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横浜市鶴見区社会福祉協議会の
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 創世記33

2025-08-25

創世記は旧約聖書の初めの書です。作者はモーセのようです。
「さてヤコブは目をあげ、エサウが四百人を率いて来るのを見た。そこで彼は子供たちを分けてレアとラケルとふたりのつかえめとにわたし、つかえめとその子供たちをまっ先に置き、レアとその子供たちを次に置き、ラケルとヨセフを最後に置いて、みずから彼らの前に進み、七たび身を地にかがめて、兄に近づいた。」(1~3節)
ヤコブは兄エサウが400人を率いて来るのを見て、自分が一番最後に会うようにします。しかも7回身をかがめるのです。多分、最高の礼儀を示したのでしょう。
するとエサウは走ってきて迎え、彼を抱き、そのくびをかかえて口づけし、共に泣いた。」(4節)20年ぶりに会った兄弟は抱き合って、喜びの涙を流したようです。
「エサウは目をあげて女と子供たちを見て言った、『あなたと一緒にいるこれらの者はだれですか』。ヤコブは言った、『神がしもべに授けられた子供たちです』。」(5節)
ヤコブは子供たちを神から授けられたと認識していました。
「そこでつかえめたちはその子供たちと共に近寄ってお辞儀した。レアもまたその子供たちと共に近寄ってお辞儀し、それからヨセフとラケルが近寄ってお辞儀した。」(5,6節)
多分、仕え女たちと子供たち、レアと子供たち、ヨセフとラケルも身を屈めたのでしょう。
「するとエサウは言った、『わたしが出会ったあのすべての群れはどうしたのですか』。ヤコブは言った、『わが主の前に恵みを得るためです』。」(8節)
ヤコブは家畜の群れを兄エサウへの贈り物であると言います。わが主という言葉を使います。エサウとヤコブは双子で、エサウが初めに生まれたに過ぎませんが、当時は長子ということで敬意を示したのでしょう。
「エサウは言った、『弟よ、わたしはじゅうぶんもっている。あなたの物はあなたのものにしなさい』。」(9節)
エサウは贈り物を一度断ります。
「ヤコブは言った、『いいえ、もしわたしがあなたの前に恵みを得るなら、どうか、わたしの手から贈り物を受けてください。あなたが喜んでわたしを迎えてくださるので、あなたの顔を見て、神の顔を見るように思います。」(10節)
ヤコブはエサウの顔を神の顔のようにと、大げさな表現をしました。
「どうかわたしが持ってきた贈り物を受けてください。神がわたしを恵まれたので、わたしはじゅうぶんもっていますから』。こうして彼がしいたので、彼は受け取った。」(11節)
ヤコブはエサウにどうしても受け取って欲しいと言い、エサウは受け取ります。
「こうしてヤコブはパダンアラムからきて、無事カナンの地のシケムの町に着き、町の前に宿営した。」(18節)ヤコブはカナン地方のシケムに宿営します。
「そこに祭壇を建てて、これをエル・エロヘ・イスラエルと名づけた。」(20節)
エル・エロヘ・イスラエルは、「神はイスラエルの神」という意味です。ヤコブはイスラエルと改名されていたので、その名を使うことを望んだのでしょう。