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横浜市鶴見区社会福祉協議会の
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 イザヤ30

2025-12-29

イザヤは旧約聖書の預言者の一人です。新約聖書につながる預言もしています。
「主は言われる、『そむける子らはわざわいだ、彼らは計りごとを行うけれども、わたしによってではない。彼らは同盟を結ぶけれども、わが霊によってではない、罪に罪を加えるためだ。彼らはわが言葉を求めず、エジプトへ下っていって、パロの保護にたより、エジプトの陰に隠れようとする。」(1,2節)
ヤハウェ神は、神に背く人々が神に頼らずエジプトのファラオに頼ることを否とされます。
「彼らは皆おのれを益することのできない民により、すなわち助けとならず、益とならず、かえって恥となり、はずかしめとなる民によって、恥をかくからである』。」(5節)
他国に頼ることの無益さと辱められることを強調します。
「彼らは先見者にむかって『見るな』と言い、預言者にむかっては/『正しい事をわれわれに預言するな、耳に聞きよいことを語れ、迷わしごとを預言せよ。大路を去り、小路をはなれ、イスラエルの聖者について語り聞かすな』と言う。」(10,11節)
他国の人々は先見者や預言者に「事実を伝えず、迷わせることを言うように」言います。
「それゆえ、イスラエルの聖者はこう言われる、『あなたがたはこの言葉を侮り、しえたげと、よこしまとを頼み、これにたよるがゆえに、この不義はあなたがたには/突き出て、くずれ落ちようとする高い石がきの/破れのようであって、その倒壊はにわかに、またたくまに来る。」(12,13節)
真の神の言葉を侮って偽りの言葉に頼るなら、突如城壁が崩壊するようになるのです。
「たとい主はあなたがたに悩みのパンと苦しみの水を与えられても、あなたの師は再び隠れることはなく、あなたの目はあなたの師を見る。また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで『これは道だ、これに歩め』と言う言葉を耳に聞く。」(20,21節)
ヤハウェ神は人々に一時苦難があっても、教師として正しい道を示されます。
「見よ、主の名は遠い所から/燃える怒りと、立ちあがる濃い煙をもって来る。そのくちびるは憤りで満ち、その舌は焼きつくす火のごとく、その息はあふれて首にまで達する/流れのようであって、滅びのふるいをもってもろもろの国をふるい、また惑わす手綱を/もろもろの民のあごにつけるために来る。」(27,28節)
神の審判の日のようです。悪に対して神は正義をもって諸国家をふるい分け、人々にはくつわを掛けるのでしょう。
「あなたがたは、聖なる祭を守る夜のように歌をうたう。また笛をならして主の山にきたり、イスラエルの岩なる主にまみえる時のように心に喜ぶ。」(29節)
イスラエルの民は、そのように諸国家の人々とは対照的です。祭りの喜びに満ちた夜のように歌を歌い、笛を吹くのでしょう。祭りは神に近づく儀式のようなものです。歓喜して神の祭壇のあるエルサレムに来るのでしょう。これらのことは将来起きる事柄かもしれません。神に近づくには正しい祈りしかないかもしれません。