イザヤ32
2026-01-07

イザヤは旧約聖書の預言者の一人です。新約聖書につながる預言もしています。
「見よ、ひとりの王が/正義をもって統べ治め、君たちは公平をもってつかさどり、おのおの風をさける所、暴風雨をのがれる所のようになり、かわいた所にある水の流れのように、疲れた地にある大きな岩の陰のようになる。」(1,2節)
これは将来イエス・キリストが王として世界を治める時のことを預言しています。君たちは地上での統治を補佐する者たちで、避難所として、心を潤し、日陰を提供するようです。
「こうして、見る者の目は開かれ、聞く者の耳はよく聞き、気短な者の心は悟る知識を得、どもりの舌はたやすく、あざやかに語ることができる。」(3,4節)
真理が見えるようになり、神の言葉を受け入れるようになり、短気な者も知識を得、言葉のつたない者も流暢に話すようになるのでしょう。
「安んじている女たちよ、起きて、わが声を聞け。思い煩いなき娘たちよ、わが言葉に耳を傾けよ。」(9節)
女性たちにも目を向けて、神からの言葉を受け入れるように促します。
「安んじている女たちよ、震え恐れよ。思い煩いなき女たちよ、震えおののけ。衣を脱ぎ、裸になって腰に荒布をまとえ。」(11節)
日ごとの事にかまけて患いなく過ごすのではなく、女性たちは華美な服ではなく荒布のように質素な服で神の前に畏れるように言います。
「宮殿は捨てられ、にぎわった町は荒れすたれ、丘と、やぐらとは、とこしえにほら穴となり、野のろばの楽しむ所、羊の群れの牧場となるからである。」(14節)
エルサレムの宮殿も町も塔も荒れ果てて、家畜が住むような所に変えられてしまうのです。
「しかし、ついには霊が上から/われわれの上にそそがれて、荒野は良き畑となり、良き畑は林のごとく見られるようになる。」(15節)
それでも神の霊が働くと、荒野は畑に変えられるのです。
「その時、公平は荒野に住み、正義は良き畑にやどる。正義は平和を生じ、正義の結ぶ実はとこしえの平安と信頼である。」(16,17節)
荒野は荒れた人々かもしれません。よき畑は正しい人々かもしれません。公平と正義は平安と信頼を生み出すことでしょう。
「わが民は平和の家におり、安らかなすみかにおり、静かな休み所におる。すべての水のほとりに種をまき、牛およびろばを自由に放ちおくあなたがたは、さいわいである。」(18,20節)
イスラエルの民は平和で安心できる家に住むことになります。水のある場所に種を蒔けば収穫物を得られるでしょう。牛やロバを放牧しても襲われることもないのでしょう。
誰でも安心できるところで生活を楽しみたいものです。それは、神様も願っていることです。そのためには神に祈り近づく必要があると思います。