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横浜市鶴見区社会福祉協議会の
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 詩篇52

2025-01-11

美しい詩を読むと心が豊かになります。本当はメロディーがあったはずです。
エドムびとドエグがサウルにきて、「ダビデはアヒメレクの家にきた」と告げたときにダビデがよんだものとされています。
ドエグはサウル王の家来でした。そしてアヒメレクは祭司です。ダビデがサウル王から命を狙われ祭司の家に逃げましたが、それをドエグが見てサウル王に告げ口しました。
「力ある者よ、何ゆえあなたは/神を敬う人に与えた災について誇るのか。あなたはひねもす人を滅ぼすことをたくらむ。」(1節)
ドエグはサウル王の命令でアヒメレクの関係者を殺害します。そのことを言っているようです。
「虚偽を行う者よ、あなたの舌は鋭いかみそりのようだ。あなたは善よりも悪を好み、まことを語るよりも偽りを語ることを好む。」(2,3節)
ドエグは偽りを言ったわけではないでしょうが、サウル王とダビデの関係は知っていたはずです。サウル王がダビデに嫉妬して亡き者にしようとしていたのですから、正しい者がどちらかわかっていながら、サウル王に味方したのです。虚偽を言う舌は鋭い刃物のようです。
「しかし神はとこしえにあなたを砕き、あなたを捕えて、その天幕から引き離し、生ける者の地から、あなたの根を絶やされる。」(5節)
ドエグがその後どのようになったかを聖書は述べていません。しかし、ドエグは祭司であるアヒメレクをはじめに85人の殺害をしたことが、サムエル第一22章に書かれています。無実の人々を殺したのですから、子孫は続かなかったかもしれません。
「正しい者はこれを見て恐れ、彼を笑って言うであろう、『神をおのが避け所とせず、その富の豊かなるを頼み、その宝に寄り頼む人を見よ』と。」(6,7節)
正しい者は、神に頼り、神を避難所として認めます。そうでない者は自分が稼いだ富や宝に頼るのでしょう。そのような物質的な富は永続するものではないので、正しい者はあざ笑うかもしれません。
「しかし、わたしは神の家にある/緑のオリブの木のようだ。わたしは世々かぎりなく神のいつくしみを頼む。」(8節)
ダビデは神殿にある緑のオリーブの木のようでありたいと願います。そして世々限りなく神の慈しみに頼ると宣言するのです。
「あなたがこの事をなされたので、わたしはとこしえに、あなたに感謝し、聖徒の前であなたのみ名をふれ示そう。これはよいことだからである。」(9節)
ダビデは永遠に感謝をヤハウェ神に示します。イスラエル国民の前で、神の御名を触れ告げると言います。困難な状況でも、ダビデは決して神の慈しみを忘れたりはしませんでした。見習いたいものです。