イザヤ31
2026-01-06

イザヤは旧約聖書の預言者の一人です。新約聖書につながる預言もしています。
「助けを得るためにエジプトに下り、馬にたよる者はわざわいだ。彼らは戦車が多いので、これに信頼し、騎兵がはなはだ強いので、これに信頼する。しかしイスラエルの聖者を仰がず、また主にはかることをしない。」(1節)
エジプトには戦車が多く、その軍事力に頼るのは災いとなります。イスラエルの聖者にも主なる神に頼らないようです。
「主はわたしにこう言われた、『ししまたは若いししが獲物をつかんで、ほえたけるとき、あまたの羊飼が呼び出されて、これにむかっても、その声によって驚かず、その叫びによって恐れないように、万軍の主は下ってきて、シオンの山およびその丘で戦われる。鳥がひなを守るように、万軍の主はエルサレムを守り、これを守って救い、これを惜しんで助けられる』。」(4,5節)
ライオンは獲物を捕らえると何があっても離しません。ヤハウェ神も鳥が雛を守るようにエルサレムを守り救うのです。
「イスラエルの人々よ、主に帰れ。あなたがたは、はなはだしく主にそむいた。」(6節)
主なる神はイスラエル国民を守ろうとしますが、人々は神のもとに帰ろうとしていませんでした。それどころか神に背いた行動をしていたのです。
「その日、あなたがたは自分の手で造って罪を犯したしろがねの偶像と、こがねの偶像をめいめい投げすてる。」(7節)
裁きの日には、イスラエルの民も自分たちが行ってきた偶像崇拝が間違っていたことに気付きます。それで、金や銀でできた偶像を投げ捨てるようです。
「『アッスリヤびとはつるぎによって倒れる、人のつるぎではない。つるぎが彼らを滅ぼす、人のつるぎではない。彼らはつるぎの前から逃げ去り、その若い者は奴隷の働きをしいられる。彼らの岩は恐れによって過ぎ去り、その君たちはあわて、旗をすてて逃げ去る』。これは主の言葉である。主の火はシオンにあり、その炉はエルサレムにある。」(8,9節)
アッシリアは神の剣によって滅びるのです。列王記第二19:35に「まさにその夜、ヤハウェの天使が出ていき,アッシリア人の陣営で18万5000人を討った。」とあります。
ヤハウェ神は本当にイスラエル=ヤコブを愛していたのでしょう。ですから、その子孫である人々のことも愛していました。愛するからこそ、間違った行動を止めさせたいと願うのです。主なる神であるヤハウェは人々の偶像崇拝を見逃したりしません。真の崇拝はヤハウェ神にのみすることが重要なのです。
今日では偶像崇拝はないとお考えですか?違います。お金や地位や名誉やアイドルとかを崇拝していませんか?それらは、真の神の前では無価値でしかありません。
幸せは物では得られません。神のもとに帰ることが真の幸福を得ることができるのです。「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなた方に近づいてくださいます」。(ヤコブ4:8)