主な活動場所
横浜市鶴見区社会福祉協議会の
団体交流室

 真理18

2024-02-09

皆様、真理に精通しましょう。真理が貴方の未来を左右するからです。
誰にとっても愛が必要です。それを明確に示している聖書の言葉は「あなた方は互いに愛しあいなさい」というイエス・キリストの呼びかけです。愛し合うということです。日本では愛という言葉が恋愛感情に偏っているようですが、本来の意味は「大事にする」ということです。つまりイエス・キリストは、人はお互いに大事にし合いなさい、ということを言ったわけです。
あまりにも当たり前なことですが、簡単そうでできないのが大事にすることです。夫婦でも家族でも親類でもお互いに大事にし合っているでしょうか?自分のことを大事にしろと要求はしますが、相手を大事にしているのでしょうか?友達でも、先生や、上司、職場の仲間でも、お互いに大事にし合っているでしょうか?
家庭でも、お互いの立場を考えて、相手の立場に立って考えれば、お互いを理解しあえるはずです。夫なら、妻が家事の一切を取り仕切って家計も切り詰めて何とか食べていけるようにしていることを理解すれば、高圧的な言葉は出さないでしょう。妻も夫が仕事で一日大変な思いをしているかもしれないと理解すれば、無理な依頼をすることもないかもしれません。子供は自分達のために両親が苦労して、懸命に家族を守ろうとしていることを理解すれば、親をないがしろにすることもないでしょう。
このように、相手を大事にすることを初めにすれば、多くの問題は起きずにすむと思いませんか?とかく対立するのは、相手の意見や考えを聞かずに、自分の利益を優先することによって起きることが多いように思います。
例えば、交通事故においても、どちらが悪いとか、どちらの過失だとか、過失の相殺がどうとか、感情的になったりしませんか?事故は確かに悲しい事実ですが、これまでの経緯から事故をゼロにすることは不可能です。人間は間違った判断をしたりするからです。自動運転が普及しても機械のトラブルやシステムの不備で事故は起こるでしょう。もちろん事故を軽減するための努力は必要です。車道、歩道の分離や立体交差や見やすい標識等は漸次進めていくべきです。それでも防ぎにくい事故は起こります。そうしたときに事故を冷静に処理することが大切なのであって、感情的に原因追及をするのが初めにあってはいけないと思います。双方に過失がある可能性もあり、被害者も、いずれ加害者になってしまう可能性もあります。
ですから。交通事故にあったら、「お互いに不運でしたね」で、保険会社に連絡して補償をしてもらえば良いだけの話です。そうすれば感情的に引きずられることもなく、これからもっと用心して運転しようと、良い経験に変えられるのです。
こうしたことが可能になるのは、「お互いを大事にし合う」という原則をもっていればの話です。イエス・キリストの言葉は、現代の我々にも役に立つ原則を、つまり真理を伝えていると思います。