主な活動場所
横浜市鶴見区社会福祉協議会の
団体交流室

 イザヤ4

2025-10-04

イザヤは旧約聖書の預言者の一人です。新約聖書につながる預言もしています。
「その日、七人の女がひとりの男にすがって、『わたしたちは自分のパンをたべ、自分の着物を着ます。ただ、あなたの名によって呼ばれることを許して、わたしたちの恥を取り除いてください』と言う。」(1節)
終わりの日に、男性は戦で亡くなったので、女性は一人の男性に7人が妻にして欲しいと願うのです。これはメシア(油注がれた者)であるイエス・キリストにすがる様子を表しているようです。
「その日、主の枝は麗しく栄え、地の産物はイスラエルの生き残った者の誇、また光栄となる。」(2節)
主の枝はイザヤ11:1にある「エッサイの切り株から小枝が生え出る。」ということでイエス・キリストを表しています。イエスがイスラエルの残りの者の誉と栄光になるのです。
「そして主が審判の霊と滅亡の霊とをもって、シオンの娘らの汚れを洗い、エルサレムの血をその中から除き去られるとき、シオンに残る者、エルサレムにとどまる者、すべてエルサレムにあって、生命の書にしるされた者は聖なる者ととなえられる。」(3節)
ヤハウェ神は審判を行いますが、生き残る者と滅亡する者がいるようです。エルサレムで生命の書に記された者は聖なる者となります。これはイエス・キリストがルカ伝10:20にある「ただあなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」と言われたことと同じでしょう。天にある命の書に書き記されれば、聖なる者となるのでしょう。
「その時、主はシオンの山のすべての場所と、そのもろもろの集会との上に、昼は雲をつくり、夜は煙と燃える火の輝きとをつくられる。これはすべての栄光の上にある天蓋であり、あずまやであって、昼は暑さをふせぐ陰となり、また暴風と雨を避けて隠れる所となる。」(5,6節)
これはエジプトから救い出された時に生じています。「主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。」(出エジプト13:21)とあるのです。中東地方の昼の暑さは、ヤハウェ神が雲によって和らげてくれるのです。夜は火の柱によって辺りを照らしてくれたので活動ができるようになります。
このような現象は天蓋のように暑さを防ぎ、暴風と雨を避けることができたのでしょう。つまり、神様は神のご意思どおりに生活する者に対して、避難所のように守ってくださるのです。イエスはエルサレムの人々、特に敵対する者に「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、遣わされた人々を石打ちにする者よ、私はめんどりが翼の下にひなを集めるようにあなた方を集めたいと何度思ったことでしょう。しかし、あなた方はそれを望みませんでした。」(マタイ伝23:37)と言いました。このようにイエスは、めんどりのようにひなを翼の下で守りたいと願っていたのです。