなく、この論文が立脚している科学的立場について、より広い視点から議論したと思います。この論文の冒頭部分に、以下の文章が引用されています。
“Every complex problem has a solution which is simple, direct, plausible—and wrong.” (H. L. Mencken 1880–1956).
「どんな複雑な問題にも、単純で、直接的で、もっともらしい、そして間違った解決策がある。」(H. L. メンケン 1880–1956)
Google人工知能による解説では
「どのような複雑な問題に対しても、一見すると適切に思えるが実際には誤った、安易で魅力的な解決策が常に存在する、ということを表しています。これは、私たちが問題に直面した際に、複雑な分析を避けて単純な答えに飛びついてしまう傾向があることを指摘しています。」(まあ、AIは、人類を、このように馬鹿にするでしょうね? (笑))
これが彼らを貫いている概念(哲学)なのだと思います。
なお、メンケン氏はどのような方かというと
Henry Louis Mencken (September 12, 1880 – January 29, 1956) was an American journalist, essayist, satirist, cultural critic, and scholar of American English.
だそうです。社会学や文化などにおいては、このような考えが正しいのかもしれません。人工知能についてマスメディア(ほぼ文系)が熱狂的報道を繰り返すのに対し、現場の研究者が覚めているのも、この辺に理由があるのかな?
閑話休題
さて、科学者は何と言っているでしょうか?科学者の代表として、アルバート アインシュタインに登場してもらいましょう。
Everything should be made as simple as possible, but not simpler.
アルバート アインシュタイン
同様のことを多数の科学者が表明しています。これは、元を辿ると「オッカムの剃刀」という考えになります。
必要が無いなら多くのものを定立してはならない。少数の論理でよい場合は多数の論理を定立してはならない。 — オッカム Wikiより
これは、16世紀の科学革命以来、科学を導いてきた指導原理です。赤字で示した部分を見ればわかるように、これは単に”simple is best”と言っているのではありません。
もちろん、科学者は自然が複雑なことは十分知っています。しかし近代科学は、複雑な問題に対して
(1)シンプルな問題に分け(還元し)
(2)シンプルな理論(モデル)を構築し
(3)必要に応じて、拡張し、あるいは、それらを組み合わせて、より複雑にしていく
という戦略を取りました。(要素還元主義)
この戦略が大成功してきたことは、2025年現在の科学をみれば明らかでしょう。
この「オッカムの剃刀」は先輩科学者たちからのアドバイスなのです。
もちろん、このアドバイスに従うかどうかは、各研究者の自由です。でも歴史的に見れば、明らかに、このアドバイスが現在の科学を築き上げてきたことは間違いありません。
さて、PBPKに話を戻すと、PBPKは、その誕生からすでに複雑なモデルでした。生体が複雑であることは解剖学からわかっていました。その解剖学の知見を基にして提案された薬物動態を表す数理モデルがdPBPKモデルです。将来的には、完成度の高い「予測性」に優れたdPBPKモデルができると思います。それは、現在のMSMよりもはるかに複雑になるでしょう。それならはじめから複雑なモデルで。。。と急ぎたくもなりますよね。最近は、Model-informed drug developmentやDX、AIなど、政治的な圧力も高いですし。。。ほとんどの「科学者」は冷静に判断していると思いますが。。。
数理モデルをパラメータフィッティングすれば、過去のデータには完璧な一致を示します。この結果から、dPBPKモデルは素晴らしい!と感激した研究者も多いことでしょう。しかし、すこしでも算数を勉強すれば、これが幻想であることはわかります。科学の歴史を振り返れば、複雑なデータに対する複雑なモデルのフィッティングが、誤ったモデルに導いた事例は山ほどあります。そもそも、天動説がそうなのでした。この誤りに気付いたところから現在「サイエンス」と呼ばれているものが始まりました(それ以前は自然哲学と呼ばれていた)。
このような広い視点から、MSMとdPBPKを見直してみると、今回のICH M12はTwo Steps Backwardsではなく、「MSMからdPBPKに至るone step forward」なのではないでしょうか?